我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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時計の針を進めよう

 

 

 時は少し遡る。

 連合王国と帝国の講和会議が終わって数日後のことだ。

 

 帝都ベルン近郊のヴァンゼーにある屋敷にチャーブルはいた。

 帝国との講和会議はロンディニウムにて行われたのだが、彼がここにいる理由は友人から儲け話があると言われ、この別荘に招待された為だ。

 今回の集まりはあくまで非公式であり、なおかつ公人としてではなく私人として参加するものだ。 

 

 だからこそ、チャーブルは昨日から3日間の休暇を取っていることになっている。

 

 しかし、彼の居心地が良い筈がない。

 こっちから喧嘩を吹っかけて、一方的に殴られて負けたのだ。

 おまけに戦後処理でアレコレ忙しい時期に呼び出されたので、この後も仕事が詰まっている。

 

 そして、より一層居心地を悪くしている理由がある。

 

 合州国から超党派の視察団としてやってきていた議員――彼らも休暇を取っていることになっている――が6人いた。

 視察団という名目だが、早い話が彼らは借金取りである。

 普段は民主党と共和党でいがみ合っているのだが、合州国の国益や安全保障が絡んでくると彼らは一致団結できるのだ。

 その証拠に、共和党議員だけでなく、欧州の戦争に関わることに反対していたルーズベルトもいる。

 

 連合王国がもし勝っていたなら、合州国側はレンドリースの様々な物品の代金を大きく値引きしてくれたかもしれないが、敗北者にそんな恩情は与えないとばかりに定価での代金請求がされている。

 

 植民地人め、とチャーブルが内心毒づいたところで現実は非情である。

 

 とはいえ、彼は友人が何をするのか、全く読めなかった。

 とりあえず分かっていることは、ここにいる全員がヴェルナーと親交を持っていると言うことだけだった。

 

 

 

 連合王国――早ければ来年中にもイングランド・ウェールズ・スコットランドに分かれる可能性が高い――だけでなく、合州国も噛ませられる程の儲け話、そんな美味い話がどこにあるのか?

 

 

 そのとき、いよいよ主催であるヴェルナーが現れた。

 彼も休暇中の身だ。

 そして、彼は挨拶もそこそこに居並ぶ全員に聞こえるように問いかけた。

 

「ルーシーで一儲けしないか?」

 

 チャーブルは首を傾げ、合州国の面々も不思議そうな顔だ。

 帝国側に立って参戦しろ、とでも言っているのかとチャーブルは思い、問いかけようとしたが、その前にヴェルナーは言葉を続ける。

 

「支払いは亡命ルーシー帝国政府、保証人は帝国政府。彼らが求めるのは軍需物資以外のものだ。食料から衣類、家電に農業用機械まで、生活するのに必要な物を全て購入したい」

 

 亡命ルーシー帝国政府というのは聞き慣れないものだが、帝国の意図が見えてきた。

 帝国はルーシーを併合したりはせず、元の持ち主に丸投げするようだ。

 

 チャーブルらは儲け話だ、と確信する。

 

 ルーシー連邦における国民の生活――特に農民層――が良くないことは事実で、連合王国だけでなく合州国でも政治家達の間では知られた話だ。

 しかし、下手に他国の事情に口を出すと内政干渉になりかねず、また自国民でもない為、基本的に見て見ぬ振りだ。

 

 国民を味方につけるには豊かな暮らしをさせてやれば良い。

 共産主義政権では叶わなかった衣食住が整った生活、それがルーシー帝国政府ならばできると思わせれば勝ちだ。

 

「軍需物資の輸出は議会や国民がうるさい。だが、民間企業や民間人がやることを止めるのは難しい。そうだろう?」

 

 ヴェルナーの問いかけに合州国の面々は苦笑するしかない。

 チャーブルも肩を竦めつつも、問いかける。

 

「だが、ヴェルナー。帝国軍を疑うわけではないが、連中に勝てるのか? 帝国が保証人なら安心ではあるが、もしも負けて連邦に呑み込まれたら誰が支払う?」

「ルーシー連邦政府に請求してくれ。何しろ、連中はルーシー帝国の後継者だからな。当然、債務も引き継いでもらう」 

 

 彼の答えにチャーブルは悪どい笑みを浮かべてみせる。

 

「やはり君は公人としては最悪の敵だが、私人としては最高の友人だな」

「その言葉はそっくり返そう。で、どうだ? 乗るか?」

 

 チャーブルに拒むという選択肢はない。

 連合王国にとって経済の復興は最優先課題だ。

 

「勿論だ。作れば作った分だけ買い取ってくれるんだな?」

「ああ、そうなるな。何しろ、億を超える人口の市場だ。乗らないと帝国が全て持っていくぞ」

 

 その言葉に合州国側からも次々と賛同の声が上がる。

 ヴェルナーは満足げに頷きながら、そういえばと新聞を取り出した。

 

「2週間前になるが、モスコーで発行されたプラウダ紙の四面記事だ。興味深いものが載っている」

「ルーシー語はさっぱり分からん」

「そう思って、翻訳したものを用意してある。各々、読んでみてくれ」

 

 ヴェルナーの声と共に使用人達によって翻訳されたものが配られる。

 彼らは速読して、一様に首を傾げた。

 

 無味乾燥な発表報道とスローガンばかりで、単なる政府機関紙ではないか、という感想を抱く。

 

 ヴェルナーも彼らがそういう感想を抱くことは予想済みだ。

 

「その記事の端っこに連続幼女失踪事件に関する捜査当局の見解が出ているだろう?」

「確かに出ているが……これがどうかしたのか?」

 

 チャーブルもそこは読んだが、だからなんだ、という思いしかない。

 確かに幼女が連続して失踪するというのは親からしたら不安だろうが、そういうのは警察の仕事だ。

 失踪した幼女達の手がかりはなく、これ以上の失踪者を出さないように警備体制を強化するという見解が出ていた。

 

「不思議じゃないか? 連邦のあの統治体制で、どうして失踪事件が起こるんだ? ましてや首都で。連中なら面子を懸けてでも、犯人を捕まえ、幼女を探し出すだろうに」

 

 ヴェルナーに言われて、チャーブルらは気がついた。

 

 連邦は共産党が国民を統制し、監視している。

 彼らの言い分では監視は反動主義者を発見する為らしいが、そのご自慢の監視網が機能していないのは明らかにおかしい。

 

 それが首都であるならば尚更だ。

 

 ヴェルナーは笑みを浮かべながら告げる。

 

「確固とした証拠はまだ掴めていない。だが、火種(・・)としては十分だろう」

 

 その意味を彼らは明確に理解した。

 なるほど、世論を焚きつけるには十分だ、と。

 

 とはいえルーズベルトが真っ先に難色を示す。

 

「欧州の戦争に関わりたくないのだが?」

「それで構わないとも。少なくとも連邦側に立たないでくれれば、それでいい……もしも帝国に義勇軍を派遣するなら歓迎するというだけさ」

 

 だが、とヴェルナーは言葉を続ける。

 

「亡命ルーシー帝国政府は連邦を倒せるなら、戦後にワガママを聞いてくれるそうだ。例えばルーシー領内における資源開発だとか……シベリアには色々なものが眠っていそうだな」

 

 そう言われるとルーズベルトとしても悩ましいところだ。

 戦争には反対だが、利益は得たいという相反する思い。

 どうしようか、と悩んでいると共和党の議員がしれっと言った。

 

「火種には世論を大きく動かすモノが必要だ」

 

 ルーズベルトはその議員を睨みつけるが、彼は素知らぬ顔をする。

 その関係にヴェルナーは苦笑しつつも告げる。

 

「合州国の内部で決めてくれ。ただ帝国は義勇軍を受け入れる用意はいつでもあるし、こちら側に立って参戦してくれるなら大歓迎だ」

 

 何よりも、とヴェルナーは告げる。

 

「来年の2月か3月あたりに各国の新聞にはこの失踪事件をはじめとし、連邦の実態に関して色々と載るよう手配してある。それに対する世論の反応で決めてもらいたい」

 

 その言葉に一同が頷いた。

 ヴェルナーはその反応に満足しつつ、更に告げる。

 

「とりあえずの儲け話としてはルーシー帝国政府が発注するモノだ。詳細に関してはまた後日に書面で渡そう」

 

 後にヴァンゼー会議と呼ばれることになる会合を彼はそう締めくくったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このクソ寒いのに写真と動画撮影か! 私は動画投稿サイトの実況者とかじゃないんだぞ!」

 

 ターニャは憤慨していた。

 幸いにも彼女の怒りの声は無線を切ってあった為、部下達には聞こえていなかった。

 

 地中海でバカンスを楽しんだターニャを待っていたのは、ルーシーにおける潜入撮影任務だった。

 第203航空魔導大隊は現在、ウクライナ地方の某所にある名も知らない農村に来ている。

 前線とは遠いこともあって、敵兵の姿は全く見えない。

 

 今回の撮影はコルホーズで働く農民達の姿だ。

 うまい具合に反抗しているところが撮影できれば儲けもの、できなくても苦しい労働に従事させられている姿を撮れれば良いとされていた。

 

 精鋭の即応軍魔導大隊をこういう任務に使うのは勿体ないのでは、という意見もあったらしいが、ゼートゥーアが押し切った。

 どうやらヴェルナーが一枚噛んでいるらしいという話をターニャは即応軍魔導大隊の大隊長会議で聞いていたが、本当かどうかは分からない。

 ともあれ各魔導大隊は輸送機から高高度降下し、あらかじめ定められた地域にて撮影任務に就いていた。

 

 

 ターニャは良い手ではあると思う。

 

 時計の針を戻すことはできないが、進めることはできる――

 世界を自由主義陣営と共産主義陣営に二分し、そして共産主義の親玉である連邦が弱いうちに叩き潰してしまおうという魂胆だろう――

 

 彼女はそう予想していた。

 

 

 第203魔導大隊は中隊毎に散開しつつ、低い高度を維持しながら、広大な農場へこっそり近づいていく。

 飛行機とは違って、音もなく近寄れるのは魔導師の利点だ。

 

 そして、彼らは目撃した。

 

 痩せ細った農民達が覚束ない足取りで、農作業を行っている。

 人間というよりは枯れ木のようだ。

 彼らを共産党員達が監視しており、その中には銃を持っている者もいた。

 

 農業の集団化についてターニャは史実知識から知っており、それによる影響も知っていた。

 だが、実際に目の当たりにすると流石の彼女も顔を顰めてしまう。

 彼らの育てた農作物がどこに輸出されるか、というと帝国以外の戦争に参加していない国々だ。

 

 ウクライナは史実においても、外貨獲得の為に小麦が大規模輸出されており、大飢饉が起きたときでもそれは変わらなかった。

 史実における大飢饉での犠牲者は最低でも数百万人。

 連邦は情報を徹底的に遮断している為、この世界でも起こったかどうかは分からないが、餓死者が出ている可能性は非常に高かった。

 

 ターニャは各中隊に撮影を指示する。

 

 飢えた女子供の写真も撮りたい、と彼女は思い、農場での撮影後にゼートゥーアへ意見具申を行った。

 

 幸いにもその許可はすぐに下りた。

 根っからの反共主義者であるターニャは寒さに文句を言いながらも、定められた地域を回って、共産主義が善良な国民にもたらした恐怖を撮影して回った。

 

 

 

 

 

 

 1926年3月某日。

 連邦以外の列強諸国において、主要新聞からローカル新聞に至るまで、朝刊の一面に様々な写真が掲載された。

 

 痩せ細った農民達と銃を持った共産党員というものや飢えて骨と皮だけになった女子供、餓死した多数の老若男女と死体処理を行う共産党員といった、非常にショッキングなものばかりであった。

 

 ルーシー連邦の実態、共産主義の恐怖、共産主義者を今叩かねばいつ叩く、最初に手を出してきたのは連邦だ、今回の戦争は全て連邦が仕組んだことだ、とこれでもかと連日各国の世論を煽り、そしてそこに特大の爆弾を放り込んだ。

 

 

 

 ジュガシヴィリ書記長の腹心であるロリヤに幼女誘拐疑惑。

 モスコーにて続く連続幼女失踪事件。

 揺らぐ連邦の統治体制、反動主義者どころか失踪事件の犯人すら発見できないのはロリヤが犯人であるためか――?

 ロリヤ以外の党幹部にも善良な市民に対する暴行や強姦疑惑の数々。

 

 国家権力を背景にやりたい放題、共産党の貴族達(・・・・・・・)――

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェルナーは新聞を読みながら、笑みを浮かべる。

 プロパガンダ戦はどうやらこちらが一枚上手だったようだ、と彼は確信する。

 このことを知った連邦はそんなことはない、帝国の謀略だと必死に否定しているが、写真という動かぬ証拠がある。

 そして動画もあるので、各国にてニュース映画として来週から順次公開していく。

 

 各国の新聞社に党員を動員して抗議の電話を掛けていたり、賄賂を贈ろうとしてきたりと色々やっているらしいが、もう止まらない。

 

 ヴェルナーがこれまでに築き上げてきた人脈、それは各国の政財界やマスメディアをはじめとした様々な業界に及んでいた。

 長年の付き合いというのは大事で、こういうときには非常に頼りになる。

 

 勿論、この一連の行動は全て帝国政府及び議会に話を通してある。

 最初に相談したヒトラーがすぐに賛成し、積極的に動いてくれたおかげだ。

 

 ロリヤの件は本当にそうなのかは分からなかったが、史実のベリヤにあたる存在なら、その通りだろうとヴェルナーは思う。

 

 もっとも、この段階に至ってはもはやそれが事実なのかどうかは関係がない。

 インターネットが無いこの時代、基本的に新聞やラジオによって国民は情報を得る。

 それらを抑えれば簡単に情報操作が行えてしまう。

 

 疑惑を世界に発信した段階で、たとえそれが本当ではなかったとしても疑いの目を向けられることになる。

 

 ヴェルナーは合州国に思いを馳せる。

 

 合州国はWW2後のアメリカのように自由主義陣営の盟主という立ち位置ではない。

 孤立主義を維持し、新大陸に引きこもっていたいというのが合州国の本音だろう。

 

 だが、帝国の都合上(・・・・・・)、そういうわけにもいかない。

 帝国の経済はまだ大丈夫であるが、いつまでも大丈夫というわけではないのだ。

 

 死傷者の数を減らし、戦後に受ける経済的ダメージを抑える為にも、味方は多いほうがいいし、戦う期間は短ければ短いほど良い。

 予定通りに2年で終わればいいが、それ以上続くのは問題だ。

 

 

「自由と正義の名の下に、動ける舞台を整えてやったぞ。のってこい、合州国」

 

 ヴェルナーの呟きは虚空に消えていった。

 

 

 




欧州情勢は複雑怪奇 by秋津島皇国
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