我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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一気に16話くらい投稿しました。


共和国の崩壊 連合王国への先陣

「お母さっ」

 

 最後まで言えず、今年20歳になったばかりの兵士が物言わぬ骸と化した。

 ベテランの軍曹は、ただ塹壕の中で縮こまって耐えることしかできない。

 

「くそっ、帝国軍め、くそっ……」

 

 ぶつぶつと呟く声が横から聞こえてくる。

 大声で笑っていたり、奇声を発していたりする者もいた。

 

 

 ここは地獄だ――

 

 夜明け前から始まって、もう5時間以上も帝国軍による砲撃は続いている。

 その密度は、開戦時に共和国軍が攻勢を仕掛けたときよりも濃密ではないかと思わせる程だった。

 

 砲撃は砲身を冷やす為か、あるいは砲弾の補給でもしているのか、途中で途切れることもあった。

 しかし、その途切れているとき、必ず敵の航空機が、まるで死体に群がる蝿のように上空を飛び回り、攻撃を加えてくる。

 

 永遠に続くかと思われた砲撃だが、次第に砲声の間隔が遠くなり、やがて止んだ。

 

 

 軍曹は恐る恐る、塹壕の外の様子を窺う。

 辺りは不気味なほどに静まり返っている。

 

 彼は呆けたように、ただその光景を見つめていたが――微かに聞こえてくる音を聞いた。

 それはエンジンの音で、急激に大きくなっていき、本格的な攻勢であることを軍曹は悟った。

 

「敵襲! 敵襲!」

 

 彼はあらん限りの声で叫ぶ。

 そして、いよいよ、敵が現れた。

 

 軍曹と無事であった兵士達は、それを見た。

 

 大地を埋め尽くすのではないか、と思われる、長大な砲身を振りかざしながら進撃する戦車の群れ。

 そして、空を埋め尽くすかのような無数の近接支援機達。

 

 

「司令部っ! 地上は戦車で、空は敵機で埋まっている!」

 

 

 軍曹の傍にいた通信兵が通信機にかじりついて、そう叫んだとき――塹壕内を弾着による土煙が走った。

 それから少し遅れて、ベヒーモスの咆哮と呼ばれている、独特のモーター音が響き渡る。

 

 土煙が収まった後、そこにあったのは血溜まりと無数の肉片、完全に破壊された通信機であった。

 

 

 

 

 今さっき、敵兵を始末したルーデルは愛機であるA-5を操りながら、続けて列機と共同し、塹壕を上空から掃射していく。

 

 全て合わせると3トン近い重量になる30mmガトリング砲とそのシステムを搭載して、空を飛ばす為だけに開発されたA-5は彼にとって、非常に相性の良い機体だった。

 専用の焼夷徹甲弾まで開発されたこのガトリング砲の威力は素晴らしく、ルーデルをはじめA-5乗り達は、共和国軍の戦車や火砲を破壊できるこの日を待ち望んでいたと言っても過言ではない。

 

「共和国軍め、新型をたくさん揃えて待っていろ」

 

 この攻勢にあわせ、東部戦線から移動してきた彼にとって、共和国軍が配備しているらしいというルノーの新型戦車は楽しみにしていたものだった。

 

 ルノーの新型をスクラップに変えてやる――それは今回の作戦前、A-5乗りの間でよく言われたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共和国軍は崩壊の危機に瀕していた。

 

 帝国陸空軍の攻勢は、彼らの予想を遥かに超えたものであり、とてもではないが支えきれなかった。

 

 5月20日から始まったが、その攻勢の最初は帝国空軍による大規模空襲だった。

 このとき、帝国は4個航空艦隊を共和国へ投入しており、これら航空艦隊は合計して数万機にも及ぶ第一線機を稼働させていた。

 

 共和国空軍は質・量の両面で押してくる帝国空軍により完全に抑え込まれ、共和国の空は帝国空軍により奪われた。

 

 前線から後方まで、満遍なく帝国空軍は攻撃を実行し、軍事施設及びインフラ破壊、そして地上部隊への襲撃により共和国軍は甚大な損害を被ることとなった。

 

 それだけならばまだ、共和国軍は消耗こそあったが、前線に展開した部隊は戦闘能力をかろうじて維持できていた。

 

 だが、5月20日から2週間後の未明から帝国陸軍は西部戦線において、全面攻勢を開始した。

 それは文字通り、共和国軍と帝国軍が対峙している場所全てで行われていた。

 

 この日の為に帝国軍が用意した兵力は160個師団であり、これらを新設された分も含め、6個の砲兵軍団が支援を行う。

 

 また帝国空軍の近接支援機や戦闘爆撃機、双発爆撃機、輸送機改造で105mm榴弾砲を積んだガンシップなどが前線の制圧に投入された。

 

 援軍を送り込むことすら叶わず、前線に展開した部隊は急激に消耗し、各所で小規模な突破口が開かれたのは6月8日のことだった。

 

 

 

 

「空軍は何をやっているんだ!」

 

 共和国陸軍の全将兵の心を代弁した言葉が司令部内に響き渡った。

 

 ド・ルーゴの怒号に対し、答える者はいない。

 何よりも、ド・ルーゴ自身も既に知らされていたのだ。

 

 共和国空軍はもはや壊滅していることを。

 僅か2週間で、帝国空軍は膨大な航空戦力を叩きつけ、一瞬にして共和国空軍は消耗させられた。

 

 当時、共和国空軍は前線及び首都周辺、そして工業地帯や港湾といった重要拠点に合計して5000機近くの戦闘機を分散して配備していた。

 それらの大半はラファールのエンジン馬力向上型であり、これまでTa152にやや苦戦しながらも、一方的にはならなかった。

 

 しかし、帝国空軍が投入してきたエンジン馬力を向上させたと思われるTa152はそのラファールよりも性能的に優位であり、何よりも数が違った。

 

 連合王国空軍が戦闘機部隊を派遣してきたが――しかもそれは新型のグリフォンエンジンを搭載したスピットファイア――焼け石に水で、そのスピットファイアですらもTa152に苦戦を強いられた。

 

 制空権を取られたら、どれほどに酷いことになるかはすぐに共和国陸軍が身を以て知ることとなった。

 

 そして、今の状況だ。

 

 帝国陸軍は前線の綻びから瞬く間に侵入してくるだろう、とド・ルーゴらは予想していた。

 その穴を塞ぐべく前線から少し離れた地点に待機させてあった機甲師団や歩兵師団に移動を命じたが、夜間にのみ移動を限定している為、通常よりも到着が遅れるのは確定だった。

 

 しかし、ド・ルーゴらは致命的なミスを犯してしまった。

 とはいえ、これは彼らの判断を責められるものではない。

 

 前線に綻びが出たから、それを塞ぐべく、予備戦力を投入するというのは当然の判断だ。

 

 だが、帝国陸軍の採用しているドクトリンの第一段階は、まさしくその予備戦力を後方から引きずり出すところまでが狙いであった。

 このとき、帝国の西方方面軍は各所にできた小さな綻びから共和国軍後方へと浸透することはせず、それを左右に押し広げ、補強しつつあったのだ。

 

 ド・ルーゴらはこの報告を受けていたが、しかし勘違いした。

 帝国軍はてっきり戦車による後方への浸透を容易にする為、小さな突破口を補強しているのだと。

 

 とはいえ、たとえ帝国軍の意図を正確に見抜けたとしても、それを防ぐのは不可能だった。

 

 ド・ルーゴが予備戦力の前線への移動を命じて数時間後、小さな突破口――幅数kmから十数kmまで様々――はじわじわと広げられ、小さな突破口同士が連結し始めた。

 翌日には数十kmの突破口が幾つかあったが、3日後にはそれらの突破口が連結し、百数十kmにも及ぶ、1つの巨大な突破口となった。

 この時点で、ド・ルーゴらは意図に気がついたが、もはや共和国軍に予備戦力はどこにも残されていなかった。

 

 そして、開かれた巨大な突破口から、帝国の中央軍が空軍機の支援を受けつつ、3つの梯団に分かれて、一気に共和国領内に雪崩込んだ。

 

 前線もしくは前線に近いところにいた共和国軍部隊はたちまち総崩れとなったが、帝国軍の進撃速度は速く、撤退することもままならなかった。

 後方に共和国軍のまとまった部隊は存在しておらず、雪崩込む帝国軍に対し、共和国が抗う力は残されていなかった。

 

 

 6月22日、共和国は帝国に対して全面降伏した。

 一部の将軍達は徹底抗戦をするべく、国外への脱出を企てたものの、帝国軍の進撃速度が予想以上に速く、それも叶わなかった。

 

 

 

 

 

 そして、共和国と帝国による講和会議が開かれている最中の7月2日の夜明け前。

 ターニャら第203航空魔導大隊48名は1機の大型輸送機に搭乗し、北海上空にあった。

 彼女は袖を捲くって腕時計で時刻を確認し、毅然と告げる。

 騒音であったが、それに負けないくらいの大声で。

 

 

「只今の時刻を以って、鷲の日(アドラーターク)が開始された! 我々の攻撃から30分後に空軍がスカパ・フローを耕すそうだ! 我々の仕事は、耕すのに邪魔なものを少し片付けるだけでいい!」

 

 ターニャはそこで言葉を切り、大隊各員を見回す。

 

「今までは即応軍の試用期間であったが、これでようやく正式採用だ! 各員、訓練通りにやるように!」

 

 そして、彼女は思いついたように言葉を続ける。

 

「ああ、安心しろ! スカパ・フローでは雪崩が起きたりだとか36時間砲撃とかはされないからな!」

 

 ターニャの叫びに部下達からは笑い声が巻き起こった。

 そして、いよいよ降下地点へと到達する。

 

 

 輸送機、後部の扉が開かれた。

 そこからは夜明け間近の北海が見える。

 

 休暇になったらサーフィンをするのも悪くない――

 

 ターニャはそう思いながら、彼らの顔を見る。

 誰も彼もが程良い緊張感を保っているようで、過度に緊張している者はいない。

 

 

 そして、赤く灯されたランプは緑へと変わった。

 

「降下開始! 行くぞ、諸君!」

 

 ターニャは叫び、真っ先に飛び出す。

 そして、彼女に遅れることなく、次々と空へと飛び出していった。

 

 彼らはただちに編隊を組み、スカパ・フローへ向け、高度を急激に落としつつ飛行を開始したのだった。

 


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