獅子の炯眼   作:奈篠 千花

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蛇の至誠を、獅子が識る。 その参

 

ネビルとルーナがハグリッドとともに禁じられた森での罰則をこなしている間に、学校では徐々に変化が顕著になっていた。

アミカス・カローが担当する闇の魔術に対する防衛術の教科書に選定した本は、防衛術というより、闇の魔術そのものについて記載してあるのが大半だった。

アレクト・カローが選定したマグル学の教科書も似たり寄ったりで、その本は「低劣なるマグル、偉大なる魔法族」という表題から察せられるように、マグルを徹底的に劣等種族とみなし、貶めるような内容が書かれていた。

授業は純血尊重、それも過激な方向に偏るかと思われたが、全体的に言えば、アミカス・カローとアレクト・カロー兄妹以外の教師の授業内容は今まで通りだったので、その二科目だけが大きな問題だった。

 

ジニーはその二科目で挑発的な言動を繰り返すので、すっかり目を付けられて、週末のホグズミード行きの禁止を言い渡された。

実際の肉体的に損傷を与えるような罰則がなかったのは、ジニーが「血を裏切る者」の血族であったとしても、つまり、「聖28族」であることが大きく影響していたのだろうし、ジニーをかばってより挑発的な言動をしたネビルがある程度の傷で済んだのはやはり純血という理由で、皮肉なことと言えなくもなかった。

 

11月に入ると、小規模な学生の反乱が相次いだ。

まあ、大食堂や談話室、空き教室で何人かが寄り集まってこそこそ話し、現在の防衛術とマグル学の教授と授業をこき下ろすようなチラシやビラをあちこちに貼って回ったり、花吹雪のように大食堂の天井から降らせたりするレベルのことを反乱と言えるならだ。

当然、カロー兄妹は激怒し、犯人を追求せねば収まらぬと言い募ったが、スネイプ校長は

「一人一人調べるつもりですかな?

ホグワーツの生徒は千人もいるのだがね。」

と言い、個別の犯人探しにはさして興味を示さなかった。

代わりにスネイプ校長が取った手段は、ドローレス・アンブリッジが制定した「学生集会禁止令」を復活させることだった。

これは、三人以上の学生が集まって話し合うことを禁止するもので、実際に遵守されれば厳格な決まりだったろうが、実際には驚くほど穴のある取り決めだった。

大食堂で誰かと隣り合わせ、向かい合わせれば普通に三人以上になるし、寮の談話室で寛いでいるところに誰かが来ればすぐに人数を超える。

ジニーは

「こんな決まり、有名無実だわ!」

と、勝ち誇った様子で息巻いていたが、ネビルは、この穴だらけの校則の欠点にスネイプが気付いていないとは思えなかった。

 

スネイプ校長は校長なので、現場の授業を受け持つことはなくなっていたが、アミカス・カローの闇の魔術に対する防衛術の授業が進むにつれ、去年受けたセブルス・スネイプ教授の闇の魔法に対する防衛術の授業がいかにきちんと「防衛術」だったのか、実感することにもなったが、それをそう感じているのは少数派なようで、むしろ、アミカス・カローに指示して闇の魔術そのものを教えさせているのがスネイプに違いないという雰囲気が大勢にはあった。

そんなある日の授業で、アミカス・カローはこれ見よがしに、怯え切った何人かの生徒を教室の前に立たせ、意気揚々と宣言した。

「さて、私はいくつかの有用な呪文を君たちに教えてきたが、今日はそれを実践してもらう日が来た!

この生徒たちは不埒にも、昨晩「学生集会禁止令」に背いて、三人以上の集会を行っていた。

──いわゆる現行犯だ。」

アミカスが言い掛けたところで、立たされていた生徒の一人がたまりかねていたように声を上げた。

「先生、先生!

違います、僕らはたまたま廊下ですれ違って立ち話をしていただけでーー。」

そういった生徒たち皆が、純血ではなく、マグル生まれや混血のマグル育ちだった。

「黙れ、誰が話していいと言った?」

アミカス・カローは不機嫌に立たせた生徒たちを怒鳴りつけると、再び教室に向き直った。

 

「さて。

実践というのは、この生徒たちの罰則として『磔の呪文』をかけて練習することだ。

この子らも、規則を破ればどうなるか体感でき、授業としても、闇の魔術がどういったものか確認できる。

完璧だな。」

アミカスは悦にいった様子だったが、生徒たちはそれどころではなかった。

シェーマスが今にも飛びかかりそうなのを横目で見ながら、ネビルは堂々と立ち上がった。

「なんだ──?

ロングボトム、貴様からやるのか?」

意外だ、という声の調子をアミカスは隠さなかった。

グリフィンドールでハリーたちにも近く、もう一人の英雄候補であったネビルは、闇の勢力の人々にとっても、光の側にいるはず、と目されていたということだろう。

光栄だね、とネビルは皮肉に思いながら、アミカスを睨みつけて、堂々と言った。

「真っ平だね!

僕はそんなことはやらない。

僕が学んでいるのは『闇の魔術に対する防衛術』であって、『闇の魔術』そのものじゃないはずだ。

同級生に『磔の呪文』──、禁じられた呪文を使ったりなんて、──絶対にしない!」

教室のどこかから出所のわからない小さな拍手がいくつか聞こえた。

 

「黙れ!」

恥をかかされたアミカスが、ネビルと主の分からない拍手に向かって怒鳴った。

「ネビル・ロングボトム、前に出てこい!

ああもう貴様らは今回はいい、だがしかし、同じことがまたあれば次は貴様らだ!」

前に立たされていた生徒たちが解放され、ネビルは、出来るだけ悠然と見えるように、堂々と前に出た。

アミカスは後悔したかもしれない。

決意を顔に載せた身長の伸びた若い獅子のようなネビルと、どことなく矮小な印象を与えるアミカスでは、同じ目線に立つと、はっきりとアミカスが見劣りしたからだ。

「良かろう。

今日はまだ『磔の呪文』はなしだ。

貴様の希望通り、それ以外で呪文の実践の的として使ってやろう!

ヴィンセント・クラッブ!」

突然呼ばれたスリザリンは飛び上がった。

 

「はははは、はいっ?」

完全に自分は蚊帳の外で関係ないと思っていたことが分かる声音で、ヴィンセントが返事をした。

ガタガタと立ち上がる様子は鈍重で、体格が良いと言えば聞こえがいいが、どう見ても横幅が身長に見合っておらず太り過ぎだった。

「クラッブ、貴様は去年の闇の魔術に対する防衛術はさほどの成績ではなかったな?

挽回のチャンスをやろう!

授業だからな、殺すんじゃないぞ。

こいつに何か攻撃呪文で罰則を与えるんだ、できるか?」

言われたことをゆっくり理解して、クラッブの目に何か残忍な光がちらついた。

「は、はい、やります!」

「よろしい、では前へ出てくるように。

おっと場所も必要だな。」

アミカス・カローが黒板前のスペースを実戦用に広げるための、明るい調子で杖を振るのが妙に不似合いだった。

 

「さあ、行こうか。」

「反撃はしてもいいんですか?

防衛術ですからね?」

ネビルの言葉に、アミカスは唾を吐き散らすような勢いで否定した。

「なにを言っているんだ、これは罰則だ!

貴様は呪文の練習台になっていればいいんだ!」

その言葉に見ていた気の弱い生徒は真っ青になったが、ネビルは怯むことなく堂々としていた。

頭の片隅で、ジニーが違う学年でよかったと思いながら。

もしジニーがこの教室にいたら、既に止める間もなくアミカス・カローになんらかの痛烈な批判を浴びせていたのは間違いなかったからだ。

 

最初はクラッブも恐々と小さな呪いを掛けようとしていたが、その度にアミカスが

「なんだそのくらいか!遠慮せずにガンガン行け!敵は待っちゃくれんぞ!」

と怒鳴るので、しまいには、渾身の切り裂き呪文を繰り出し、それはネビルの顔を深く切り裂いて血を流した。

女の子たちが何人も悲鳴をあげ、男子も息を呑んでネビルを見つめた。

ネビルは全く動揺を顔に出さずアミカスの思惑のように逃げ惑うことはなかったので、その姿が何人もの生徒に感銘を与えたようだった。

クラッブは奇妙な高揚感に酔ったようで、

「やってやった──!

僕がやってやった!」

とぶつぶつ呟いて落ち着かなげにしていたが、アミカスがにやりと笑って、続けろと言ったその時だった。

 

「この教室は騒がしいが、何をしているのかね?」

軋むような音を立てて教室の扉が開いた。

「スネイプ──、いやスネイプ校長。

これは大したことではない、授業の実践と罰則を兼ね備えただけだ。」

スネイプ校長は、ゆったりとした動作で教室内を見回した。

興奮気味だったクラッブは今では正気を取り戻したように青ざめ、小さく「俺のせいじゃない俺のせいじゃない」と呟いていた。

スネイプ校長は、ネビルの顔の深い傷をたっぷり三秒ほど眺めた後、抑揚のない低い声でアミカス・カローに告げた。

「それで誰が純血の血を流せと言ったのかね?

そこに見えるのは聖28族のネビル・ロングボトムに見えるが。

心しておいて欲しい、『あの方』は純血の血を無闇に流すことを好まれない。」

純血の血を、と声を高めたわけでもないのに強調された言葉と、あの方、という単語にアミカス・カローは目に見えて色を失った。

 

スネイプ校長が黙って杖を振ると、まだぼたぼたと流れ落ちていたネビルの血が止まった。

「単なる応急処置だ。

ミスター・ロングボトム、君は医務室に行きたまえ。

全く、教室をこんなに血まみれにするなど、『あの方』は美しいホグワーツをお望みだというのに。」

ネビルを廊入口付近に動かして、スネイプ校長は再び呪文を唱えずに杖を一閃させた。

おそらくスコージファイが、みるみるうちに血まみれになった教室の床から赤い色が消えていく。

「ミスター・ロングボトム。

これで終わったと思わないことだな、君の罰則は私が担当する。

グリフィンドール、騒ぎを起こしたことで20点減点。

夕方、魔法薬学教室まで来るように。」

聞いていたアミカス・カローはにやりと笑ったし、グリフィンドールの他の生徒はこれ以上ないほど心配していたが、ネビル本人は平然としていた。

なぜだか、スネイプ校長の罰則がそんなに悪いはずがないという微かではあるが確信があった。

果たして、ネビルは魔法薬学教室に呼び出された後、N.E.W.T.でもやらないような傷薬と解毒薬を兼ね備えた調合の手伝いとして、おそらく水よりもはるかに沸騰温度が高い鍋の掻き回しをやらされたが、出来上がった薬は、スネイプ校長がいくらか瓶に詰めた後、ネビルに処分しておくよう言われたので、むしろネビルはそのあたりに突っ込まれていた古い瓶に上級傷薬兼解毒薬をありったけ詰め込んで、DAのための傷薬を確保したのだった。

 

 

 

妹のアレクト・カローが担当するマグル学でも、一悶着あった。

アレクト・カローは教科書の一節を、ゆっくりと朗読していた。

「マグルは獣であり、愚かで汚い。

あなた方は魔女狩りのことを聞いたことがあるだろう。

彼らは、魔法使いにひどい仕打ちをして世から追い立て、隠れさせた。」

ここでアレクトはもったいぶって生徒を見回した。

「自然の秩序がいま再構築されつつあるのです。

魔法使いはその権利を取り戻さねばなりません。」

アレクトはもったいぶって生徒を指名した。

母親がマグルだと知れている女生徒だ。

「確かアナタの母親はマグルね?」

生徒は指名されて、椅子から転げ落ちそうになった。

「は、はい、でも父さんは純血で──。」

「お黙り。」

女生徒が言い出しそうになったのを、アレクトはぴしゃりとはねつけた。

「アナタのマグルの母親はアナタに魔法のことを何て言ってた?」

自信ありげに聞くのはリサーチ済みだったのだろう。

女生徒はうつむいて、

「母さんは──、どこでも魔法とか使っちゃいけませんって。

見られたら引っ越ししなくちゃいけなくなるからって。

魔法使いとか普通じゃないって──。」

アレクトは勝ち誇った様子で顎を上げた。

「分かりましたか皆さん、マグルとはかくも狭量なものです。

我々とは相容れないものなのです!

母親ですらこうなら、他人はもっと酷い。

アナタは幸運にも純血のお父様がいるなら、理解のないマグルの母親など──。」

 

アレクトが全てを言い終わる前にネビルはこっそりと杖を振って、教壇に飾られていた花瓶を落とした。

花瓶はすごい音を立てて落ち、アレクトは全部を口にする前に飛び上がった。

「なに?

花瓶?

花を盛り過ぎたのね、忌々しい。」

アレクトが矛先を女生徒に戻す前に、ネビルは立ち上がって、彼女に質問した。

「先生に質問があるんですが、カンケンタラス・ノットが半世紀以上前に纏めた本はあの時代ですら誤謬が指摘されてましたよね。

カローが純血ってのも怪しいもんだ。

実際、あんたやアミカスには、どのくらいマグルの血が流れているんだい?」

言ってはならない質問だったらしい。

アレクト・カローがかっと目を見開いたところを見ると、隠されているだけで、意外と身内にマグルかスクイブがいるのかもしれない。

ともかくもその質問は彼女の逆鱗に触れたらしく、ほとんど魔力暴走と言っていい激しさで、落ちて割れた花瓶の破片がネビルの頬を裂いて後方に飛んで行った。

ばりん!がしゃん!と、教室のガラスも一斉に割れて四方八方に飛び散ろうとしたところで、廊下にいた誰かが杖を振るい、それらの破片は勢いを失って、ふあん、と、中空に浮いた後がしゃがしゃと床に落ちた。

 

「ミス・カロー。

割れたガラスの破片を、私が通るのに合わせてたたきつけようとするのは、攻撃の意思なのかね?」

授業を受け持っていないが故に校内の見回りをしていたと思われるスネイプ校長が、割れた窓の向こうの廊下に佇んでいた。

アレクト・カローは、自分よりも立場が上であるスネイプ校長に攻撃を仕掛けてしまった形になったということに慌てて、

「あらいえ、そんなはずはないでしょう、校長。

失礼な生徒にちょっとお仕置きをしていただけですわ。」

と言い訳をする方に夢中になっていた。

スネイプ校長は、ドアから教室に入ってきてあたりを見回し、生徒の中で一人だけ立ったまま頰から血を流しているネビルを見ると、やれやれというように首を振った。

「ミスター・ロングボトム、まず君はこの教室の惨状を修復したまえ。

7年生なのだからそのくらいのことはできるだろう。

それから私と一緒に来るように。

この騒ぎを起こしたことについて罰則を与える。」

 

この処断にはアレクトは微妙に不満そうだったが、スネイプ校長に怪我をさせていたかもしれないという引け目があってか、一応引き下がった。

ネビルは、アレクトに対しては1インチの敬意もなかったが、教室がめちゃくちゃになったのが自分のせいだという自覚はあったので、杖を出しレパロを掛けて窓ガラスや花瓶を元どおりにしていった。

スネイプ校長は、その間生徒の席の間を歩き回ってなにかを確認していたが、全員をチェックし終わると、再びアレクトの方を向いた。

「ミス・カロー。」

アレクトはなんのチェックを入れられるのか、警戒心を露わに

「なんですの?」

と問い返していたが、

「先ほどのガラスの破片で、他の生徒にも若干切り傷などがあるようだ。

我が君の仰せは覚えているだろう?

無闇に純血の血を流させることは控えるように、良いかね?」

と、憂鬱そうに言われて、

「分かっていますわ!

今回のことはたまたまです!」

と、腹を立てていた。

 

ネビルは、スネイプ校長について教室から外に出た。

スネイプ校長の見回りが、どういった意図を持ってなされているのかーー、むしろそれがアミカス・カローや、アレクト・カローの暴走を抑えるためではないのかというぼんやりとした疑念は、いまや確信となって彼を捉えていたが、口に出していいものかは分からなかった。

「ミスター・ネビル・ロングボトム。

授業中の暴言は控えるように。

君の態度は感心できたものとは言えぬ。

生徒たちを扇動して危険に巻き込むことも、決して褒められたことではない。

もっと慎重に行動したまえ。」

その上、そう言われて、ネビルはスネイプ校長が自分が水面下でDAの活動を続けていることを把握していることに驚きもし、おそらくスネイプ校長はその事実をカロー兄妹には伝えていないのだろうことにも確信があった。

 

「分かりました、先生。

行動はもっと慎重にします。」

どうとでも取れる物言いではあるが、ともかくネビルはそう答えた。

スネイプ校長が万が一味方ではなくとも、少なくとも敵ではない、そのように感じながら。

だが、ネビルは毅然とした態度を自分から崩すつもりはなかった。

ネビルは、今ここにいないハリーが、どんな絶望的な状況でも諦めなかったことを思い出していた。

希望を。

誰かが勇気と希望を示せば、自分一人では無理だと思っている人々にもそれが伝播する。

顔の傷くらいどうということはない、ネビルは慎重に活動を継続するつもりだった。

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