机には罵倒の嵐。視線は悪意。下駄箱に泥。
立花響にとってそれは既に慣れたものになってしまっていた。
毎日の学校が辛い。行きたくないと思ってしまうことも多々ある。
けれどもし私が耐えきれなくなれば、それは今も頑張っている母や祖母に申し訳が立たない。
頼るべき父はもういない。仕事に行ったきり帰ってこなくなってしまった。
今度あったら文句の一つも言ってやりたいけど、もはや逸れも叶うまいと心は諦めてしまっている。
「──へいき、へっちゃら」
帰り道も最中、ふと誰かが言っていたのを覚えている言葉を呟く。
それを聞いてくれるひだまりは今日はない。未来は用事にてまだ学校内。故に私一人。たった一人。
「……空は綺麗だなー」
勝手に足が運んだ坂から見える橙色の空を眺める。今にも隠れそうな真っ赤な夕日に目を焼かれそうになる。
なんでこんな所を通っているのか。この道は自宅へ帰るのには一番の通り道であるはずなのに。
やはり帰りたくないのか。家ですら安息とは言いがたいのだが、それでも他の場所よりはましなのに。
そこにすら行きたくないとは我ながら呆れる気持ちの方が強い。
なら、どこに行けば良いというのか。悩むのは性に合わないとわかっているのだが、それでも一度考えてしまうとそれがぐるぐると頭を周り続ける。
私を助ける溜に戦ってくれたあの人は生きるのを諦めるなと言ってくれた。
それでもこのまま頑張っても意味はあるのか。このまま私に対する辺りが加速すれば、いずれ未来にも──。
「……はーっ」
ため息が漏れる。それを止めようと思わない。
どうせ誰もいないのだ。今は、今だけは気にせず物思いにふけっても損はない──。
「──我の前でため息とは、随分と不敬な女もいたものよな」
いきなり耳に入ってきたその音に勢いよく顔を向けてしまう。
そこにいたのは男であった。輝くような金の髪に蛇のような鋭い紅眼。私と同じような人であるはずなのに、何故か空に浮かぶ夕日よりも光を感じる存在感。
自分が今まで見たことのないような外国人。事実、こんな人は知り合いにはいない。
「ええっと……、どちらさまでしょうか?」
「我に名を請うか。普段なら粛正ものだがまあ良い。我もいきなりの召喚故、少し戸惑っているのでな」
絶対に戸惑っていないだろうと言えるぐらいには堂々と話すその男の人。召喚って何のことなんだろう?
「まあ良い。偶然とはいえ戯れ程度にはなるだろうしな。──それにしても雑種。中々に妙なものを宿しているな」
私を雑種と呼んだ男の人は何やら変なことを言ってくる。
妙なもの? 宿す? 何だろう? よくわからないけど目の前の人は適当に言っているわけではないと表情でわかる。
「……ええっと……?」
「気付いていないか。おおよそ人には害であろうに呆れた鈍感さだ。……いや、ただ目覚めていないだけか」
すっごく不安なことをビシビシ言ってくるこの人。
言っていることの半分も理解できないのが余計に不安を煽ってくる。……体内って言ってたしもしかして病気!?
「──はあーっ。私って呪われてるのかなぁ」
ついついいつもの流れで口癖にまでなってしまった言葉を吐いてしまう。
普段ならば誰も気にしない戯言で終わるそれ。しかし、目の前の男の人は違った。
「──ほう。我を前にしてそのように宣うか」
「えっ?」
「この英雄王をその目に写し、なお世迷い言を吐けるとはな。余程目の肥えた小娘がいたものだ」
私の言葉が地雷を踏んだのか多少、いやだいぶ不機嫌なオーラを出し始める男の人。
「ご、ごめんなさい!」
「……次はないと思え雑種。我とて小娘の血で財を汚したくはないのでな」
よかった。どうにか怒気を納めてくれたようだ。
思わず震え上がってしまうほどに鋭く恐ろしい視線だった。瞬間的な怖さであれば、ノイズに襲われたあの日にも劣らぬだろう命の危機を感じた気がする。
「……それで雑種。何を悩んでいる? 暇つぶしの種ぐらいにはしてやる故話してみよ」
「え、えぇ……」
どうやら拒否権はないらしい。そう彼の紅い瞳が語っている。
……大丈夫だろうか。この辺の人じゃないから私について知らないだけで、もしかしたら聞いた後で何か言ってくるかもしれない。
少し悩んだけど、なぜだか口は開き始めていた。
聞きたいというのなら聞かせてしまえば良い。そうやけくそに考えるぐらい私は追い詰められていたのだろうか。それとも隠し事はできないと無意識に思ってしまったのか。
理由なんてどうでも良かった。それをどう受け取られるかも全く興味が無かった。話し終えたときには開放感すら湧いたのだから。
「……成る程。ノイズか。直接視なければどうと言えることではあるまいが下らぬ物が蔓延る世になったものよ。……いや、世界が四つほど横にずれればこのように歪むこともあり得るか」
「あ、あのぉ……」
「それにしても中々愉快な人生を送っている様だな雑種。貶めることで己を保つ人のあり方はどこであろうと変わらぬものよな」
話をを聞き終えたこの男の人は罵声を浴びせてくるわけでもなく同情を見せてくるわけでもなかった。
その眼から暖かさを感じさせることはなく、私には何を見ているのかさえわかりはしない。
「だが、それ以上に不可解なのは貴様だ雑種」
「へっ? 私?」
「己にかかる理不尽に抗おうともせず、未だ他者に憎悪の目を向けようとしていない。貴様の感情は何処にあるという」
その蛇のような眼とはっきりと目が合う。
見ているだけで己を見失いそうになる透き通った紅い眼。けれどそれに囚われるわけにはいかない。
――だってその質問は今の自分にも問いかけていたものであるのだから。
それから逃げてはいけない。自分のために、自分を信じてくれているあのひだまりのような友のために。
「私一人じゃもっと早くに折れていたと思います。こんなに辛くて明日にすら期待を抱けない毎日なんですもん。……けど、私には大切な友達がいます。一緒に手を繋いで隣で笑い合える親友がいます。だから、こんな辛いだけの日々になんか負ける気はありませんっ!!」
ぐちゃぐちゃで強引な言葉。けど、これ以上に今の私を示せる言葉はない。
そうだ。私には未来がいる。これからをともに歩んでくれる
ようやくすっきりした。心に食い付いていた太い骨がぽろっと取れたぐらいにはいろんなものが軽くなった。
「……なるほど。共に歩く者、か」
「はいっ!!」
「そう童子のような眼で言えるのならそれが虚言ということもあるまい。ならば、精々大事にすることだな雑種」
そう私に言ったとき、その瞬間だけこの人の圧が減った気がした。
気のせいだろうか。……ううん、多分気のせいじゃない、少なくとも私にとっては。
「ところで雑種。人助けが趣味と言ったな?」
「え、言いましたが」
「何、我は今退屈でな。そら、手を出すが良い」
そう言われるがままに一歩近づき手を出す。何だろう? 握手とか?
刹那、冬でもないのにぴりっと静電気みたいな痛みが手を駆け抜ける。
すぐにそこを確認すると、いつの間にか手の甲に赤い紋章みたいなものが付いていた。
「え、えっ?」
「仮契約というやつだ。非常に遺憾ながら貴様は我のマスターとなったわけだ」
「け、契約? マスター?」
「然り。精々我を愉しませることだ。我が蔵から報償を差し出したくなるぐらいにはな」
戸惑いが止まらない私を置いてその人はいなくなっていた。
まるでここには人なんていなかったかのように忽然と。何も残さずにその場から消え失せていた。
あの人は何者だったのか。一体何だったのか。
疲れから出た夢か、あるいは逃避の果ての幻想か。それとも狐にでもつままれたか。
――いや、そのどちらでもない。あの人はいた。あれは間違いなく現実だった。
未だ手の甲に残るこの赤い模様が証拠。これがある限り、あの存在感の塊みたいな人は間違いなく存在していた。
「……帰ろっか」
気づけば夕日も落ちかけて夜が始まろうとしていた。
早く帰らないとお母さん達心配するかな。帰りが遅いことを未来に知られちゃうとまた心配を掛けてしまう。
とりあえず、今の不安は一つ。これは早急に解決しなくちゃいけない大きな問題。
――この模様どうしよう? これ、学校では違反になっちゃうよね?
そこはこの街を見渡せる場。この周辺で最も高い場所。
その場所に男は君臨していた。ただ立っているだけでそう錯覚させる男。
「
その男は黄金であった。
髪の色だけではない。彼を形作るその体。漂わせる覇気。内に眠る魂のすべてが金色で構成されているかのように思わせる黄金色の輝きを魅せる男。
「あの雑種次第か。体内が中々に愉快なことになっていたが、あれはあれでどうなるか見物よな」
先程契約したあの人間について思い出す男。
外見で嗤ったのではない。あの少女に眠る宝具に似た何かに興味を示した、ただそれだけ事でしかない。
「――まあ退屈凌ぎにはなるか」
男の名はギルガメッシュ。原初の英雄。人類最古の英雄王。
ここは彼の在った人類史とは外れた横の世界。本来なら決して交わることなど起こるはずもない異世界。
――されど王はこの地に顕界を果たした。ならば、もう止まることなどありはしないのだから。
びっきーウルトラハードモード。なお最悪でギルがラスボス、最善でキャロル生存ルート。
話変わるけどリリカルなのはが期間限定で無料公開中らしいですね。
そろそろ不定期の方も進めたい気分です。