あいつか彼女作ったから私は飛ぶ。

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くものいと

 失恋したから死ぬ。

 生きるのに疲れたから死ぬ。

 辛くて仕方がないから死ぬ。

 

 心の底からバカバカしいって思っていた。ニュースでそんな話が流れる度に、人並みに心苦しそうな振りをしていながら、心の底ではどこか死んでしまった彼等をバカにしていた。

 

 だけど、知ってる?いざその順番が私に回ってきたら、「あぁ、死ぬしかないんだな」って思ってしまうんだ。

 死にたいわけじゃないんだけど、死ぬこと以外に救済を見出せなくなるんだ。

 

 ──私は今日、ここから飛びます。

 

 ああ、嫌だな。怖いな。

 だけど自然と涙とか震えとか、そういうものは無かった。

 

 小さく、地面を蹴る。

 

 一瞬の浮遊感と共に、逆らえない重力が私を地獄へ連れて行く──

 

 ──本当にこのまま死んでいいの?

 

 もう、いいんだ。お母さんやお父さん、友達だったりいろんな人……あいつにも、ごめんなさいしなきゃだけど。言葉は上に置いてきたから。

 

 ずっと、ずっと好きだった人がいた。

 昔から、いつも一緒だった。だから、きっと好きだということすらよくわかっていなかった。だけどずっと意識していて、小さい頃には結婚の約束なんかもして。学校では散々夫婦といじられ続け、その度に否定して。だけど、その距離感、その空気感に何処か全能感を感じていて。

 ずっと一緒にいられると思っていた。それはきっと恋愛感情だったのだろうけれど、それを恋愛感情だと気付くことも無く。

 

 私は、別の男の子に告白された。仲のいい、格好良い、女子から人気の高い運動部のエース。「あいつ」への感情が恋愛感情だと知らなかった私は、彼の告白を受け入れた。──いや、或いは私は、その感情が恋愛感情であるということに何処かで気付いていながら、求めるだけでなく求められていた事への快感を感じたかったのかもしれない。

 

 ──自分の感情すら理解出来ないなんて、愚かだね。

 

 うるさいな。きっと人間なんて、誰も皆自らの感情を制御出来ないでしょ。私が特別それが出来ていなかった訳じゃないもん。……いや、それでも私はその気持ちを理解するべきだった。理解したかった。

 私が知らずのうちに恋愛感情を抱き続けたあいつは……私より少しだけ自覚的に、私に恋愛感情を抱いていたらしい。きっと、私以上に自覚的に二人の距離感や空気感に全能感を感じていて、私よりも強く「一緒にいられたら」と考えていて、私よりも自覚的に私を求めていた。

 

 私がそれを知ったのは、私が私の恋愛感情に自覚的になったその時だった。けれど、その時には告白を受け入れた彼への感情も確かに芽生えていた。求めて、そして求められる二つの鎖に無自覚的に酔っていた私は、求める鎖を無理に断ち切ろうとした。それでも、時間が作り出した糸は切れないと信じて。

 求める鎖を切るには、あいつが私を求める鎖を「無かったことにする」必要があいつの中にはあった。無かったことにしなければならない時に、私はあいつの感情を知ったんだ。糸は切れなかった。然れど、糸の色はもうきっと違うものだ。

 

 彼は、私が求めていたはずの彼は、恋人を作ってしまった私に撃ち落とされたのだ。

 

 それでも、あいつはその鎖が消えてしまっても、ずっと支えだったはずの鎖が消えてしまっても、緩やかに立ち上がり、受けた傷に気付くことも無く強かに生きてきた。私はそれを見て、何処か安心していた。

 

 ──どうして?

 

 どうしてって……どうしてだろう。

 

 ──自分勝手だね。

 

 うん、そうだね。だから私は死ぬしかないんだって思ったんだと思う。

 

 あいつの鎖が消えてしまって、あいつはきっととんでもない傷を背負った。けれど、同時に何故か私までもが傷を負った……気がした。時が経つにつれて断ち切ったはずの鎖はまた私を縛り始め、色が変わった糸はいつしか鎖に巻き付き始めた。

 私は、またあいつへの恋愛感情を抱いてしまった。嗚呼、なんて勝手な女だろうと言われても仕方がない。けど、しょうがないでしょう?好きになってしまったんだもの。

 求められていた鎖が首を絞める。然れど腕は必死に求める鎖を掴んで離さない。自覚的になってしまった以上、それから目を背けることは出来なかった。

 いつしか求められていた鎖は「解かれ」、悲しみにくれなくてはならない時間を置き去りに手に掴んだ鎖を必死に手繰り寄せた。

 

 ──その時、あいつには新しい真っ赤な糸が結ばれていたんだ。その先は、当然私では無い。

 

 男女分け隔てなく人気の高い、運動部のエースの女の子。私とも当然仲が良い、可愛い可愛い女の子。

 

 その時、私は初めて知った。ずっと自覚的だった恋心が、ずっと続くと思っていた全能感が、一瞬にして無に帰す辛さを。何にも変え難いやるせなさを。それを隠してあいつに接しなくてはならない、痛みを。

 ──ああ、あいつはずっとこの痛みを背負ったまま、私と会って、私と喋って、私と生きていたんだな。すごいな、よく耐えられたよな。

 

 私には耐えられない。

 

 最近、よく見るんだ。不思議な夢。私と君が、二人で歩いていると、賑やかな行列がやってくるんだ。君はその行列の中に消えていくんだ。私がどんなに呼び掛けても、行列の騒がしさに紛れて君には届かない……。

 

 ──そして、お前は逃げるんだね。

 

 ……うん。私には、耐えられないんだ。

 

 ──鎖が、もう繋がることは無いから?

 お前は本当に愚かだ。お前の言う「あいつ」がお前への鎖を消し去らなくてはならなくなった時、お前が鎖を断ち切った時、「あいつ」は何をした?不細工に、格好悪く、必死に、その鎖が自分にとってどうしようも無く大切なものだったってことを伝えたんじゃないのか?

 お前が本当にもう一度その断ち切った鎖を手繰り寄せたいなら、お前も死ぬほど辛くても、どんなに不細工でも、愚かでも、卑怯でも、その断ち切った鎖にはどんな想いがあったのか、今手繰り寄せようとしている鎖がどんなに自分にとって必要なのか、伝えるべきだったろう?

 

 どんなに叫んでもそのパレードに「あいつ」が行ってしまうなら、無理にでも腕を掴むべきだろう?

 

 それすら怖いのか?ならお前は最早愚かですら無い。塵と変わらない。

 

 

 夢を見るんだ。今も見ている。走馬灯のように君との思い出を二人で振り返る。最後の分かれ道。あの騒がしい行列がやってきて、君はその列に加わろうとする──

 

 

「待って!行かないで!」

 

 

 私がその手を掴む。君は驚いたように振り向いて……

 

 

 

 ──ダメだ、死にたくない。

 

 

 

 

 もう遅い、地面はすぐそこに──



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