獅子の炯眼   作:奈篠 千花

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蛇の至誠を、獅子が識る。 その終(完結)

 

世に言う第二次魔法戦争は終結した。

その終幕を飾ったと言われるいわゆる「ホグワーツ決戦」で、ネビル・ロングボトムは、英雄の一人というプレミアを得た。

ネビル自身がそれを好んだわけではないが、それによって、ひとつ便利になったことがあった。 それは世論に対する発言権と影響力が増したということだ。

ネビルは、ホグワーツ決戦の翌日、自分も午後になってから起きて、隣のベッドで呑気に寝ていた(同室だから当たり前なのではあるが)ハリーを叩き起こした。

そこでネビルがしたことはセブルス・スネイプ教授についての情報共有で、ホグワーツでダンブルドアを殺害してからのセブルス・スネイプの行動が、概ねネビルの予想通りの動機に基づくものであったことが確かめられ、ハリーが既にスネイプ教授に悪意を抱いていないことを確認してから、ネビルはハリーに、スネイプ教授の生存と名誉回復の計画を伝えた。

 

正直、簡単な道のりではなかった。

ヴォルデモート卿本人が既に斃れている現在、魔法省は大々的にスケープゴートにできる大物を求めており、狙っていたマルフォイが、ナルシッサがハリーの死亡を偽って助けたという実績の前に、魔法省としては不完全な処分しか出来ず、他の大物デスイーターはほとんどが死亡していた。

ホグワーツを牛耳っていたデスイーターの大物として、セブルス・スネイプを槍玉にあげることができれば、魔法省としても失墜した権威を幾らか回復できると考えるのはむしろ自然な成り行きだった。

それを、ヴォルデモート卿を倒した戦争の一番の英雄であるハリーと、ホグワーツ徹底抗戦のリーダーであり、グリフィンドールの剣のあるじの資格を見せて大蛇を斬り捨てた英雄であるネビル・ロングボトムの二人が揃って声高にセブルス・スネイプの無実を叫んだのだとしても、断罪の流れを変えるのは簡単ではなかった。

 

いくらかは、セブルス・スネイプの記憶を提出して、無実を証明しなければならなかったし(本人はおそらくそんなことをするくらいなら有罪の方がマシだと言っただろう)、そのせいで、女性週刊誌が「真実の愛に生きた男!」「悲劇の英雄!」などと煽るように書きたてたせいで、かえって魔法省の心象を悪くしそうになったりもした。

ホグワーツは戦後すぐは授業どころでなく、そもそも戦闘で破壊された校舎や教室を建て直すところから始まったが、いずれにせよ、ネビルたち在校生はその年の6月に急遽実施されるN.E.W.T.を受けるか、そのまま卒業するか、マグル生まれの生徒のように学校に通うことすら困難だった生徒──例えばハーマイオニーやディーン・トーマスのために、特別措置として8年生を通うかということを選択することができるとされた。

ハリーとロン、そしてハーマイオニーのトリオのうち、ハーマイオニーだけが8年生を履修することを選択した。

ほとんどの人間がその三人のうち、そのままN.E.W.T.を受けてもいいのはハーマイオニーだろうと思っていたが、勉強が大好き、と認識されていたのもハーマイオニーだったので、だいたいが納得した。

ハリーとロンは卒業を選び、おそらくN.E.W.T.の制度が始まって以来、初めてN.E.W.T.を受けずに闇祓いになることが決まった。

ネビルはN.E.W.T.を受けることを選択し、後半の期間、座学ができなかったにしては相当に優秀な成績で卒業し、やはり闇祓いになることが決まった。

 

ネビルは両親が闇祓いだったので、その進路は選択肢にあったが、今回の就職はほとんどスカウトのようなものだった。

だが、彼らの進路については、今はここまでにしておこう。

物語は、それから三年後、闇祓いを勤めていたネビルが脚を負傷して療養していた際に、ホグワーツ魔法学校の薬草学の教授であったポモーナ・スプラウト教授が訪れ、ネビルに、自分はそろそろ引退を考えているから薬草学の教授の後任を勤めてくれないかと申し出たところまで移動する。

 

 

 

多少の怪我ならあっという間に魔法と魔法薬で治癒する世界ではあるが、闇の魔法で負傷した傷は治りが悪い。

闇の帝王が滅びても、首魁がいなくなっただけで、好き放題やっていたために捕まるしかない残党や、ヴォルデモート卿に属していなかった闇の魔法使いやカルトが後釜を狙って暴れ回ったり、すぐには世情も落ち着かなかった。

闇の残党の中でも纏まった集団の隠れ家に踏み込むという段になって、どこからか事前の情報が漏れていたらしく、激烈な抵抗に遭い、まだ拝命したばかりの新人の闇祓いを庇ってネビルが負傷した。

ただ、この集団を一網打尽にすることができたことで、特に悪辣な闇の魔法使いの勢力を駆逐することができたので、ネビルの休暇も難なく認められた。

 

自宅療養でおとなしく休んでいたネビルは、何故かホラス・スラグホーン教授と一緒に訪れたポモーナ・スプラウト教授の訪問を受けて、所用で出掛けている祖母の代わりにお茶を入れてくれたハウスエルフに礼を言い、四人で、応接間のテーブルを囲んで座った。

四人。

そうここにはもう一人いる。

読者諸氏にはもうお分かりだろう。

ロングボトム家において戦後の混乱を匿われる形で引き留められ、落ち着いたはずなのに何故かそのまま滞在しているーー、或いは滞在させられているセブルス・スネイプ元校長である。

もちろん、セブルス・スネイプが蛇の毒から回復した時、見知らぬ家の、見知らぬベッドで目が覚めたことに混乱した。

跳ね起きようとして──、体力的に機敏に跳ね起きるのは無理だったが、なんとか身を起こし、手負いの獣のように警戒心もあらわにしたが、手元に杖もなく、しかもきちんと自分が手当てされていることに気づいて、スネイプは非常に混乱した。

そこへひょいと顔を出したオーガスタ・ロングボトムとは、おそらく相当の舌戦があったものと思われるが、それについてはその週末家に顔を出したネビルが内容を聞いても、オーガスタはにやりと笑い、セブルス・スネイプは苦虫を噛み潰したような顔をしてどちらも教えてくれなかった。

 

スネイプ教授は、オーガスタに療養と身の安全のために、一旦はホグワーツから避難しておいた方がいいと説得されたのだったが、あの頑固で融通のきかないスネイプ教授を、どうやって説得したのか、ネビルには想像もつかなかったものの、ネビル自身はスネイプ教授に実家に滞在していてもらうのは安心なので、なんの反対もしなかった。

セブルス・スネイプの潔白を証明する過程で、闇の魔法使いを殲滅すると称した右派の過激派がロングボトム家を襲撃することもあったが、純血名家の護りと、オーガスタ・ロングボトムと、回復しつつあるセブルス・スネイプが揃っていれば、冷静さを欠いた襲撃者など物の数ではなかった。

 

ホグワーツでは、セブルス・スネイプがダンブルドアの指示でダブルスパイという大役をこなし、デスイーターすら欺いて生徒たちを守っていたことが浸透するにつれ、特にダンブルドア軍団の生徒は何人もセブルス・スネイプの守護霊とされる銀色の牝鹿に助けられた覚えのある生徒がいたために動揺が広がったが、セブルス・スネイプを再び学校に迎えようという動きには、本人が頑として了承しなかった。

「私がデスイーターであったことは事実であり、ダンブルドアを殺害したのも事実だ。」

そう言われると言葉もなかったが、実際には、直近で事情も気付かずセブルス・スネイプに直接的な攻撃を加えたマクゴナガル教授やフリットウィック教授に配慮したのだろうとネビルは思った。

実際のところ、セブルス・スネイプは十数年に渡る教員生活で貯蓄はそこそこあったし、ロングボトム家に滞在している間の食費を支払う程度であれば、しばらくは働かなくても困らなかった。

この三年の間に、スネイプは何度かロングボトム家を辞去しようとしたが、その度に、オーガスタに一喝されて終わっていた。

オーガスタは最初は普通にスネイプを療養させていたのだが、徐々に、息子と変わらない年代の男の(実際、スネイプの年齢はフランク・ロングボトムよりいくつか下である)食生活が純粋に心配になってきて、まともな食生活を送らせることに生き甲斐を見出してきていた。

そんなオーガスタは、スネイプに一人暮らしをさせた途端、ゴブリンよりもひどい食生活になるに違いないと確信しているようで、スネイプが「そろそろ…。」と言い出すたびに、「あんたまともなメニューを作るようになってからお言い!」と一喝して終わるのだ。

 

ともかく、ロングボトム家にセブルス・スネイプの姿があるのが日常になった今日この頃であったが、オーガスタも流石にこのままずっとスネイプを飼い殺しにしているつもりはなかった。

そこへ孫の負傷が起き、更にポモーナ・スプラウト教授からの打診がある。

ここで一つ思い出してもらいたいことがある。

オーガスタ・ロングボトムはミネルバ・マクゴナガル教授と知己なのである。

マクゴナガル教授は、スネイプ教授の真実を知った後、ダンブルドアの肖像画に詰め寄る程度には事態に動揺した。

そもそも、スネイプ校長を直接的に先に攻撃して学校から追い出したのは自分だったのである。

ダンブルドアは、「それも必要なことじゃったのだ…。」と苦悩の表情を見せていたが、立腹したマクゴナガル教授はしばらくダンブルドアの肖像画を思い切り裏返して壁面しか見えないようにしておいた。

戻したのは、ダンブルドアが他人の肖像画に邪魔しまくるので、他の肖像画から苦情が来たからである。

もっとも、校長の机の真後ろからは移動させた。

 

そして、マクゴナガル教授はいまや校長だ。

オーガスタは、ネビルに教授職の話が来た時、セブルス・スネイプの復職についてどう思っているのか、ホグワーツまで赴いて直截に聞いた。

マクゴナガルは苦渋の表情を浮かべ、戻って来てほしいと呟いた。

「あの時は──、内戦中でしたから、セブルスが私たちを欺いたのも仕方なかったのでしょう。

それもアルバスの指示だったのですし。

むしろ、見抜けなかった私は自分を不甲斐ないと思うべきなのでしょうが──、戻って来てもらえるものなら戻って来てもらいたいです。

セブルスが私たちを疎んでいるのでなければ。

ホラスも、最近は本当に後進に道を譲って引退したいと言っています──。」

 

オーガスタはそれを鼻で笑った。

「はん、青二才のうちの孫が見抜けたものを、歴戦のとか言いながら全員雁首揃えてあの若僧に騙されてたんだからねえ。

全くセブルスも大したもんだよ。

まあ、わかった。

説得したいんなら、あれはあれで情にもろい。

スラグホーンを直接寄越すんだね、学生時代、あれにまともに接してた数少ない教師なんだろう、泣き落としで行くのが効果的だと思うね、私は。

ホグワーツでうちの孫も行くんなら、あれの食生活もちょっとは安心だろうよ。」

 

オーガスタとセブルスの、微妙に母親と息子のような微妙な距離感を察して、

「オーガスタ…。」

と、マクゴナガルは目を丸くした。

ともあれ、そんな経緯で、ポモーナ・スプラウト教授とともに、ホラス・スラグホーン教授が姿を見せている。

「セブルス──!

元気そうで良かった、君がしたことは本当に立派だった──!」

スラグホーン教授は、愛すべき俗物で、それは素直に感動しやすいということでもある。

そして実は、セブルス・スネイプ校長が攻撃されたあの日、居合わせたのに彼に攻撃を加えなかった唯一の教授でもある。

涙ぐまれて、非常にわかりにくくはあるが、スネイプは内心非常に狼狽えていた。

 

「セブルス、戻って来てくれないか。

もう体調はだいぶいいと聞いた。

私もいい歳なんだ、魔法薬学という素晴らしい学問で、私の跡を十分に継げるのは君しかいない!」

そして、スラグホーン教授がいかに俗物でも、彼の魔法薬学に懸ける真摯な情熱は本物なのである。

閉心術、開心術に長けたスネイプはそれゆえにこそ、そして自分も魔法薬学を愛するがゆえに、本物の情熱を無下にできない。

ポモーナ・スプラウト教授とネビル・ロングボトムの話がその横で、ほとんど話し合うこともなく進んで行くが、スネイプが教授復職に口説き落とされるのは時間の問題だった。

 

 

 

教授二人が帰った後、セブルス・スネイプは眉間の皺を余計に深くして、ソファに深く座り込んだ。

ネビルはにこりと笑って、ハウスエルフを呼んでお茶のお代わりを頼んだ。

「次の学期からはホグワーツですね。

楽しみじゃないですか?」

3年経って、ネビルはますます精悍さを増し、大人の余裕すら漂わせるようになっていた。

「楽しみなものか──、ホグワーツには、まだ人間未満の子供らが大量にいるのだぞ。

それに分別を覚えさせるのがどれほどの労力か──、どうせ君もこれから知ることになる──。」

薬草学にネビル・ロングボトム教授、そして、魔法薬学にセブルス・スネイプ教授、ネビルは自分が一年生の頃、本当に簡単な手順のおできの薬を作るのに、盛大に大鍋を爆発させたことを思い出して、申し訳ない気持ちになった。

 

ネビルの転職については、既にホグワーツから魔法省に根回し済みだが、子供という存在は、そんなことはお構いなしに自由で破天荒で、道理を理解しない存在だ。

確かに苦労は多そうだが、彼らをまともな人間にすると思ったら遣り甲斐はあるだろう、そう、みそっかすのネビルがグリフィンドールの剣のあるじになったように──。

それに、とネビルは思う。

「大変そうではありますけど、面白そうですよ。

それに、僕としては、このタイミングであなたと一緒にホグワーツに戻れるのは嬉しいことかな。

僕は貴方にとって厄介な生徒だったかもしれないけど、厄介な同僚になるつもりはありませんよ?」

 

済ました顔でお茶に口をつけたネビルを、セブルス・スネイプはじとりと睨んだ。

一年生の自分なら恐ろしくて震え上がったろう。

だが、今の自分はそれすら微笑ましく感じるのだから、おそらく末期だ。

「ネビル・ロングボトム。

何度も言っているが、君の厄介さは同年代の中でも群を抜いていた。

それに匹敵するのは、いつも事件を連れてくるハリー・ポッターくらいのものだ。

同僚になったからと言ってそれが軽減されるとは思えんな。

せいぜい怪我をしないよう、危険な植物の取り扱いには注意することだ。」

ネビルは苦笑した。

スネイプの、この物言いもいつものことだ。

三年前、闇祓いになったときも似たようなことを言っていた。

 

だが、違うこともある。

ネビルは、気づかれぬよう、目の前の男を観察した。

血色の悪い、痩せぎすな、鷲鼻で、目つきの悪い男。

「何だ?」

セブルスが気づいて不機嫌に尋ねてくる。

反射的に「減点」と言われないだけましになった。

確実に変化した距離感もあるのだ。

そして、距離が遠い時期から、この男が杖をふるって牝鹿に隠し、自分たちを守ってくれたのだ。

 

「何でもないですよ。

新学期が楽しみだなと思って。」

ネビルは笑顔を浮かべた。

セブルスは居心地悪そうに、椅子の上で尻の位置をずらす。

すわりが悪いとはこのことか。

 

生徒の時代は終わった。

ネビルはこの秋から、かつての陰険教師と同僚になる。

 

それが楽しみで仕方がないのが、自分でもちょっとおかしかった。

 

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