我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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思惑と新たな任務

 アルビオン連合王国陸軍は大きな危機感を開戦前から抱いていた。

 帝国陸軍の四号戦車は71口径88mm砲を搭載しており、防御力なども、あらゆる既存の戦車を凌駕する性能を誇っている。

 故に、戦前から四号戦車に対抗できる戦車を求めたのは当然だ。

 共和国軍もまたそうであったのだが、彼らが投入した戦車でも――長砲身75mm砲を搭載したもの――四号戦車に真正面から対抗できなかった。

 

 しかし、アルビオン陸軍は当初から四号戦車と同等の砲を搭載した戦車を求めていたことが幸いした。

 彼らはロイヤル・オードナンスの20ポンド砲を搭載する戦車――センチュリオンを量産・配備しつつあった。

 

 一方で帝国空軍に対し、アルビオン空軍は全力で抵抗しているが、よろしくない状況だ。

 そして、頼みの海軍も半数は沈んだとはいえ、帝国海軍に対しては優位に立てる程度に主力艦の数は揃っていたが、制空権が覚束ない現状では極めて良くない結果を招きかねなかった。

 

 幸いにも合州国との海上ルートは特に妨害なども受けておらず、続々と大量の兵器や物資、そして合州国軍を退役した民間人達がやってきている。

 また合州国でライセンス生産されている最新型のマーリンエンジンを搭載したP51という戦闘機をはじめとした航空機もパイロット、整備員ごと輸送されている。

 無論、これらに加え、連合王国の各メーカーの生産ラインはフル稼働し、大量の航空機――特に戦闘機を――生産していた。

 

 

 帝国軍が合州国に対して極めて慎重であること、それはアルビオン側にとっては不幸中の幸いだ。

 合州国との海上通商路を潜水艦で脅かされたら、非常にまずいことになる。

 

 しかし、それを帝国軍がしてくれれば合州国が直接介入することもできたのだが――そうはしなかった。

 

 合州国とアルビオンが共謀し、合州国の船舶をアルビオンの潜水艦で沈めるという計画も立案されたが、それは実行できなかった。

 

 なぜならば帝国政府が内外に向けて定期的に、帝国は合州国と戦う意志はなく、また合州国と戦って得られる利益もない、とラジオで放送していたからだ。

 

 合州国政府と軍は乗り気だが、帝国の放送により、強硬手段を取れていなかった。

 

 もしもアルビオンと共謀して実行したとしても、定期的に行われているこの放送により、合州国国民は不思議に思うだろう。

 事実、彼ら国民からすれば帝国政府の声明はもっともなことで、合州国と帝国は領土的な紛争があるわけでもなく、工業製品などでの競合分野はあれども、それらは戦争してまで解決する問題ではないからだ。

 

 またルーズベルトなどの親帝国派議員は合州国の上院下院に存在し、経済界からも、特に帝国企業と共同で資源開発を行っている企業からは、帝国との開戦には反対していた。

 

 こんな状況で帝国との開戦に踏み切れば、大統領が代わる事態もあり得る為、そうなってしまえば支援が減少してしまう可能性すらあった。

 

 

 

 

 

 

「肉を切らせて骨を断つというやつだ」

 

 ヒトラーは執務室で、ほくそ笑む。

 合州国との友好は彼も当選直後から推進しており、早い時期から向こうの政治家達と――ヴェルナーの紹介により――交流を開始している。

 

 そして、戦争が間近に迫ったとき、合州国に対して策を打ったが、それは今まさに効果を発揮していた。

 

 

 連合王国や連邦へのレンドリースにより、合州国の経済は好調だ。

 その代金請求先は連合王国や連邦、共和国などで、帝国ではない。

 

 レンドリースによって連合王国や連邦の軍事力が強化されるが、逆に言えばそれだけだ。

 彼らは帝国に勝っても負けても、戦後は合州国に対する債務弁済に苦しむことになる。

 当然だが、その債務は戦争が熾烈になればなるほどに大きく膨らみ、代わりに合州国が得る利益は大きくなる。

 

 ヒトラーは各国との開戦後すぐに、戦争における合州国の利益を約束する代わりに、直接介入だけは防ぐことを提案し、承諾させていた。

 とはいえ、ルーズベルトなどの一部議員達は最悪の事態――帝国との直接対決――を想定し、そうなった場合には早期講和を実現すべく動いているらしい。

 それはそれで、帝国にとっても利益となるので帝国側も後押ししている。

 

 この提案はヒトラーが秘密裏に政府や議員達に根回しをして、更にヴェルナーも巻き込んだ策だ。

 彼は合州国の政財界にも顔が効く。

 だからこそ、ヒトラーはヴェルナーを経由することで、提案の信用性を高めていた。

 

 当然、軍人であるヴェルナーは物凄く嫌な顔をしたが、ヒトラーは彼を簡単に説得できた。

 

 合州国軍と戦うよりはマシだろう、と。

 

 ヒトラーの言う通り、合州国は参戦していない為、大規模な軍拡ができていない。

 ルーズベルトらが反対し、彼らに賛同する国民も多い為だ。

 これは数ヶ月前からルーズベルトがラジオで国民に対し、帝国との戦争は無益であると直接語りかけるという行動が功を奏している。

 

 関係のない戦争に合州国を巻き込むな、というのがルーズベルトら反戦派のスローガンだ。

 

 

 そして、帝国では政府と議会で一致している意見がある。

 

 中々敗北を認めない国を経済的破綻に追い込んでやろう、というものだ。

 帝国と戦えば戦う程、借金が幾何級数的に膨らんでいく――その恐怖を感じている者は少ないかもしれない。

 だが、気づいたときには手遅れという方がより大きな絶望を味わってもらえるので、気づく者がいない方が望ましい。

 

 帝国に喧嘩を仕掛けてきたことに対する、ささやかなお礼であった。

  

 連合王国や連邦が合州国に借金を返せなくなって、領土を切り売りする日がくるかもしれないのは中々愉快だ。

 

「軍には苦労を掛ける……」

 

 最悪と最悪の一歩手前のどちらかしか取れなかったからこそ、最悪の一歩手前を選んだ。

 当然、その負担は軍に重く伸し掛かる。

 

 だからこそ、政府や議会は軍に対して気前良く予算を振る舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャ達の休暇は無事に終わり、魔導師達を鍛える仕事が始まった。

 学校を卒業したばかりの新米ではなく、既に一人前となっている魔導師達がターニャ達の鍛える相手だ。

 

 故に、多少手荒くしても問題はなく、夜間訓練が無い日は定時帰宅ができるという素晴らしい日々を送っていた。

 

 スカパ・フロー攻撃後、帝国空軍は戦闘機狩り及びレーダー基地と空軍基地の破壊に移行している。

 

 熾烈な空中戦が繰り広げられたりしているようだが、ターニャ達にとっては遠い世界の話だ。

 協商連合との講和も無事に終わり、帝国と戦っている国は連合王国、連邦、そしてイルドアとなっている。

 とはいえ、イルドアとは実質的な休戦状態だ。

 彼の国も開戦直後に大軍で押し寄せてきたが、例によって例のごとくに大損害を受け、それ以後、国境地帯の防備を固めている。

 そして、今に至るまで攻撃を仕掛けてきていない。

 

 イルドアとも近々、講和するのではないかというのがターニャの予想だ。 

 

 

「センチュリオンね。ふーん……」

 

 執務室にて、ターニャは回ってきた連合王国軍に関する調査書を読んでいた。

 20ポンド砲搭載のセンチュリオンが配備されつつあるらしい。

 

 偵察機や現地に戦前から潜入している諜報員達からの情報だろう。

 もはや史実における兵器の登場年なんぞ全くアテにならないが、とりあえずまだ帝国軍が優位にあることはターニャは理解していた。

 

「馬鹿め、と言ってやろう。帝国陸軍は先月から五号戦車を量産開始しているぞ?」

 

 55口径105mm砲、ターボチャージャー付きディーゼルエンジンを搭載したのが帝国軍の五号戦車パンターだ。

 

 これまでの航空機用空冷星型エンジンのデチューン版から、ディーゼルエンジンへと変更したことで、車高を低く抑えることに成功している。

 

 連邦との決戦を見据えた戦車だ。

 

 なお、ターニャはちょっとした話をゼートゥーアから聞いていた。

 あのRFW社はガスタービンエンジンと試験開発していた120mm滑腔砲を搭載したものを出してきたらしく、性能は抜群であったが、四号戦車と比較して3倍近い調達コスト、何よりも大量の燃料を消費することから連邦への侵攻には不向きとして不採用となったらしい。

 

 共和国と戦うのだったら活躍できただろうに、と彼女としては残念な限りだ。

 ともあれ、まだRFWは諦めていないだろうから、既に開発が始まっているだろう六号戦車に期待していた。

 

「連邦軍も85mm砲搭載のT-34を出してきているから、下手をしたらT-54も出てくるかもな」

 

 戦車の恐竜的な進化はドイツとソ連――帝国と連邦のお家芸だ。

 

「というか、1925年に史実での二次大戦末期から戦後の戦車が出てくるなんて、何とも素敵な世界だ」

 

 このペースなら、1945年には連邦はT-72、帝国はレオパルト2、イギリスはチャレンジャー、アメリカはエイブラムスでも投入してるんじゃないか、と思ってしまう。

 

 そのとき、扉が叩かれる。

 ターニャが許可を出すと、ヴィーシャだった。

 

「少佐、参謀本部からお仕事のようです」

 

 ヴィーシャの言葉にターニャは察する。

 当初の予定よりも早いが、どうやら教導のお仕事は終了のようだ。

 

 ターニャはそう思いながら、ヴィーシャから書類を受け取った。

 そして、内容を確認する。

 

「セレブリャコーフ少尉、今回はスカパ・フローのような派手な仕事ではない。おまけに別の部隊との共同作戦だ」

「と、言いますと?」

「ブランデンブルク師団、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)が今回、組む相手だ」

 

 ヴィーシャの顔が引き攣った。

 ブランデンブルク師団は陸軍、特別行動部隊(アインザッツグルッペン)は情報省における特殊部隊だ。

 他にも海軍や空軍にもこういった部隊は存在している。

 

 そんな部隊との共同作戦ということはとんでもないところに投入されるのではないか、とヴィーシャは思ってしまう。

 

 ターニャはヴィーシャの様子に笑みを深めながらも尋ねる。

 

「ところで少尉、IRAを知っているか? 今度の任務は、彼らがアルビオンのケツを蹴り上げる為のお手伝いだ」

 

 

 


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