短編です。猫物語(白)読了後に書いたものです。
※ピクシブ様にも投稿しております。

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第1話

【つばさハピネス】

 

 いつのことだったか、今思い出せば本当に懐かしい話になるのだが、これは私と阿良々木くんだけの秘密の物語。

 物語、というほどではない小さな出来事かもしれないけれど、私にとっては一生忘れることのできない、物語に相当する思い出なのだ。

 そう、それはまさに、眠り姫が永い眠りから覚める瞬間のような。きらきらと眩しくこの胸に残っている。

 

 ある日のこと、私と阿良々木くんはとあるファミレスに来ていた。ちょっと贅沢に、飲み物片手に勉強というわけだ。

 私としては、ファミレスのような騒がしい場所での勉強はあまり身に入らないと思っているのだけれど、生憎今日は日曜日で図書館は休み、阿良々木くんの家で勉強するのも一つの手だが、失礼なことを言わせてもらうと彼の家はあまり勉強向きとはいえない。そして私の家は、言うまでもなく無理。そもそも羽川家は、ついこの間燃えてなくなってしまった。

 と、いけない。燃えてなくなった、ではなく、私が燃やした、とここは訂正させていただく。

 

「――で、羽川。日曜日にいきなり呼び出すかと思ったら、ファミレスデートですか」

 わけも分からず店内に連れ込まれた風の阿良々木くんが、困った顔で訊いてきた。

 いや、実際そうなんだけど。

 いきなり引っ張り込まれ、席の指定も他のお客さんから離れたところに勝手にされて、正直戸惑う以外ないだろうな、と今更相手の気持ちを考えながら、私は悪戯っぽく笑う。

 笑うだけ。

 

「……飲み物、お代わり注いでこようか?」

 答えてもらえないと悟った相手は、今度はそう申し出てきた。私のブラックコーヒーが入ったコップが空になっているのを見てだろう、この辺りの気配りは、さすがといった感じである。

 

「ううん、いいよ」

 私は忙しなく動かしていたシャープペンシルを止め、阿良々木くんの顏を見た。

 実は、今までしていたのは勉強のフリだったりする。カラオケに行った時といい、いい加減私も悪戯好きだ。

 

「阿良々木くん、戦場ヶ原さんのこと、好き?」

 ぶほわっ、と彼は豪快に飲み物を吹き出した。お行儀が悪いことこの上ないが、しかしそれを示唆したのは他ならぬ私である。

 

「げほっ、な、何だよ突然」

「ううん、訊いてみたくなっただけだよ」

 しばらく咳き込んでいた阿良々木くん。その顏が可愛かったりする。

 携帯で写メしてブログにアップしたいくらい。

 と、これはいけない性癖かな?

 

「お前、変わったよな」

 どうやら落ち着いたらしい彼が、テーブルを拭きながら言ってきた――この辺り、几帳面過ぎる。

 

「え?」

「いや、少し前まではそんな冗談飛ばさない奴だったからさ、僕としても色んな意味で驚いて」

 まあ、無理もないよね。

 私は、新学期に虎に睨まれてから。苛虎に行き遭ってから。

 変わったのだ。

 ストレスも嫉妬も――悪も闇も受け入れることを決意した。

 ゆえに、私の心は最近まで落ち着かず暴走しっぱなしだった。辛いと思うこともたくさんあった。

 

「まあ、そんな羽川も好きだけどな」

 唐突に彼が呟いた言葉に、私の握ったままだったシャープペンシルは落ちて床に転がった。

 

「ちょっと、やめてよ。私は戦場ヶ原さんのことを訊いたのに」

 拾うために、かがみながら――つまりは、赤くなった顏を見られないようにするため――私は言う。

 びっくりした。

 

「何でもかんでも受け入れるってのは只事じゃないし、只者がすることじゃないと思うけど、僕はそう決意したお前が立派だと思う」

 で、今日呼び出したのは、別に勉強目的じゃないんだろ?

 そう彼は続けた。

 

「……なあんだ。バレちゃってたのか」

「ああ。羽川の嘘くらい見抜けなくてどうする。お前が嘘をつくと猫耳が生えるんだからな」

「それこそ嘘よ」

「バレたか」

「最近、二人の仲が良くなってて」

 唐突に、私は切りだした。

 

「私の――父親と呼ぶべき人と、母親と呼ぶべき人が。最近、一緒に過ごす時間が増えてきているように感じるの。気の所為かなとも思ったけれど、やっぱり気の所為なんかじゃなくって。実際、この間丸一日帰ってこなかつたし、今日も、仕事で遅くなるみたいなことを言いながら――明日まで、帰ってこないんだろうなって」

「……」

「別に、嫌なんじゃないけど。歩み寄るのは、いいことだと思うし」

「それは、嘘だろ」

 阿良々木くんの言葉に、私ははっとなった。

 私はまた――自分に嘘をついた?

 

「その二人が親密になったところで、お前は相変わらずなんだろ? お前はそれを妬んでいるはずだ。なら、妬んでしかるべきだ」

「……うん」

 果たして、阿良々木くんは気づいているだろうか。

 私が、あなたで憂さ晴らしをしたことに。結局、私は何も変わっていないということに。

 

 

 

 誰もいない部屋で、就寝の準備をする。

 あれから阿良々木くんは慰めてくれて、私としてもいい発散になった(この言い方は失礼)。でも実際、その後私たちはカラオケに行ったりもして、いつかのように私だけ長時間歌ったのだ。どれだけストレスが溜まっていたのだという話だ。

 今日も、帰ってこなかったなあ――ひとりで食べるご飯は、ちょっと寂しいものがある。三人でばらばらに、黙って食事するのと何ら変わりないと思っていたけれど、どうやらそういうことはないらしい。

 パジャマに着替えて。歯を磨いて。ああ、ルンバがいてくれたらなあ、なんて思った。いやしかし彼は指定した時刻にしか動かないので、仮にいたとしてもこの時間はお休み中だろう。

 

「おやすみ」

 けれども私はそう声に出して、目を閉じた。

 

 

 

 頭をこつんとつつかれたような気がして、私は目を覚ました。

 こつん?

 もしかしてルンバだろうかとも思ったが、そんなことは有り得ない、いくら願ったところでもう彼は帰ってこないのだ。

 それに、この「こつん」は自動掃除機のものとは違う、人間の暖かさみたいなものに溢れていて――

 

「おはよう、羽川」

 阿良々木くんに起こされていた。

 阿良々木くんに起こされていた。

 阿良々木くんに起こされていた。

 

「え? え? おはよう?」

 夢なのだろうか。目の前でしゃがんでいる制服姿の阿良々木くんを見て、とりあえずこちらもつつき返した。

 本物だった。

 心臓が大変なことになっている。状況を把握しきれていない。理解できない。

 

「いや、今日お前以外誰もいないかなーと思って、来てみたんだけれど」

「えっ……」

「ひとりってのは、それだけで寂しいものだろ?」

 それはそうだけども。でも、でも。

 なんだか一歩間違えると事件になるようなことをしている気がする。もう間違えているのかな?

 彼の背後を見れば、窓が綺麗に外れていた。これでは鍵を掛けても意味がない。

 恐るべし吸血鬼……これではいつ襲われてもおかしくないじゃないか。

 

「さ、朝ご飯食べようぜ、羽川」

「……うん」

 いやー、朝から羽川のパジャマ姿が見られて最高だぜ、とか嬉しそうにしている阿良々木くんを見て。

 私は、とても幸せな気持ちになった。

 

 ふいに、階段に向かっていた阿良々木くんが足を止め、こちらを振り向いた。

 

「おはよう、羽川」

 こんなの、戦場ヶ原さんにバレたらただじゃ済まされないとか、女子としてこれはどうなんだろうとか思ったけれど。

 

「おはよう、阿良々木くん」

 やっぱり、幸せだった。

 

 ただ、もう二度とこういうことはしないようにと彼にはきつく言っておいた。

 阿良々木くんの貞操がただじゃ済まされないからね――なんて。

 

 それから、朝食も食べずにとんできたという阿良々木くんと二人で朝食という類まれなるイベントが発生したわけだけれど、そういえば彼には言っていないことがあった。

 そう、私の料理の悲惨さである。

 彼の素直な感想に、ちょっとへこんでしまった。


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