朝。眠りから醒めると目の前に金髪美少女がいた。
何これ? 夢?
「おはよう」
その少女は僕が起きたのを見て柔らかく微笑みながらそう言った。
「……おはようございます」
突然のことでどうしていいか、僕にはわからなかった。寝ぼけた頭で考えて、とりあえず挨拶をすることにした。向こうがしたのにこっちがしないのは失礼だしね。
すると彼女はきょとんとした。
「……他人行儀な挨拶ね。寝ぼけてるのかしら」
どうやら挨拶がお気に召さなかった様子。
「いつまで寝ぼけてるの。もう、寝坊助にはこうよ」
そう言って少女の顔が近づいてくる。唇に柔らかな感触。全身が一瞬で熱くなる。キスされたとわかった時にはもう離れていた。
それで僕は完全に目が醒めた。
目の前には何かを期待した少女の顔。試すような視線。
「……おはよう、千聖さん」
「よろしい」
隣で横になっている、白鷺千聖さんは満足げにそう言った。
「ところで千聖さん」
「なにかしら」
「どうしてウチにいるの?」
「どうしてって……貴方の顔が見たくなったから」
それは僕も同じ気持ちだから素直に嬉しい。
「いつから?」
「そうね、4時ぐらいからかしら」
時計をちらりと見る。午前10時だ。ということは
「6時間くらいずっと?」
「ええ、そうよ」
一瞬言葉を失った。
「……ちょっと引きました」
「あら、じゃあ貴方は私の顔見ていたくないの?」
「ずっと見ていたいですよ」
「でしょう?」
そう言われると反論ができなくなる。
「ちなみに私は貴方の顔見てて飽きないわ。できればずっと見ていたいわね」
「……すごい恥ずかしいことをさらりと言いますね」
「ふふふっ、そういう貴方は顔真っ赤ね。可愛い」
そう言って微笑する千聖さんを直視できずに顔を横に逸らしてしまう。
「照れてる照れてる」
そんな僕を見て、さらに嬉しそうに笑う。
「男の照れ顔なんて見て嬉しいんですか」
「嬉しいわよ? 貴方の顔だから」
せめてもの抵抗の言葉がド直球で返された。僕は余計に何も言えなくなってしまう。
わかっててやってるんだろうか? きっとわかっててやってるんだろうなぁ……
「ところでどうやって入ったんですか?」
これ以上からかわれないように話題を変える。
千聖さんは午前4時からぐらいから僕の寝顔を見ていたと言っていた。つまりそれぐらいかそれよりも前にウチに来たということだ。ウチの家族だってその時間は起きていないはずだ。
「ああ、合鍵があるのよ」
「合鍵っ!?」
さらっと衝撃的なことを口にした。ちょっと待って、渡した覚えないんですが。
驚く僕の顔を見て千聖さんはくすりと笑って説明してくれた。
「これはね、貴方のお母様とお父様から頂いたのよ」
母さん父さん、僕は何も聞いてないんですが。
「『もう家族みたいなもんだし』って言って鍵をくれたの」
蕩けそうな顔でそう語る千聖さん。外堀がどんどん埋められていく。別にいいけど。
「ダメ、だったかしら」
「……ダメじゃないです」
上目遣いの千聖さんが躊躇いがちに聞いてくる。
それはズルい。拒否できないじゃないか。嫌じゃないし、望むところなんだけどさ。
「そう、よかった」
僕が答えると一転表情を変える。そう答えるのがわかってましたよ、みたいな澄ました顔だ。
さすが女優。切り替えが早い。
「もしかして今、安心しました?」
いつもからかわれているので少し反撃をしてみる。
「あら、何のことかしら」
わかっているのかわからないのか、千聖さんは首を傾げる。
「内心拒絶されるかもと思ってビクビクしてませんでした?」
「……そんなことないわよ」
「本当ですか?」
「本当よ。疑ってるのかしら?」
「正直に言うと」
「酷いわ」
千聖さんは少し笑っていた。
「正直に言うと、少し怖かったわ」
これで満足? と言いたげな顔。
「ありがとうございます。大変満足です」
「なら正直に言った私にご褒美があるべきじゃない?」
千聖さんは少し僕に近づく。すぐさまキスができそうな距離。千聖さんの匂いをより一層感じ、頭がくらっとした。
「何がご所望ですか?」
「そうねぇ……」
少し間が空いて、千聖さんは口を開いた。
「しばらく抱きしめててもらおうかしら?」
「……そんなんでいいんですか?」
僕としては大変嬉しいので大歓迎なのだが。
「それがいいのよ」
きっぱりとそう言う千聖さんに言い返す言葉がなかった。そもそも僕にとってもご褒美みたいなものだから抗議する気なんてさらさらない。
「それじゃ、いきますよ」
「ふふふっ、どうぞ」
僕はより千聖さんに近づいて、腕を背中に回し彼女を抱きしめる。千聖さんも抱きしめ返してくる。身体同士が接触して、千聖さんの身体の体温だったり柔らかさだったりを感じる。僕の鼓動が激しくなる。
「ふぅ……これ落ち着くわ」
「僕は少し落ち着かないんですけど」
「顔が赤いわね」
僕の顔を見て千聖さんは笑ってそう言って、おでこ同士を合わせてきた。
「でも嬉しいでしょ?」
「もちろん嬉しいですよ」
間髪入れずに答える。
「よろしい」
千聖さんは満足げに肯く。
「……すんすん」
「千聖さん!?」
そして何を思ったのか、僕の身体の匂いを嗅いできた。首周りやら胸元やらをまるで犬のように。
「いけないかしら?」
「いけないというか恥ずかしいです」
「大丈夫よ。私好きよ、この匂い。ずっと嗅いでいたい」
「そういう問題じゃないです」
というか千聖さんの発言、変態チックだ。あるいは新種のプロポーズか。
「なら……私のも嗅いでみる?」
とんでもなく大胆なこと言い出した。
「いや駄目でしょ!?」
「あら、どうしてかしら?」
「どうしてってそりゃ……」
千聖さんの匂いを意識的に嗅いでしまったら理性を失う恐れがあるから。今だって、微かに香る千聖さんの匂いのせいで落ち着かないというのに。
千聖さんはそのことをわからないで言っているのか。それともわかっていて言っているのか。
「どうしてかしら?」
真正面から尋ねてくる千聖さん。抱き合っているから彼女から逃げれないでいる僕。
「…………嗅ぎますよ」
僕は諦めて千聖さんの言う通りにすることにした。大丈夫だ、僕が我慢すればいいだけの話だ。
「失礼します」
「ふふっ、どうぞ」
「すぅ」
覚悟を決めて、千聖さんの首筋に顔を近づけ、そして鼻からを息を吸う。香水ともシャンプーとも違う、女性特有の香りが肺を満たす。心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「させておいてなんだけど結構恥ずかしいわね、これ」
「僕の気持ちわかってくれました?」
「ええ……。それでどうかしら、私の匂い?」
千聖さんは答えにくいことを聞いてきた。馬鹿正直に「襲いたくなりました、ハァハァ」とか言ったら僕は死ねる。
千聖さんはどこか期待したような、でも少し不安そうな顔で僕の答えを待つ。
「ノーコメントじゃダメですか?」
「ダメよ」
一刀両断だ。
「……いい匂いです。ずっと嗅いでいたいと思うくらい」
言ってしまった。やばいよやばいよ。これどう聞いても変態だ。あ、でも千聖さんも同じようなこと言っていた気がするし大丈夫。……大丈夫だよね。という思考が頭の中をぐるぐる回る。
僕は不安になりつつも千聖さんを見る。すると千聖さんは
「ふふふ……ずっと嗅いでいたい……これもはやプロポーズよね……ふふふ……」
と小さな声で嬉しそうに呟いていた。僕には丸聞こえだった。そしてちょっとトリップしていた。千聖さんの顔は蕩けていて人様に見せられるような顔ではない。
取り敢えずドン引きされずによかったけど。
「千聖さん? 千聖さーん?」
「…………何かしら」
僕が呼びかけると千聖さんはいつものキリっとした顔で応えてくれた。さっきのふにゃふにゃ顔との落差半端ない。
「離れてもらっていいですか。いい加減起きましょうよ」
今日僕は起きてからずっとベッドから出ていない。
「ダメよ。離れたくないの。今日はずっとこのまま」
そう言ってちょっと拗ねた顔の千聖さん。あざとい、可愛い。つまり逆らえない。
「お風呂とかトイレはどうするんですか?」
せめてもの抵抗でそう聞いてみる。
「……一緒に行く?」
「冗談ですよね?」
「トイレはね」
お風呂は!? と聞きたくなったが藪蛇になりそうな気がした。
「……もうそのままでいいです」
僕は抵抗するのを止めた。
いつもそうだ。結局僕は千聖さんに逆らえない。千聖さんはそのことをわかってる。それでいいや、って僕は思ってる。
「今日はお仕事はないんですか?」
「ええ、一日フリーよ」
だから今日はずっと一緒に居られるわよ嬉しいでしょ? なんて聞いてきたから僕はその言葉に答えずに抱きしめる力を強くした。すると千聖さんは頬を緩ませ、蕩け顔になった。
「偶にはこういう一日もいいでしょう」
「まあそうですね」
「……ずっと一緒よ」
念を押すような千聖さんの言葉に僕は笑ってしまった。心配しなくてもずっと一緒にいるつもりなのに。
その日は日が暮れるまで千聖さんとずっとベッドの上でじゃれていた。キスしたり抱きしめたりお喋りしたり、そんなことをして今日も一日が過ぎていった。