遅くなって申し訳ありません。
「この船はロケット団が占拠した! 乗客は一箇所に集まれ!」
なんという事だ。
船長からの了承を得て、各々の準備も終え、いざ出発という段階になってこの襲撃。
不運というには理不尽ではないか。
「一体何の目的でこの船を襲うんじゃ!」
聞かなくても分かる、ヤツ等の組織理念を考えればこの船を襲う理由は少ない。
「はっはぁ! 分かってんだろ? あんた達博士の身柄と研究資料に決まっている!」
やはり、それが目的か。
旅の半ばを過ぎても動きが無かったので油断していた。
逃げようにもコラッタがこちらを威嚇していて難しい。
「そんな事はさせない! エモンガ、【スパーク】!」
突如、背後からの電撃がコラッタを襲う。
不意の電撃には耐え切れなかったようで目を回してダウンする。
「なっ!? くそ、トレーナーか!」
「オーキド博士、大丈夫ですか!?」
「おお、アイリス君。助かったわい」
駆け寄ってきたのは小柄で褐色の肌を持つ少女。
しかし、その実体はシロナに続く女性チャンピオンでもある。
普段は無邪気で快活な少女も、非常時の今はチャンピオンとしての顔を見せる。
「こんな時にロケット団が襲ってくるなんて……」
正しく間が悪いといえるが、彼らにとってはそんなことは関係ない。
「くっ、こちらヘルガー3、5Aエリアにて捕獲対象を発見! トレーナーの護衛あり、応援を求む!」
実力差から分が悪いと判断したのか無線で応援を呼ばれてしまう。
「このままだと数で押されちゃう……船の中じゃなければ数なんてものともしないのに!」
チャンピオンとしての本来の彼女はドラゴンタイプのポケモンを愛用する。
しかし、ドラゴンタイプはそのほとんどが強大な力と恵まれた体格を持つ。
こと、船内という環境では巨体の身動きが取れないし、強力な技一つで船が沈みかねない。
「博士、こちらへ!」
「うむ、わかった」
手を引かれ、その場から逃げ出す。
「逃がすか! 行け、ズバット! 【かみつく】だ!」
敵はコラッタと入れ替えて新手のポケモンを繰り出す。
「【エレキボール】で迎撃!」
アイリスも然る者で、逃げながらも的確に指示を繰り出して対応する。
「いたぞ! こっちだ!」
しかし、敵の数は多い。
別の通路から新たな敵が現れてしまう。
「新手!? しかたない、お願いアーケオス! 【いわおとし】で道を塞いで!」
新たに投げたボールから翼竜のような姿を持つポケモン。
彼は主からの命令を遂行すべく、どこかから岩を持ち出し通路を塞いだ。
順路を完全に塞ぐ岩石はポケモンの力を持ってしても除去に時間が掛るだろう。
「一時的なものですけど、これで時間は稼げます」
「何とか急場は凌げたようじゃが、他の皆が気掛かりじゃの」
「あ、それなら大丈夫です。殆んどの方はロビーに集まっていたので四天王の人達で護衛しています。ただオーキド博士含む何名かが不在でしたので、あたし達チャンピオンが迎撃も兼ねて探していたんです」
「なるほど、それなら安心じゃな」
チャンピオンというのは各地方における最強のトレーナーの代名詞だ。
単独での行動には適任であろう。
「はい、では今から案内しますので着いて来てくださ――」
言葉を遮るように彼女のライブキャスターに通信が入る。
「ワタルさんから? はい、何かありましたか? ……っ」
それは信じ難いものであった。
「まさか、そんな……」
「どうしたのじゃ?」
彼女のただならぬ様子に嫌な予感を感じる。
「ダイゴさんとシロナさんとの連絡が途切れたそうです……シロナさんは分かりませんが、ダイゴさんは気絶させられてロケット団の手に落ちたと……」
「なんということじゃ……」
この船における最高戦力であるポケモンリーグチャンピオン達は総勢4人。
カントーとジョウト、二つの地方の挑戦者が集うセキエイ高原に存在するリーグ本部。
無数の挑戦者が集う二つの地方の頂点に立つドラゴン使いの男、ワタル。
人とポケモンの縁と自然が豊かで温暖なホウエン地方。
リーグ頂点に立つはメガシンカの使い手にして意志が固い人、ダイゴ。
ホウエンと同じく自然豊かであるが、反対に寒冷気候のシンオウ地方。
リーグの頂点に立つは考古学者の二足の草鞋を成立させる女、シロナ。
豊かな自然に囲まれた中に在りながら、近代的な大都会を築く自然と人とが共存するイッシュ地方。
先代チャンピオンが引退し、その後任として立つのは自身を護衛する少女。
竜の心を知る娘、アイリス。
“ポケモンリーグチャンピオン”の肩書きを持つ者ならまだ他にも存在する。
しかし、カロス地方のカルネは兼業する女優の仕事で多忙なため、半月程の滞在で帰ってしまった。
アローラ地方やガラル地方のチャンピオンは旅に出たり、神出鬼没であったりと都合と連絡が合わず断念したのだった。
「それに……」
「それに?」
「いえ、なんでもないです。きっと勘違いでしょうから」
彼女は喉まで出掛かった言葉を飲み込んでしまう。
勘違いというには彼女の態度が気にはなる。
が、今は問い詰める暇は無い。
「悔しいですが博士だけでもこの船を脱出しましょう」
「何を……!?」
「今、この船にはチャンピオンを無力化できる戦力が乗り込んでいます。狙いがあたしならともかく、博士を庇ながらでは守りきれる保障が無いんです」
自信もかつては名を馳せたトレーナーであったが、今では研究に勤しんでブランクも長い。
更には手持ちは全てボックスへ預けてしまっていた。
現状ではどうしようにも彼女の足を引っ張るだけだ。
「仕方ないかの……」
「では、行きましょう。行き先はデッキです! そこからならあたしのポケモンで脱出できます!」
彼女の先導で走り出す。
○
幾人ものロケット団員を躱しながらついたのはサイドデッキ。
奇しくもオーキド博士がアルセウスを見つけた場所だった。
見下ろせば小型船と水ポケモンの戦闘が見える。
どうやら水ポケモンはレンジャーがキャプチャしたポケモンのようだ。
ギャラドスやホエルコ、果てはヨワシの魚群が小型船を襲う。
小型船に乗るのはロケット団の追加人員だろう。
船の上から遠距離技を繰り出すが、海という戦場では水ポケモンに分が有る。
「アーケオス! 【いわおとし】!」
岩石が自分達へ続く通路を塞ぐ。
迂回路はあるが、時間を稼げる。
「ここからなら――キャッ!?」
モンスターボールを振りかぶろうとすると【ハイドロポンプ】が目の前に立ち昇る。
何事かと上を見上げればズバットの群れが散開していた。
その統制のとれた動きから、野生ではなくロケット団のポケモンだろう。
「このまま飛んだらバトルに巻き込まれちゃう。博士、もう少し先へ――」
突如、背後の岩石が弾けた。
粉塵が立ち込める通路から一匹のポケモンが飛び出してきた。
それは小さく、黄色が目立つ体色のポケモンは、
「ピカチュウ……」
見間違う筈がない。
かつて一緒に旅をした少年の相棒であったのだから。
懐かしさを覚えると共に警戒心を抱く。
近頃、ロケット団に腕の立つトレーナーが現れたという話が出回っていた。
主な被害はポケモンポリスやレンジャーだ。
逮捕まであと少しという所で妨害を受け、彼のせいで取り逃がした犯罪者は数え切れない。
ハンチング帽を目深に被り、必要最低限しか喋らず、逃走も鮮やかに行う。
おかげで手持ちがピカチュウである事と性別が男性であるぐらいしか情報が無い。
「最重要目標を発見。直ちに拘束する」
通路から現れたのは自身と同い年だろう少年だ。
窺えるその特徴は伝え聞いたものと一致していた。
彼が噂のトレーナーなのだろう。
そして現状で厄介な敵である。
「させない! アーケオス!」
彼は呼びかけに応えてピカチュウへと突撃する。
タイプの相性は不利ではあるが、やりようはある。
「構うな。【でんこうせっか】で博士の拘束」
「ッ! 【ファストガード】で防御!」
消えたと錯覚する程の超加速。
博士の一歩手前で防げたのは偶然に近い。
「そのまま【つばさでうつ】よ!」
「衝撃に逆らわずに戻って来い」
アーケオスがピカチュウを打ち払い、互いに距離を取って仕切り直る。
「そうか。その顔と手持ち……イッシュ地方のチャンピオンか」
帽子の下からは赤い瞳が覗いていた。
船の明かりはあるが、夜であり、また海に近いサイドデッキでは輪郭の殆んどが影に沈んでいた。
「ええ、そうよ。あたしが居る限り博士に手を出せるとは思わないことね!」
「確かに、チャンピオンが相手なら尻尾巻いて逃げたい……が、残念ながらこっちも仕事なんでな」
引く気は無いようだ。
「纏めて捕まえればいいだけだ」
「あたしも舐められたものね」
2人の覇気に呼応してポケモン達もその闘争本能を高める。
「……オーキド博士、あたしから離れないでください」
「うむ、わかった」
先程の攻防で理解できた。
あのピカチュウは強い。
過去の挑戦者と比べても遜色のない技量だ。
「貴方とはこんな状況じゃなく、ポケモンリーグで戦いたかったわ」
「そりゃどうも。けれど食っていくにはこうするしかないんでね」
お互いに軽口を叩くが、眼差しは真剣そのもの。
僅かな隙が命取りだと分かるからだ。
「【かげぶんしん】で撹乱しながら【こうそくいどう】で近づけ!」
2つ4つと倍々に姿が増える。
気が付けばサイドデッキを埋め尽くす数になる。
そして黄色い津波となって雪崩れ込んで来た。
「【がんせきふうじ】でルートを狭めて!」
幾つもの岩石が防波堤として津波を止める。
増えた分身は岩石の壁に衝突し掻き消える。
それでも岩石の隙間からは幾つもの影が飛び出してくる。
それは読み通りだ。
「そのルートはわざと開けたのよ。【いわなだれ】で一網打尽」
飛び出した最後の分身達も岩の濁流に飲まれて消えた。
残るは本体のみであるが、姿が見えない。
「【アイアンテール】で弾き飛ばせ」
「海へ【はたきおとす】!」
弾丸の如く飛び出した岩石をアーケオスは海に向かって弾いた。
岩石はそのままロケット団の小型船に直撃し、エンジンを損傷させた。
動きの鈍くなった小型船にレンジャー達の勢いが増す。
「利用されたか。だが、距離は詰めたぞ」
気が付けばピカチュウはアーケオスよりも高い天井付近に飛び上がっていた。
自身が飛ばした岩石の後ろに隠れていたのだ。
「【アイアンテール】で叩きつけろ」
「させない! 【アイアンテール】で迎撃!」
鋼鉄と化した尾が交差する。
体の芯に響くような音と衝撃が辺りに広がる。
「ぬおぅ!?」
「キャッ!」
「クッ!」
衝撃は空気を穿ち風を起こす。
瞬間的に吹き荒れる烈風に両者は身構える。
「なっ! 帽子が!?」
巻き起こる風に帽子が連れ去られる。
手を伸ばすが、指先に触れることなく黒い海へと消えていった。
「ああクソ! 備品の申請は面倒臭いのに!」
帽子が無くなり、その素顔が晒される。
各地方で噂になる犯罪組織の一員。
少女と博士はその顔に酷く見覚えがあった。
「な、なんじゃと!?」
驚愕に目を見開く2人。
何故なら少年のその顔は。
「……サ、トシ?」
共に旅した少年と瓜二つであったのだから。
「――【でんじは】!」
「ッ、しまっ――」
驚きに一手遅れてしまう。
それが致命的だった。
いくら優秀なポケモンであろうとトレーナーの指示の有無は大きい。
何人ものトレーナーを返り討ちにしたアーケオスは流れる電流に一瞬硬直する。
それは数秒の硬直。
ピカチュウという素早いポケモンにとっては十分だった。
アーケオスを無視し、トレーナーであるアイリスとオーキドに飛び掛る。
「【でんじは】で麻痺させろ」
目の前に迫るピカチュウが電撃を放つ。
人に対して威力を弱めてはいるようだが、行動不能にさせるのには十分な威力であった。
アーケオスはまだ戦えるものの、主人を人質に取られては抵抗はできなかった。
モンスターボールに戻し、ポケットに入れる。
「……目標、護衛共に無力化。これより連行します」
通信機を上司に繋げて報告する。
心底愉快そうな声色で次の指示が送られる。
「――わかりました。通信を終ります。さてと……」
一度、通信を止めると再度通信を繋ぐ。
相手は上司でもロケット団の同僚でもない。
信頼できる仲間へだ。
「そろそろ“逆襲”の時間だ。準備は良いか?」
返事はどれも頼もしいものばかりだった。
○
そこは天井のライトに照らされる広い空間。
他の場所と比べ、一際強固に設計されたそこは船内アリーナ。
ポケモンバトルを目的とした施設であった。
バトルのために広く作られたフィールドは今や人の山に埋まっていた。
ロケット団員に睨まれ、身動きすらままならない。
その中には既に捕らえた博士や助手連中が居る。
そこに新しく、目的の老人と邪魔な少女が加わった。
あれだけ忌々しかった連中があっさりと我が手中に落ちるとは。
フジの研究は役に立ったという事か。
思えばアヤツは甘い男だった。
非道になりきれなかったからこそ、あの悲劇を招いたのだ。
「バンパー博士。博士全員の捕縛とチャンピオンの無力化は済ませました」
「“ナンバ”である! ……存外優秀な働きをしてくれたな、レッドよ」
「ハッ、光栄であります」
クローンとはいえ、今まで散々邪魔してくれた姿が跪く光景は胸がすく思いだ。
「ナンバ博士……お主、何てことを仕出かしたのじゃ!?」
温厚な男であったが怒りに声を震わせる。
「あぁ、オーキド博士。いつぞやの学会以来ですな」
「質問に答えよ!」
久々の出会いに親交を深める気はオーキド含め全員無いようだ。
「ああ、コヤツについてだったか。何、お主らが気付いておる通りクローンじゃよ。フジが残したクローンの培養技術、それらを流用し、遂には人間すらも模倣する事に成功したのだよ」
元々、化石の遺伝子からポケモンを蘇生する技術もある種のクローニングだ。
「まぁ、人間をクローニングするには素材も時間も掛ってな。想定よりも人数は減ったがな」
「その口ぶり、まさかお主他にも!?」
オーキド博士の疑問に答えるかのように新たなクローンがアリーナへと入る。
その顔ぶれに博士連中の顔が驚愕の色に染まる。
この瞬間ばかりは何度見ても飽きないものだ。
「シ、シゲルまでも……」
「…鏡以外で自分の姿を見ることになるとは思わなかったぜ」
クローンの大半は博士連中と何かしら関係を持つ。
腕の立つトレーナーを選定しただけであり、意図したものではなかった。
むしろ、優秀なトレーナーが博士達に集まる方が疑問である。
IDくじで特賞を連日当てるなんてレベルではない。
豪運にも程がある。
「と、まぁこれがクローン計画の産物よ。それにクローンはコヤツらだけでない、他の面々は今もこの船の制圧に動いているぞ」
チャンピオンの無力化は予想の斜め上であったが。
「ナンバよ、お主のポケモンに対する思想は知っておった。しかし、ポケモンではなく人間を道具扱いするとは思えん」
「おぉ、ポケモン学会の権威にそこまで理解されておるとは光栄じゃな」
「はぐらかすでない!」
「動くな!」
大声を上げるオーキドにピカチュウが威嚇する。
それを手で制す。
「よい、構わん。……確かに、この計画はワシが主導したものではない。むしろワシが稀少なミュウの細胞移植を提案せねばコヤツ等はこうして生きてはなかっただろう。事実他のプロジェクトは失敗に終っておるしのう」
「はい、博士は我々の恩人です」
他の計画は悲惨の一言だった。
どれだけ金と技術を注ぎ込もうと、まず人の形すら保てないのだから。
まるで何者かの作為すら感じられるほどにだ。
……ポケモンがこの世界の根幹を担う、か。いつだかフジが呟いていた時は戯言だと切り捨てたが……気に入らんな。
自分にとってポケモンとは単なる道具であり、それ以上でも以下でもない。
人間の生活を豊かにするだけの存在だ。
万が一、フジの話が本当であればポケモンに人間が生かされているという事になる。
それを認める事は到底できない。
「さて、まだ仕事があるのでな。ここで失礼させてもらうとしよう」
博士達に背を向け扉へと向かう。
本部への報告や増援の要求もある。
現場仕事というのは中々大変ではあるが、事務仕事では見えないものも見えてくるのだから侮れない。
そう、たとえば――
「お主らの叛意はお見通しじゃよ」
「……ッ!」
硬質な物体を弾くような音が背後から響く。
それは想定の内にあったもの。
振り返れば、カポエラーにピカチュウが弾き飛ばされていた。
ムゲンダイナ:ひかえめ、HBCSの4V個体ゲットだぜ。
かと思っていたら実はCがUってどういうことなの……。
これは小説を放って厳選していた罰なのか。