大学四年生となった八幡たち。ある日、とある結婚式に招かれた彼と彼女たちが花束をめぐり……。

※pixivでも投稿していたものを改稿した作品となります。

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その花束の行く先は……

 『ブーケ・トス』

 

 結婚式で花嫁がウェディングブーケを未婚の女性へ投げることであり、ブーケを受け取った女性は、次に結婚ができると言われている。

 

 

 以上、某Wiki辞典から引用でした。

 

 

 さて、なぜ男である俺がブーケ・トスに思いを馳せているかと言えば、目の前で今まさにそのブーケ・トスが行われようとしているからに他ならない。

 

「みんな、準備はいいかなー?」

 

 そんなゆるっとした声音で呑気に声を掛けるのは花嫁である城廻めぐり。

 そう。今日は城廻先輩の結婚式なのだ。ちなみに城廻先輩のお相手は当然ながら俺ではない。大学生時代に知り合った先輩とのことで、パッと見は優しげな落ち着きあるイケメンである。

 挨拶のときに少しだけ会話したけど、城廻先輩に負けず劣らずほんわかした空気を纏った人だった。多分あれだ、めぐりんと波長とかが合ったんだなと思う。なんか俺みたいな無愛想な陰キャにも自然に話しかけてくれる物凄く良い人だったし。もし俺が小学生時代に知り合ってたらメッチャ依存してた自信ある。

 比企谷八幡は、めぐりん夫妻のゆるっと幸せな結婚生活を全力で応援しております!

 

 それはさておき、良い意味でも悪い意味でも波乱に満ち溢れた高校生活。そんな総武高校を卒業して早四年。

 あれだけぼっちを標榜していた俺だったが、縁とは不思議なもので高校生時代に複雑怪奇に絡み合った縁は大学生となった今でも健在だった。

 それは、俺なんかがこうして城廻先輩の結婚式にお呼ばれしている現状が物語っている。

 

「ね! ね! なんかドキドキするね、ゆきのん!!」

「……分かったから、あまりドレスの裾を引っ張らないでもらえるかしら、由比ヶ浜さん。ドレスに皺が寄ってしまうわ」

 

 そして、それはもちろんこの二人とも縁が続いているということであり、

 

「いやー、まさかあのめぐりが大学卒業してすぐ結婚とはねー」

「そもそも、めぐり先輩に彼氏がいたなんて話からして初耳でしたからね。いきなり結婚報告されたときはドッキリか何かだと思いましたもん」

 

 なぜか、この二人の先輩後輩とも縁が繋がっており、

 

「……遂に、教え子のブーケをコレクションに加える日が来てしまったか」

 

 どうしてか、この恩師とも縁が途切れなかった。

 ……というか、誰か早く先生を貰ってあげて(嗚咽)。

 

 俺がそんなことをつらつらと考えている間に、式場のスタッフから誘導されるようにブーケ・トスの参加者が会場の中央へ集められる。

 城廻先輩側からは先の五人以外にも友人と親戚らしい人が幾人か。新郎側からも数名が参加し、総勢十数名がブーケ争奪戦を繰り広げることになった。

 

 城廻先輩がニコニコと幸せいっぱいな笑顔でブーケを頭上に掲げる。

 

「ブーケ・トスをはっじめるよー!」

 

 今更ではあるが、ブーケ・トスとは新婦からの幸せの御裾分けであり、結婚式の余興の一環である。主賓はあくまでも新郎新婦であるし、結婚式の目的は新たな夫婦の門出を祝福するものであるべきだ。

 だから、多少の必死さは有ったとしても、それは和気藹藹とした、和やかなモノであるべきだし、間違っても某牛丼屋コピペの如く殺伐とした空気なんて醸し出してはいけない。現に、会場の中央へ集められた彼女たちは誰もが笑顔で周囲の参加者と談笑しているし、誰も積極的にブーケを取りにいく気配はみせていない。

 

 当然、俺の良く知る彼女たちもそれは同じな訳であるが……。

 

「ブーケを取れたら結婚かぁ……。ね? もし取れちゃったらどうしよっか?」

「……別に。取れたからと言って今すぐに結婚しなくてはならないという義務もないのだから、どうもしないわ」

「えー……。でも、もし取れたら決心がつくというか、勇気がもらえそうな気がしない?」

「しないわね。そもそも、結婚は当事者間の話なのだし、ブーケが取れようと取れまいと関係ないでしょう」

「むー。ゆきのんはこういうのもっと熱くなると思ってたのになぁ……」

「……私だってもう二十歳を過ぎたのだから、何でもかんでも勝負事に熱くなったりしないわ。それに、これはあくまで結婚式の余興な訳だし。尚更よ」

 

 由比ヶ浜は、取れたら良いな程度の雰囲気を出しているし、雪ノ下に至ってはそもそも興味なしといった感じだ。

 そこに、その会話を傍で聞いていた陽乃さんが雪ノ下に絡んでいく。

 

「おや、雪乃ちゃんのそれは棄権宣言?」

「……一応、体裁もあるから参加はするわ。折角、城廻先輩が好意で呼んでくれたのだし。いい加減、場を乱さない程度の社交性くらい私も持ち合わせているもの」

「ありゃりゃ、雪乃ちゃんも大人になっちゃって……。お姉ちゃん、つまんなーい!」

「むしろ、城廻先輩に先を越されてしまった姉さんこそ、積極的に参加した方が良いのではないかしら? もういい歳でしょう? このままでは嫁ぎ遅れるわよ」

「んー、わたしはまだいいかなー? 結婚しようと思えばいくらでも相手はいるし、いつでもできるから」

「うわー、はるさん先輩すごい余裕ですねー!」

「そう言う、いろはちゃんは? 取りにいかないの?」

「わたしもまだ結婚はいいかなーって感じですかねー。それよりも、まずは相手をどうにかする方が先決ですし」

 

 陽乃さんは余裕綽々な態度で雪ノ下と同じく興味を示しておらず、こういう映えそうなイベントに目がなさそうな一色も今回は積極的に参加しないようだ。

 

「それじゃ、わたしたちの中で積極的にブーケを取りに行くのはベテランの静ちゃんだけか」

「ベテラン言うな。どうして私だけ参加前提の扱いなんだ?」

 

 陽乃さんの発言に平塚先生がすかさず異議を申し立てる。

 まさか平塚先生から異議が来るとは思っていなかったのか、キツネに摘ままれた様な顔で陽乃さんが平塚先生へ問いかけた。

 

「え? なら静ちゃんは参加しないの?」

「……いや、参加はするが。だが、さすがに教え子の結婚式だからな。そんな必死に取りに行く気はないぞ。まあ、自分の方へ来たら全力で掴みにいくがな」

「え? 平塚先生ならこう……もっとガツガツ攻めにいくのかと」

 

 平塚先生の消極的参加発言に、一色が反応した。

 だよな。俺もそう思う。むしろ、平塚先生ならスタートダッシュを決めて投げる前に城廻先輩から直接ブーケを奪い取るくらいのことはすると思ってました。

 

「……君らは私のことをなんだと思っているのかね。特に比企谷、お前には後で(物理的に)話がある」

「解せぬ」

 

 とまあ、表面だけ見れば、彼女たち五人ともがブーケ・トスには積極的に参加する意思はないように思えるのだが……。

 おかしいな、どうして俺の脳裏にはテスト前日に徹夜で勉強してきた中学生がクラスメイトに『いやー、今回は俺全然勉強してないわー。マジやべー』『昨日は帰ってからずっと漫画読んでたし』『俺、十時間ぐらい寝てたから』という謎のテスト勉強してませんアピールをしている姿が過るのだろうか。

 そんな俺の胸中の不安もお構いなしに、準備が整ったらしい城廻先輩が参加者たちへ声を掛ける。

 

「それじゃーいくよー?」

 

 そして、いよいよ城廻先輩がブーケを投げるべく会場に背を向けたとき、それは起きた。

 

「──ふんっ!」

 

 それまで、私はブーケ・トスになんて興味ありませんと言わんばかりに他の参加者たちから一歩引いた位置にいた雪ノ下が、集団の中央最前列に突如躍り出たのだ。

 そこは、もし城廻先輩がブーケを真っ直ぐ放り投げたなら落下してくるであろうキャッチする側からしたらベストポジション。誰もが真っ先に陣取りたいが、恥や外聞を気にして……というか、年頃の乙女としてそんなガツガツした姿を見せられないが為に、誰もが躊躇していた空白地帯。

 そこを雪ノ下が奇襲による先制攻撃でいち早く占拠した────かに見えた。

 

「……させないよ、雪乃ちゃん!」

「っ……! 姉さん!?」

 

 妹の考えることなど百も承知とばかりに、雪ノ下と同じくブーケ・トスが始まる直前まで我関せずだった陽乃さんが、雪ノ下が占拠しようとしていたエリアに立ちはだかる。

 空白地帯を挟んで対峙する雪ノ下と陽乃さん。それはまるで、サッカーやバスケットの一流選手同士がゴール前で繰り広げる壮絶な主導権争いかの如く、視線や仕草を駆使したミスディレクションから始まり、軽いボディタッチからの合気道を用いた相手の体幹を崩す攻防、果ては柔道の乱取りような状態へと移行していった。

 ちなみに、ここまで城廻先輩が背中を見せてから大よそ三秒程の出来事である。

 

「せーの……」

 

 だが、まさか自分の後ろでそんな争いが起きているとは知りもしない城廻先輩は、重心を僅かに落とし、ブーケの投擲体制に入る。

 そこで、一人の女性が動いた。

 

「──右ッ!」

 

 それまで他の参加者たちの影に隠れ、気配を消していた一色が猛然と前に出たのだ。

 彼女は見逃さなかった。ブーケの投擲体制に入った城廻先輩の重心が、利き手である右側へ僅かに寄ったことを……。

 このまま投げれば、ブーケは俺たちから見て中央やや右寄り、つまりは雪ノ下姉妹がしのぎを削る中央地帯ではなく、一色が歩み出た方へと落ちてくることだろう。

 

「そのブーケ……もらったあッ!!」

「させないわ、一色さん!」

「させないよ、いろはちゃん!」

 

 勝ち誇り、余裕の笑みを浮かべる一色。しかし、即座に状況を理解し、阿吽の呼吸で停戦した雪ノ下姉妹が一色へ迫る。

 勝者は、この三人による誰かに絞られた……そう、俺が確信しかけたときだった。

 

「え~いっ」

 

 熾烈なブーケ争奪戦という名の戦場には似つかわしくない、調子っぱずれな間の抜けた声とともに、とうとう城廻先輩の手からブーケが放たれたのだ。

 そのブーケが向かう先は、一色が待ち構える右側────ではなく、かといって雪ノ下姉妹が争っていた中央でもない、死角となっていた左側だった。

 

 逆球! ここにきてピッチャー城廻選手、まさかの逆球です!!

 俺が心の中で甲子園張りの実況で盛り上がっているのを他所に、逆を突かれた一色や雪ノ下姉妹が焦燥を顔に出しながらブーケの落下地点へ急ぐ。

 だが、虚をつかれた分三人の反応は遅れた。一歩、出遅れたのだ。代わりに、悠然とそこへ歩み出すのは彼女。

 

「鳴かぬなら、鳴くまで待ってればいいじゃない。ホトトギスだもの」

 

 なんか色々と混ぜ込んだ迷言とともに、由比ヶ浜が宙を飛ぶブーケから視線を外さず、いち早く落下点へと辿り着いた。

 その目は、獲物を狙う狩人の目。彼女はブーケが放り投げられるその瞬間まで、ジッと影に潜み、城廻先輩の一挙手一投足を観察していたのだろう。

 

「ブーケは……あたしがもらう!」

 

 由比ヶ浜が頭上に掲げた両手。そこへ、キレイな放物線を描いてブーケが落下してゆく。

 ゆっくりと、まるで焦らすように、ふわりと空中を漂っていたブーケが今まさに由比ヶ浜の両手に収まろうとして──

 

「由比ヶ浜さんッ!!!」

「……ゴメンね、ゆきのん。でも安心して。ヒッキーはあたしがちゃんと幸せにすr」

「違う、後ろ! 後ろよッ!!」

 

 雪ノ下からの必死の警告。その意味にようやく気がついた由比ヶ浜だったが、それはあまりにも遅すぎた。

 勝利を目前にして、由比ヶ浜は油断したのだ。

 その隙を、歴戦の強者たる彼女が見逃すはずもない。

 

「筋はいい。……が、まだ浅い」

「──ッ!?」

 

 鎧袖一触。飛んできたブーケに群がろうとした他の参加者たちを無意識無想に繰り出す奥義で次々と昏倒させた平塚先生が、音も無く由比ヶ浜の背後に立っていた。

 ぽすりと音をたてて、由比ヶ浜の掌に収まったブーケ。それを後ろからむんずと鷲掴みにして強奪する平塚先生。

 

「ブーケを掴んでいいのは、ブーケ・トスで殺されてもいい覚悟がある奴だけだ。貴様らには、まだその覚悟が足りん」

 

 由比ヶ浜から奪い取ったブーケを堂々と頭上に掲げる様は、まさに拳王のそれ。

 その貫禄ある姿に、参加者の誰もが口を挿めない。平塚先生、圧倒的な貫禄勝ちである。

 

「……ふっ、これでまた一歩、結婚に近づいたな」

「いや、それ絶対遠退いてるから」

 

 会場にいる全ての人の心情を代弁した俺の言葉は、平塚先生の掌から放たれた闘気によって黙らされた。

 

 

「ぐすっ……。はやく結婚したいぃぃいいいい」

 

 

 薄れゆく意識のなかで、俺はブーケを抱きしめながら泣き崩れる平塚先生を見ながら思うのだった。

 

 

 

 誰か早く先生を貰ってあげて(懇願)!!

 



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