タ・タ・タ・タマっち!タマっちoh year~♪を感じろ。
「男の子と二人でショッピング……?」
杏が自分の耳を疑うかのように呟いてまじまじと球子の顔を丸くした瞳で凝視したのは、なんて事無い日常会話の中で次の休日になにをする予定なのかという話題に花を咲かせていた時だった。
『あぁ、こっちに来てからちょっとした位に偶然知り合った奴で、そいつもタマと同じで色々なアウトドアが趣味な奴なんだ』
山の中を自転車で掛け降りる少々以上の危険を対価に日常では決して味わえない刺激を楽しめるダウンヒルというエクストリームスポーツ。それを戦闘の鍛練で鍛えに鍛えた反射神経と同年代の一般的女子よりも強靭な肉体、そして、それらを背中の鞄に隠した神具から通してほんの少しだけ勇者の力を漲らせて強化するというちょっとしたズルをして楽しんでいたのだが、勇者の力など持ち得ずに純然たる実力のみで球子のタイムと張り合えるスピードでコースを下った男子に興味を抱いて話し掛けたのが知り合ったきっかけだと説明する。
「そんで、まぁ、それからタマの機会に山行ったり海行ったりするってだけの趣味仲間なんだ」
「……タマっち先輩が、男の子と……二人で……」
「そんなに驚くような事か?」
まるで思考が停止しているかのように動きを止めていた杏を訝しんだ球子が最愛の妹分の意識を確かめるように深窓のお嬢様然とした顔の前で手のひらをひらひらと舞わせると、急な再起動を果たした杏が両手でその手を握り掴んでずずいと顔と顔を近付ける。
「おわっ、なんだよ!?」
「何時に、何処へ、どうやって行くの?」
「なんだってそんな興味津々なんだ? 朝の適当な時間に待ち合わせてアウトドアショップ行くだけだぞ」
様々なアウトドアを幅広く楽しむ同士で新しくまだ未体験の何かをやってみようとノリで決めた二人、その何かを探す参考にする程度のつもりでアウトドアショップを冷やかしに行くというだけと認識している球子にとって、文学少女でインドア派の杏がなぜそれだけの事に身を乗り出すほどの興味を抱かせているのが理解できずに戸惑う。
「どんな事する予定なの?」
「普通に買い物だ、後はテキトーに飯食って解散するだけだな」
「どんな格好で行くの?」
「いや、どんなって……普通の格好だぞ。まさかバーテックスと戦う訳でも無いのに勇者アプリで勇者服着て行くなんてないだろ」
矢継ぎ早に繰り返された質問をに球子が戸惑いながら答えると、ほんの一瞬だけ遠い目をした杏がこれ見よがしに溜め息を吐き出す。
「わかってない……タマっち先輩はわかってないよ」
「んぁ? なにが?」
「でも大丈夫、私に任せて」
「いや、なにがだ?」
戸惑いの増す球子を置いてきぼりにしたまま強い輝きを瞳に灯す杏。
「参考にするかも知れないから聞いておくけど」
「なんの参考だ?」
「その相手の人って普段どんな格好しているの?」
「ホントになんの参考だ? ……あ~、普通だ、普通に動きやすそうなラフなのが多いな」
基本的に相手と会うときは何かしらのアウトドアを共に興じる時に会う間柄なので、互いにスポーツウェアなファッションでしか会った事無いなと思いつつ適当に返答する球子。その答えに杏が力強く頷きつつ立ち上がった。
「うん……うん! わかった、後は私に任せて! タマっち先輩はなんの心配もしなくて大丈夫」
「いや、だからなにが?」
「確実に間に合わせるために今からちょっと行ってくるね」
「……お、おう、そうか」
なにが妹分の琴線に触れたのか、丸亀城にいた頃はそうでもなかったのにこちらの世界に来てリーダーの子孫と絡むようになってから拗らせた暴走癖のままに昂っている妹分の後ろ姿をこのように投げ遣りに見送ったの記憶に新しい先日の話。そして、あれはいったいなんだったのかと首を傾げながら訪れた週末の朝に球子は暴走を止めなかった過去の自分を悔いる事になった。
「タマっち先輩、起きて、そろそろ身支度し始めないと待ち合わせの時間に遅れちゃうよ」
「ぅむぁ~~。……あんずか、こんな時間にどうした?」
前日の夜に球子基準での身支度を考慮して尚余裕があるようにセットした目覚ましのアラームではなく、勝手知ったると言わんばかりに部屋の主が起床する前から部屋に上がり込んでいた杏の張り切った声が熟睡中だった球子の意識を浮上させた。
「どうした? じゃないよ、ほら、早く起きて軽くシャワー浴びてきて」
「……シャワー?」
熟睡から急激に覚醒したせいか半ば寝惚けている球子がいつになく押しの強い杏に疑問を抱く事無くへにょへにょとした歩調で浴室に向かい、心地好いお湯にサッパリとした頃には正常に回り始めた思考が球子に疑問を抱かせる。
(結局なんでこんな時間に起こされてシャワーを浴びさせられてるんだ?)
不可解、答えに至るヒントも思い当たるところが無い。だが、なにやら張り切った雰囲気の妹分はまだ部屋にいるだろうし直接意図を聞けば良いだろうと暢気に考えながら球子は浴室を出て居室へと戻る。
「なぁ、あんず。サッパリするのは良いけどなんで朝っぱらから張り切ってんだ?」
「そりゃ張り切るよ、だって……ってタマっち先輩びしょ濡れのまま! ちゃんと体拭いて髪も乾かして!」
「体はワサワサーって拭いたぞ、髪だってバサバサって拭いたからほっときゃ乾くって」
タマは普段からこんな感じだ、わっはっはっ! そう態度で示すようにあっけらかんと言い放つ球子に杏が硬直し、一呼吸、二呼吸と両者の間に沈黙が発生する。
「タマっち先輩の女子力が死んでる……」
沈黙を終わらせたのは杏の震え声だった。
「女子力、女の子らしさなんてタマには遠い話だろ」
「うん……いや、うんじゃないよ……まぁいいや、いや、よくないけど風邪ひいちゃうからせめて体はちゃんと拭いて、髪は私が乾かすね……」
「あいよ」
そして、その場でもう一度ワサワサーっと乱雑に全身を拭った球子の姿に杏はどうしようもなく深い溜め息を吐き捨てた。
「そんで、結局なんだってそんな張り切ってんだ?」
肌着姿でされるがままにドライヤーで噴かれる球子が先ほど中断された質問を背中越しに問い直す。
「タマっち先輩をコーディネートします」
「はぁ?」
「タマっち先輩をコーディネートします」
「聞こえなかったから聞き返したんじゃなくて、ちょっとよくわからないから説明を求めたんだぞ」
球子が振り背後でドライヤーを駆使していた杏へと体ごと振り返ると同時に差し出された紙袋、なんだ? と、思いつつも妹分への信頼故に無警戒かつ反射的にそれを受け取ってしまう。
「女子力の風さんやファッションリーダーな雪花さんに協力を仰いで、ねっとりと協議しつつ実際にお店を何軒か回って完成させたタマっち専用決戦服だよ」
「いや、服の説明じゃなくてだな。もっと根本的な説明が欲しいぞ。……っていうかそもそも決戦ってあれか? いわゆる勝負服ってやつか?」
「それ以外に何があるの?」
「女子が男子の、もしかしたら、その逆パターンで相手に自分をアピールするっていう意味の勝負服か?」
「うん」
球子が何やら勘違いしてそうな妹分に対して困ったように眉を寄せつつ訊ねてみれば案の定な返答、普段は思慮深いけど事こういった話題だと思い込めば暴走しがちだもんなと納得しながらその勘違いを是正しようと口を開く。
「あのな、タマとアイツはそういう関係じゃなくてだな、普通に趣味仲間なんだ。だから、そういうアピールだのなんだのってのをするような仲じゃないんだ」
自分は別に異性として相手の気を惹こうとしてる訳じゃないし、相手も普段の言動から察するに自分へとそういう意識を向けてるようにはまるで思えないし向けようともしてないだろう。だから、勘違いが発端とはいえ応援してくれようとしたのは嬉しいけど着飾って行くつもりはないしその必要も無いと説明すると、杏が深淵から浮上するような微笑みを顔に張り付けた。
「やっぱり、タマっち先輩はわかってないなぁ」
「タマとアイツは趣味仲間でダチ公、ホントにそれだけだぞ?」
「うん、そうだろうね。でも、これからもそうとは限らないよ。」
普段のちょっと控え目な気質が鳴りを潜め、もしかしたらという程度の可能性を断言するかのように示唆する杏。
「女の子がかわいく着飾って損なんてしないんだから、必要有るか無いかじゃないんだよ」
「損とか特とかも求めてないんだよなぁ……それに、タマが着飾ったところで服のかわいさがタマから浮くだけだろ」
「んも~、タマっち先輩ったら否定してばっかり。大丈夫、ちゃんとタマっちの魅力を最大限引き出せる最高のコーディネートを用意してるんだから。ほら、はやく着替えて」
有無は言わせない、拒否権は与えない、微笑みながらもそんな迫力を携えた杏に根負けした球子が渋々ながらも紙袋を開いて着衣を始める。
「ほら、服に合わせて髪も整えるから据わって」
「あ~、わかったわかった」
ただ身支度を整えるだけなのに疲労感を感じてきたせいか投げ遣りに答えつつ、言われた通り机にの上に設置された置き鏡の前へと腰を降ろす球子。球子の背後へと機敏に移動した杏が明るいブラウンの髪へと丁寧にブラシを通す。
(タマが着飾ったところでどうなるってんだか)
やはり、されるがままになっている球子が天井を眺めながら胸中で呟く。
勇者である土居球子は、いや、少女である土居球子は物心ついた頃から『ガサツな子』と言われてきた。気が強く運動神経も良かったので毎日ヤンチャな遊びをしたり時には男子とケンカして勝利することもあった。親からさえも『女の子らしくない』と称され、本人も特段直そうともせずに今に至っている。
『女の子らしい』とは対極である存在だと自分でも思っている、それが土居球子という少女なのだ。
そんな存在がかわいく着飾る、いわゆる"お洒落"という『女の子らしさ』に今更触れたってどうにもならないだろう。そう、自嘲に似ているが決して自分を卑下している訳でも無い曖昧な感情のまま信頼する妹分に髪を梳かされる心地好さに身を委ねる。
「うんうん、風さんと雪花さんの言ってた通りスッゴくカワイイ出来だよ!」
「そうかそうか」
「も~、タマっち先輩適当に流してるでしょ、ちゃんと鏡見て、ビックリするくらいいつもと違うんだから」
「まさか、そんなちょろっと着飾った程度で──」
タマの何がかわるってんだ? とは、声にならなかった。
「ふふふ、服は雪花さん主導でのコーディネートでね、慣れない服装で浮き足立っても良くないからスカートみたいなガウチョパンツでシルエットの可愛らしさとタマっちの動き易さを両立して、小柄さを武器に女性らしさよりも女の子らしさを前面に出すために露出を減らしつつ華々しくなりすぎないようにシンプルに揃えて──」
楽し気かつ自慢気に説明を連ねる杏。
「──それでね、主張し過ぎない服で揃えるならアクセサリーも控え目にすればタマっち先輩そのものを強調できるかもって。で、髪もサイドの髪を下ろしたままで輪郭を隠して小顔効果を狙えば小柄さと相まって守りたくなるような可愛らしさ感がでるはずだって風さんの女子力アドバイスが──
鏡の中に『女の子らしい女の子』がいた。
顔は間違いなく自分なのに、それでもまるで自分じゃないかのような不思議な感覚。まるで、自分の心だけが誰か別の『女の子』に入り込んだかのような錯覚。
「ねっ、スッゴいでしょ?」
「おぅ……これは驚くな」
着飾った姿が想像以上に満足のできる出来だった事に胸を張る杏に、呆けたように答える球子。
「これだけカワイイとそんなつもりの無いお相手さんもドキドキしちゃうかもね」
「いや、どうだろうな。外側取り繕っても結局中身はタマだからな」
多くの人が称したように自分は『ガサツな子』なのだ、女の子らしい格好したところで中身は変わらないし言動も変わらない、結局見た目に慣れてしまえば何時も通りに駄弁りながら飯食って終わりだろうと鼻で笑う。
「ふふふ、それこそどうだろうね。あっ、そろそろ出発しなきゃ待ち合わせに遅れちゃうんじゃない?」
「あん? ……うわ、もうこんな時間か、身支度って気合い入れるとこんな時間かかるのか」
「タマっちの普段が手早過ぎるんだよ」
こんなにカワイイんだから普段ももうちょっとだけお洒落すればいいのに、と、言外に言いつつ鼻で嘆息する杏。
「普段から早起きしてこうすんのは面倒だな。まぁ、行ってくるぞ」
「勿体無いなぁ、いってらっしゃい」
杏に見送られながらも寄宿舎を飛び出して駆け出す球子。なるほど、雪花の選んだこのスカートのような見た目をしつつも構造的にはズボンであるガウチョパンツとやらは動きやすいなと思いつつ球子は駆け足を続け、ここから先は歩いても余裕があるだろうと言う所まで進んでから速度を落として歩き始める。
そして、唐突に違和感を覚えた。
(なんか、視線感じんな)
スレ違う人達から向けられる視線、いつもならこんなに他人から視線を向けられる事はないはずだと考えた球子だが、すぐにとある予測に思い至る。
(もしかして……今のタマって変に見られてるのか?)
杏は『カワイイ』と言ってたし自分も自分で『まるで別人だな』とも思った。仲間でファッションに長けてる雪花や女子としてのなんたるかを知る風が協力してくれたらしいし格好が変に見られている訳じゃないだろうとも同時に予測する。その予測に至れる程に妹分の感性もファッションリーダーのセンスも女子力の権化も信頼しているのだ。
(見た目が変な訳じゃないはず……なんでこんなに見られるのかわかんねーな)
最初の駆け足で待ち合わせまでの余裕は作れた、少しだけゆっくり歩きながらおかしい所が無いかちょっと考えてみようと思考に意識を向ける球子。自然と歩幅が狭まり、動作が落ち着いたゆっくりとしたものになる。
「すっげ、あの娘かわいくね?」
「マジじゃん、声かけろよ」
「バッカお前、あんな気合い入った格好してるんだからこれからデートだろうに、あしらわれて惨めになるだけだろーが」
(……は? ……んなっ!!?)
信号待ちしている最中、離れた場所にいた年頃の近そうな男子達の話し声を耳で拾ってしまい、理解が追い付いたと同時に球子の思考が衝撃に襲われる。
(かわいいって……かわいいって……知らんやつ相手でも異性に言われるとかなり恥ずかしいな!)
激しい羞恥に襲われて自然とうつむきがちになり、視線が路面のみを映す。
(ってかアレだな、タマはデートに向かってると思われるような見た目してんのかよ……)
そして、それに気付いてしまった球子が連鎖的にとある事に気付いてしまう。
(あれ? もしかして……デートに向かってると思われるような格好でアイツとこれから会うんだよな、これって……タマがそういうの意識して気合い入れちまったみたいに思われるんじゃ?)
ふと、いつの間にか信号が青くなっていた事に気付いて踏み出すも、その歩幅が先程よりも狭まっている事に気づけない程度には精神から余裕が無くなっている球子。
(うっわ、どうしよ、急に帰りたくなってきた。でも、前々から約束してた事だしな、このタイミングで『やっぱ無理』って断るとかダメすぎるだろ)
悶々とした思いのまま待ち合わせ場所へと向かい続ける球子。狭まった歩幅に気付かないまま進み続けた故にか駆け足で稼いだ時間を浪費し、いつの間にやら待ち合わせの時間ギリギリになりながら約束の場所へとたどり着く。そして──
『うわ……すっげ……』
普段ならば共にアウトドアに興じるだけのアイツ、ラフな格好でもなくスポーツウェアな格好でもなく、様々なジャンルのアウトドアに適応できるだけの恵まれた体格を年頃らしくも少しだけ大人びたファッションで包んだアイツの驚きながらも照れたような表情を見つけた。
「……すっげ……ってなんだよ」
よく見知ったアイツの見慣れない姿。なんだ、コイツこんな格好もするのかよと思いつつ体格差故に見上げつつ問い掛ける。その姿はきっと、誰が見ても照れ隠しにちょっと憎まれ口を叩いてるようにしか見えないのだろう。
(普段とまるで違う格好だからか? かなり印象ちがって見えるな。普段からこういう気合い入れたような格好してたらコイツってモテるんじゃないか?)
そこまで思考が至り、次の瞬間にとある思考へとたどり着く。
(なんでコイツちょっと買い物行くだけなのにこんなカッコ付けて…………あっ……)
──あんな気合い入った格好してるんだからこれからデートだろう
思い出す、名前も知らないスレ違っただけの他人の言葉。
(えっ? あ? ……コイツ、実はそういうの意識してたのか? タマと会うのに、気合い入れちゃったのか?)
見上げたまま、至ってしまった推測によって頬へと熱が集まる。
『……似合ってんじゃん』
顔を逸らし、そっぽを向きながらぶっきらぼうに短く返される答え。ただそれだけなのに球子の頬が灼熱と化す。
「おぅ、サンキューな……お前もなんか良い感じじゃねーかよ。普段からそんな格好してりゃモテんじゃねーの? たしか彼女欲しいとかってボヤいてたよな」
反射的に褒められた事に対して礼を言う球子だが、その実、混乱に近いために思考の回転は悲鳴をあげていた。それ故に普段なら言わないような事も深く思考せずに口からこぼれ出る
。
『こんな格好……目的無く普段からなんてめんどくさくてやってらんねーよ』
「……おう、そうか」
またも反射的に返事を返す球子。
そして、思考が少しだけ追い付く。
(あれ? って事は今は目的があるからカッコ付けて……?)
それは、もしかして── そんな思考が結論にたどり着く直前にかけられた声によって途絶える。
『そろそろ行こう。あ、朝飯食べてきたか?』
「そういや食ってないな。お前はどうなんだよ」
『まだ食べてない』
「軽く何か食ってからアウトドアショップ向かうか」
恋と言えるほど確かなものではなく。
愛と言えるほど強くもない。
しかし、二人の間には意識があった。
勇者である土居球子の、いや、少女である土居球子の心の中にある何かが少しだけ変化した日。