4月に入って一気に事態は動いた。
ネビルの呪文の腕はいよいよ上がっていて、夕食なども隠蔽呪文を掛けて、堂々と大食堂で取っていたのだが、ハリー・ポッターの生存がニュースになったのだ。
ニュースになったと言っても、日刊予言者新聞が大々的にそんなことを報道するわけもなく、年が変わってからこっち、ザ・クィブラーは発行そのものを停止していて、テリー・ブートはおそらく秘密のラジオ、ポッター・ウォッチへ寄せられた情報ニュースからそれを知ったのだろうと思われる。
大食堂で、がやがやとはしていたが、突然、レイブンクローの席で、マイケル・コーナーと何か話していたが、ほぼ全員が大食堂に揃ったというところを見すまして突然立ち上がったのだ。
「みんな、凄いニュースだ!
これ以上凄いニュースはない!
ハリー・ポッターは生きていた!
ハリー・ポッターは生きてて、仲間と一緒にグリンゴッツ銀行のレストレンジ家の金庫を襲撃して、あのドラゴンに乗って逃げ去ったんだ!
グリンゴッツの銀行破りなんて大したもんだぜ!
ハリー・ポッター万歳!」
ネビルは、夜中に動くこともあって、ポッター・ウォッチを聞き逃すこともあったから、その日はちょうど聞いていなかった。
椅子の上に立ち上がって、拳を突き上げるテリー・ブートに同調して、何人もが同調して拳を上げ、歓声を上げたが、そのテリー目掛けて激怒したカロー兄妹から磔の呪文が飛んだ。
「テリー!」
マイケルはテリーが呪文に当たらないように彼を椅子から引き摺り下ろしたが、カロー兄妹は大食堂にも関わらず、激怒して呪文を乱発した。
「貴様!
ハリー・ポッターはダンブルドアの殺害犯だぞ!
貴様も反乱分子だな!」
そう言って頻発された呪文はテリー以外の無関係の生徒にも当たり、あちこちから悲鳴が上がった。
マイケルと、近くにいた何人かがプロテゴを唱えるが下級生は逃げ惑って追いつかない。
ネビルは立ち上がって、カロー兄妹に向かって思い切りインペディメンタを唱え、視線がこちらに向く前に大食堂を飛び出した。
「ネビル・ロングボトム!?
貴様堂々と食堂に顔を出していたのか、くそう、レジスタンスを扇動していたのも、あんなニュースを大声で広めさせたのも貴様の差し金か!
捕まえろ!
そいつを捕まえろ!」
クラッブやゴイル、それにスリザリンでデスイーターの親を持つ何人かが動きはしたが、食堂の混乱にとてもネビルのところまではたどりつけず、ネビルは大食堂の出口で誰にも追いつかれず、くるりと振り向いた。
正確には、捕まえようとしていた生徒数人は、パニックに陥ったふりをした他の生徒に邪魔されて近づけなかったのだが、ネビルは出口でくるりと振り向き、
「ハリー・ポッターは生きていた!
僕らのハリーは生きていた!
グリフィンドール万歳!」
そう大声で叫んで、身を翻して姿を消した。
顔に傷のある精悍な風貌のネビルに、結構な数の女子がうっとりとしていたが、カロー兄妹はそんなことに構う暇もなく、ネビルを指名手配のようにして目の敵にし始めた。
なお、この大食堂での騒ぎにはスネイプ校長は関わっていない。
居心地だけの問題ではなく、ネビルがスネイプ校長の腕を掴んだあの日から、スネイプ校長は欠片でもネビルと遭遇する可能性のあるところには姿を現さず、その姿の隠し方はいっそ見事なまでに徹底していた。
そこから事態が動き始めた。
ネビルは、拉致されてから行方が知れなかったルーナから手紙を受け取った。
そこでネビルは、ルーナがマルフォイ邸の地下にオリバンダーとともに一緒に幽閉されていたが、ハリーやロン、ハーマイオニーが捕まって来たことを契機に脱出することができ、ハウスエルフのドビーの力を借りて、ウィーズリーの長子のビル・ウィーズリーの貝殻の家に避難することができたことを知った。
ルーナの手紙はルーナらしく、涙に暮れたりしてはいなかったが、ハウスエルフのドビーのことに触れている下りでは
『ドビーは命を懸けて私たちを助けてくれたので、ドビーの魂が安らかであるように、ネビルも祈ってくれたらドビーに届くと思います。』
と書いてあったため、ネビルは真摯な気持ちで、ドビーに黙祷を捧げた。
ルーナの手紙で分かる範囲でも、ハリーも、ハーマイオニーも、ロンも無事なのだと知ることができた。
それでもう一つ察することができたことがある。
公には、ロン・ウィーズリーは黒斑病に掛かって学校に来ることもできないとされていたが、ハリーたちと一緒だったのだ!
それで、ジニーがイースターに急に呼び戻されて一家ごと雲隠れしたのも説明がつく。
ロンがハリーと一旦一緒に捕まってマルフォイ邸に連れて行かれたなら、家族ぐるみでロンの足跡を隠蔽したこともばれただろう。
耳の早いというより、ウィーズリーは当事者で、ロンたちが貝殻の家に転がり込んで来た時点で、ジニーを呼び戻したのは、まさに間一髪の出来事だったのだ。
ネビルに対する追求は一層激しくなった。
カロー兄妹はネビルがいるはずだと、たびたびグリフィンドール塔まで踏み込んで来るようになった。
ネビルは寮の男子生徒の部屋を転々として、カロー兄妹の追求を躱したが、やはりそれにも限界があった。
そんなある日、夜、マイケル・コーナーが、カロー兄妹が、些細な理由で、つまりマグル学の去年の教科書を兄弟からのお古で所持していたというだけの一年生を、見せしめのように廊下に鎖で繋いでいたのを見掛けて、見かねて、外してやろうとしたところ、運悪く、とうのアレクト・カローに見つかった。
マイケル・コーナーは、磔の呪文と、切り裂き呪文とでもとの顔の形も服の色もわからなくなるような目に合わされ、皆が震えあがるような有り様になった。
ちょうどそのとき、レイブンクローに匿われていたネビルは、すぐに放置されていたマイケルのところへ駆け付けて、薬草と呪文で治療に努めた。
ネビルは各寮に表立った動きは危なすぎるので控えるように呼び掛け、何か行動を起こすときは、硬貨で連絡するので、危険でない範囲で陽動作戦に協力してくれるよう、頼み込んだ。
多角的に事件は起こった。
森番のハグリッドはハリー生存のニュースを目にしたからだろう、安易にホグワーツのあちこちに、禁じられた森の自分の小屋で
「ポッター応援パーティー」
を開くと掲示して回って、これもまたカロー兄妹の目に触れた。
ネビルはハグリッドがこぼした
「スネイプの奴は信じられん。
ハリーが生きとったなら、どんな形ででも応援してやるちゅうのが筋じゃろうが。
だのに、ポスターを見て、『こんな物を開いている場合かね。こんなパーティーはカロー兄妹が許すまい。思い直すなら今のうちだぞ。』とか言いおって、あいつはすっかり『例のあの人』に魂を売ったんじゃあ。」
というのを聞いて、ますます、スネイプ校長はわざとハグリッドに警告して逃がした確信を強めた。
なぜなら、ハグリッドはそのおかげでカロー兄妹が捕まえに来たとき、森の奥に逃げ去る余裕ができたからである。
更に、オーガスタ・ロングボトムからもフクロウ便が届いた。
ネビルはそのとき、禁じられた森で役に立ちそうな薬草類を採取しており、それでも見つけ出すフクロウは優秀だと思う。
内容は予想以上だった。
まず、家にホグワーツで被保護者(この場合ネビルのことだ)が非合法的な学生運動を行い、度が過ぎているため、家族からも事情聴取を行うことにしたので、同行願いたいと闇祓いのドーリッシュという男が来たこと。
正規の出頭要請でありながら、人質確保に来たとピンと来たオーガスタは、
「あらそんなうちの孫がまさかそんな、すぐに用意とか無理です、まずはあがってください。」
と、オロオロするか弱い老婆を装って、油断して不用心に背を向けたドーリッシュに一発かましたらしい。
ドーリッシュは昏倒し、オーガスタは「こんなこともあろうかと」検知不可能拡大呪文で広げて、必需品を詰め込んでいたバッグを持って、妙な言い方にはなるが堂々と逃亡の途についたらしい。
事情を簡潔に説明した後に、祖母は
「あんたもホグワーツでしっかりやってるらしいじゃないか。
悔いのないようにおやり。
私のことは心配いらない。
私はあんたを誇りに思うよ。」
と書いてあって、ネビルはたまらなく誇らしい気持ちになって、その手紙を大事に胸ポケットに仕舞い込んだのだった。
その日は、ネビルにとっては幸運な日だった。
醸造の手順の難しい幸運薬を落ち着いて作っている余裕はなかったが、禁じられた森で、効き目はそれに劣るが、その草の根を乾燥させて齧ると幸福薬によく似た感覚と経過が招き寄せられることが確認されている植物を探し当てることができたからだ。
しかも、その効き目が確認されているのはその植物の花が咲いている期間の根だけで、花が咲いていない時期の根で試しても効果はなかったらしい。
だが、いざという時にこれを使えば生存の確率が上がるのは間違いない。
白い百合に似た小さな花を見て、ネビルはそっとその花の植物の根を掘り上げ、花は感謝してから湖に流した。
日付にすれば、4月18日前後のことになると思う。
拷問を受けて口を割った下級生の密告で、ネビルはそのとき潜んでいたハッフルパフの寮のアーニー・マクミランの部屋から飛び出した。
寮が突然ざわついて、カロー兄妹が押し入って来たという声があちこちから聞こえたからだ。
ハッフルパフの寮は地下にあって、どこからでも気軽に出ていくわけにはいかない。
ネビルは間一髪で奥の部屋に調べに行くカロー兄妹をやり過ごし、その隙にハッフルパフ寮を抜け出した。
「ネビル、グリフィンドールに戻るのは危ない!
多分奴ら待ち伏せしてる!」
抜け出すのに協力してくれたアーニーが、最後に寮の出口で囁いて来たのにネビルは頷いた。
「分かってる!
どこか、──ホグワーツの校舎で隠れられるところを探すよ。」
後ろから足音がした。
「ネビル、あそこはどうだい、DAの訓練に使った部屋、──ああもう人が来ちまう、行って!」
押し出されるようにハッフルパフの寮を出て、カロー兄妹が校内に引き込んだディメンターを守護霊で交わしながら、ホグワーツ城を駆けた。
知らぬうちにカロー兄妹が引き込んでいたディメンターが数を増やし、ネビルががむしゃらに駆けて、彼は校長室の近くを通っていたが転がり込む余裕もなく、必要の部屋の前まで来た。
ただ、部屋に入るためには部屋の前で三往復する必要がある。
きゅっと足を止めたネビルにディメンターが追いつきそうになって、ネビルが再び走り出そうとしたとき、銀色の光が走ってディメンターがたじろいだ。
銀色の光は角のない牝鹿の形を取ってディメンターを蹴散らし、黒い影はどこにもいなくなった。
ネビルは守護霊の主を探したが、どこにも見あたらなかった。
銀色の牝鹿、一体だれなんだろう?
DAで守護霊を出す訓練をしたときも、ごく何人か出すことが出来たメンバーの中に牝鹿はいなかった。
また何かの気配が遠くに聞こえて、ネビルは慌てて、『カロー兄妹とその仲間に見つからない場所!』と念じながら、必要の部屋に飛び込んだ。
飛び込んだ部屋は、ネビルの想像力の限界なのかごく小さかった。
小さくてハンモックが一つと、グリフィンドールのタペストリーだけが壁に掛かっていた。
ぼんやりと、座るのに椅子が必要だ、と思った。
そうすると、ネビルが思い描いた通りの椅子が、ついそこに現れていた。
ここは必要の部屋だ──それを痛感して、ネビルはそこに籠城を始めたが、限界はあった。
ネビルが必要とする寝床──、ハンモック以外に机、テーブル、トイレ、洗面所、必要なものは全て揃う部屋だったが、生きていくために絶対に必要なものが足りなかった。
食糧だ。
必要の部屋は、必要なものがなんでも用意されたが、食料だけは用意されず、だが、カロー兄妹やカロー兄妹の配下がウロウロしている状況では、大食堂や厨房まで食糧を調達に行くのは危険すぎた。
ネビルは最初、『食糧が必要だ』と念じた。
何も出てこない。
腹が減り過ぎて動きが鈍くなってきた頃合い、多分1日半は経過していただろうが、ふと、ネビルは思った。
『食糧』そのものを出すのが無理なら、食糧を作り出す手段か、食糧を調達できる手段を出してくれ、と。
だが、今から育てて収穫する畑などでは間に合わないことは意識のどこかで分かっていたのだろう。
ネビルが食糧を調達できる手段、と思ったところで、グリフィンドールのタペストリーの横に、見たこともない絵が掛かっていた。
おそらくは誰かの肖像画だったのだろうが、そこには誰もいなかった。
開いていない扉が奥に見え、奥に通路があることが分かったが、ネビルはこれが食糧に繋がる手掛かりなのだろうかと唖然として扉を見ていた。
ふと、画面に少女が現れた。
ネビルは、ホグワーツだったら三年生から四年生くらいに見えるその少女に見覚えはなかったが、なぜかその明るい色の瞳をどこかでみたような気がした。
少女が手招きをして、絵の画面が突然、本当に開いた。
ネビルは吸い込まれるように、次の瞬間には画面の中にいた。
目の前に扉と通路がある。
「待って、君は──?」
その少女は答えず、ネビルの手の引いて、扉の奥の通路に誘った。
ネビルは覚悟を決めて、通路の奥へ一歩を踏み出した。
暗い、どこまで歩けばいいのかという通路を、少女が話さないので無言で通り過ぎて行く。
それでもやっと出口にたどり着き、用心も忘れて飛び出すと、そこはホッグズ・ヘッドだった。
ネビルは成人してこっち、ホッグズ・ヘッドに出入りするような機会がなかったので、そこが一瞬ホッグズ・ヘッドだと分からなかったが、ホグワーツではないことは確かだった。
客のいない時間帯であったことは幸運だった。
背の高い髭面の男の、少女と同じ明るい色の青い目に見覚えがあるような気がして、少女では分からなかった人物との類似性がネビルの記憶を刺激した。
「ダンブルドア──?」
そう呼んだ途端に、髭面が不機嫌そうに歪んだ。
「ダンブルドアには違いないが、そう呼ばれるのは好きじゃない。
アバーフォースだ。
お前は絵の中から出てきたように見えたが、ホグワーツから来たのかね。」
ネビルは、その名前に覚えがあった。
リータ・スキーターの著した『アルバス・ダンブルドアの人生と嘘』は、それを信じる信じないに関わらず、ホグワーツの生徒の中でも大評判になった本だった。
「ダンブルドア校長の弟さん──ですね。
僕はネビル・ロングボトム。
ホグワーツ魔法学校の7年生、グリフィンドールです。」
それで十分な自己紹介になるだろうと思った。
アバーフォースは、軽く眉を上げて、ふん、と鼻を鳴らした。
「お前も勇猛果敢なグリフィンドールかね、あのバカ兄貴の勇猛果敢なろくに考えもしない脳味噌空っぽの御一行様の先頭に立ってるって訳だ?
全く、アリアナはなんだってこんな奴を──。」
どこまでも崩れないアバーフォースの皮肉な物言いに、ネビルは苦笑した。
リータ・スキーターの本を丸ごと信じた訳ではなかったが、少なくともアルバス・ダンブルドアは兄弟に慕われる兄ではなかったことは確かなようだった。
「何にしてもお前さんが逃げてくるのに成功したのは奇跡だろうよ。
アリアナもお前さんを助けてもいいって思ったようだしな。
お前一人だったら、村から抜け出すのを手伝ってやれんこともないぞ。」
まるで試すようなアバーフォースの言葉に、ネビルはきっぱりと返した。
「僕は、確かにダンブルドア軍団を掲げて連中に抗戦してるけど、それは決してダンブルドア校長のためじゃない。
組織を結成した時はあの人が校長だったんでそう名付けたけど、僕が今戦ってるのは、ホグワーツにいる1000人近い生徒のためだ。
マグル生まれが逃げたり捕まったりしてだいぶ数が減ってしまってるけど、僕らは僕らの誇りのために戦うんだ。
ホグワーツに誰か一人でも残ってるうちは、僕は諦めないよ。
助けて欲しい、僕らには今食糧が必要なんだ。」
ネビルの言葉に、再びアバーフォースは眉を動かした。
「正気か?
あのお偉い兄貴のためじゃなくって、正気でそんな危ない橋を渡ろうってのか?
そりゃあここは酒場だからな、多少の食糧の蓄えはあるし、仕入れることも出来る。
だが物事には何でも元手ってものが掛かる、タダでは食べ物は沸いてこんのだぞ。」
ネビルは頷いた。
これでも純血家の中でも聖18族の一角を成すロングボトムの後継なのだ。
肌身離さず身につけていた、検知不可能拡大呪文を掛けた巾着からネビルは本物のガリオン金貨を一掴み取り出してカウンターの上に載せた。
アバーフォースがぎょっとした顔をする。
「本物だよ。
ホグワーツじゃ使うとこないって言ったんだけど、婆ちゃんが金だけはいつどんな時に役立つか分からないから持って行けって寄越したんだ。
これ、今、使うところだろ?
取引をしたい。
公正な取引だ。
保存の効く食糧と飲料を用意出来るだけ用立てて欲しい。
もちろん、そちらに危険の及ばない範囲でいいからさ。
一方的に助けてくれっていうつもりはないよ、取引だったら応じてくれるだろ?」
ネビルは、信頼を込めてアバーフォースを見た。
アルバス・ダンブルドアのように耳触りのいい事ばかり言うわけではなく、苦言を呈するアバーフォースは、一度了承すれば信用のおける人間だと思った。
ネビルはその日、アバーフォースとの取引を成立させ、ホグワーツで必要の部屋に籠城できる体制を整えた。
城に戻ってからネビルはシェーマスやアーニー、アンソニーなどの各寮のリーダー的な生徒に守護霊を飛ばし、事態が切迫したら、必要の部屋へ避難してくるように連絡したのだった。
そして、ネビルは、仲間たちの避難や籠城が驚くほどスムーズに運んだ影には、必要の部屋に近い校長室を使用しているはずの、ある誰かの消極的協力があってこそのことだと信じている。