最強の前にて君臨する鬼 作:破門失踪
全て作者名通りだ。
周囲が薄暗くなり、空が茜に染まる。山の日暮れは麓よりもずっと早い。
自分は中学二年生となった。今は冬の長期休暇で山に戻ってきている。
この山で冬を迎えるのはもう九年目になる。実家より長い時間を過ごしたこの山は、時が経っても変わることなく自分を受け入れ、そして自然の猛威でもって鍛えてくれる。
今は呼吸法を完璧にする為に日々自分を鍛えている。しかし最終的な目標である呼吸の切り替えはまだ修行させて貰えない。
水の呼吸は随分様になってきたと自分でも思う。師匠もそれをわかって他の呼吸にも手を出して良いと許可をくれた。
他の呼吸はまだ試行錯誤の途中だ。それぞれの呼吸に特化した身体を持つ、先人達が残した指南書を手本にしている為、複数を選ぶ自分は型に調整を加えなければならない。
水の呼吸は比較的この調整が簡単だった。自分の万能の理念に近しいからだと考えている。
他の呼吸の中には、先達の武器が単純な刀ではないものも含まれている。なので型を自ら生み出す必要もあるかもしれない。
これからの修行に頭を悩ませつつ、自分は台所で手を動かしていた。
「これで良しっと」
机の上に最後の一皿の盛りつけを終える。
この九年間で剣の腕はもちろん、こうした料理の腕も上がった。とはいえ師匠の五百年の歴史には及びもしないけれど。
師匠が昼中にちょっと用があると言って自分に夕飯の準備を任せてきた。あの人のちょっとはどの県まで入るのだろうかとふと疑問に思ったところで、急に肌がピクついた。
これはこれから帰るという師匠からの合図。本人曰く、殺気やら剣気やらを魔力に乗せて飛ばせばなんて事ないらしい。
……もう少しわかりやすい日本語で教えて欲しい。
いや理屈は理解出来るが貴方はどの距離ソレを飛ばしてますか?この山の中ならともかく、県を跨いで特定の個人に向けて気配を届けるなんて芸当必要ですか?師匠携帯持ってて、僕以上に使いこなしてますよね?
上記の内容を実際にぶつけてみたことがある。返ってきた答えはこうだ。
「この世界には視線だけで相手を殺す者もいる……それに比べれば瑣末な事……」
ソレ多分師匠自身の事ですよね?とは恐ろしくて返せなかった。
少しして師匠が戻ってきたのを感じる。合図との間隔からして、東京に行ってたんだろう。また電化製品でも担いで帰ってきたのかなと思って出迎えると……
「今日からお前の弟弟子になる時透無一郎だ」
右肩にくの字で力無くぶら下がる人の形があった。長い髪が垂れ下がっていて、どこかのホラー映画のキャラを師匠が倒したみたいになっている。……返事も反応も無い。
……誘拐?拉致?まさか人を担いで帰ってくるとは。
「……ん?」
抱える人の様子に疑問を抱き、師匠が肩のその人を床に下ろす。小柄で華奢な体つきに長い黒髪だった為、最初女性かと思ったが、筋肉や骨格から男性らしい。顔は中性的な雰囲気があった。歳は自分と同じか少し下だろうか。
師匠の速度に目を回したのか酔ったのか、その子は気を失っていた。
「布団準備してきますね……」
「……すまん」
このくらいで驚いたりはもうしない。この人の下でこれでも九年間過ごしてきたのだ。
空き部屋に布団を敷き、その子を寝かせる。その後、師匠に食卓で追及する事にした。
「担いで移動するなら速度は考えてください……それで彼は?確か弟弟子と言ってましたけど」
「獏牙から相談を受けてな。無一郎本人も希望したので弟子にする事にした」
自分の弟弟子。そう言われ新鮮な気持ちになる。
ここの生活では二人しかいなかった為、一人増えただけでだいぶ気持ちは変わる。弟弟子という事で少しかもしれないが、自分も教える側にもなるというのが一番大きいのかもしれない。
ただ一国の首相がこの師匠に弟子入れさせたのだ。あの子には何か事情があるに違いない。
「……訳ありですか?」
「先日のテロで天涯孤独に、記憶を失い後遺症も残る……あの子はテロで家族も、自分自身すら失った今は空っぽの少年だ」
「相当じゃないですか……」
重い身の上話の役満でも受けた気分だ。ここは一つお茶でも飲んで心をリセットしよう。うん、この香りと味、そして温かさが自分の心を……
「ついでに私の子孫でもある」
盛大にむせた。
「げほっげほっ…………は?」
「うむ……私も驚いた」
「師匠のDNAって後世に残していいものじゃないですよね?」
頭の中で彼もいつか鬼となってしまうのだろうかと、イメージしてしまった。
「それはお前……だいぶ失礼だぞ……」
「あっすみません。驚いて思わずつい本音が」
「まぁ、何百年も経っているのだ。私の血も細胞も、あの子には一欠片も残ってはいないだろう」
「……ところで彼は知っているんですか?師匠の事や《覚醒》の事は」
「まだだ。《覚醒》については教えるだろうが……私の子孫だという事は言わなくてもいいだろう……それであの子がどうなるという訳でもない」
「時透無一郎君……でしたっけ?彼にも僕と同じように修行を?」
「そうだな……無一郎にも呼吸を会得させる。丁寧にやって一年ぐらいか」
「たった一年で全集中の呼吸を!?」
「お前を連れてきた頃とは歳も事情も違う……それにあの子は天才だ。無理をすれば二ヶ月でものになる程の逸材だろう」
「凄いなぁ……師匠にそこまで言わせるなんて」
「羨ましいと思うか?」
「それは、まぁもちろん。僕が持っていないものを沢山持っている訳ですからね」
「ならば……もし成れるなら、才能がある者に成りたいと思うか?」
「それは思いませんね。彼は彼。僕は僕です。
才能が無いなら無いなりに強くなってみせます。兄弟子になる訳ですからね。負ける気はありませんよ」
「そうか……ならば良い」
「どうしたんですか?今更、そんな事を確認して」
「なに、大した事では無い。ただ、憧れて憧れて……焦がれて焦がれて、その者になりたくて……結局、何者にもなれなかった。そんな哀れな男を知っているだけだ」
一輝は本来の私が堕ちた原因である感情をそんな事と言い捨てた。気にもしてないという風に。それがどうしたと。本当の黒死牟に聞かせてやりたい問答だった。
彼ならば道を違える様な心配はいらないだろう。
「ここでの生活や基礎修行については、お前に任せようと思っている」
「僕にですか?」
「教える側に回ってみるのも新たな発見があるやもしれん……というのもあるが一番は無一郎の為だ」
「僕よりも師匠の方が彼の為になるような気がしますが」
「無一郎には兄がいたが、先も言った通りテロで失っている。そして、それすら忘れている……その兄代わりというわけではないが、兄弟子として寄り添ってやって欲しい……今彼の心には誰も居ない状況なのだ」
今の無一郎の心の中に唯一いる獏牙も、仕方がないとはいえ最悪に近い形で消え去ってしまう。それまでに一輝にあの子の拠り所となって貰わねば。自分を取り戻す前に、無一郎が壊れかねん。
……全く獏牙も恐ろしい爆弾を渡してきたものだ。
「そういう事でしたら、わかりました……しかし随分気にかけてますね」
「そう見えるか?」
「えぇ……無一郎君の話になると、どこか親戚のおじさんみたいになってますよ。今日まで赤の他人だったんですよね?」
一輝はどうしてこう鋭いのだろうか。確かに赤の他人だが、記憶の中で知っているとはもちろん言えぬ。
「……私も子孫に出会ったのは初めてだからな。少々戸惑っておるのかもしれん」
「そもそも何代も後の子孫に会えるという状況が可笑しいですけどね」
「それで……お前の呼吸の方はどうだ?」
「通常ならかなりの時間呼吸を使っていても大丈夫にはなりました。常中までももうすぐで辿り着けると思います。
ただ、これに能力を掛け合わせると……正直わからないですね。肉や骨は持つでしょうが、細い血管や繊細な臓器への影響が未知数です。そこの許容範囲がわかれば調整のしようはあるのですが……」
「やはりか……許容範囲がわからぬのならば、試すしかあるまい」
「……それって僕何度も死にかけますよね?」
「死線を越えれば越えるほど、人間は急速に強くなる。簡単に死の淵へ突き落とせる良き時代になったものだ」
「テクノロジーの使い方が異常です……それはそうと師匠にお願いがありまして……」
「ん?何だ珍しい」
「僕のあの状態に名をつけて欲しいのです」
「……私が付けるのか?」
「はい!是非ともお願いします」
なんという期待の眼差し。これに納得できる名を付けられるのか。
「呼吸法や型の名も、一部を除き私が付けたわけでは無いのだが……」
「そうなんですか?」
「私の月の呼吸も受け売りだ……私の在り方としては合っているがな」
「師匠の在り方と言うと……」
「日の眠る夜に、日の威光を知らしめる月……それが私だ」
原作の黒死牟が何を思い、日の呼吸に対なす月を名付けたのかはわからない。ただ私の存在理由とこれ程合致した名前も他に無いだろう。
縁壱が死に、私は弟以上の強者が現れるのをただ待っている。この間、私の世界に夜明けはやって来ない。
いかん、一輝の状態に名をつけるのだったな……
「そうだな……修羅はどうだ?」
インドの鬼神である阿修羅の略称であり、仏教の六道の一つを指す言葉。六道説で修羅道は、常に闘う心を持つ、その精神的な境涯・状態の者が住む世界とされている。
「時間制限も含めて《一刀修羅》と言ったところか」
鬼の弟子であり、剣にその人生を捧げた一輝らしい名だと思う。
「《一刀修羅》……良いですね。ありがとうございます。名に負けぬよう、精進します」
こうしてこの山での新たな生活が始まる。
無一郎はその才を遺憾無く発揮し、予定より早く霞の呼吸を習得した。私が心配していた、怒りによる無理な修行は、一輝が上手くコントロールしていた。
彼は見事に心の拠り所になった。無一郎は記憶はまだ取り戻せないようだが、一輝を兄として懐いているようだ。一輝の事を兄さんと呼び、この山での生活を送っている。
かつて私と縁壱、我ら兄弟が過ごしたこの山は、新たな兄弟を懐深く、そして厳しく迎え入れた。
時は経つ。
一輝は破軍学園に入学し1年目、無一郎もあと数ヶ月でその学園へと入ろうとした冬の頃。一輝から電話が掛かってきた。
「お師匠様、一輝兄さんからです」
出会った頃からとは体付きが見違えた無一郎が、私にそう言って受話器を渡してくる。
「申し訳ありません、落第しちゃいました」
「………………………………そうか」
やはり私には、人を導く才能が無いのではないだろうか。いったい……何処で間違えたのか。
(不味い……そろそろ投稿しないと不味い……)
「何が不味い?言ってみろ」
「ピエッ!」