必要の部屋を見回して、ハリーは不思議そうな顔をしていた。
「それで、カロー兄妹は入れないのかい?」
なにかを探すように見回したハリーに、顔の腫れ上がったシェーマスが答えた。
シェーマスも惨憺たる有様だったが、どこか誇らしげでもあった。
「ああ。
ここは、しっかりとした隠れ家だ。僕たちの誰かが中にいる限り、奴らは手を出せない。扉が開かないんだ。
全部ネビルのお陰さ。
ネビルは、本当にこの部屋を理解してる。
ここを使うなら、必要なことを正確に頼まなければならないのさ──例えば『カロー兄妹の味方は誰も入れないようにしたい。』ーーそうしたら、ここはそのようにしてくれるんだ!
ただ、抜け穴は必ず閉めておかなきゃならないけどね!
ネビルはすごい男だ!」
シェーマスが褒めすぎな気がして、
「大したことじゃないんだ、本当に。」
とネビルは謙遜した。
どうして必要の部屋に籠城することになったのか話し、ハリーにグリンゴッツ破りの話を尋ねる。
武勇伝を聞こうとしたところで、ハリーの様子が変わった。
グリフィンドールの寮にいた時に、こんなハリーは見たことがある。
突然顔色が変わって皆に背を向けて──。
だがそれと今が同じか分からず、ネビルは無難に声を掛けた。
「ハリー、大丈夫?
座る?
疲れてるんじゃ──?」
「違う。」
やけにきっぱりとした声でハリーが言った。
そして、ハリーがロンとハーマイオニーに視線を滑らせるのを見て、ネビルは灼けつくような気分になった。
この期に及んで、ハリーが頼りにするのはたった三人のトリオだけなのだ!
「僕たちは先に進まなくちゃならない。」
ハリーがそう言ったのでシェーマスが問い掛けた。
「それじゃ、ハリー、僕たちは何をすれば良い?
計画は?」
「計画?」
ハリーがどこか上の空で続けた言葉に誰も笑えなかった。
「ええと、僕らは──、ロンとハーマイオニーと僕だけど、やるべきことがあって、その後はここから出て行くつもりだ。」
ネビルは困惑せずにはいられなかった。
ハリーは、ここに戻っておきながら、三人だけで物事を為すつもりなのだ。
秘密主義──、これがアバーフォースに聞いたダンブルドアの秘密主義でなくてなんだろう!
「どういうことだい、『ここから出て行く』って。」
ネビルの問いに、ハリーは額を擦りながら答えた。一見して傷が痛むのだと分かった。
「ここに留まるために、戻って来たわけじゃない。
僕たちは大切なことをやり遂げなきゃならないんだ──。」
放っておいてはいけない、と思った。
ネビルはまだダンブルドアを尊敬してはいたが、ダンブルドア校長が後に残されたスネイプに負わせた事柄の重さや、アバーフォースから直接聞いたダンブルドアの人となりを知った後では、ハリーはダンブルドアに良いように動かされているのだと思った。
一人では無理でも確かに三人なら、そして三人が無理でも、人数がいればそれだけ有利になることもある。
「何なの?」
「僕──、僕、話せない」
押し問答になって、周囲が動揺し、ネビル自身は眉根を寄せた。
「どうして、僕たちに話すことができないの?『例のあの人』との戦いに関係したことだろう?」
「うんまあ、そうなんだけど──。」
煮え切らない態度のハリーを押し切るべく、ネビルは言い切った。
「それなら、僕たちが手伝う。」
賛成を示したのはネビルだけではなかったのに、ハリーは頑なだった。
「君たちには、分からないことなんだ。
僕たち──君たちには話せない。どうしても、やらなければならないんだ、僕たちだけで」
その言葉に、本当にネビルはハリーがダンブルドアにそう思い込まされていると感じた。
旗印として、ハリーはかけがえがないが、単独行動で失うことこと損失だとどうやって分からせられるだろう?
「どうして?」
「それは──。」
思い込んだだけのハリーが答えられるわけもない。
「ダンブルドアは僕たち三人にやることを遺した。
そして助けを求めちゃいけない──ええと、つまり三人だけにやって欲しいと思ってたんだ。」
何故そんな風に思うのか、ネビルには理解できなかったし、逆にダンブルドアがそのようにハリーの思考を誘導したのだろうということも分かったが、こんなとき正面からダンブルドアを攻撃してもおそらく意味はなかった。
むしろ、誠意で説得しようとして、ネビルは言葉を紡ぐ。
「僕たちはその軍団だ。
ダンブルドア軍団なんだ。僕たちは全員で団結してる。
君たちが三人だけで行動していた間も、僕たちは軍団として活動してた──。」
「おい、僕たちはピクニックに行ってたわけじゃないぜ。」
反射的にロンが言い返した。
だが、ネビルは怯まなかった。
伊達に、学校という逃げ場のない空間で抵抗運動を続けてきたわけではないのだ。
「そんなことは言ってないよ。でも、どうして僕たちを信用できないのか分からない。
この部屋にいる全員が戦い続けて、そして、カロー兄妹に狩り立てられて、ここに追い込まれてきたんだ。
ここにいる者は全員、ダンブルドアに忠実なことを証明してきたーーつまり、君に忠実なことを。」
それでもハリーは何か言おうとしていたが、ルーナとディーンが飛び込んできて、風向きが変わった。
フレッドとジョージ、ジニーにリー・ジョーダン。そしてチョウ・チャン。
ハリーは頑なだったが、ロンが突然流れを変えた。
ある意味、ハリーにとってはロンのいつもの裏切りだったと感じられるものだったろう。
「皆に手伝ってもらったら?」
突然意見を変えたロンをハリーはまじまじと見ていたが、ネビルにとってはありがたい話の流れだった。
三人がこそこそ話しているのをネビルは鷹揚な態度で待った。
ここのリーダーは誰がどう言おうと間違いなくネビルで、そのネビルがハリーの煮え切らない態度を宥めて、彼を立てているからこそ、全員がずっと行方不明で逃げたとさえ思われていたハリーの言葉をおとなしく待っているのだ。
ハリーは分かっているのかいないのか、
「オーケー。」
と、やっと部屋の全員に大声で呼び掛けた。
「僕たちはあるものを探している、──例のあの人を打倒するために必要となるものだ。
ただ、その形状が不明なんだ。
このホグワーツにあるということだけは確かだ。
おそらくは、レイブンクローのゆかりのあるものだということは分かってる。
誰か、そういったものの話を聞いたことはないか、彼女の鷲の紋章が付いたものをどこかで見たことがあるとか?」
レイブンクローゆかりの、例のあの人を打倒するのに、役に立ちそうなもの!
雲を掴むような話だった。
思い当たることが誰んもなさそうだった時に、ルーナが答えた。
「あのね、失われた髪飾りがあるわ。
その話をしたこと、ハリー、覚えてる?レイブンクローの失われた髪飾りのこと。
パパがそれを複製しようとしてたんだよね。」
それからレイブンクロー生を巻き込んで、ひとしきり、押し問答があった。
だが、いい。
ハリーがダンブルドアの秘密主義を受け継ぎ、味方にまでこそこそと動き回るよりはよほどましだった。
レイブンクロー寮にダイアデムの形状を確かめに行ってはと言ったのはチョウ・チャンだったが、なぜかジニーが口出しをしてハリーはルーナと行くことになった。
この緊急時に無駄な悋気は勘弁して欲しいと思ったが、正直ネビルはチョウよりもルーナの方を信頼していたので邪魔はしなかった。
「どうやって出るんだ?」
ハリーがネビルに尋ねて来たので、ネビルは出口を指し示す。
「こっちだよ。」
部屋の片隅にある小さな戸棚を開けると急な階段が続いていた。
「出るところが毎日変わるんだ、だからあいつらは絶対見つけられない。」
だが言い忘れてはならない注意事項があった。
「ただ問題は、出て行くのはいいけど、僕らにも行く先がどこになるのか、はっきり分からないんだ。
ハリー、気をつけて。あいつら、夜は必ず廊下を見廻っているから。」
ハリーが答える。
「大丈夫。すぐ戻るよ。」
ハリーを送り出して、ネビルは部屋の皆を振り返った。
ネビルはハリーがルーナとレイブンクロー棟へ向かい、カロー兄妹と遭遇している間、全員の士気を統制するのに忙しかった。
「さあ、みんな、ハリーが戻って来る前にできることをしよう!
皆、杖を確認してくれ!
それと、この部屋の広さが足りない!
全員、もっとこの部屋を広くするよう願ってくれ、多分まだ人数が増えるからだ!
それからディーンやルーナのように、戦える有志に声を掛けられる者は掛けてくれ、子供はだめだ、大人に声を掛けてくれ!
それから、戦闘になった時にフォローし合うのに、できれば三人以上の組を作っておいてくれ、個人行動は出来るだけ避けて、攻撃と防御が苦手な人間を両方入れてどちらも苦手な者がいたらフォローしあっていけるように。
間違って攻撃したりしないように出来るだけ顔見知り同士で!」
ざわついていた群衆にぴりりと筋が通る。
これからしばらくはネビルの描写を離れ、もうひとり、この物語に重要な人物、スネイプ教授の動向を追うことにする。
ほんの少しだけ時間を巻き戻す。
セブルス・スネイプ校長とカロー兄妹は、左腕に付けられた闇の印を通じて、ホグワーツにハリー・ポッターが舞い戻るかもしれないと言う警告を受け取った。
セブルス・スネイプは既にベッドに入っていたが、急ぎ飛び起きて、夜着からローブに着替えた。
着替えながら、警告の内容を吟味する。
ハリー・ポッターがホグワーツに戻るかもしれない。
彼はレイブンクローにゆかりのある物を探しているのでレイブンクロー寮に侵入するかもしれない。
──その警告の内容は不可解だった。
スネイプ校長は、闇の帝王に知られないうちに、秘密裏にグリフィンドールの剣をハリー・ポッターに渡していた。
正直、その剣を持ったままマルフォイ邸に囚われたと言う情報が入ってきた時には一体何をやっているのだと頭を抱え、怪しまれずにハリー・ポッター御一行様を解き放つためにはどうしたらいいのか頭を悩ませたものだが、一体どういう幸運が働いたのか、ハリーたちはスネイプ校長が手を回すまでもなく、なんとかグリフィンドールの剣も携えて、マルフォイ邸から脱出した。
不可解だったのはグリンゴッツ侵入事件で、ハリーたちはゴブリンと一緒だったのだから、わざわざ偽物のグリフィンドールの剣を盗みに入るとは思えない。
盗られたのが、小さな金のカップだと聞いて、スネイプ校長が確信したのは、これがあの全てを秘密にしておきたい髭の老人の重要な計画の一部だと悟った。
で、あるならば、この予想のつかないレイブンクロー寮への侵入劇も、ダンブルドアの描いた闇の帝王打倒計画の一部なのだろう。
スネイプ校長が杖を持ってレイブンクロー寮へ急ぐうち、突然、アレクト・カローが歓喜のうちに、レイブンクロー寮でハリー・ポッターを発見したという情報を闇の帝王に伝えようとしたのが、あまりに感情が強すぎたのか、それともホグワーツ内にいる兄にも一緒に伝えようとしたのが勢い余ったのか、スネイプ校長の闇の印にも伝わって来た。
スネイプ校長は顔を強張らせた。
本来なら、カロー兄妹よりも先にハリー・ポッターを見つけ出して、なんとかダンブルドアの伝言を伝えなければならなかった。
ハリー自身がヴォルデモートの分霊箱で、それをなんとかするべき必要がある。
ただ、ダンブルドアの計算と違って、ハリーはスネイプを信じないだろう。
信じる信じないに関わらず、ハリーはそれを知っておくべきだった。
リリーの息子が全てを知った後に、死なない道を選んでも構わないと思っていたことは、ダンブルドアには伝えていない。
レイブンクロー棟でハリーがアレクト・カローに遭遇し、ルーナが彼女を失神させ、ハリーが透明マントの下からアミカス・カローを不意打ちで失神させ、マクゴナガル教授をダンブルドアの指令という盲目の言葉で懐柔している時、スネイプ校長は一心にレイブンクロー塔に向かい、螺旋階段を登りかけていた。
途中で、カロー兄妹の闇の印が沈黙したことにも気付いた。
そしてスネイプ校長は、マクゴナガル教授が放った猫の守護霊が三体も傍を通り抜けて行くのを見送り、降りてくる彼女に気づいて足を止めた。
「そこにいるのは誰ですか?」
マクゴナガル教授に誰何されて、スネイプ校長は暗闇から姿を現した。
「私だ。」
確実にマクゴナガル以外の誰かの気配がする。
「カロー兄妹はどこだ?」
「貴方が指示した場所にいるんでしょう、セブルス」
と、マクゴナガル教授が硬い声で言った。
何かを隠している、と感じてスネイプ校長は油断なく周囲を見回した。
隠蔽呪文か透明化の呪文か、確実に隠されたものがいることを確信して、スネイプ校長はマクゴナガル教授に告げた。
「私の印象では、アレクトが侵入者を捕らえたようだったが。」
マクゴナガル教授の視線が疑いに満ちてこちらを見つめている。
「本当に?
どうやってそんな印象を得ると言うのです?」
別に誇示したいものではなかったが、スネイプ校長は軽く左腕を振った、それで分かるだろうと言わんばかりに。
不愉快そうなマクゴナガル教授の揶揄を聞き流し、スネイプ校長は警戒を緩めずに確認する。
「今夜、廊下の見回りは貴女ではなかったのでは?ミネルバ。」
「何か問題でも?」
「何が起きて、こんな時間にベッドから起き出してここまで来られたのか不思議に思っているのですが?」
「何か騒音を聞いたような気がしたのです。」
そう、間髪を入れずマクゴナガル教授が答えたことも不自然だった。
なぜなら、カロー兄妹がこの塔にきたなら、今の静穏そのものが不自然だったからだ。
「本当ですか?平穏そのものに見えますが。」
スネイプ校長はマクゴナガル教授の目を見た。開心術を使ってでも真実を知る必要があった。
「ハリー・ポッターに会ったのではないのか、ミネルバ?
もしそうであれば、私にはやらなければならないことが──。」
会わなければならない──とは、続けられなかった。
マクゴナガル教授からの突然の攻撃を、スネイプ校長は素早く盾の呪文で防いだ。
防戦しただけなのに、彼女が体勢を崩したのか彼のせいには帰せられないだろう。
マクゴナガル教授が振るった杖は壁の松明を吹き飛ばしたが、彼女はそのまま松明の炎をスネイプ校長に向けてきた。
スネイプ校長は炎を連想しやすかった蛇に変化させたが、変身術はマクゴナガル教授の十八番で、彼女はさらに蛇を煙に変え短剣に変えてこちらを攻撃してきた。
スネイプ校長はあくまで攻撃を避けた。
だが、甲冑を盾にして短剣を防いでいると、駆け付けたフリットウィック教授が、スネイプ校長が攻撃しているものと思い込んで、
「やめろ!
これ以上ホグワーツ で人殺しをしてはならん!」
と言って、甲冑そのものを動かしてスネイプ校長を捕えようとしてきたので、やむなく甲冑を弾き飛ばした。
誓って言うがスネイプ校長には、ハリーとルーナは見えていなかったので、甲冑が彼らを掠めたのは本当に事故である。
マクゴナガル教授、フリットウィック教授、そしてスラグホーン教授とスプラウト教授までが駆け付けたので、スネイプ校長は、窓から身を翻すことにした。
マクゴナガル教授が過熱していたら、グリフィンドール気質の思い込みに満ちた彼女は絶対に話を聞いてくれはしない。
いきなり攻撃を仕掛けてくるようでは、傷つけないためには、こちらが去るしかなかった。
窓を開ける暇も惜しく、無言呪文で破壊して、箒なしの飛行呪文を唱える。
「卑怯者!」
マクゴナガル教授が、塔から叫んでいるのが聞こえたが、スネイプ校長は彼らの身の安全のためにこそ、ローブを翻して夜の闇をよぎった。
さて、ネビルのことに話を戻そう。
ネビルが生徒たちでのまとまりについて話しているときにも、不死鳥の騎士団の成人した魔法使いが続々と応援に駆け付けていた。
これによって、成人の力を借りて戦略が立てられるようになり、すでに組織していた生徒での小隊がどの大人の指揮下に入るべきかなどの打ち合わせを行うことができて、既に知っているように夜間に始まる戦闘の際、分隊を決めきれず右往左往すると言うことが非常に減ったのだった。
ともかく、ハリーが戻ってくるまでの時間、ネビルは非常に忙しかった。
トリオの残り二人、ロンとハーマイオニーはいつの間にかいなくなっていたが、ある意味、ネビルはそういう意味では全くロンをあてにしていなかったので気にしなかった。
ハリーが愚直なまでに、自分たちだけでやらないといけないと言ったダンブルドアからの任務を「皆に手伝って貰えばいいじゃないか」と言いながら、自分はスタンドプレイで誰にも何も言わず勝手に姿を消すのは、まあ率直に言って、いつものロンとしか言いようがなかった。
ハリーが戻って来て、もたらしたニュースは劇的だった。
『例のあの人』が、ホグワーツに向かっており、ハリーは引き続き、あの人を打倒するためのレイブンクローに関わるアイテムを捜すが、他の者は『例のあの人』に対抗してホグワーツで抗戦する。
ばたばたと大広間に集まったとき、事態の説明に当たったのが、スネイプ校長でなかったことで、半ば予想していたこととはいえ、ネビルは密かに臍を噛んだ。
避難と抗戦の手順が説明され、スリザリンの生徒がスネイプ校長の行方を尋ねたとき、マクゴナガル教授が
「俗な言葉で言えば、ーーずらかりました。」
と、むしろ得意げに言ったとき、ネビルは人知れず悔しさに唇を噛みしめるしかなかった。
ルーナも不思議そうな顔をして首を傾げていたが、黙ってはいるようだった。
それでも時間は過ぎる。
大広間に『例のあの人』の警告は鳴り響き、真夜中、それをリミットに世紀に残る『ホグワーツ決戦』は始まったのだった。