「参ったなこれは」
一体どれだけ呆けていたのだろう。
気付けば荒れた波は凪ぎ、外は静けさを取り戻していた。
「憑依……いや、転生になるのかこれは」
頭に浮かぶ数々の知識、それは元から頭の中にあったものだった。
種族値、個体値、努力値の3値に基礎ポイントの上限。
まるでゲームというか、ゲームから仕入れた情報なのだから仕方ない。
そんな知識が封じられていた理由は簡単だ。
「おのれロケット団! 薬物と【さいみんじゅつ】による洗脳とかガッチガチで草も枯れるわ。組織への反抗心を封じて忠誠心を植えつけるとか、なんたる外道」
レッドは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のロケット団を除かなければならぬと決意した。
「というか転生先がサートシくんのクローンでゲーム版レッドになったのに赤目って……なんだかんだで結局パチモンじゃねぇか」
「ポケモンだけに?」
「あんまり上手くないぞ。てか大丈夫なのか?」
声の方に顔を向ければブルーが立っていた。
顔色はまだ少し悪いが、しっかりと2本の足で立っていた。
「……うん、なんとかね。けれど転生なんて創作の中だけかと思っていたわ」
「そこは同意する。しかしなんとまぁ……」
前世の記憶。
何十年もの積み重ねがあるそれは、今の自分に大した影響を与えるものではなかった。
どちらかと言えば、原因不明だったもどかしさが解消されてスッキリした。
「前世を思い出したというより、洗脳のせいで封じられていたってことか。ま、何の因果かこうして正気に戻った今、洗脳も解けたわけだが……解けたのは俺とブルーだけ、とは考えられんな」
「そうね。船室は今頃大騒ぎじゃない?」
根拠は無いが確信はあった。
船室の仲間達も今頃大騒ぎだろう。
「うーん。どうしよう、行きたくないんだが」
彼らの性格を知る身としては面倒臭い事になっているのが想像できる。
「諦めなさい。仲間を纏めるのはリーダーとしての役割よ。私はここで周囲の警戒をしているから安心して行ってらっしゃいな」
「おう、なんか良い感じな事を言って自分だけ難を逃れようたぁ良い度胸だ。それに免じて同行の権利をくれてやる」
そ知らぬ顔をして操舵席に向かおうとしたので襟首を掴んで引き摺る。
「巻き込まれるのは嫌ぁー! 私は対岸の火事を見て笑っていたいタイプなのぉー!」
「へへっ、俺達はこの世界で唯一の仲間なんだ。苦楽は共にしようぜ?」
船室は操舵席の直ぐ後ろの扉で繋がっている。
だが、扉一つ隔てた向こう側から異様な雰囲気が漂う。
とはいえ、放って置くわけにはいかない。
意を決して扉を開ける。
「お前達! だいじょう、ぶ、か……」
大して広くも無い船内の中、一人の少年が祀り上げられていた。
キャップの下から飛び出た一房の前髪と目に掛けたゴーグルが目立つ少年だ。
その周りに平伏す少年少女達。
そして彼らから一歩離れた場所で、冷めた目をしている数名の少年少女が居た。
「一体全体どういう状況なんだこれは」
「ああ、やっと来たかレッド」
その声の持ち主は緑の瞳を持つ少年だ。
彼は扉の傍で腕を組んで立っていた。
「グリーン、こうなった経緯を教えてくれ。俺には新興カルトの集会にしか見えないんだ」
気が付けばどこかから太鼓を持ってきてドコドコ始める始末。
そんなのこの船のどこにあったんだ。
「簡単だ。アイツの特異な能力によるものだ」
「ゴールドの? 何か超能力でも使えるのか?」
驚いた、今までそんな素振りはまったく無かったからだ。
「超能力といえば超能力だな」
「もったいぶらずに教えてくれ」
時間に余裕は有れど、有限なのには違いないのだから。
「簡単だ。アイツが卵から孵したポケモンは必ず個体値が6Vになる」
「ちょっと入信してくるわ」
「幾ら寄付すれば御利益が貰えるのかしら?」
「お前らまで壊れたら収集が付かなくなるから止めろ」
割と冗談抜きのガチトーンだったので仕方なく場を収めに掛る。
「ハイハイ。盛り上がるのは結構だが、緊急会議を始めるぞ廃人共」
手を叩いて注目を集める。
柄ではないが、いつの間にかそういう役目になっていた。
「とりあえず、状況の再確認といこうか」
○
「はぁ、ポケモン世界なのはともかく、アニメを主軸にゲームが混ざった世界かぁ」
仲間達からの情報を整理するとそういう事になる。
ロケット団の資料庫に見慣れた名前を何度も見かけたのは間違いじゃなかった。
そしてやっぱりと言うべきか、全員転生者であった。
頭が痛くなってきた。
「まぁまぁ、穴久保世界やポケダン世界よりはマシじゃない」
ブルーが慰めてくれるが、状況はどう考えても悪い。
「それはそうだが、現状で抱えてる問題が面倒過ぎる」
まずは自分達の存在だ。
自分達に親兄弟というものは居ない。
元から存在していないのだ。
「“恐るべきトレーナー計画”だったか? 優秀な配下を量産する為に全地方各地の優秀なトレーナーをクローニングする計画。まさかサートシ君を始め、各シリーズの主人公とライバルをクローニングするとはなぁ」
自身たるレッドとグリーンなんてその最たるものだ。
アニメ『ポケットモンスター』の主人公とライバルはゲームボーイ用ソフト、初代『ポケットモンスター赤・緑』の主人公とライバルがモチーフなのだから。
『レッド』と『グリーン』、そしてアニメ主人公たる『サトシ』とそのライバル『シゲル』。
それらはゲームでの主人公とライバルのデフォルトネームの一つなのだ。
「つまりは世界を救った
遠い目をするブルー。
確かに、オリジナルとの差異による葛藤、クローン故の悲劇は創作に使うには格好のネタだ。
「私……いや、一人称は“ボク”の方が良いかな? ボク達には悪事を働く気は無いけれど、向こうからすれば自分と同じ顔をした人間が居るってだけで気になるよね」
新たに声を上げたのはロングの金髪をポニーテールに纏めた少女だ。
「それにボク達って、ただのクローンじゃなくて『ポケットモンスター☆SPECIAL』の登場人物の姿と能力を持っているのも問題だよね。ボクの“癒す者”の特殊能力が実際に使える以上、ゴールドの“孵す者”も実際に効果があると思うし、この事が世間に知られたら大事になっちゃうよ」
「確かに性格は固定されるとはいえ、個体値最大の6Vを確定で孵せるっていうのは現実になった今だとヤバイなんてものじゃないな」
この世界では、ポケモン同士を戦わせる“ポケモンバトル”が一般的コミュニケーションレベルで生活に浸透している。
老若男女のほぼ全員がポケモンを持ち、遊びのレベルから金銭や地位が絡むレベルで“ポケモンバトル”が行われている。
そして“バトル”と言うからには誰もが勝利を求める。
なら勝利するために必要な要素は?
鍛え上げた技、積み重ねた経験、そしてポケモン自身の“性能”だ。
個体値最大の6Vというのはその種族が持つ全ての才覚と才能を十全に振るえるという事。
勝利を求める以上、戦う者は才に溢れている方が良い。
しかし、そんな理想の体現者はそうそう現れない。
前世ではそんな彼らを求める者が“廃人”と呼ばれる程に低い確率であったのだ。
「そしてなんだけど、この中で『ポケットモンスター☆SPECIAL』を読んだ人間は何人居る? 二次創作やまとめサイトは勘定に入れないで」
金の少女が問い掛ける。
が、手を上げるものは少女を含め誰も居なかった。
「……そうなんだよね。ボクだって『イエロー』はボクっ子で
金の少女、イエローは蒼の瞳を持つ少女に視線を向ける。
見ればサファイアと呼ばれた少女はその整った顔立ちを両手で覆っていた。
「博多弁……博多弁って何、何なの? 確かに生まれは九州だけど育ちは完全に標準語圏よ……。方言って……訛りって何なのよぉ」
悲嘆に暮れる少女の背を隣の黒髪の少年が優しく擦る。
「日本だったら『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』って漫画があったんだけどな……」
「待ってルビー、博多弁なら『波打際のむろみさん』も参考になるよ!」
ルビー少年に待ったを掛けたのはエメラルドのネックレスを首に下げた幼い少年だ。
「ふ、ふふふ。2人共、モヤシってね、コスパ最強で調味料があれば飽きないのよ……」
『あっ』
暗黒微笑を浮かべるサファイアに少年2人は察した。
「そこのイロモノ3人組、話が脱線してるぞー。つまり『ポケットモンスター☆SPECIAL』の人物はゲームシリーズの主人公やライバルをモチーフにしているわけで、俺達はクローンでありながら別人な訳だ。……言ってて混乱してきたな」
見渡せば何人か目を回してる者も居る。
「とはいえ、クローニングされた以上、別人ですって話は通らない。敵対を避けるならば、なるべく穏便に関係性を結ぶ方向に舵を切る必要があるわけだが……それにはこの立場っていうのは邪魔だよな?」
レッドは胸の“R”を指して言う。
「そこで、一つ提案があるんだが皆良いか?」
「構わないわ。元々洗脳でもされてなきゃ未練も何も無いわけだし。むしろ敵対するし」
「指針にするにしろ代案を考えるにしろ、原案が無ければ始まらんしな。さっさと話せ」
「うーん、何となく予想はついたかな?」
半ば思いつきの提案は修正と肉付けが施される。
会議は紛糾し、一つの作戦が立てられた。
○
「……ギリギリ間に合ったか」
作戦計画の立案だけでなく諸々の準備に時間が掛ってしまい、目標は既に作戦領域内だ。
「よし、皆準備は良いな?」
目の前に控えるは豪華客船サント・アンヌ号。
最も海面に近い後部デッキには黒ずくめの少年少女の集団が居た。
先程まで乗っていたクルーザーは後部デッキに沿うようにして泊められていた。
「さぁ、クローンとして偉大な先人に習うとしようか」
誰もが羨む世界を巡る白亜の船はたった今、賊の襲撃を受けていた。
「それじゃ、全員作戦通りに!」
リーダーであるレッドの宣言と共にそれぞれのメンバーが駆け出す。
破砕音と悲鳴が響く中、レッドは一人歩き出す。
「よし、俺達も行こうか」
腰から取り出すのは赤と白の半球を合わせたボール。
その境目を渡るように配置された白のボタンを押す。
するとボールが開かれ、白い光が飛び出す。
「行くぞ相棒。一緒にいままでの鬱憤を晴らそうぜ」
白い光は一つの生き物へと変化する。
それは抱えるほどの大きさの黄色の体。
四足歩行で突き出た耳と稲妻形の尻尾をもつ生物。
“ねずみ”の代名詞を持つポケモンだ。
それはレッドに対して意気込みを伝えるかのように嘶いた。
「これからは“逆襲”の時間だ」
この世界で最も信頼する相棒と共に混乱する船の中へと消えていった。