獅子の炯眼   作:奈篠 千花

4 / 11
蛇の至誠を、獅子が識る。 その肆

 

 

ネビルはそれから、気を付けてスネイプ校長の動向を探っていた。

そうすると、意外な事実が見えてくる。

スネイプ校長は、権力を振りかざしているように見せかけているが、単体では殆ど生徒に罰則を与えることがないと言う事実にだ。

ダンブルドアが校長で、スネイプが一教授であった時代のイメージが強く、殆どの人々はスネイプ校長が理不尽に生徒に無様な強制労働を強いているように感じているが、おそらくそうではない。

注意深く情報を集めていると、スネイプ校長が生徒に罰則を与えるのは、ネビルがそうであったように、カロー兄妹が生徒に理不尽に身体的損傷を与えるような罰則を実行しようとした時が多かった。

生徒を酷い目に合わせると言うお楽しみを横取り、と言う風にカロー兄妹は解釈しているようだが、その無様な強制労働の中身は大半が大鍋洗いか魔法薬調合の助手、あるいは城の管理人であるフィルチの手伝いである。

フィルチの手伝いが屈辱的であるということについては、これは純血の無意識のスクイブ(フィルチは隠していたが、ロンが黙っているわけもなく生徒間に噂は広まっていた)への差別意識と、使用人風情がという侮蔑意識によって構成されるものであったが、冷静に考えれば、スクイブやマグルを平等に見ようという観点からは、決して侮辱的な出来事ではないはずなのだ。

ネビルは、自分自身にも頑強に根付いている先入観を、特にホグワーツ入学以来恐ろしいものとしてしか見てこなかったスネイプ教授への先入観を取り払って物事を考えようと努力した。

 

そんなときの相手として、ルーナはうってつけだった。

シェーマスはかつてのネビルを知り過ぎて、スネイプ校長が敵ではないかもなどと言い出した日には、インペリオを掛けられたのではないだろうと心配するだろうし、ジニーは己の認めたもの以外をすぐに拒否する傾向があるので、ネビルが一言言い終わる前に「そんなことがあるはずはない」と全部を否定するだろう。

ルーナは変人なのは相変わらずだったが、その独特なペースにネビルもだいぶ慣れていたし、会話の時に、はっとさせられるような指摘を投げかけてくるのもルーナだった。

「スネイプ校長は、正当に校長室に入れるんだ。」

ネビルは空き教室で、ホグワーツの地図を独自に作りながら、手伝ってくれているルーナに話し掛けた。

本当はハリーの持っている忍びの地図があれば、そんなものを作らなくても良かったのだろうが、ネビルはロンたちと違って忍びの地図に関わったことはなかったので、ホグワーツの図書館に置いてあったホグワーツの古い見取り図を複製して、それに書き込む形でしか地図ができなかった。

「うん、そうだね。」

ルーナは否定するわけではなく、事実を素直に肯定する。

「つまり、それはスネイプがホグワーツにきちんと校長と認められてるってことだ。」

ネビルは呟きながら、カロー兄妹が躍起になって探しているホグワーツの七つの抜け道を書き込んで、さらにそれにバツ印を付けていた。

最近は、カロー兄妹が主にスリザリンに集中しているデスイーターの子弟を手駒にして、ホグワーツ側の出入口を巡回させているという話もあり、さらにホグズミード側にはデスイーターとディメンターを配置していると言うので、抜け道を使って外界と連絡を保つのも難しくなっていた。

 

「私はダンブルドア先生のことはよく知らないけど、ダンブルドア先生はスネイプ先生のこと信じてたんでしょ。

この前の校長室の肖像画のダンブルドア先生はまだスネイプ先生を信じてるんじゃないかな?」

ルーナは古い見取り図と自分たちが書き起こした見取り図に間違いがないか確かめながら答えた。

古い見取り図は長い年月の間に忘れられてしまった通路が記載されていることもあり、なかなかどうして侮れないのだが、また逆に長い年月の間に改築工事などで使えなくなったり取り壊された場所まで記載されているので油断がならないのであった。

ともかく、ネビルはルーナの言葉で再び校長室の様子を思い出した。

校長室の執務机の後ろの一番いい場所に掛けられたダンブルドアの肖像画は、現在のホグワーツのあり方を憂う様子でもなく、スネイプ校長に撤去される様子でもなかった。

ということは、おそらくスネイプが校長であることは、ダンブルドアの計算のうちなはずだ。

「ダンブルドアの肖像画は、スネイプ校長を非難する様子がなかった。」

言葉にしてみると、妙に空々しかったが、事実ではあった。

「うん。

それで、私たちに、剣は運命がハリーのとこに持ってくって言ったんだよ。」

 

またしばらく黙って作業をしながら、ネビルはずっと考えていた。

スネイプ校長の言動が、見せ掛けのものならばなぜそんなことをするのか?

ダンブルドアを殺したのは揺るがない真実なのだろうが、ダンブルドアはなぜそのセブルス・スネイプ校長を許容しているーー、或いは信頼しているのか?

それに、ダンブルドア最後の年に、大食堂でダンブルドアが挙げた片手が消炭のようになって、自分も含め生徒全員が動揺したことも考え併せる。

ダンブルドアの状態はおそらく決して良いものではなかった。

呪われていた、と結論づける程の材料をネビルは持たなかったが、ダンブルドアはすでに病気ではなかったのかと、推測するくらいのことはできた。

見たものを、偏見と先入観で曲げずに考えたらどうなるのか、その結論をネビルはまだ出しきれなかった。

だが、今までスネイプ校長に言い渡された罰則は、ネビルを懲らしめるどころか、むしろカロー兄妹に気付かせぬ形で彼の助けにすらなっている。

そしてスネイプ校長が、決して闇の側の人間ではないのなら、なぜそんなふりをする必要があるのか?

ダンブルドアは知っていたのか?

推測だけで決めつけるには重い事案だった。

また、もし、スネイプ校長が実はこちら側のために動いていることが真実だったとしても、それを明らかにすることが正しいのかどうかも判断できなかった。

 

ネビルはルーナが「この部屋も今使えるか確かめないと分からないね。」と言った図面上の隠し部屋をチェックしながら、自分がどうすべきかずっと考えていた。

 

 

 

カロー兄妹の授業が悪質化する中、ネビルは既に二人の授業には出ないことに決めていた。

ネビルが二人の「指導」をものともしないと気付いたカロー兄妹は矛先をネビルのクラスメートに変えて来たからだ。

ネビル自身もクラスメートを身代わりにしてまで立ち向かうことが得策ではないーー、むしろ人の感情は複雑なもので本来怒りを向けるべき対象であるカロー兄妹にではなく本末転倒にネビルに怨嗟を向ける学生が増える可能性を考えれば、接触を減らすのが最善の方法だった。

ルーナは、ネビルと違って表立って授業中敵対的な発言をしていないにもかかわらず、カロー兄妹からはやはり睨まれていて、それは彼女の実家、父親のゼノフィリウス・ラブグッドが発行しているザ・クィブラーがハリー・ポッター擁護の記事を掲載していたからだった。

もっとも、その二つの授業を受けないからと言って、ネビルが完全にホグワーツで自由行動をしているわけではなかった。

他の教授連は決してカロー兄妹を快く思っておらず、普通にネビルが授業に出席するのを受け入れ、窓から覗いただけでは分かりにくい席に座らせるよう配慮するなどして消極的協力というものをしてくれていたからだ。

勿論、ネビルも以前からの教授方に迷惑をかけるつもりはなかったので、それらの授業、特に薬草学は真面目に受けていた。

 

抵抗活動も諦めてはいなかった。

前回のDA軍団の失敗も踏まえ、友達の友達も安易に受け入れるというほど警戒を緩めるつもりはなかったが、それでも今回は歴然と純血以外、──両親がマグルは論外、片親や祖父母のどちらかにマグルがいれば槍玉に挙げられかねないのだから、密かな希望者は後を絶たなかった。

ネビルやシューマスは夜中に部屋を抜け出して、あちこちの壁に『ダンブルドア軍団、まだ募集中!』だの、『ホグワーツの伝統を守ろう!』だのあちこちに落書きをして回ったりもした。

それらの実効性はともかく、他の生徒に、まだ諦めていない生徒がいるということを知らせるのは無駄ではないと思えたし、シューマスとネビルで頑張って複製して増やしたハーマイオニー原案のコインも少しずつ水面下で欲しがる人間が増えていた。

ネビルは、以前からの、また新たに増えたDAのメンバーからも、実質ジニーやルーナと共にリーダーのような扱いを受けていたが、それらの生徒たちから、スネイプ校長とカロー兄妹への悪罵を聞くたびに、スネイプ校長を擁護すべきなのか迷っていた。

 

だが、ある晩に起こった出来事が、ネビルの態度を固めさせる。

すなわち、迂闊にスネイプ校長の配慮や立ち回りをネビルが明示すれば、生徒間で多少の名誉回復がなされたとしても、スネイプ校長が現在の立ち回りを行う基盤を失いかねず、下手をすればスネイプ本人にも危険が及ぶ。

ダンブルドアの殺害がどういった経緯だったのかはいまだにネビルには分からないが、ダンブルドア自身がそれを許しているのならば、それは許されるような事情があることだったのだろう。

薄氷を踏むような立場で、生徒の身の安全を図っているスネイプ校長を、近視眼的な視野でこれ以上の危険に晒すべきではないのだろうとネビルは思う。

 

そのある日の出来事だった。

夜半、ネビルは寮から抜け出して、ハッフルパフ寮の近くまで来ていた。

流石に寮には入れないが、ハッフルパフの寮の生徒が通行するときに必ず見る位置に『真のホグワーツを思い出せ』と書いておいてやろうと思ったのだ。

人の気配がないことは確認した、と思ったネビルだったが、魔法で大書して一息ついたときに、後ろから掛けられた声にギクリとした。

「これはこれは──?

グリフィンドールの英雄殿の代わりに、広報活動に勤しんでいるというわけかね?

だが、公共物を汚すのは感心しないな。」

怒りを露わにしたというには、冷徹な声でスネイプ校長が言った。

 

「公共物を汚すことが目的じゃない。

それは貴方には分かっているはずだ、校長。」

ネビルは、一瞬ぎくりとしたが気を持ち直して、スネイプ校長に向き直った。

スネイプ校長はほんのわずか、ほんの一瞬だけ、ネビルが身を翻して逃げ出す代わりに、自分に対峙したことを驚くような表情を見せたが、一瞬のその表情は暗がりに隠され、本当に注意して見つめていたネビルでさえ見落としてしまいそうな微かなものだった。

「ほほう?

公共物の汚損に、納得のいく説明ができるとでも?」

スネイプ校長の真実は、本当に注意して見ていてさえ分かりにくいーー、グリフィンドールとスリザリンの対立が当然になって、最初からスネイプ校長だって恐ろしくて嫌味なだけの人間ではないと見抜けなかった自分は未熟なのだと、ネビルは肝に銘じる。

スネイプ校長の表面的な挑発に乗れば、また校長の真実に気付きもしないまま守られる幼稚な子供に己がとどまる。

だが、人前でそれを明らかにしようとすれば、折角のスネイプ校長の努力を無駄にした挙句、闇の勢力側にまで真実を気づかせ、彼を危険に晒す。

だが、今なら。

教室でも大広間でもなく、余人のいないここなら。

 

「セブルス・スネイプ校長。

それならば、貴方は、僕達があちらこちらに書いて回っているこれらの文言を、カロー兄妹に見つかる前にできる限り消して回って、さらに彼らには伝えないでいる理由を、僕に説明できるのですか?」

ネビルの言葉に、スネイプ校長は今度こそ間違いなく衝撃を受けたようだった。

ネビルの言ったことは推測ではあったが、確信でもあった。

書いたはずの言葉が消されており、問題にならなかったことに最初気付いたとき、シューマスは「きっとフィルチが先に見つけて消したんだろ」と顔をしかめていたが、ネビルはそれに疑問があった。

フィルチが見つけたなら人知れず消すなどするわけがない、確かに業務としてそれを消さねばならない彼には申し訳無く思っているけれど、彼はいつも漏れなくカロー兄妹にご注進してから作業に取り掛かるはずなのだ。

それらを消した人物は、確かに彼らの活動の一部を無駄にはしたかもしれないが、彼らを捕まえようとも、捕まえさせようとも、告発しようともしていない。

──いったい、誰が、と思ったところで、ネビルの脳裏に一人の人物が浮かんだ。

 

セブルス・スネイプ。

 

それは誰に告げてもあり得ない名前だと言われただろう。

だが、ネビルは自分たちのアジテートが全て表沙汰になって、カロー兄妹とスネイプ校長が協力しあって自分たちを本気で狩り出しにかかった場合、もしかしたらシェーマスも自分も、或いはジニーやルーナも無事ではいられなかったのかも知れないと思わずにはいられなかった。

「──なんのことを言っているのか分からんな。

ネビル・ロングボトム。

君は一年の頃から続く粗忽癖がまだ直っておらんのかね?

全く、最近は少しはマシになってきたかと思っていたが──。」

平静を取り戻して、嫌味な口調で告げたスネイプ校長だったが、ネビルは余計に確信を持った。

口調ではなく内容で、カロー兄妹だったら「最近は少しはマシ」などと評するはずがなかったからだ。

 

「先生。

ダンブルドアは、先生が殺さなくても近いうちに死んでいたんですか?」

口をついて出たのは、口にのぼらせたその瞬間まで形としては固まりきれなかった疑念だった。

スネイプ校長は、一歩後ずさった。

顔には表情がなかったが、なぜ分かった、と、考えているのがネビルには察せられた。

ネビルは咄嗟に一歩踏み込んで、逃がさないようにスネイプの腕をぎゅっと掴んだ。

掴んだ腕の細さに一瞬ぎょっとするが、ネビルは離さなかった。

「やっぱりそうか──。

ダンブルドアはなんでか知らないが病気か何かでもう死人も同然だったんだ。

貴方とダンブルドアはそれを利用した、奴らを油断させるための手として。

貴方は校長として残り、学校を牛耳った振りをして、奴らに完全に好き勝手にはさせないようにする──。

貴方が校長でいる限り、カロー兄妹はともかく、余計な連中はホグワーツに立ち入らせないように牽制することができる──。」

 

言葉が勝手に口からこぼれ落ちていったが、口に出してみると、それが真実であると思えてきた。

スネイプ校長の表情はいまや無表情とは行かず、驚きに目を見開いていたが、ネビルがさらに言い募ろうとしたところで、ばっと腕を引き剥がした。

「世迷い言は大概にせよ、ミスター・ロングボトム!

頭に蛆でも湧いたのか!

そんな脳味噌では罰則どころではないだろう、今日はさっさと寮に帰りたまえ!

罰則については後日連絡する」

飛び退った間合いは、ネビルが再び容易には踏み込めない距離で、いつの間にかスネイプ校長は杖さえ構えていた。

歴然と動揺している、と思ってネビルは苦笑した。

「分かりました、今日は戻ります。

先生も無理をなさらず、お早めにお休みを。

──心配しないで下さい、僕は誰にも言いません。」

 

ネビルはそういうと、グリフィンドール寮の方向へ踵を返した。

スネイプ校長から、皮肉の一つも飛んでくるかと思ったが、それはなかった。

その学期中、それ以上の大きな動きはないものと思われたが、学期の終わり、クリスマス休暇に入る帰省のホグワーツ特急の中でそれは起きた。

 

ルーナが、父親のゼノフィリウスが発行しているザ・クィブラーが反体制的な記事を載せていることについて、事情を聴取するといって連行されていったのだ。

ネビルやジニーは当然それを止めようとしたが、ルーナ自身がそれを遮って連れていかれたのだ。

「みんな、無茶しちゃダメだよ。

正しいタイミングっていうのは必ずくるから。

ちょっと行ってくるね。」

怖気ないルーナの態度に散々怖がらせて連れて行こうとしていたらしい男らは毒気を抜かれた様子ではあったが、連れて行くのをやめるわけではなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。