無惨さま「童磨が何か変なの拾ってきた」

※セイバーウォーズ2開催記念の一発ネタ。あいきゅーをいっぱいさげてからよんでね!

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 ――――その日、彼は運命に出逢う。




セイバーウォーズ ~大正時代編~

 

 

 鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)はヘンテコな格好の女を前にして、混乱の真っ只中にいました。

 

 無惨は、実は人間ではありません。

 大正時代的にイケイケルックである洋装、具体的には白いスーツを中心に身を固めた彼は、こう見えて千年を生きる人喰い鬼の祖です。

 老若男女を問わず身体を変化させられるので、今はイケメンフェイスの好青年を装っています。が、ぶっちゃけた話、ただの気難しい偏食ジジイです。

 彼のパワハラには実に多くの部下(おに)が涙を飲んできました。

 

 彼を混乱させている人物は、彼の部下が連れてきました。

 無惨は件の部下(おに)である童磨(どうま)という男が嫌いですが、童磨は他の奴らより仕事ができるので何やかんや出世してしまったのです。

 実力主義を標榜する無惨は童磨を除け者にできず、仕方なく『十二鬼月』のうち『上弦の弐』という力ある鬼に与える称号を許しています。

 

 童磨は今までにも何度か人間を無惨に献上してきたことがありました。献上品は大抵見た目だったり、(なかみ)だったりが珍しい女です。

 なので、童磨が人間を無限城(おにのきょてん)に連れてくるのは珍しい話ではありません。

 

 ですが、今回はちょっと毛色が違いすぎました。

 

「ドーモ、ムザン=サン。わたしはコードネームA-X、人呼んで『謎のヒロインX』と申します! わたし以外のセイバーをぶっ殺すべく蒼輝銀河(サーヴァントユニヴァース)より馳せ参じました! ――――問おう、貴方がわたしのお財布(マスター)か」

 

 ――――え、何言ってるのコイツ?

 無惨の混乱(ピヨピヨ)は悪化しました。

 

 童磨が連れてきた若い女は日本人ではありません。

 金糸のような美しい髪に、寳石(ほうせき)と見紛う碧眼、堀の深い顔立ちはいっそ人形じみた魅力を備えています。

 

 しかし、十人中十人が振り向くような美貌を持ちながら、彼女の服装が全てを台無しにしていました。

 

 鬼たちには馴染みのない青い長袖の上着(ジャージ)に青い首巻き(マフラー)、太腿が見えてしまうような扇情的な脚絆(ズボン)を穿いています。

 彼女は黒色の帽子(キャップ)を被っていますが、何故か髪の毛が一束ほど帽子を突き破って外に出ていました。この時代にはまだアホ毛の概念がありませんので、無惨にはワケがわかりません。

 

 一つ一つの色っぽい要素を潰してなお余りあるような芋っぽさが彼女の格好からは滲み出ていたのです。

 

 無惨はまるで、目の前で最高の素材を最低の料理でお釈迦(シャカ)にされたような気分になっていました。

 

「何だ()()は?」

 

 無惨が振り向くと、童磨がいた場所には誰もいません。

 目端の利く童磨は口上が始まった時点でスタコラサッサと退散していました。

 

 つまり無惨は童磨に変な人間を押し付けられたのです。

 

「えー…………もしもし、そこの名も無きワカメ紳士。わたしの格好良い決め台詞をきちんと聞いていました? 早速お捻りとして何か美味しい物を提供してくれてもいいのですよ? よ?」

 

 ()()()()()()()()なる外人は、大胆にも鬼の首魁に(タカ)ろうとしていました。

 鬼にとって『美味しい物』と言ったら人肉と相場が決まっています。

 このガキの口に人肉を突っ込んで黙らせてやろうかな、と無惨は思いました。

 

 無惨が黙りしている間にも、その変人(おんな)は「ところでセイバーはどこですか、とにかくセイバーを出せ」と意味不明な鳴き声を上げながら近づいてきます。

 

 ――――セイバーセイバーと煩いなコイツ。

 何で童磨が連れてきたかわからないがとりあえず殺そう、と無惨は決めました。

 そして、凶器となる鬼の爪を細く長く尖らせて…………ふと思いました。

 

 ――――『セイバー』とは何だ?

 

 無惨が質問を投げかけると()()()()()()()()は一瞬ポカンとした後、

 

「何と!? いくら辺境宇宙の惑星とはいえセイバーを知らないとは――――――いえ、失礼、そういえばすこーし過去の時代に不時着したのでした。失敬失敬。そうですね…………この時代に合わせた極めて平易な表現ですと、セイバーとは『剣を扱う者』、すなわち『剣士』のことです」

 

 『セイバー=剣士』。

 無惨の脳にこの公式が刻みつけられました。

 

 そういえば、彼女は出会い頭の口上の中で「セイバーをぶっ殺す」という物騒な発言をしていたな、と無惨は思い出しました。

 

 彼女の説明によると、セイバーとは剣士のことです。そして、無惨と敵対している『鬼殺隊』という組織の人間は、訳あってほぼ全員が剣士です。

 

 無惨はピンと来ました。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 謎のヒロインXは森の中を疾走していました。

 

 マフラーをバサバサと靡かせ、枝葉を物ともせず突き進む姿はヒーローのようですが…………忘れてはいけません。彼女はどちらかと言うとダーティーヒーローの類です。

 

 今も彼女は我欲のために行動していました。

 何せ、偶々見つけた変な教祖経由で紹介された紳士(ワカメ)から、「『鬼殺隊』の隊士(セイバー)を皆殺しにすれば、食べきれないほどのご馳走を生涯振る舞う」という素晴らしい提案を受けたのです。

 無惨という名の男は「特に『柱』は念入りに殺せ、奴らは私が知る中でも上位に入る剣士(セイバー)どもだ」との追加情報も提供してきました。

 

 これで奮い立たねばいつ奮い立つというのか、とヒロインXは()る気に満ち満ちていました。

 見ず知らずの相手を抹殺することに、何の躊躇いもありません。

 ここには「真のセイバーならそんなことはしない」と突っ込んでくれる相手もいないので、ヒロインXは全力で正道から脱線していきます。

 

 

 

 ちなみに、ヒロインXは初手で『鬼殺隊(ターゲット)の本拠地をぶっ叩く』という選択をしました。

 そして恐ろしいことに、宿敵である無惨すら把握できていない鬼殺隊の本拠地を、彼女は食欲と殺意で増強(ブースト)された直感のみで割り出したのです。

 もしも無惨がこのことを知れば、「そんなことができるはずもなかろう」とヒロインXに監視を付けなかったことを一生後悔することでしょう。

 

 

 

 ヒロインXも預かり知らぬことですが、本拠地は目と鼻の先に迫っていました。

 

「鬼殺隊はセイバー鬼殺隊はセイバー鬼殺隊はセイバー鬼殺隊はセイバー鬼殺隊はセイバー」

 

 ブツブツと呪文のように呟きながら、ヒロインXはひた走ります。

 

 このまま、まさかの特攻成功か――――と思われたその時でした。

 

「――――ストップです。不法侵入ですよ、Xさん」

 

 ヒロインXの前に降り立ち、その道行きを塞いだのはよく似た(クリソツな)顔立ちの若い女性です。

 彼女の名前は謎のヒロインX〔オルタ〕。名前までそっくりですが、鬼殺隊にブッコミかけている方とは全くの別人です。

 眼鏡をかけた大人しい文学少女然とした人物ですが、蒼輝銀河(サーヴァントユニヴァース)出身者ですので一般的な物差しで測ってはいけません。

 

「む、何奴…………っと、えっちゃんですか。およそ一シーズンぶりですね」

 

 ヒロインXは謎のヒロインX〔オルタ〕のことを親しげに『えっちゃん』と呼びました。

 何を隠そう、二人はコスモカルデア学園でルームメイトとして共同生活を送ってきました。そのため、互いの悪いところもダメなところも知り尽くしています。

 

 ちなみに、サーヴァントユニヴァースにはシーズンという概念があるようですが、大体がその場のノリと勢いなので彼ら彼女らの発言を真に受けていては正気度が保ちません。スルーするのが賢明です。

 

「こんなところで何をしてるんですかXさん」

 

「ふん、言わずと知れたこと! この先に巣くうという鬼殺隊(セイバーズ)の抹殺です!」

 

 ふんす、と鼻息荒くヒロインXは言い切りました。

 二大神(きのこと社長)世界(Fate)の都合もあって、彼女はセイバークラスへの恨みつらみを溜め込んでいます。セイバーという名の人参(エサ)をぶら下げればそちらに突撃するのは道理でした。

 

 ヒロインX〔オルタ〕(えっちゃん)は首を傾げましたが、やがて何かに気づいたように手を打ちました。

 

「なるほど………………ですがXさん、私の知る限りこの先に()()()()()()()()()()()()()()()いませんよ?」

 

「いくらえっちゃんといえど、今回のわたしには海藻味溢れる確かな情報源があるのです! そう簡単には信じません!」

 

「はあ…………そこまで言うなら()()に会ってみますか?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 大正時代の日本には、日夜人喰い鬼と戦う人間たちがいました。

 彼らの名は鬼殺隊。鬼殺隊は時の為政者に認められない非公式の組織ながら、長年鬼と戦い続けてきた歴史を持っています。

 

 鬼殺隊士は鬼を殺せる特殊な刀である『日輪刀』を用いて鬼の頸を斬っています。

 彼らの中で最も力のある者たちは『柱』と呼ばれ、畏敬の念を向けられていました。

 

 鬼殺隊の柱は多忙です。何せ九人しかいないのに、全国各地に出没する一般隊士に倒せない強敵(おに)を狩らねばなりません。

 日本中を駆け回っているので、柱同士が顔を合わせる機会はほとんどないのです。

 

 そんな彼らが、半年に一度の柱合会議でもないのに鬼殺隊の本部に集められていました。

 

 前回の開催時には『鬼を連れた隊士(ルールブレイカー)』の裁判を兼ねていましたが、今回は特にそういった話は聞いていません。

 日差しの降り注ぐ産屋敷邸の中庭で、彼らは不思議そうに顔を合わせていました。

 

 やがて誰かが気づきました。柱は九人いるのに、まだ八人しか顔を見せていないのです。

 不在の者は明らかでした。

 

 ――――炎柱(えんばしら)煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)がいない。 

 いつも明朗快活な彼にもしや何かあったのか、と嫌な予感が過ります。

 

 今回の呼び出しの理由もまさか――――彼らが()()をイメージしたその時でした。

 

「――――すまない! 遅くなった!!」

 

 朗々とした声が中庭に響き渡ります。

 皆がバッと振り向くとそこには今し方話題に上っていた煉獄杏寿郎がいました。

 身体中に包帯を巻き、両脇を家族と思われる人物に支えられての登場でしたが、命に別状はなさそうです。

 

「おうおう、随分と派手に怪我したじゃねぇの!」

 

「うむ、上弦の鬼と戦ったからな!」

 

「は…………?」

 

 杏寿郎の発言に他の柱全員が驚きました。

 鬼殺隊の強者たる柱であっても、上弦の鬼と戦って生還した者は未だかつていないからです。

 

 今回の議題はそのことか、と納得しかけた時でした。

 

「っ!?」

 

「これは…………」

 

「何ィ――――?」

 

「殺気、ですね」

 

「南無…………」

 

「よもや敵襲か!」

 

 悍ましいほどの殺意が柱全員に叩きつけられました。

 

 ――――鬼か、いや鬼は太陽の下には出られない。しかし、ならばこの殺気の主は一体……?

 緊張と困惑が彼らの顔を彩っていました。

 どのような状況であれ、即座に刀に手をかけ、いつでも抜けるようにしているのはさすがと言えます。

 

 …………さて、この世界はおろか、ハチャメチャな世界観のサーヴァントユニヴァースにおいても初対面前の相手に殺意を向ける輩はそうそういません。…………いえ、サーヴァント界で何かしらの事件(イベント)が起こっている時にはちょこちょこ出現している気もしますが、年がら年中、時空を飛び越えてまでそういった気質を保持する輩はそういません。いないったらいないのです。

 

「――――とぉーう!! わたし、到ッ着!!」

 

 その数少ない例外的な存在が今、産屋敷邸の塀を飛び越えてきました。

 

 謎のヒロインXです。

 大変自己中心的な理由で鬼殺隊抹殺(セイバーハント)を目論む危険人物が、第一目標(ターゲット)である鬼殺隊の柱と遭遇してしまったのです。

 

「ふむふむ…………全員、カタナの所持を確認。やはりミスターシーウィードの情報は正しかった! ありがとうウェービングキューティクル! 信じるべきは人外めいたヤバめな眼力よりも中身(じょうほう)! これでわたしの満漢全席は確定したようなものです! これよりセイバー殲滅態勢に」

 

「全く…………Xさん、落ち着いてください」

 

「入りまグボァ!?」

 

 殺意マシマシな青い洋装の外国人が、瓜二つな別人に殴り倒されました。

 

 その光景の目撃者は皆例外なく呆気に取られました。

 

 一体彼女たちは何者なのか、と頭を悩ませる中、杏寿郎だけが声を上げます。

 

「おお、えっちゃん殿! その節は大変世話になった!」

 

「むむ、その声………………ミイラ男かと思いましたが、ミスター炎柱(ファイアピラー)のキョージュローさん、ですか。あなたからご提供頂いた薩摩芋餡の団子は実に美味でした。薩摩芋の新たな可能性(ビッグバン)を見た気分、です」

 

 杏寿郎は不審者の片割れの眼鏡っ子に声を掛けるどころか、どこか楽しげに会話を始めたではありませんか。

 これには他の者たちもギョッとします。

 

「おい、そいつ知り合いか?」

 

「うむ、上弦との戦闘の折に助けられた! 彼女は恐らく、この場の誰よりも強いだろう!」

 

 杏寿郎があまりにハキハキと断定するものなので、柱の誰もが一瞬聞き間違いかと思いました。

 

 ――――この少女と言っていい年頃の彼女が鬼殺隊の柱よりも…………強い?

 

 空気が如実に変わりました。

 ですがその主な原因は柱ではなく、もう一人の闖入者です。

 

「それは聞き捨てなりませんね。確かにえっちゃんは強いですが、最強の座は最優セイバーである私のもの! …………さて、前口上が長くなりましたが、そろそろセイバーイズマストダイ!」

 

 ヒロインXはどこからか西洋剣らしき物体を取り出し、その(きっさき)を柱に向けました。刃には金属の光沢とも異なる不穏な光を帯びています。

 

 柱からすれば初めて目にする武器ですが、皆がその剣のポテンシャルを感じ取っていました。

 実際問題、ヒロインXのふざけた言動とは裏腹に彼女の剣は高スペックですので、本気で暴れられると洒落になりません。

 

 このまま緊張が高まっていくかに思われたその時です。

 

「――――お館様のお成りです」

 

 屋敷の主の訪れを告げる、少女らの声が凛と響き渡りました。

 

 二人の白髪の少女に手を引かれて、奥から産屋敷家当主の産屋敷耀哉(かがや)が姿を見せました。――――鬼殺隊の頂点、お館様のご登場です。

 

 彼は本来、介護が必要となるような年齢ではないのですが、一族に掛けられた『呪い(とばっちり)』のせいで身体が弱り切ってしまっているのです。

 顔の上半分を始めとして、身体中が痛々しい悪瘡(あくそう)に覆い尽くされていました。

 

「――――よく来たね。私の可愛い剣士(こども)たち」

 

 耀哉は聞く者の心に染み入るような声を発しました。

 

 普段ならば一も二もなく耀哉の前に整列する柱たちですが、彼らは葛藤のため動けずにいました。

 

 本当は、敬愛するお館様の前に膝をつき、敬意を表したい気持ちでいっぱいです。

 しかし、武器を保持した不審者を野放しにはできません。――――この場には、何よりも守らねばならない存在がいるのですから。

 

 耀哉と謎の二人組、その両方から目を離せないでいると、

 

「――――ぶべっ!?」

 

「空気……読んでください…………はぁ」

 

 ヘンテコな鳴き声と共に、殺気立った方の不審者Xが庭に敷き詰められた玉砂利と熱い接吻(キス)を交わしました。彼女の頭頂部がもう一人に押し付けられた結果です。

 不審者Xはジタバタと抵抗してますがなかなか起き上がれません。眼鏡の少女がしっかりと頭を抑えているので、危険人物の地面とのベーゼはしばらく続きそうでした。

 

 杏寿郎に『えっちゃん』と呼ばれた方は、少なくともお館様に敵対したいわけではなさそうです。

 

 ようやく柱たちは人心地ついて、耀哉の前に片膝をつきました。

 

 不審者の片割れが顔見知りだったが故に幾分か復活の早かった杏寿郎が、混乱しながらも耀哉に挨拶を申し上げます。

 

「ありがとう、杏寿郎」

 

 娘たちの手を借りながら、耀哉は畳の上に正座しました。呪いに侵された身体では、立っているだけでも体力を奪われてしまうからです。

 

 柱たちは口々に不審者の撃退を申し入れました。

 しかし、耀哉は微笑んだまま、決して首を縦に振りません。

 

「大丈夫――――――彼女たちとは争いにならないからね」

 

 ――――それは一体どういう意味なのか。果たして、お館様の『先見の明』には何が見えているのか。

 柱たちは疑問を口にしようとしましたが、それよりも早くえっちゃんの頭頂部ホールドからヒロインXが脱出してしまいました。

 

「そこな頭領(ドン)! あなたはセイバーではないので見逃します…………が! あなたの部下のセイバーに関しましては、そうは問屋が卸しませんよ!」

 

 柱たちの導火線に火を付けかねないことを、ヒロインXはデカデカと叫びました。

 というか、早速着火しており、いつ爆発してもおかしくない面々がいます。しかし、ここでドカンと()ぜては大惨事です。

 

 臨戦態勢になっているのはヒロインXと、柱が一人、二人………………えっちゃんはすぐにカウント作業を止めました。不毛だったからです。

 徐に耀哉を見たえっちゃんはため息を吐き、どこか億劫そうにこう切り出しました。

 

「XさんXさん――――――先ほども言いましたが、サーヴァント(セイバー)はこの場にいませんよ」

 

「なぬ!?」

 

 ヒロインXは口をあんぐりと開けました。

 

 ――――そんな、嘘だ。(カタナ)を佩いた連中なのに。口から出任せでは。

 ヒロインXの顔には大きく『信じられない』と書いてあります。

 

 当然、ヒロインXの思考を読んでいたえっちゃんは次なる一手を打ちました。

 

 えっちゃんが指差す先には、この場で最も背丈のある男性がいます。

 

 岩柱の悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)

 盲目ながら鉄球と斧の独特(ユニーク)な二刀流で戦う、鬼殺隊の柱最強と目される人物です。

 

「よく見てください。ミスター岩柱(ロックピラー)鉄球(モーニングスター)使いです。そしてあのガタイ、意味もなく泣いていることからしても、剣士(セイバー)ではなく狂戦士(バーサーカー)なのは確定的に明らか」

 

「むっ、確かに」

 

 突然、面と向かって「意味もなく泣いている」などと言われ、行冥はまたポロポロと涙を流しました。ただ涙もろいだけなのに狂戦士と言われては敵いません。

 行冥は抗議するかのように数珠をジャラジャラと鳴らしましたが、相手は全く意に返しませんでした。

 

 

 続いてえっちゃんが示したのは、音柱の宇随(うずい)天元(てんげん)です。

 派手なメイクに、キラキラと目立つアクセサリーととにかく彼は派手なものが好みです。また岩柱に次ぐ高身長の持ち主でもあります。

 

「ミスター音柱(サウンドピラー)は忍者。例え忍んでおらずともグッド忍者はアサシンだとコスモカルデア印の教科書にも書いてありました。あの背中の二本の刀はアサシンの忍刀でしょう」

 

「なるほど……彼はアサシンでしたか。セイバーに憧れるのもわかりますが、ロールプレイングはほどほどに、一日一時間までですよ!」

 

 何の話かよくわからないが忍者じゃなくて元忍者な、と天元は心の中で呟きました。

 

 

 次の目標は(かすみ)柱の時透(ときとう)無一郎(むいちろう)に移りました。

 ダボついた隊服に身を包み、腰ほどの長さのある黒髪の少年は、僅か二ヶ月ほどで柱に上り詰めた最年少の柱です。

 

霞柱(ミストピラー)少年ほど己を無にできる人間はいないでしょう。見てください、あの堂に入った気配遮断………………彼がアサシンでないなら誰がアサシンだと言うのでしょう」

 

「セイバーの気配はあれど、先の忍者以上のアサシン味を感じる…………!」

 

 無一郎はだいたいのことが『どうでもいい』の精神なので、『お館様が害されることはなさそうだ』と判断した彼は早々に二人を意識から外しました。

 今もヒロインXとえっちゃんの会話に意識を割かず、空を見上げてぬぼーっとしています。

 

 その横では天元が少々複雑そうな表情をしていました。

 別に忍者に未練があるわけではありませんが、それはそれとして年若い同僚より劣っていると言われるのは癪でした。

 

 

 えっちゃんによって四番目に選ばれてしまったのは、蛇柱の伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)です。

 常に白蛇を連れ、口元を帯で覆い隠している彼は、嫌な予感に舌打ちしました。

 

「ミスター蛇柱(スネークピラー)をご覧ください。彼ほどの蛇遣いは医神(ドクター)ピオの親戚でなければ説明がつきません。…………となると、彼は医神(ドクター)と同じキャスター」

 

「言われてみればセイバーらしくない格好でした」

 

 ――――いや誰だよドクターピオ。

 小芭内はネチネチと文句をつけようとしましたが、尊敬する耀哉が口元に指を押し当てているのを見て、やめました。

 お館様に何かしらの考えがあるのなら、それを妨害してはいけません。

 

 

 ヒロインXとえっちゃんのやり取りをドキドキしながら見守っていたのは、恋柱の甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)です。

 さっきからあの二人は何の話をしているのだろう、とピンクとグリーンのグラデーション鮮やかな髪を揺らしました。ついでにたわわな胸も揺れましたが、賢明な同僚たちは蜜璃の胸元から意識を逸らしました。

 

「ミス恋柱(ラヴピラー)の髪は何と桜餅の食べすぎで色が変わったとのこと。げに恐ろしきはサクラ(ブロッサム)の因子。下々の者を狂わ(バグら)せる月の魔力。我々のようなサーヴァント界出身者といえど彼女ほどクレイジーな恋煩い(ラヴァー)はそうそういません。つまり」

 

「つまり?」

 

「彼女はムーンキャンサー」

 

「一理ありますね」

 

 二人の会話には外来語が多く、蜜璃には桜餅の話題が出ていたことぐらいしかわかりませんでした。

 師である杏寿郎を救ったらしい少女と、桜餅を一緒に食べられないかしら、と蜜璃はのほほんと思いました。

 

 

 次は炎柱の煉獄杏寿郎――――と一緒になって、後ろに控えていた彼の家族も指差されました。

 

「あちらにミスター炎柱(ファイアピラー)と同じ顔が並んでいます。彼らは煉獄ファミリー、あれは煉獄顔、つまり――――彼はアルターエゴ、我々のような犠牲者なのです」

 

「アルターエゴ…………なんと、この世界でもそのようなことが!?」

 

 ちなみに、顔に年月を感じさせる皺が刻まれた方が父の槇寿郎、杏寿郎よりも小さな少年が彼の弟の千寿郎です。

 二人はまだ傷の癒えぬ杏寿郎を連れてくるようにと耀哉からお願いされ、今回この場に居合わせました。

 元柱の槇寿郎はお館様に一言挨拶申し上げたら退出しようと考えていたのですが、その前に妙ちきりんな乱入者が現れてしまったので、タイミングを失していたのでした。

 

 三人ともそっくりな顔立ちを見合わせ、目をパチクリさせました。

 眼前で飛び交っていた言葉の意味がわかっていれば『犠牲者』扱いには異を唱えたでしょうが、実際には三人揃って疑問符を浮かべていました。

 

 

 風柱の不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)は「こっちに話を向けるんじゃねェ」と二人を睨みつけていましたが、彼の願いは届きませんでした。

 身体中に多数の疵痕を持つ実弥の睨みは完璧です。一般人ならば動けなくなるでしょう。

 しかし、今回は相手が悪いとしか言えません。

 

「ミスター風柱(ウィンドピラー)は実にわかりやすいです。あの顔、あの言動、すなわち彼は」

 

「――――はっ、バーサーカー!」

 

「いえ、『混沌・悪』顔なのでアヴェンジャーです」

 

 アヴェンジャーの意味こそわかりませんが、混沌だの悪だのと言われては侮辱されているのは明白です。

 実弥は喧嘩ならば買ってやろうと息巻きましたが、これまたお館様が無言のまま制します。

 

 

 蟲柱の胡蝶(こちょう)しのぶはそろそろ自分の番かと息を吐きました。しのぶの髪を留めている蝶の飾りにもどこか活気がないように見えます。

 傾向からして良い話題が出ることだけは絶対になさそうなので、彼女は密かに心の準備をしていました。

 

「ミス蟲柱(バグピラー)は…………刀を見てもらうのが早いでしょう。こちらを少々お借りします」

 

 あっ、としのぶが声を上げる前に、えっちゃんはしのぶの日輪刀を鞘から抜きました。その日輪刀は先端部だけが一般的な刀の形状をしており、残りの刀身に刃はなく細剣のように細くなっていました。

 

「む、刃がほとんどありませんね? これは刀と言うよりも」

 

「そう、刺突のための武器です。そして彼女は毒使いでもあります」

 

「正道かつ最優たるセイバーにあるまじき毒を用いた戦法………………わかりました! 彼女はランサーですね?」

 

「正解です」

 

 案の定、ロクな話題ではありませんでした。体格に恵まれず、鬼の頸を斬れないことにコンプレックスのあるしのぶは既に怒り心頭です。

 

 

 そこまで言うなら毒を吐いてやろう、としのぶが口を開こうとして、

 

「図星か胡蝶――――――――――無駄だ」

 

 その一言に、空気が凍りつきました。

 

 一瞬で空気を冷却したのは、水柱の冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)です。

 彼は隊服の上から、左右で柄の異なる変わった羽織を着ています。

 

 なお彼は『図星か胡蝶、(だが頸を斬れずとも藤の花の毒で鬼を殺せるお前はすごい奴だから気にするだけ)無駄だ』と心の中では饒舌です。

 が、如何せんコミュニケーション能力が壊滅的なため、毎度毎度ありえないような言葉をチョイスして、会話を省略するのです。

 

 しのぶの怒りはピークに達しました。

 

「冨岡さん?」

 

 しのぶは笑っています。顔の筋肉は笑ってはいますが、目や内心は一ミリたりとも笑っていません。

 

 義勇はタラリと汗をかきました。今まで、しのぶに言い勝てた試しがないからです。

 彼の煽るような言葉遣いは天然物のため、何故相手が怒っているのかが義勇には全く理解できません。ですが、それはそれとして他人の毒舌には一丁前に傷ついて押し黙ったりするので、それが余計に相手を怒らせる遠因になっています。

 

「ミスター水柱(ウォーターピラー)は…………」

 

「む、先ほどのランサーに話しかけられていますね。彼自身はほとんど何も喋ってはいませんが…………」

 

「彼女の尻に敷かれているので彼は言い返せないのです。何せ彼のクラスは騎乗される者(ライダー)ですので」

 

「おのれライダー! いい感じの剣気(セイバーオーラ)を纏っているから勘違いしてしまったではないですか!!」

 

 ヒロインXはえっちゃんが言うライダーのニュアンス(ルビふり)が違うことに気づいていません。

 

 ちなみに、しのぶは義勇に絡んでいるので、ヒロインXとえっちゃんの会話は聞いていませんでした。

 義勇もしのぶにあれこれと心外なことをグサグサ言われているので、外野でのやり取りには関知していません。

 

 

 これにて、えっちゃんがお届けする鬼殺隊の柱九人の紹介が終了しました。

 えっちゃんはここまで様々なクラス名を述べましたが、その中にセイバーは入っていません。

 

「――――って、セイバーがいない!? 鬼殺隊は剣士だらけの美味しい、もといハントし甲斐のある集団だと聞いています! それなのにセイバーが一人もいないのはおかしいのでは!? ほ、他の…………他の鬼殺隊のメンバーはどこに!?」

 

 ヒロインXは衝動のままにウガーッとシャウトします。

 大声のおかげで多少のストレス発散にはなりましたが、本命(セイバー)がいなければお話になりません。

 

 …………さて、ここまで来れば、察しの悪い一部の者を除き、何となく乱入者二人の事情が見えてきました。

 

 金髪に青い服と夜空のようなカラーリングをしたはた迷惑なこの女は、何やら物騒な目的のために剣士を探している様子です。

 しかし、全体的におはぎのような色合いのもう一人が、あれこれと失礼なことやワケのわからないことを言ってそれをかわしているようでした。

 恐らく、後者は味方といっていいのでしょう。

 

「――――――しのぶ、お願いできるかな」

 

 耀哉に指名されたしのぶはお館様の意図を理解しました。

 

 ――――なるほど、そういうことですか。ならば『相応しい相手』に会わせてあげましょう。

 

 今必要なのは、ヒロインXが勘違いするような()()()()()()()()です。

 

 

 

 

 

 

 しのぶはヒロインXとえっちゃんを蝶屋敷に案内しました。

 蝶屋敷は主に怪我をした隊士の治療やリハビリが行われている場所です。そして今は、一般的な隊士とは比較にならないほど()()()()隊士がここにいます。

 

 竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)――――共に任務をこなすことも多い三人の隊士です。しのぶの狙いは彼らでした。

 

 

 

 今三人は機能回復訓練(リハビリテーション)の一環として、室内で木刀を用いた模擬戦の真っ最中です。

 大きな箱を抱いた炭治郎が見守る中、善逸と伊之助が打ち合っていました。

 

 伊之助が二本の木刀を操り怒濤の勢いで攻め込みますが、善逸は金髪を揺らしながら打ち込みをいなしました。

 

 途中まで二人の試合は拮抗していましたが、蝶屋敷にヒロインXらが足を踏み入れた頃、堪らず奇声を発したのは善逸です。

 

「いやぁぁぁぁぁぁああああ!? 何!? 何なのこの音!? これ絶ッッッ対普通の人間じゃない奴ぅぅぅ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! もういやぁぁぁぁ!! ここに入ってきてるしぃぃぃぃ!!!」

 

「ガハハッ! 隙ありィ!」

 

「ギョベッ!?」

 

 頭にゴチンといい一撃が入った善逸は昏倒しました。

 さすがワイルドな論理で動く野生児伊之助、模擬戦といえど容赦がありません。

 

「善逸!?」

 

 炭治郎は声を上げ駆け寄ろうとしましたが、とある匂いを嗅ぎ取ったためピタリと動きを止めました。

 

 ――――強者の匂い。でも、生きているようで死んでいるような、どこか()()()臭気。

 

 炭治郎は唾を飲みました。きっとこの匂いは、耳が異常に良い善逸が聞き取った『音』の持ち主です。

 同時にふわりと和菓子の甘い香りもしましたが、炭治郎の緊張を解してはくれません。

 

「――――失礼します」

 

 戸を開き姿を現したのは三名、一人は蝶屋敷の持ち主の胡蝶しのぶです。彼女からは、いつもよりどことなく余裕のない匂いがしています。

 

 しのぶが連れている二人は外国人でした。炭治郎が見たことのない洋服を着ています。

 

 一人は善逸の金髪よりもなお透き通るような美しい御髪の女性でした。炭治郎らと同年代にも見えますが、海外の人の年頃を見抜く力は炭治郎たちにありません。黒いツバ付きの帽子に、蒼い首巻き――――そして何故か隠しきれない殺気を放っています。

 なるほど、善逸が悲鳴という名の恥を晒したのも納得でした。

 

 もう一人は先の人物より幾分か大人しそうな印象の女性です。見たことのない結わえ方をした白金色の髪、眼鏡を掛け、フードのある紫色のパーカーを羽織っています。パーカーと紅色チェック柄のマフラーに阻まれほとんど見えませんが、セーラー服を彼女は着用していました。

 和菓子の匂いを漂わせているのは、こちらの方です。

 

「…………彼らが?」

 

「ええ、こちらの三人なら――――」

 

「把握しました! 彼らこそが鬼殺隊のセイバー!! ならば正々堂々と抹殺を」

 

「Xさん、人の話を最後まで聞いてください」

 

 目の前で繰り広げられている光景を炭治郎はぼんやり見つめていました。

 

 見覚えのない二人の外国人は鬼殺隊に所属しているわけではなさそうです。

 かといって一般人のお客さんだと思うには、立ち上る匂いが強烈すぎました。もしかすると、柱以上の実力かもしれないのです。

 

 伊之助もそれを肌で感じ取っているようで木刀を握り締めたままうずうずしています。

 それでもすぐに襲いかからないのは、野生の勘で何かを察知したからかもしれません。

 

 ちなみに、善逸は気絶したまま床に伸びていました。

 

「どうぞ訓練を続けてください」

 

 炭治郎、善逸、伊之助の三人ほど、柱に匹敵するような個性的な隊士を、しのぶは他に知りません。

 

 彼らならば鬼殺隊にセイバーがいない証明、その最後の一押しになるはずです。

 

 …………もしも失敗したらどうしようという不安もありましたが、彼らも強くなっているのでどうにか生き残るでしょう、としのぶはやや投げやりに考えていました。

 善逸が知れば、『そんな信頼はいらない』と絶叫しそうです。

 

 その件の善逸ですが、彼は気絶したまま立ち上がり、木刀を左腰元に差すような仕草をしました。抜刀術の構えです。

 善逸の口からはシィィィと特徴的な呼吸音が漏れています。

 どうしようもなく怖がりな彼は、意識を失った状態の方が実力を発揮できるという困った性質の隊士でした。

 

 ドォンと落雷のような轟きが部屋を振動させたかと思うと、善逸は伊之助の背後に移動していました。

 伊之助の両手にあった木刀はポッキリと折れています。

 

「やるじゃねぇか紋逸!」

 

 伊之助は壊れた木刀を投げ捨て、壁に立て掛けてあった己の日輪刀を掴みました。

 なお伊之助は七回に一回しか他人の名前を正しく呼べないので、ここで彼の言う紋逸とは善逸のことです。

 

 伊之助が日輪刀を持ち出してしまった以上、訓練を続けては怪我になりかねません。

 炭治郎は二人を止めようと思いましたが、珍しいことにしのぶには止める気がないようでした。

 これはどういうことだろう、と炭治郎が考えているうちにも模擬戦は続きます。

 

 パーカーの方の来訪者、えっちゃんは気絶している少年、善逸を指差しました。

 

「ご覧の通り、金髪(ゴールデン)少年は眠りながら意識のない状態で戦っています。これは間違いなく魔術師による操作、つまり彼はキャスター」

 

「ええい、魔術師め! 何と紛らわしいことを!」

 

 善逸の次は、彼と戦っている伊之助です。猪頭の毛皮を被った彼を、えっちゃんは胡乱気に見つめました。

 

「……魔猪(ワイルドボア)少年は猪突猛進と叫びながら、がむしゃらに突っ込んでいます。刀は刃こぼれしかありませんし上半身は裸ですし、バーサーカー以外の何者でもないのでは?」

 

「バーサーカーなら裸一貫、ステゴロで戦いなさい!」

 

 二人の来客は口々に声援ではなさそうなことを言っています。それでも、やっていることは傍目にはただの観戦です。

 

 炭治郎はギュッと箱を抱きしめました。

 

 炭治郎が持つ箱の中には彼の妹の禰豆子(ねずこ)が入っています。

 禰豆子は二年以上前、鬼舞辻無惨によって鬼にされてしまいましたが、強固な理性によって人を喰らわず人を守るために戦える稀有な存在です。

 鬼は日の光を浴びてしまうと灰と化してしまうので、禰豆子は昼間、大きな背負い箱の中に隠れています。

 

 強き者である二人の正体がわからない以上、炭治郎は妹を守るためにも警戒しなければなりません。ぼんやりしている場合ではありませんでした。

 

 二人の試合は、善逸が意識を取り戻し、伊之助の日輪刀に悲鳴を上げたことで終結しました。善逸の木刀もボロボロです。

 伊之助がしきりに己の勝利を主張しましたが、そもそも勝利条件を決めていなかったので、結局引き分けという話になりました。

 

「――――って、あの二人まだいんの!? やだやだ俺もう嫌だよ俺のこと守ってよ炭治郎ぅぅぅううう!! 禰豆子ちゃぁぁぁああん!!」

 

 善逸は汚い高音を上げながら、炭治郎の背に隠れました。

 炭治郎は『善逸は困った奴だな』と眉尻を下げながらヒロインXとえっちゃんに目を向けます。

 

 ヒロインXの目は炭治郎に注がれていました。

 戦っていた二人がセイバーでなかったので、残る炭治郎にヒロインXの期待がかけられているのです。

 その餓えた獣のような視線と目が合ってしまい、炭治郎は思わず顔を逸らしました。例え長男であっても、怖いものは怖いものです。

 

 ヒロインXとえっちゃんが炭治郎に近づいてきます。背中の善逸が「ひぃぃぃ」と声を震わせました。

 

「竈門兄妹(ブラザーズ)、ですね?」

 

「ぶ、ぶらざぁず?」

 

「『兄妹』のこと、です」

 

「あ、はい」

 

 炭治郎は素直に頷きました。

 警戒を解いたわけではありませんが、姿を見せていない禰豆子のことを知っているということは、しのぶから教えてもらった可能性が高いです。

 例え殺気を撒き散らすような人物と行動していても、そのぐらいの信用はあるのだろうと根が真面目な炭治郎は考えました。

 

「彼らが兄弟、ですか? 全くと言っていいほど似ていませんが…………?」

 

「あちらの箱の中に妹を入れているのです」

 

「なるほど、兄弟ではなく()()と。そういうことでしたか」

 

 普通なら疑問に思うことですが、ヒロインXは理由を訊ねようとはしません。何せ、ユニヴァースには様々な事情持ちがいたので、文字通りの箱入り娘ぐらいならばそこまでレア度は高くないのです。

 監禁しているとなれば話は別ですが、せいぜい身体の弱い妹を運んでいるのだろう程度の認識でした。

 

 ヒロインXは魔境と名高い惑星ブリテンで育っただけあり、セイバーや食事以外のことには案外寛容な面があります。

 

「――――ですが、それはそれとしてセイバーは倒しますのでご容赦を! 恨むならセイバーに生まれた己を恨みなさい!」

 

「Xさん、どうどう」

 

「わたしはキメラくんですかッ! ガルルルッ!」

 

 ヒロインXはツッコミを入れつつも、ノリノリで威嚇します。ついに出会えたセイバーと思しき存在に気持ちが高ぶっているのです。

 

 しかしえっちゃんはそれを許しません。『セイバークラスのサーヴァントはいない』――――この言葉に嘘偽りなどないのですから。

 

「彼ら兄妹は必ず二人一組で行動しています」

 

「…………それが何だと言うのです?」

 

「彼の妹は血と炎を敵に飛ばします。そして彼は戦闘中、セイバーであれば命と同じぐらい大切な刀を折ったり、刀を投擲したりしています」

 

「刀を破壊(ブロークン)……二人一組……投擲………………はっ!? つまり彼らはチーフレッドや渚の宇宙海賊(スペースパイレーツ)アン&メアと同じアーチャー!」

 

「さすがです、Xさん。そこに目をつけるとはお目が高い」

 

 弓兵(アーチャー)の意味を知っていれば、嘘がつけない炭治郎は変顔を披露したでしょう。

 ですが、明治生まれの元炭焼に当然英単語はわからないので、炭治郎はヒロインXとえっちゃんのやり取りを傍観していました。何やら今し方のやり取りによって、炭治郎も殺意の対象から外れたようです。炭治郎はホッとしました。

 

 実際、アーチャーの中できちんと弓を使う者は少数派なので、Xの目の付けどころ自体は悪くありません。

 アーチャーなのに、剣を飛ばしたり恋人を飛ばしたり杖で殴ったり米俵を投げたり剣で切りかかったりイルカを飛ばしたりする連中が悪いのです。

 

 

 

 ヒロインXは愕然としました。

 

 今まで出会った鬼殺隊の隊士数は十二名。そのうちの…………なんと十二名が非セイバーでした。

 百パーセントの大暴投です。このままでは戦力外通告は確実でした。

 

 ――――おかしい、情報だとセイバーだらけの組織だという話だったのに!

 

 『他の隊士にも会わせてほしい』としのぶに依頼する案が頭を過りましたが、ここまで情報と現実との乖離が激しいとなるとそれも期待できそうにありません。

 

 それどころかヒロインXはある可能性を思いつきました。今まで考えもしなかった可能性です。

 

「もしや――――――いえ、何でもありません。えー、突然ですが急用を思い出したので、わたしはこのあたりで失礼します! ではまた、次回のセイバーハンティングでお会いしましょう!」

 

 蝶屋敷を飛び出したヒロインXは、そのまま何処かへと走り去りました。

 

 えっちゃんは去るXを追いませんでした。

 ただ、己の役割を果たしたとばかりに、懐から取り出した羊羹をもきゅもきゅと頬張りました。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 『ヘイ、タクシー!』のノリで鳴女(なきめ)を捕まえたヒロインXは無限城に再び足を踏み入れました。

 

 鳴女は空間を操る血鬼術を使えるので、無惨の部下にして無限城の管理者に近い立場にいる女の鬼です。

 スペース運転免許を取得して、ついでに長い髪を結い上げれば『敏腕美女鬼琵琶弾き宇宙タクシードライバー』として華々しく活躍できそうなのに、とヒロインXは詮無きことを考えました。何やら属性過多な職業(ジョブ)ですが、これまたユニヴァースではよくあることです。

 

 やがて、鳴女が例のおかしな女(ヒロインX)を連れ帰ってきたと知り、無惨がひょっこり顔を見せました。

 『まあどうせ無駄だったのだろう、ちょっくら嘲笑ってやるか』ぐらいの気持ちで無惨はヒロインXと再会しました――――――それがこの後に待つ悲劇の始まりとも知らずに。

 

 空間がねじ曲げられた無限城の一角、そこには『ガセネタを掴まされた』と戦慄(わなな)くヒロインXの姿がありました。

 何故か西洋剣(カリバー)をブォンと大きく振りかぶっています。

 

「ええい! そこのワカメヘアーのあなた! 騙しましたね! 鬼殺隊には全然セイバーがいないじゃあありませんか! わたしを謀る者には天誅!!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな屋敷の縁側に、二人の人物が腰掛けていました。

 眼鏡の少女は饅頭を食べ進め、黒髪の男性はそれをただ見守っています。男性は少女が食べ終わった頃合いを見計らって話しかけました。

 

 男性――――産屋敷耀哉はほとんど視力を失っていますが、それでも音や雰囲気から相手の様子を察知する力に長けているので、このぐらいの芸当は朝飯前です。

 

「――――ありがとう、えっちゃん。よくぞ私の剣士(こども)たちを守ってくれたね」

 

「いえ、Xさんの暴走を止めるのも役目ですから…………はぁ。事前に色々と教えてもらったおかげでもありますし」

 

「今日はおはぎを用意したんだ、食べてくれるかな?」

 

「おはぎ…………! 是が非でもいただきます」

 

 運命の一戦、どちらに勝利の女神が微笑んだのかは明らかでした。

 

 

 

 

 

 

【完】

 

 




 鬼滅×Fateの組み合わせに妄想が捗りすぎてヤバい(遺言)


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