我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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ターニャの確信 おっさん達の後悔

 

 間違いなく、自分以外にも転生者がいる――

 

 ターニャ・デグレチャフは士官学校の図書室で確信していた。

 WW2どころかWW1すら未経験であるのに、帝国と帝国軍がおかしい。

 

 孤児院で、特に不自由(・・・)することもなく生活していたが、魔導師としての適性があることから、戦時に徴募されるよりは平時のうちに志願した方がいい、と判断して飛び込んだ士官学校。

 

 そこで学び、判明したのが帝国と帝国軍の状況だ。

 

 帝国陸軍の主力戦車は四号戦車。

 しかし、それはどう見てもターニャが知る史実の四号戦車ではない。 

 

 四号戦車は性能的には史実におけるティーガーⅡに相当するものであった。

 信頼性とか整備性とか走行性能とか値段とかが気になった彼女は調べたが、危惧された問題点は出てこなかった。

 

 大馬力の航空機用空冷星型エンジンを適切にデチューンしたものを搭載しているのが幸いしているのだろう。

 車高は高くなっていたが、重量に対してエンジンが非力で、動かす度に故障が頻発するという史実のような最悪の事態は避けられる。

 また長年の自動車開発及び製造により得られた技術的経験や諸国よりも高い工業技術を存分に活かし、信頼性、整備性、量産性も優れ、更には走行性能も重量が55トン程度とティーガーⅡよりも大きく抑えられている為、特に問題はないようだ。

 単価も当然高いが、量産効果で値段は下がっているらしい。

 

 全ての装甲師団に主力として配備しつつある、という記載があり、切り札とかそういうものでもなんでもないことが判明してしまった。

 

 

 

「史実の同時期どころか、WW2期とも比べ物にならないほど、遥かに強化された工業力と経済力、技術力を備えている。でなければティーガーⅡみたいなものを問題なく量産配備し、運用できるわけがない」

 

 ターニャはそこで言葉を区切り、一呼吸を置いて、更に続ける。

 

「更にベネルクスやデンマークの領土や植民地も加えた上、魔法があって大ドイツ主義が実現したのに、何故かホーエンツォレルン家が主導権を握っているのが帝国」

 

 ターニャは口に出して、とてもしっくりきた。

 そして、歓喜した。

 

 最初こそ、自身の境遇に絶望しかけたものだが、何だ、蓋を開けてみれば全然大したことがないではないか!

 

 帝国が周辺国と潜在的な領土問題を抱え、東にはアカがいる?

 だから、どうした?

 

 東部国境地帯には隙間なく、史実のクルスクにおけるソ連軍並の防御陣地か、それを超えるものが無数に構築されているぞ?

 東部程ではないが、西部も北部も南部にも、至るところに。

 敵軍が突っ込んできたら、一瞬で部隊ごと溶けるだろう!

 

「空軍もおかしい……いや、空軍が一番おかしいだろう」

 

 ターニャは机の上に広げた空軍に関する資料本を見る。

 

 空軍の戦闘機や爆撃機、近接支援機、輸送機に偵察機や練習機に至るまで網羅しているものだ。

 

 

「私は問いたい」

 

 何で1923年に空冷液冷問わず、ターボチャージャーもしくはスーパーチャージャー付き1500馬力から1800馬力クラスのエンジンを搭載したレシプロ機が配備されているんだ――?

 まずターニャの目についたのは大型爆撃機で、これはB17G型を一回り大きくしたようなものであった。

 搭載されているターボチャージャー付き空冷エンジンは最大で1800馬力を発揮し、史実のB17よりも大きく、B29に迫るものだ。

 航続距離と速度はB29よりも劣るがそれでも連合王国本土をすっぽりと行動半径に収めており、爆弾搭載量は10トンとB29よりも多い。

 これは史実アメリカ軍と帝国軍の戦略方針の違いで、帝国軍は航続距離や速度よりも搭載量を優先した為だと推察できる。

 

 爆撃機は他にも双発の戦術爆撃機――これもなんだか史実のA26みたいなものだったが――もあった。

 そして、近接支援機にA-10のレシプロ機バージョンがあったときは、ターニャは呆れ果ててしまった。

 

 

 

 次にエンジン開発史というページを見て、ターニャは頬が引き攣った。

 

 帝国はおかしい。

 低出力のエンジンに恨みでもあるのか、2000馬力やそれ以上の大馬力エンジン開発の為に予算やら資源やらが大量に継続的に注ぎ込まれている。

 まるで、2000馬力級エンジンが開発できなければ戦争に負けるとでも思っているかのように。

 そして、そういった大馬力エンジンとなると、その材質や工作精度といった基礎技術力が顕著に影響してくる。

 史実日本もこれで非常に苦労したことはターニャも知っている。

 では、そういったものを向上させる方法はというと、化学工業や冶金工業、工作機械などの基礎技術的分野に膨大な資金を投じて、時間を掛けて着実に技術力を蓄積させ、発展していくしかない。

 

 帝国は、そういった分野へ民間の投資家達を中心として、継続的に膨大な投資を昔から今に至るまでやっていた。

 彼らが投資したのは儲かるからだ。

 帝国では20年以上前からRFWをはじめとした多くの自動車メーカーや航空機メーカーが熾烈な開発競争を繰り広げている。

 当然、そういったメーカーは他社を出し抜くべく、高品質化の為に新しい素材を、生産体制効率化の為により高精度の工作機械を求める。

 つまり、自動車産業、航空機産業が牽引役となって、それらを支える工作機械メーカーや原料メーカーは莫大な利益を上げる。

 

 利益を上げれば投資家達は更に投資する金額を増やし、それによってこれらのメーカーがより良い商品を開発・製造し、自動車メーカーや航空機メーカーへ供給し、また利益を上げる――そのサイクルが完成していた。

 

 

 ターニャは既に転生者の目星がついた。

 

 

 明らかにヴェルナー・フォン・ルントシュテットが怪しい。

 狙いすましたかのように、ヘンリー・フォードとライト兄弟に支援を申し出、最終的には帝国へ帰化させてしまっている。

 RFW社が引き金となって、史実アメリカのようなライン生産方式による大量生産技術が帝国に広まることとなった。

 造船分野でもこの時代にはある筈もないコンテナ船やら自動車運搬船、Ro-Ro船や先進的な軍艦までもRFW社は手掛けている。

 

 度々彼の名前は聞いていたが、今回、詳しく調べたことでターニャは確信を得る。

 とはいえ、だからといって彼女は何かするというわけではない。

 

 むしろ帝国をここまで強大化させてくれた彼のおかげで、ターニャは不幸にならずに済みそうだから感謝したいくらいだ。

 

 

 そして、技術者紹介というところで、フレデリック・ブラント・レンチュラーという合州国からの移民で、RFW社所属という人物にターニャの目が止まった。

 彼が手掛け、名付けたエンジンのシリーズ名を見て、ターニャはピンときた。

 

「ワスプエンジンが、どうしてドイツにあるんだ……」

 

 ターニャはワスプエンジンシリーズが史実でどんな航空機に使われていたか、勿論知っていた。

 更にページを捲れば、液冷H型24気筒エンジンとかいう化け物が出てきた。

 ネイピアセイバーかよ、とターニャは心の中でツッコミを入れ、説明を読めば、史実の品質が改善されたセイバーエンジンに高性能なスーパーチャージャーをくっつけて、様々なアレンジが加えられた代物だった。

 

 高高度性能改善型コマンドゲレート付きのネイピアセイバーだと?

 テンペストでも作ってるのか!?

 

 ターニャは心の中で突っ込んだが、テンペストよりももっとヤバいのが主力戦闘機だったと思い出し、頭を左右に振った。

 帝国空軍の主力戦闘機は、このエンジンの搭載を前提として設計されたTa152だ。

 詳細なスペックなどは流石に載っていなかったが、ターニャには分かる。

 史実のフォッケウルフ社が世に出したカタログスペックと同等か、それ以上の性能を本当に発揮できてしまう可能性があることを。

 実際の配備機数は不明だが、ともかく量産されて部隊配備されているのは確からしい。

 

 高高度性能と大馬力を備えたエンジンを確保できたことから、この世界におけるTa152は史実のTa152C型に近い見た目をしているが、あくまで見た目だけだ。

 例えば武装は全く異なっており、ラインメタル社製MG131を片翼3門ずつ、合計6門も装備しており、それに伴い主翼が強化されている。

 

 名称だけは何故か史実と同じだが、この戦闘機を送り出したRFW社にはクルト・タンクが設計技師として勤めている為、不思議なことではない。

 彼だけではなく、RFWにはターニャが知る限りでは大物が他にもいる。

 ともあれ、クルト・タンクがRFWに流れた影響で、この世界のフォッケウルフ社は固定翼機からは手を引いて、ヘリコプターの開発・製造を軍からの手厚い支援の下、手掛けているようだ。

 

 

 Ta152とか、なんてものを世に送り出しているんだ、とターニャは思うが、不思議なことがあった。

 ジェット機に関しては一言も触れられていないことだ。

 

 絶対にあるだろう、むしろここまで時代を先取りしていて、無いほうがおかしい――

 

 そこまでターニャが確信したところで、別の資料を見る。

 都市伝説的なものが載っている雑誌で、空軍の秘密兵器特集というタイトルであった為に一応持ってきたものだ。

 信憑性はよろしくないが、参考にはなるかもしれない。

 

 彼女が雑誌を開いてみると、そこにはいきなりとんでもないものがあった。

 

「よりにもよってハウニヴーか!?」

 

 円盤型航空機ハウニヴー計画と題されたものがいきなり出てきた。

 デカデカとハウニヴーシリーズ及びヴリル・オーディンの模型販売中なんて広告まで載っていた。

 しかも、販売しているのは民間企業ではなく空軍だ。 

 

 模型、ちょっといいかも、とターニャは思ってしまう。

 

 買うか、買おう、買うしかない――

 

 そう思いながら、ページを捲って、察してしまう。

 

 レヒリン空軍実験センターの噂というページだった。

 

 真夜中に聞いたこともないような、甲高い音が聞こえてくる――

 空を飛ぶ鏃のようなものを見た、プロペラがなかった――

 レヒリンは異星人の技術を使って何かを作っているに違いがない、私は詳しいんだ――

 

 ターニャは無言で、雑誌を閉じた。

 そして、笑みを浮かべる。

 

「勝ったな……!」

 

 存在Xめ、感謝してやる! だが、ライフルが貴様を許すかどうかは別だぞ!

 

 

 怪しく笑う幼女が図書室で目撃されたが、誰もが見なかったことにした。

 ターニャを怒らせたら怖いというのは他の生徒達にとって、共通した認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝政ドイツ時代よりも10年程早く、対仏戦争中盤程度の装備を整えたぞ」

「予算の増額は勘弁してくれ」

 

 ドヤ顔のヴェルナーにヒトラーがツッコミを入れた。

 ここは空軍省の空軍大臣執務室。

 前と同じように、ヒトラーはちょくちょくここに適当な理由をつけてやってきていた。

 彼に対し、ヴェルナーは告げる。

 

「安心しろ。予算の枠内だ。それに前のようにアルデンヌを通って奇襲されたら、最悪だ。あくまで予算の中で、最大限に努力をしている」

「それならまあいいが……確かに、あのときは最悪だった」

「今でもはっきりと思い出せる。開戦直後に西部方面の空軍基地が壊滅的被害を被り、そこからしばらくは不利な局面が続いた」

 

 ヴェルナーはそこで言葉を切り、少しの間をおいて告げる。

 

「エンジンの馬力が足りないから、性能や武装を制限された多くの戦闘機達、あれは泣けたぞ」

 

 その後、エンジン馬力の向上に伴ってフルスペックを発揮したのだが、ヴェルナーにとっての見過ごせない問題は、空軍がその存在意義を達成できなかった期間があったことにある。 

 祖国の空を護ることすら覚束ない、それは何よりも悔しかった。

 だからこそ、今世は前世以上にエンジンの研究開発・量産に関して、金銭も含む様々な支援をこれでもかと行った。

 これで十分だ、と思うことは一度もなく、むしろまだまだ足りないと常に思いながら。

 

「気持ちは分かる……私だって悔しかった。まあ、予算の範囲内でやってくれ」

「安心してくれ。部隊数はそこまで増やしていない。君も知っての通り、もっぱら正面戦力以外のところに使っている」

「戦時になると?」

「前と同じか、それ以上、用意できるぞ。何しろ、領土も広いし、人口も多いからな」

「敵が可哀想になるな……こちらの軍に対して、仮想敵国の反応はどうだ?」

 

 ヒトラーの問いにヴェルナーは苦笑してみせる。

 

「連合王国や共和国、連邦は危機感からか、それなりに軍事力を強化している。だが、問題はないだろう。ダキアは変わらず、イルドアと合州国は微強化に留まっている」

「具体的には?」

「連合王国とか共和国とか連邦は複葉機が単葉機に進化して、こちらの機が落とされる可能性が高まった。連合王国なんて、早くもスピットファイアが出てきているぞ」

 

 ヒトラーは笑ってしまう。

 落とされる可能性が高まった――それは確かに道理だろう。

 だが、ヴェルナーにより前世におけるドイツ空軍の戦略・戦術を導入した、帝国空軍が遅れを取る筈もない。

 

 前世での彼は、空軍設立時はその補給と兵站などの限定的な権限しかなかった。

 しかし、今世での彼は空軍設立時から事務方のトップにある。

 この違いは計り知れない。

 当然、実働部隊の管理を司る空軍参謀本部に与えることができる影響力も以前とは比較にならない。

 何よりも、空軍参謀本部の面々も陸軍の航空部門から移ってきた者達であり、ヴェルナーの実績と能力を知っている者しかいなかった。

 故に、ヴェルナーが空軍参謀本部に行う提案はほぼそのまま通るような状況だった。

 

 明確な戦略・戦術があり、それらに基づいた組織構築及び部隊編成・運用、教育訓練、施設整備、兵站網の構築、そして航空機やその搭載武装の調達及び研究開発。

 

 これを空軍の設立準備段階から一貫してできていた、というのは極めて大きな利点であった。

 

「知っていると思うが、協商連合で新しい政権が誕生した。領土問題の解決を公約に掲げてな」

 

 ヒトラーの言葉にヴェルナーはすぐさま答える。

 

「外交は君達、政治家の仕事だ」

「それは理解しているとも。流石にいきなり仕掛けてくるような馬鹿な真似はしないだろうが、念の為だ……前のような思いはしたくない」

「無論だ。もしも万が一が起こった場合、どの程度まで予算を?」

「協商連合のみならば限定的だ。陸軍や海軍にも、そのように伝えてある。政府と議会で共通した意見で、覆ることはないだろう」

「ドイツ時代のように戦争には発展させず、小競り合いに留め、裏で蹴り合う程度にして欲しい」

 

 ヴェルナーの言葉にヒトラーもまた頷いたのだった。

 

 


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