ネビルが凛然と、ホグワーツの校庭の敵と味方の境界に立った時、ヴォルデモート卿はネビルをしげしげと見た。
「だが、お前は純血だな?勇敢な少年よ。」
ヴォルデモート卿に問われて、ネビルは昂然と頭を上げ、大声で問い返した。
「そうだったら、どうだというんだ?」
ヴォルデモート卿は、まるで慈悲を垂れるかのようにこれ見よがしに腕を伸ばした。
「お前は、意気地と勇気を見せた。そして、お前は高貴な血筋でもある。お前は非常に価値あるデスイーターになるだろう。我々はお前のような者を必要としている、ネビル・ロングボトム。」
ネビルはそれを鼻で笑った。
「地獄の炎が全て凍りつくような時が来たら、仲間になってやってもいいよ。」
実質的に、それは断固とした拒絶だった。
「ダンブルドア軍団!」
不愉快なことに、旗印にする叫び声として、甚だ発音しやすい、とネビルはこっそりと思った。
ネビルの叫びに呼応して、ホグワーツの城の群衆から、ヴォルデモート卿の沈黙呪文でも抑えきれないほどの声援が巻き起こった。
「よかろう。」
静かな怒りを秘めて、ヴォルデモート卿が言い捨てた。
「それがお前の選択なら、ロングボトム。我々は元々の計画を実行するだけだ。
──お前自身が招いたことだ。」
ヴォルデモート卿が杖を振るのに、ネビルは油断していたわけではなかった。
だがそれはネビルが警戒していた直接の死の呪文でも、磔の呪文でもなく、城へ向けられた呼び寄せ呪文だった。
組分け帽子。
薄汚いとすら言っていい様子の組分け帽子を呼び寄せて、今度こそヴォルデモート卿はネビルに杖を向けた。
「ホグワーツに組分けはいらない。
複数の寮もいらない。
我が高貴なるサラザール ・スリザリンの紋章、盾、そして色があれば誰にとっても十分だろう、ネビル・ロングボトム?」
ヴォルデモート卿がネビルに杖を向け、ネビルは自分の身体が動かなくなるのを感じた。
そして、ネビルの頭に、ヴォルデモート卿は無理やり帽子を被せて来た。
視界も効かなくなるほど目深に帽子を被せられたネビルの脳裏に聞こえて来たのは、組分けの時に聞いた組分け帽子の声だった。
『ネビル・ロングボトム。
真のグリフィンドールの勇気を得た者、組分けの結果を真に正しく体現した者。
ネビル、私を取りたまえ。
私の中には、真のグリフィンドールに与えられるグリフィンドールの剣への道がある。
君にはそれを取る資格がある。』
ネビルは驚いた。
ネビルが組分け帽子の声を聞いている時、ヴォルデモート卿は聴衆に
「ネビルがここで、愚かにも私に抵抗し続ける愚か者の末路を体現するだろう。」
と演説していた。
ネビルは、組分け帽子の言葉に驚いたが、その時、ヴォルデモート卿によって、組分け帽子に魔法の火が掛けられた。
『私は燃えない。
千年の魔法は、私を守る。
そして、私は私をかぶる者も守る──。』
燃えたように見えても、ネビルは帽子の魔法に守られて、熱くすらなかった。
かつて、マグルに魔女狩りで火にかけられた魔法使いを守った魔法がネビルを守っているに違いなかった。
そして、ネビルは、無言杖なしの気力を込めて、ヴォルデモートの呪縛を振り払った。
ハリーが生きていて、透明マントをかぶって跳ね起きたのを見る余裕はなかった。
ネビルが動いて帽子が落ちたが、彼はその帽子を掴み、言われた通り手を突っ込んで中で掴めた物を力強く引き出した。
輝くルビーが嵌め込まれた柄が、間違いなくグリフィンドールの剣であることを主張していた。
突然なだれ込んで来た巨人の群れや、ケンタウロスの大群の蹄の音、とにかく大混乱になっていたが、ネビルは自分のやるべきことを忘れてはいなかった。
ハリーは絶対に蛇を殺して欲しいと言っていた。
ネビルは剣を鞘から抜き放ち、自分の方に来ると身構えていたヴォルデモート卿をすり抜けて、傍にいた大蛇の首めがけて剣を振り下ろした。
ネビルは剣の心得もなく素人ではあったが、迷いのない一閃は紛れもなく蛇の首を斬り落とし、首は宙を舞い、胴体の方はどう、と大きな音を立ててヴォルデモート卿の足元に落ちた。
ヴォルデモート卿は怒りの叫びを上げ、ネビルに杖を向けようとしたが、誰かがネビルと卿の間にプロテゴを掛けた。
ネビルはヴォルデモート卿に対峙しようとしたが、巨人やケンタウルス、勢い付いた群衆がどっと押し寄せて混戦になったので、巨人に踏み潰されないために、一旦退避しなければならなかった。
校庭も、建物に続く通路や広間全てが大混乱になった。
先ほどあれほど目立ったネビルを狙って来るデスイーターも多く、混戦の中、ネビルは、ロンを襲おうとしていたフェンリル・グレイバックを吹き飛ばした。
フェンリルは吹き飛ばされただけでは持ち前の人狼の生命力でむくりと起き上がり今度はネビルに向かってきたが、ネビルはロンと連携してフェンリル・グレイバックを倒した。
誰もが大広間に走りこんで来て、大混乱だったが、強力な呪文を撃ちまくる二人、ヴォルデモート卿と副官のベラトリックスに対峙する組が暴れ回るので大勢が広間の端へ避難した。
ベラトリックスが倒れた後、ヴォルデモート卿はマクゴナガル教授、スラグホーン教授、そしてキングズリーをまとめて吹き飛ばしたが、そこへ突然ハリーが現れた。
「ハリー!」
群衆が歓声を上げ、ハリーがヴォルデモート卿と対峙した。
ハリーがヴォルデモート卿と話した内容の殆どはネビルの知らないことだったが、とにかくハリーはヴォルデモート卿を打ち倒した。
そして、ハリーの語ったことの中で、セブルス・スネイプに関するあることが、ネビルに衝撃を与えた。
「スネイプの守護霊は牝鹿だ。僕の母と同じだ。スネイプは子供の頃から殆ど全生涯、僕の母を愛したからだ。」
──牝鹿!
ハリーがスネイプ教授を死んだものとして語っているのは気に染まなかったが、今、スネイプ教授の生存を語っても興奮した人々には伝わりきれず危険なだけだとは予測できたので、ネビルはハリーの言葉を訂正しなかったが、守護霊が牝鹿であることは初耳だった。
勝利の喧騒の中で、ネビルは人垣をすり抜けて暴れ柳に走った。
牝鹿!
──牝鹿!
ネビルは、その牝鹿の守護霊にいやというほど心当たりがあった。
ホグワーツ城での籠城戦、彷徨くディメンターとの攻防戦、ネビルを、何人もの団員を救った銀色の牝鹿!
何故、誰の守護霊か気付かなかったのだろう!
表立って生徒の味方に立つわけにはいかないセブルス・スネイプが、露見する危険性を冒してでも、直接的に彼らを助けていた証拠を見つけて、ネビルは心が震えるようだった。
だが、それと同時に、僅かな痛みも感じた。
スネイプ先生は、己が助かるつもりなどなかったのだ。
だが、とも思う。
スネイプ先生がずっと守っていたハリーは無事に生き残った。
スネイプ先生が死すべき理由などどこにもない。
もしかしたら、生き延びることを望んではいなかったかもしれないスネイプ先生を、強引にこの地上に引き留めたのは自分だ。
だが、死者の国へなど旅立たせはしない。
その決意を新たにして、ネビルは叫び屋敷の部屋に出た。
オーガスタは、ホグワーツでの戦いの趨勢を既にどうやってか知ったのだろう。
「なんだい、ネビル。
思ったより遅かったね。
あんたが助けた先生は呼吸も安定して、ぐっすりおねんねしてるよ。
まあだいぶ血を失ってるから、きっちり休んだ方がいいとは思うけどね。」
既に寛ぎ切って、叫び屋敷のこの部屋は小綺麗な素敵な部屋になっており、ローブも何故か特徴的な帽子まで小綺麗になっていたオーガスタ・ロングボトムは、何か古い家具を変化させて作ったらしいロッキング・チェアに寛いでいた。
「婆ちゃん・・・?」
オーガスタは、よっこらせと言うように、椅子から身体を起こした。
「ホグワーツでの騒ぎは、馬鹿みたいにホグズミードにも中継されてたからねえ。
勝利を見せつけるつもりだったんだろうが、逆効果だったね。」
にやりと笑う祖母に、ネビルは苦笑するしかなかった。
「もう知ってたんだね。
勝ったよ、ヴォルデモートは死んだ。
ハリーが生き残った。
スネイプ先生の冤罪もこれから晴れる。
だけど、今はまだ勝利に沸いてて、みんな人の話を聞く状態じゃないから、まだ知れ渡ってはないけど。」
ネビルも、オーガスタが出してくれた椅子に腰を下ろす。
喉を潤すのに、出てきたただのミネラル・ウォーターがひどくありがたかった。
「そうだろうね、ホグワーツは今ごろ宴かい?
私はそんな馬鹿騒ぎに付き合う気はないよ。
一足先に、先生連れて家に戻っとくからね。」
オーガスタはきびきびと立ち上がると、その辺にあった空瓶を手に取って
「ポータス」
と唱えた。
「婆ちゃん、もう帰るの?」
その機敏な動きに、ネビルはあっけに取られる。
「帰るさ。
お前、先生ほったらかしてはいけないだろうが。
先生にはまだ養生が必要だよ。」
「待ってよ、それだったら僕も──。」
慌ててネビルは立ち上がったが、オーガスタに止められる。
「ネビル、そんなご大層な剣を持ったまま帰る気かい。
だいたい、お前はまだホグワーツの学生だろうが。
卒業はきちんとしなきゃ許さないよ。
先生に会いたきゃ、週末、家に顔を出すんだね。
──全く、それにあんたも戦争のご英雄様のひとりになっちまったんだから、宴会にはいなきゃ収まらないよ。
そのご大層な剣もちゃんと学校に返しておいで。」
言われてみれば、本当に、ネビルはグリフィンドールの剣を掴んだままだった。
確かにこれを持ち去る訳にはいかない。
この剣はスネイプ先生がハリー・ポッターの手に渡るように計らったのではなかったかという疑問もあったが、ネビルは確かに自分が当代のグリフィンドールの剣のあるじだと感じていた。
ただ、これは、有事の際に必要な手に渡されるべき剣で、私物化されるべきものでもないのだろう。
そして、先生を祖母が安全に引き受けてくれるなら、ダンブルドア軍団のリーダーとして、今まで共に戦ってきたシェーマスやルーナ、ホグワーツの皆を放置しておく訳にもいかなかった。
「分かったよ、婆ちゃん。
今週末には帰る。
先生をよろしくね。」
「私を誰だと思っておいでだい。
そんじょそこらの青二才よりはよほど大丈夫だよ。」
ネビルは、ポートキーが発動し、祖母と、祖母がしっかりと掴んでいたスネイプ先生が眠っているベッドが諸共に消え失せるのを見届け、叫びの屋敷から再びホグワーツへの道を辿った。
ホグワーツの大広間では乱痴気騒ぎが繰り広げられており、ネビルは眠くもあったが、並べられたご馳走を見ると、急激に食欲を思い出した。
「ネビル!
どこ行ってたんだ、こっちに来いよ!
すごいご馳走だぜ!」
シェーマスが、がっつりディーンと肩を組んで、バタービールで盛り上がっている。
ホグワーツのどこでバタービールが手に入ったのかと思ったが、ホグズミードからも人が大勢が来ていたから、誰かが持ち込んだのか、作ったのだろうと思った。
ネビルは軽くシェーマスに手を挙げると、適当に積まれた皿に料理を取って、空いた席に座った。
シェーマスのそばは物理的に空席がなかったからだ。
ネビルは、グリフィンドールの剣を近くに置くと、鳴り続ける腹の虫を収めるために猛然と食べ始めた。
戦いは終わって、空腹を我慢する理由はどこにもなかった。
ネビルの近くに、戦いを見ていたらしいグリフィンドールの下級生が、目を輝かせて座った。
「先輩、凄かったです!
あの『例のあの人』と真っ向から対決するなんて!」
ネビルは苦笑した。
一年生のころの自分に、最上級生のお前は、下級生から憧れの目で見られる存在になると言っても、誰も信じなかったろう。
「凄くはないよ。
僕はただ、自分がやるべきことをやっただけだ。
勇気を見せるーー、それが誰かに勇気を与える。
そうだろ?
自分自身に恥じない行動か、自分に問い掛ければ自ずから答えは分かるだろう?
僕らはもうすぐ卒業するから、今度は君らの番だ。」
周辺の後輩はいつの間にかその数を増やしていた。
その後輩たちは、きらきらした目で次々とご馳走と飲み物を運んでくれるので、ネビルははちきれそうになるまで食べた。
宴の喧騒はいつ果てるとなく続いたが、腹が満たされると、次に眠気が来た。
ネビルは立ったまま寝てしまう前に、グリフィンドールの剣だけは返さねばならないと思って、なんとか立ち上がって校長室に向かう。
その前に、ハリーが校長室でダンブルドアの肖像画と話し、これ見よがしな賞賛を受けたことなど当然彼は知らない。
だが、実際には彼は校長室には行き着かなかった。
彼の寮の寮監であるミネルバ・マクゴナガル 教授に行きあったからだ。
スネイプ先生が校長として戻って来られるか、或いは戻るのを希望するか定かではないが、現在では学校の最高責任者はマクゴナガル 教授だろう。
ネビルはもうくたくたで、校長室まで登りたくなかったので(その上、その後またグリフィンドール棟へ登ることを考えたら!)、マクゴナガル 教授にグリフィンドールの剣を託そうと考えた。
マクゴナガル 教授は一種畏敬の眼差しでグリフィンドールの剣とネビルを見比べて、恭しく剣を引き受けた。
「分かりました、この剣は私が責任を持って預かり、校長室に保管しておきましょう。
──今は、あの男もいないことですしね。」
後半の言葉は小さな声で呟かれたが、その言葉は思いのほかネビルの神経を逆撫でした。
「先生、先生は聞かなかったんですか、ハリーの言葉を。
スネイプ先生は裏切り者じゃない。
そういう言い方はやめてもらえませんか。」
意外なほど強いネビルの言葉に、マクゴナガル教授は目を瞬かせた。
ハリーが話していたとは言え、全貌を掴みきれていない、或いは事態を把握しきれていな人々はもっと多いことだろう。
事態の中心にいたマクゴナガル教授でさえ、このありさまなのだ。
この只中に連れ戻さなくて良かった、と密かに思った。
「そういえば、ミスター・ポッターがそんなことを言っていましたがーー、それは一体どういう意味ーー。」
いちいち説明したくなかったのと、本当に眠気が限界だったので、ネビルはマクゴナガル教授の言葉を遮った。
「それはハリーに聞いてください。
もう行っていいですか、僕も本当に休みたいんです。」
マクゴナガル教授も、どこか有無を言わせぬネビルの空気に気圧されて頷いた。
立ち去る寸前、ネビルは回らない頭で、あ、でもハリーに話を聞かれる前にこれだけは言っておかなくちゃ、と思って振り返る。
「あ、そうだ、先生。
ハリーに話を聞くとき、スネイプ先生は死んでないからって、伝えておいて下さい。」
「何ですって?
ミスター・ロングボトム!
それはどういう意味ーー。」
後ろからマクゴナガル教授が問い掛けてくるのにも構わず、ネビルはもう我慢できなくて、ホグワーツ内では姿くらましができないとされているのを無視して、グリフィンドール棟の自分のベッドまで姿くらましで移動した。
なぜか、今の自分ならできる、という確信があった。
何ヶ月も帰っていなかったはずのベッドはおそらくホグワーツのハウスエルフが日々綺麗にしておいてくれたのだろう。
埃一つなくふかふかだった。
ネビルは、ベッドにぼふんと落下すると、そのままことんと眠りに落ちた。