※死ネタ、捏造有
※捏造あります
※嘔吐描写有
以上が許せる方のみこの先へどうぞ
何か最初にそれっぽいこと書いてるけどぶっちゃけ書きたかっただけなので本編とは特に関係ないです
※10/28、一部を加筆、修正
生まれたこと、生きること。
それ自体には一切の罪も罰も無い。
生命はただ生命であるが故に、生まれ、生きて、そしてやがて『死』という明確な結末を迎える。
―――けれど
罪でなければ罰でもないからと言って、では果たして「生きる」とは何なのだろうか。
夢や目標に向かって邁進すること?
伴侶と出逢い、自身の遺伝子を後世に残すこと?
それとも、ただ自分のやりたいことをやるだけ?
明確な答えなど誰にもわからない。それは人の数によって何通りも枝分かれしながら存在するのだから。
生まれたということが罪で無ければ、生きるということを罰と背負わされることもない、そんな平々凡々な、どこにでもいる当たり前の未来を約束されていた
◇◆◇
―――自分の居場所はどこだろう
少年、どころか幼児と呼べる年齢の男児、チヒロはふとそう考える。
優しい両親の間に産まれ、二つ年上の姉がいる家庭の長男として生を受けたチヒロ。
幼いながらも早熟で、自分の置かれている状況を把握するのも歳の割には早かった。
両親はいつも仕事で忙しそうにしている。これはわかる。
姉は仲が良いという隣の家の女の子とよく一緒にいる。これもまぁわかる。自分も何度か会った。
……ただ、それ故にさびしい。
朝も夜も食事するのは家族みんな一緒だし、姉も二人でいるときは自分を気にかけてくれて、優しく接してくれている。
ただ、両親がいない時は? 姉がいない時は?
―――
先も言ったが、両親も姉も自分を大切に思ってくれているのは幼心なりに理解できている。仕事は大切だろうし、姉にとっては一番の友達だと言うのだから、ついついそちらにかまけてしまうこともあるだろう。
それでも、もっと見てほしい。もっと構ってほしいというのは、幼い子供が持つ当たり前の感情だった。
だが、チヒロのその思いが叶うことはなかった。
自分といても、姉は無意識だろうが、友人の方を気にしてしまう。
両親に甘えようにも、疲れ気味なのが嫌でもわかる。
だから言えない、何も。
『チヒロ。ごめんね』
違う、そうじゃない。
そんな言葉が聞きたいんじゃない。
謝るくらいならもっと自分を見てほしい。申しわけなさそうにするなら、少しだけでいいから自分の言葉を聞いてほしい。甘えさせてほしい。
そんな、口にすることすら許されないような感覚だけが広がり続け、溜まっていく鬱屈した感情だけが積もりに積もり続け、小学生になって幾ばくかの時間が過ぎたその時
―――少年は逃げた
―――大好きだったハズの家族から逃げ出した
「ただいまー。……チヒロー?」
「……チヒロ? お姉ちゃんとおかあさん帰ってきたよー?」
「―――おかあさん! チヒロが、チヒロがいない!」
「いつもならこの時間にはちゃんといるのに!」
「アタシが、アタシがちゃんと一緒にいてあげなかったから……! 速く探しに……!」
「……どうしよ」
雨が降りしきる中、チヒロは家から遠く離れた地区にある公園、そのドーム型遊具の中にいた。
今から帰ろうにも、もう夕方を過ぎて夜。加えてこの大雨の中、傘も無しに帰る気にはなれない。そもそもどんな道順でここまで来たかも覚えていない。
「………」
これまでとは違う心細さに涙が出る。
『男の子が簡単に泣くんじゃない』と両親や姉から言われた―――ことなど、これまで一度だってありはしなかった。
『泣かない子』などと言われていたようだが、それは違う。それだけは違う。
「………ッ」
膝に顔を埋めて、静かに泣く。
晴れていたならば誰かが気付いたかもしれなかったが、雨音は強く、幼子の嗚咽など届きはしない。
両親は心配してくれているだろうか。
姉は自分を探してくれているだろうか。
もしそうなら嬉しい―――けど、仮にそうでも
「かえりたくない……」
もし帰って、またあの孤独に追いやられるなんてことになってしまったら、自分は果たして耐えられるだろうか。
両親も姉も優しいヒト達だ。きっと心配して、これからはもう少しだけでも自分を気にかけてくれるようになるのだとは思う―――もしかしたら、だが。
そう、そのほんの少しの不安がどうしても拭えない。
この行動はただの何でもない、我が儘ですらないとわかっている。そもそもハッキリとものを言えなかった自分が悪いのだということもわかっている。
それでも、と思ってしまう
『みんなが悪いんだ―――』
自分に非があると頭ではわかっていても、それでもどうしても、周囲に責を押し付けてしまう。
そしてそんな考えを抱いてしまう自分に嫌気が差して、漏れ出る嗚咽はより強くなっていく。
かえりたい
かえりたくない
あいたい
あいたくない
だれか、だれか、だれか―――
「ねー、ちゃん」
「何だ坊主。家出か?」
かけられた声に、思わず顔を上げる。
短く切り揃えられた髪、その一部は金色に染められている。少しばかりのシワと、口の周りを覆うヒゲを持ったその顔。
見る限り、壮年と呼べる年代の男がチヒロを見下ろしていた。
「………」
「……おーい。聞こえてるかー?」
しゃがみこんで視線を合わせ、ひらひらと手を振ってくる男。
何がなんだかわからないまま、首を縦に振った。
「おっ、意識はあるか。坊主、家は?」
それには答えず、また顔を伏せる。
男からため息が漏れ、そこからしばらくの無言。
「……なぁ」
一分ほどだったろうか。
沈黙を破って、三度かけられる問。
「帰りてぇんなら家と名前教えろ。帰りたくねぇってんなら―――
―――うち、来るか?」
◇◆◇
「ただいま~♪」
「あぁ、おかえり。急な雨だったけどだいじょ、う、ぶ……」
「ん? ああ、こいつ? 家出だっつーから拾ってきた。風呂沸いてる?」
「……そういうのって警察とかに届けるんじゃないの、普通は?」
「いや俺もそうしようと思ったんだけどさぁ。ずっとだんまりな上に、ほら見てこの顔。昔の俺そっくり」
「……はぁ、しょうがない。ご飯温めておくから、お風呂入れて、ちゃんと聞いといてよ?」
「は~い。ほれ、行くぞ」
こぢんまりとしたアパート、その一室。
男に誘われるままに部屋に入れられ、あれよという間に浴室に連れ込まれ、これよという間に服を脱がされ、それよという間に温かいシャワーを浴びせられていた。
冷えきっていた身体がじんわりと暖まっていき、それをぼんやり感じていると、頭に大きな手が乗せられた。
「ほーれ、温まるなら湯船に入るのが一番ってな。肩まで浸かって100は数えろよ?」
そのまま脇に手を入れられ、抗う間もなく浴槽に。
初対面のハズの相手にグイグイ来られても、不思議と嫌な気持ちにはならない。背後に男の大きな身体を感じながら、熱い湯船に身体を沈ませた。
「く、ふぃぃぃぃ……あ゛~、最っ高。……いーち、にーぃ、さーん……ほれ、お前も数えろ」
「……よーん。ごーぉ」
促されるままに、一つ一つ数えていく。
二人の声が浴室に響き渡り、数が一つ進む度に小さかったチヒロの声も、次第に大きく変わっていった。
「……ところで坊主。名前は?」
「……チヒロ」
「チヒロ、か。名字は?」
「今井」
「今井? ……今井、今井……まさか、な」
「……おじさんは?」
「ん? おじさんはおじさんだよ」
「………」
「ハッハッハッ、そんな顔すんなって。ほれ、背中と頭流してやっから上がりな」
カラカラと笑うその表情は実にワイルドだった。
『……もしもし。ああ、俺。うちに今チヒロって子が……やっぱお前んとこの子か。お前なぁ、自分の子どもに何してんだよ。俺が見つけなかったらどうなってたか……いや、俺じゃなくてあの子に謝れよ。……ああ……あ? ……チヒロに訊いてからな。帰りたくねぇっつってたぞあの子。……ああ、ちょっと待ってろ』
小さな部屋ではあったが、それ故に人同士の距離が近い。風呂上がりにと出されたホットミルクをちびちびと飲んでいるチヒロの目の前には、カセットコンロと大きな鍋、その他に漬物やゆで卵などが置かれていた。
「いやー、外すげぇ雨……」
「ああ、終わった? それで……」
「……チヒロ」
「?」
「今井って名字でもしやと思ったんだけどな。お前の親父さん、俺の知り合いなんだよ」
「………」
「んで、帰りたくねぇってんなら、とりあえず今日のところはこのままうちに泊めてやろうと思ってんだけど……どうだ?」
「泊まる」
一も二もなくそう答える。
「……もちっと考えねぇか? 親父さんもお袋さんも……お前のお姉ちゃんだって心配してるみたいだぞ」
「……泊まる。泊めて、ください」
「………」
「……ここまで頑なじゃ、仕方ないんじゃない?」
「……わかったよ。もっかい電話するけど、親御さんと話すか?」
「………」
「……それも嫌、か。ったく、どんなことすりゃここまで家族に心閉ざしちまうのかねぇ……」
そうぼやきながら再び部屋の外へと向かう男。
その背中を共に見送っていた男の妻は、ただ何を言うでもなく、静かにチヒロを抱き締める。
「……おばさん?」
「……お父さんやお母さんたちのこと、嫌い?」
「……ううん」
それにははっきり、否と答える。
嫌いになったわけではない。ただ寂しくて、あまり構ってもらえないことが嫌で、でもそれで嫌いになれるわけもなくて。
「……あやまらなきゃ」
「そうね。心配させてごめんなさい、ってちゃんと言わないと、ね」
『だぁから、俺にキレんなっての! あの子が話もしたくねぇっつってんだから俺にゃどうしようもねぇだろうが! そもそもお前らがだなぁ……!』
「………」
「怖い?」
「ううん」
「そう。さっ、もうすぐお鍋も良い頃だから」
「うん……」
「ったくよぉ。何で俺にキレてんだあのバカ。テメェが子どもほったらかしにしてたのが原因だろが……」
「ほら、気持ちはわかるけどいつまでもカリカリしない。子どもの前だし」
「へーい。……おっ、今日は鳥鍋かぁ! ほら、遠慮なんてしなくて良いから腹いっぱいになるまで食えよ? うまい飯食って、あったかーくして寝りゃあ嫌なことなんて吹っ切れるもんだからな!」
床に置かれたちゃぶ台。座布団に座るチヒロの両隣を夫婦が埋めるように腰を下ろす。
茶碗に盛られた白飯と、鍋からよそわれた鶏肉や野菜、半透明のスープから香る匂いに、昼から何も食べていなかったチヒロの腹が小さく鳴き声を上げた。
「何か嫌いなものとかある?」
「……だいじょうぶ、です。いただきます」
箸でスープが滴る白菜を掴み取って、一息に口へ。
白菜のシャキシャキとした食感の後、染み込んだ出汁の味と合わさった野菜の甘味が口の中いっぱいに行き渡り、鼻からはあっさりとした香りが抜けていく。
煮込まれて柔らかくなった鶏肉、その味が残っている内に白飯を頬張る。次はスープ、また野菜や肉を。
「……おいしい」
「よかった……」
本当に遠慮無しにがっつくチヒロを、夫婦は慈しむように見つめている。
女は自分も鍋を突つき、男はビールを片手にゆで卵の殻に悪戦苦闘。
父親の知り合いだというだけの初対面で、にも関わらず家出した子どもに対してここまで親切にしてくれる。
ご飯はどれもおいしくて、何も言わず見守ってくれている二人の優しい視線が何よりも温かくて。
「……グズッ」
だから、嬉しい反面、申し訳なくて
「……ごめんなざい゛……ごめ゛、なざ……」
会いたくない。話もしたくないと遠ざけてしまった家族に申し訳が立たなくて
溢れ出る涙を止めることが出来なかった
二人は何も言わず、それぞれがチヒロの頭と肩に手を置いて、泣き止むまでそっと撫でてくれていた。
「……チヒロぉ」
チヒロの姉、今井家長女のリサ。
夜も遅い時間、自室のベッドに潜ってはいたが、それでも寝付くことはできなかった。
先ほどまで泣き明かしていた目の周りは赤く腫れて、頭の中には家出してしまった弟のことだけ。
「アタシ、だめなお姉ちゃんだ……」
もっと見てあげるべきだった。
もっと構ってあげるべきだった。
この世に二人だけの姉弟なのに、自分は自分がしたいことしかせずに、弟を気にしてやれなかった。
父が言うには、チヒロは知り合いが保護してくれたらしく、明日には帰ってくると言っていた。
―――謝らなきゃ
構ってあげられなくてごめんなさい。
自分のことばかりでごめんなさい。
これからはもっと一緒にいよう。
二人で色んなことを話して、色んな楽しいことを一緒にしよう。
二人だけでなくても、家族や友達と一緒でもいい。
これからはちゃんと、姉弟の時間を過ごそう―――
「ごめんね。チヒロ―――」
また流れ落ちてきた涙を拭いもしないまま、リサはそっと目を閉じた―――
「……この子、自分で帰るんだって」
「……子ども一人だけで行かせるわけにはいかんでしょうよ」
「そうね。だから、私たちも一緒に」
「だなぁ。……なぁ、やっぱり」
「……言わないで。簡単な問題じゃないって、わかってるはずでしょ?」
「……ごめん」
夕食後、チヒロはそのまま眠りについた。
今は床に敷かれた布団に、チヒロを挟むように川の字になって夫婦が横になっている。
女は目尻に涙を溜めて眠る少年の頭を優しく撫で、男はその小さな手を握ってやっている。
夜が明ければ、少年は自分の家に戻る。
それが一番だと二人も理解していた。
―――夫婦には子どもがいなかった
結婚してそれなりに経つが、未だに子宝に恵まれていない。
女の身体の問題であるのだが、それでも二人はそう簡単に割り切れも諦めも出来ない。
お互いが愛し合った結晶を。生涯をかけて愛していける存在を。
どれだけ望んでも、現実は優しくなくて。
訪れるかどうかもわからない未来を、目の前の幼子に重ねながら、二人もまた静かに眠りについた。
◇◆◇
夜が明け、陽光が降り注ぐ朝。
両親を背後に見るリサは、チヒロがいるであろう場所に向かって歩を進めていた。
本当なら、弟を保護してくれた夫婦が送ってくるハズだったが、リサは一刻も早くチヒロに会いたかった。
だから両親に無理を言って、みんなで迎えに行こうと決めたのだった。
先方には既に伝えてあるとのこと、車を出さずとも徒歩で往復できる距離にあるということで、一歩一歩進むリサの脚は速かった。
(チヒロ、チヒロ、チヒロ―――!)
早く会いたい。
会って謝りたい。
今までのことに「ごめんなさい」を言って。それでもし許してくれるのなら―――今度はちゃんと『お姉ちゃん』になりたい。
だから、リサが足を止めることはなかった。
お邪魔しました。
世話になった部屋にぺこりと頭を下げる。
礼儀正しいその姿に破顔する夫婦。そのままチヒロの手を優しく取ると、少年の家族と合流すべく歩き始める。
朝になって最初に見たチヒロの表情は、昨夜よりかは晴れやかになっていた。
多少は頭が冷えて、気持ちも晴れたのだろう。布団や朝食の片付けも、自分から進んで手伝ったりもしていた。
今は三人、歩幅を合わせながらゆっくりと歩いている。事情を知らない者たちからすれば、その様は紛れもなく仲の良い家族の形に映るだろう。
「……おじさん、おばさん」
ふと、手を引かれる感覚に目をやると、チヒロがぽつりと声をかける。
「……また、遊びに行ってもいい、ですか?」
伺うような、不安を隠した瞳。
二人は微笑み、躊躇うことなく答えた。
―――もちろん
親やお姉ちゃんと一緒なら、という条件は付いたが、それでも快く応じてくれた夫婦に、チヒロからも笑みが零れる。
大通りに出たところで、信号を挟んだ向かい側の歩道にチヒロの家族がいることに気付く。
あちらも気付いた様子で、遠目に見ても安堵の表情を浮かべているのがわかった。
歩行者信号は赤。奇しくも同じタイミングで駆け出しそうになった姉弟を、それぞれの夫婦が優しく引き止める。
一刻も早く弟を抱き締めたいという気持ちを表すようにその場で足踏みを続けるリサ。
夫婦と繋いでいた手を名残惜しそうに離し、信号が切り替わるのを今か今かと待つチヒロ。
青に変わった信号。
一拍だけ空けて、姉弟は同時に走り出す。
手を繋いで一緒に帰ろう。
横断歩道で止まらずに、手を取ったらすぐに両親のところに走ろう。
みんなで謝って、家に帰ろう。
そして、これからはみんな一緒に―――
「―――」
けたたましく鳴る目覚ましのアラーム。
目覚めた少女、今井リサは滝のような汗を流し、たった今しがたまで見ていた夢を思う。
「……また、だ」
胃の奥が引っ掻き回されるような感覚をどうにか堪えつつ、汗を流そうと足早に浴室へと向かう。
今日は午前中からバンドの練習がある。親友はどうしても外せない用事があるから遅れるとのこと。
(何なんだろう、あの夢……)
幼い頃から、いつしか見るようになった夢。
自分の目の前から駆け寄ってくる小さな男の子。それに駆けていく自分の姿。
そして、自分の目の前で赤に染まった―――
「―――う゛、ぐッ……!?」
喉元までせり上がってきた異物感を抑えきれず、下着姿のままトイレへ駆け込む。そのまま大した量も入っていない胃袋の中身を盛大にぶちまけた。
「げ、ぇ゛ぇ゛う゛……ごぼっ、ぅぇぇ……!」
吐いても吐いても、嘔吐感は収まってくれない。
胃の中が空っぽになってもなお、こみ上げてくる感覚は留まることを知らなかった。
「はっ、は、ぁ゛ぁ゛……っ、ひ、ぅぅっ」
落ち着いたと思ったら、今度は涙が溢れてくる。
もう何年もこの繰り返しだ。なんで、どうして。
「や゛、だ……もう、やだぁ……!」
動くことも出来ず、あられもない姿のまま静かに泣き続けるリサ。
物音を聞き付けた母に見つかるまで、いつまでもそのままだった―――
◇◆◇
―――チヒロが他界してから十年近く
走行車の前方不注意による事故。
車道の信号は赤。歩行者信号が青になってから一拍置いた後にも関わらず、それは起きた。
撥ね飛ばされた少年の身体はボールのように転がり、そして不幸なことに、そこでようやく気付いた運転手がブレーキをかけるも、制動距離内に横たわっていたその身体は地面とタイヤの間で轢き潰される形となった。
当然、即死。
そしてそれは―――まだ十にも満たないリサの目の前で起きた。起きてしまった。
その後しばらく、今井家からは狂ったように泣き叫ぶ少女の声と、それに混じる弟への謝罪の叫びが響き続けた。
当然、その隣に居を構える湊家にもそれは届いていた。
リサの友人だった湊家の一子、友希那は何事かと思い、そしてリサの弟が亡くなったことを両親から聞いた。
ほぼ同時期、友希那にとっても決して小さくない問題が起きていたが、それでも泣き叫ぶ友人を捨て置く選択肢を選べるほど人の情を捨て去ってはいなかった。
暴れ回り、自傷行為にさえ走ろうとした親友を非力ながらも抑えつけ、その中で自分が殴られ、蹴られようともその身体を離しはしなかった。
壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返すリサに、宥める以外の方法を見出だせないまま、それでも友希那は親友の傍にいることを選び続けた。
だが、そんな日がいくらか続き、チヒロの葬儀も終わったある日のこと。
傍目には何とか自分を取り戻したように見えるリサ。だが、その態度にどこか違和感を覚えた友希那は、いけないとわかっていてもなお、リサに問うた。
―――チヒ、ロ?
―――チヒロって、誰? アタシの知ってる人?
返ってきたのは、あまりにも残酷な現実だった
リサからは、弟に関する記憶がすっぱりと消えてしまっていた。
人間は、あまりにも大きなショックを受けると、肉体よりも先に心が死ぬと聞いたことがある。
その例に漏れず、実弟の死の瞬間を目の前で見てしまったリサ。加えて、これまで弟への態度がおざなりになってしまっていたこと、それへの罪悪感と謝罪も出来なかったままの死別。
それらが積もりに積もった嘆きなど、子どもの精神が耐えられるハズもなく―――結果、リサの心と身体は死を免れるために、ほぼ自動的に、弟とそれに纏わる一切の記憶を斬り捨てたのだ。
何とかしなければ。友希那はそう思った。
リサがどれだけ弟を大切に思っていたかは、何度も話を聞かされた友希那自身もよく知っている。
チヒロが家出したその日も、もうすぐ誕生日だからとプレゼントをあれこれ考えていたのを知っているし、寒くなってきた時のためにと、編み物の勉強と練習を始めたのも知っている。
友希那のことを気遣いながら、弟のことを大事に想い、思いやる優しい姉であると知っている。
だから、そんな彼女がたった一人の弟のことを忘れたままでいていいハズがない。そう思っていた。
―――だが、それに待ったをかける者がいた
他でもない、姉弟の両親だった。
狂乱と呼ぶべき姿を見せてしまうほどの絶望を味わったリサ。弟のことを忘れることでようやく平静を取り戻したのに、あの悲しみを思い出させるようなことはしないでくれ、と。
何故。と当然尋ねた。
返答はこうだった。
「もう、我が子を喪いたくない」
茫沱の涙を流しながら告げられたその言葉に、友希那はそれ以上の反論が出来なかった。
そして今井家からは―――『弟がいた』という事実が、痕跡まで余すところなく取り除かれた。
何をきっかけにして、リサが思い出してしまうかわからない。姉弟の両親にとっても、忸怩たる思いで下した苦渋の決断だった。
部屋を使った形跡も、家族で使ってきた食器類も、遊びに使っていたお気に入りのおもちゃも、服や写真やビデオに撮った映像も、何もかも。
『今井チヒロ』という少年の存在は、何一つ残すことなく抹消された―――
「………」
そして今。
高校生になった友希那は、とある墓地―――
『今井家之墓』と記された墓前にて手を合わせている。
言うまでもなく、チヒロが眠る墓だ。
あの日以来、友希那は毎年の命日には必ずここに来るよう心掛けている。
それはもちろん、弟のことを忘れ去ったために、ここの存在を知らない親友に代わって。
それだけでなく―――多少の責任を感じているからでもある。
親友の好意に甘え、彼女の弟を案じながらも、自分よりももっと弟に構ってやれ、と強く言えなかったことへの罪悪感。
自分がもっとちゃんとそう言っていれば、或いはもしどこかで何かが変わっていれば。
本来であるならば―――究極的に他人目線で言えば―――友希那がそのように感じる必要も義理も無い。
あくまで他所の家で起こった事情。極論、他人でしかない友希那には見て見ぬ振りをすることだって許されただろう。
だがそんな『逃げ』は、他ならぬ湊友希那が許しはしない。
だから、何の罪滅ぼしにもなりはしないとわかっていても、友希那はこうして必ず、幼くして命を落としてしまった少年の墓前に姿を見せるようにしているのだ。
所要を済ませ、自分を待つ仲間達の所へ向かおうと足を向けた友希那の目の前に、一組の男女が姿を見せる。
話に聞いていた、一晩だけチヒロの面倒を見たという夫婦だった。
チヒロの命日にこの墓地に必ず訪れているのは、少年の両親と自分だけではなかった。
ただ一晩共に過ごしただけのハズの夫婦も、チヒロの死に心を痛め、今でもその瞬間を夢に見るのだという。
それ故に、彼らもここに来るのだと。
暗い面持ちながらも、それでも笑いあう二人の姿。見れば、女性の腹部は大きく膨らんでいる。
予定は再来月。そう告げる二人は嬉しそうに。だがチヒロの墓を見て、申し訳なさそうにも。
何故そうしたのか友希那自身もわからなかったが、それでもふと口にしていた。
「触らせてもらっても、良いですか?」
許可を得て、大きく丸いお腹に触る。
この中に、命が息づいている。
人体の神秘、と言ってしまえばそれまでだが、それ以上の何かがあるのだと、直感として感じた。
自分にはまだそんなことは想像もつかないし、そもそも相手がいない上にそれにかまけているような余裕も暇も無い。
礼を言って、お大事にと告げ、そして最後にお幸せに。子どもを大切にしてあげてください、と。
そして夫婦と別れて、今度こそ友希那は仲間達の元へと歩を進めていった―――
うあ、ぁ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!
ち、ちひろぉ、チヒロォォォォ!!!
あたっ、アタシ、アタシぃ……アタシ、おねえちゃんなのにっ、おねえちゃんだったのに! アタシが、アタシがまもってあげなきゃいけなかったのにィ!!!
ああ、チヒロっ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……!
ダメなおねえちゃんでゴメンナサイ、なにもしてあげられなくてゴメンナサイ、いつもいつもさびしかったハズなのに、きづかなくて、きづこうともしなくてゴメンナサイ……!!
アタシが、アタシ、ガ……!
―――アタシが死んじゃえばよかったんだァァァァァァァァァァ!!!!
―――今でも夢に見るのは、リサも同じ
記憶から消したつもりでも、視界から脳へ直に情報として叩き込まれ、心に深く刻まれた鮮血にまみれた現場や、喪失の傷と痛みまで消えるわけではない。
それ故にこの時期―――チヒロの命日が前後する時期には、必ずといっていいほどリサは不安定になる。
仲間達は恐らくそんな彼女を見るのははじめてだろう。もしかしたら今日の練習は流れるかもしれない。
(―――その時はその時、ね)
どうすればいいか、その答えは未だに見出だすことは出来ない。
足を止めて空を見上げれば、そこには何一つ変わらない蒼穹があるだけだ。
「……チヒロ」
ぽつりと呟く。
返ってくるのは静寂。或いは遠くから聞こえる車や街の喧騒の音。
見守っているのか、それとも見下しているのか
既にこの世を去ってしまった少年に問いかけても、何も、誰にも、どうにも出来はしない
例の騒動、感情抜きに結果だけ見れば
『設定だけはあったキャラが存在に言及されただけで誕生罪で死刑食らって存在そのものが抹消された』
って事実が残っただけだよね、あれ
いや、事の経緯とかはちゃんと理解できてるからこういうこと言うとあれだと思うけどほら、ね?
なんでチヒロって名前なのかってそりゃ誕生罪で死刑繋がりですとも