人里で本を拾った。そこには現実とは思えないほど気味が悪いある宗教の本だった。読んでいるうちに私には感情が湧いていた。もし私が死んだと思ったら、サニーとスターはどう思うのか。

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私はあなたにとって大事なものですか?

私はよく本を読む。本は知の結晶であり、

私が見えない世界の内側を提示してくれる。

最近は人間について書かれた書物、人間が書いたものを好んで読んでいる。人間は非常に面白い。作る物語も、その存在も。

しかし私の情報収集には少しだけ障害がある。

私は情報媒体を買えるような存在ではないので基本的な情報源は人間のゴミ捨て場から拾ったもの、要らないと無残に捨てられた烏天狗の新聞、紅白巫女と白黒魔女の廃棄物といった感じで、基本的に情報を入手する手段が限られているのだ。だがそれでも良い本はふつうに手に入れることはできる。ちょっとした宝探しと思えば、数多の砂の中から砂金を発掘する作業も、全然苦にはならなかった。むしろ、この作業が楽しみですらあった。

 

*

「ぎゃあああああああああ」

 

「あっ、ルナがまた落ちたわー」

 

「あらあら」

 

足場が狭い崖沿いの道から足を滑らせて、

下、つまり母なる大地に一直線に落ちていく。

仲間たちに見送られながら、地球の引力に引かれさようなら。

また来世で会おう

…いや私は妖精。死は私に存在しない。

ただちょっと意識が体から抜けおちるだけだ。

 

*

死から無事帰還し家に戻ると、私を待っていたのは心配や憂慮の言葉ではなく、からかいの声だった。

 

「本当にルナってドジよね〜。これで何回目かしら」

 

「さぁ?何回目でしょうね」

 

「うるさいな〜。仕方ないでしょ。不可抗力なんだから。というかまずドジな私がなんでいつも洞窟探検の先頭なのよ!サニーが前行きなさいよ。自称隊長なんでしょ!」

 

「だって、ルナを後ろか、真ん中にしたら、私達がドジの被害を受けるじゃない。隊長としての合理的判断よ」

 

「ぐぅぅ」

 

ぐうの音も出なかった。たしかにそれは筋を通っているので、なんも言い返せなかった。

 

*

「ぎゃああああああああ」

 

「ごめんルナ。生きてるって信じてるから」

 

「ごめんねー」

 

「お前らぁ!!!」

 

今日は湖の近くの森を探索。ただその最中に

巨大ガエルに遭遇し、あいつらは私を盾にして逃走。

そして私は無残にも食べられ、また無駄に命を落とすのだった。

 

*

 

さすがにふざけるなと思い、家に帰って、奴らに怒りの抗議をした。

 

「あんたら、ふざけんじゃないわよ。

私のこと見捨てた挙げ句の果てに盾扱いして!!」

 

「ルナ。あれは私がルナを信頼してるから置いていったの。

決して見捨てたわけじゃないよ。背中を預けたのよ」

 

「私はどうなってもいいのか」

 

「いいじゃない〜死ぬわけじゃないし」

 

死とは無縁だから、そんな思考になるのは分からないでもなかった。

でもだからって物みたいに、都合よく使われて捨てられるのは、非常に納得がいかなかった。まるで、「お前は大事じゃない」って言われている気がするから。

 

「痛いもんは痛いんだからね!

もういい。外で本回収してくる」

 

そう言い捨て、いつもの習慣である本の採集の為、私は夜の人里に向かった。もちろん目的地はゴミ捨て場。

 

「ほんとあいつら、いつも勝手なんだから!」

 

今日はどんな本があるだろうか。

ちょっとしたイライラもあってか楽しい行動がより楽しくなっていた。

淡い期待に胸を踊らせ、いざ行ってみるとそこには大量の本が捨てられていた。月光を浴びて、その存在感はさらに引き立てられた。

見たときは喜びを爆発させたが、それはぬか喜びだった。

この本すべてが同じ本なのだから。

とりあえず一つだけ拝借して、家に戻った。

 

 

*

 

 

 

 

先程手に入れた本を自室でテーブルの上に広げて、まじまじと観察した。

表紙は若干埃りをかぶっていて、まったくもって手に取れてないことが分かる。

どんだけ売れなかったんだと思い、本を開き目次を開いてみるともうほとんど理由が見えた。

 

「妖精の死生観とその探求について」

 

冒頭 我が自然心理学会について

 

第一章 妖精の死に対する主観的意識

 

第二章 妖精を利用し、根源に至る方法

 

第三章 実用概論 妖精の捕獲 拷問など

 

この少ないラインナップだけで、この破壊力は伊達じゃない。誰が見ても嫌悪する内容をどストレートに投げてくる。

実際に読み進めると非常に危ない書物であった。まず冒頭から「我々が行うことは神に至るためのものであり、真理を探究する為だ。正当されてしかるべきなのだ」と臭い、危険な思想を曝け出していた。さらにそこから、あまりにも揃えすぎて、角のない豆腐のような有り得ない活動方針と行動理念を延々と羅列していて、正気を疑った。

しかもこれは序の口だった。

第二章は理論の提唱。そして第三章は、理論を実証するための方法を説明していた。特に酷かったのが第三章だった。妖精の捕まえ方から始まり、妖精の縛り方、解剖の仕方などを列挙し、最後にはそれら一連の動作を取り入れた物語が添えられていた。たぶんこんな感じにすると上手くいくよっていう例だと思う。

 

「‥おえぇ‥‥」

 

私はその物語を読んでいて途中で吐いてしまった。だって見た目は私と同じぐらいの、年端も行かない少女の妖精が鎖で繋がれ、臓物を撒き散らしながら、何回も殺されては生き返り、泣き叫ぶ所を、これでもかってぐらい緻密に描写しているのだ。吐かないほうが可笑しい。

そして本の最後には「この内容に感銘を受け、実際にやってみたいと思ったら貴方も是非自然心理学会に」と勧誘の言葉が付け加えられていた。

 

ーこんなのどっかの気持ち悪い人間が書いた妄想だ。狂気の産物だ。ー

 

私はこの本の内容を現実とは思っていなかった。あまりにも描写、説明が現実的、生々しいのでフィクションと思わなきゃとても読めた物じゃない。いやこれは絶対フィクションだ。そうじゃなきゃいけない。

こんな、想像の域を軽く超え、現実の域さえ超えた物、捨てられて当然だ。

もし仮にこの本を読み終わって感想を持っても、これは上手く出来すぎた虚構だと思うのが最低限だ。

ここに書かれた少女の叫びに魂を打つものを感じるのなら死んだほうがマシだろう。そいつはもう生き物じゃない。狂気の怪物だ。

でもこんな汚点を圧縮したような本でも、私には興味深いと感じる箇所があった。あってしまった。

それは唯一ましだった第一章の内容だった。

 

「妖精は自然現象の具現化、又は人間の

根源的欲求、習慣的行動が形になったもの

と定義することができる。

現に春を操る妖精、

人を狂わす妖精、恋を操る妖精と

ざまざまな要素が昇華し、

独立して存在している。

妖精の定義はだいたい二つに分類する事が出来る。

 

一つ目..何かの要素に自身の存在が依存していること。

 

二つ目..自身の構成要素が現象として恒久的に存在しうると仮定した場合、どの妖精も不死性を持ちうること。

 

今回着目するのは二つ目の不死性だ。

私達は基本的には死を恐れ、生を貪欲に探求する。それは客観的には命のー生と死ー両義性、本質そのものを否定することにほかならないが、現に私も死ぬのは怖い。誰だって死が怖いのだ。そのために私達の思考は常時、唯一性に支配されている。限りある生を良く生きようとするのは生には死という終わりがあるためだ。家族や恋人、友人を大事にしようと思うのは、それが替えの効かない存在だと本能的に理解しているからだ。どれも一度きりという属性を孕んでいる。

しかし、ここで妖精に焦点を切り替えてみる。妖精には死という概念が存在しない。なので妖精視点の生の捉え方は我々人間と

かなり異なるはずだ。

人間にとって生が死へのカウントダウンなら、妖精にとっての生とは周期的な行動を繰り返すことなのではないだろうか。

これはあくまで憶測の域をでない事だ。

実際に妖精にならなければ、完全理解は不可能だろう。

おそらくだが、この死生観の違いが両者の行動に顕著な差を生じさせるのではと私は考えている。先程あげた例だが、我々は他者を替えの効かない存在と本能的に認識している。

ここで疑問が湧く。周囲が半永久的に変化しない妖精にとって、同種、他者への認識はどのようなものだろうか。妖精は基本的に集団行動を取ることは無いが、稀に集団で行動している例が確認されている。これをもし捕獲し、実用的な実験結果が得られたならば、私達は神のみぞ知る自然の絶対領域に到達することが出来るだろう」

 

とまぁこんな文章だ。

要するに人間と妖精の死生観の違いについて書いている。

人間にとっては他者は替えの効かない存在だが、私達にとっては生が有限な存在を除き他者は変化しないものだ。現に私達は行動に死なんて考慮しない。友達の妖精が崖から落ちても死んでも、復活するからいいや、または何も思わない事だってある。

じゃあ、もし私が本当の意味で死んだと

知ったら、サニーやスターはどう思うだろうか。どういう反応をするだろうか。

本内で提起された疑問がそのまま頭に移ったみたいだった。真相を知りたくて知りたくて堪らなかった。これを解決しなければ、一生眠れぬ夜を過ごす気がした。

なので実際に確かめてみようと思った。もちろん解剖なんかしない。私は私なりの方法で確かめる。決してあんな奇行に走ることはしない。

 

 

*

 

 

早朝、私は作戦決行の為に準備を進める。

あれの点検をし、設置して次の作業に入る。

探検用のバッグに大量の本、一冊のノート

、鉛筆、大きな宝石、何日か分の服や下着類をどんどん入れ込んでいく。必要品が全て入った事を確認し、バックを担ごうとするが、全く持って担ぐことが出来ない。飛びながらなら行けるかと考え実行した所、見事に大成功。ただ、浮力が全てバッグに回されているので

ほとんど歩きと大差無かった。

第一の関門を突破し、置き手紙を置いていざ出発しようとしたら

 

「あら、ルナ。こんな朝早くからどこに行くの?」

 

私を呼び止める黒髪ロングの少女…スター…がいて、ハッとした。

スターも私と同様朝が早いって事をすっかり忘れていた。わざわざ置き手紙を書いた労力が水の泡となってしまった。まぁ言うほど労力は割いていないが。

 

「ちょっと妖怪の山の滝方面に散歩してくる」

 

「あら、引きこもりさんが珍しい。ドジって裸で帰ってこないでね」

 

「うっさいわね! ちゃんと服を着て帰ってきますよーだ。…サニーにも伝えといてね?」

 

「はーい」

 

 

気の抜けた返事を受け取り、今度こそドアを開け目的地へ出発した。

ちなみにここでいうドジってとは何かやらかして死ぬ事を意味している。

私は転ぶことが得意でそういう被害に遭うのでよくああやってネタにされるのだ。…直したい。本当に意識しても治らないというか、私が何かするたび、神様がサイコロを振って、ある目が出たら私を転ばせてるんじゃないかって思うほど、タチが悪い。

 

 

*

 

私はいま妖怪の山へと続く道…ではなくこの薄気味悪い魔法の森の中を歩いている。

なぜかといえばこれが私の計画だからだ。

私は計画を考案する上で二つの問題点に

衝突した。

一つ目…どうやってサニー達に私を死んだと

思わせるか?

 

二つ目…どうやって彼女らの行動を監視する

か?

 

最初は頭を抱えたが、私にはこういう犯罪的行動を得意とする匠が近くにいることを思い出し、即座に交渉に向かった。

私が今向かっているのはその人物の家だ。

ふと歩きながら、どうしてこんなに躍起になっているのだと今更だが考えていた。

知的好奇心が全てだと思ったが、それだけでは無いようだ。

あの本を読んで以来、私の胸に巣食うある気持ちも関係している。

 

ー彼女達は私を心配してくれるだろうかー

 

今までドジって危ない目にあっても彼女達は本気で私を心配する素振りを見せなかった。それは当然だと思ってあまり追求はしなかったが、今は裏を知りたくて堪らない。

この後の展開を想像すると、怖い、嬉しいが混ざった複雑な気持ちが胸にいっぱい溢れた。

 

 

*

 

 

「まーりーさーさん、私です。ルナです」

 

妄想にふけりながら、進んでいたら目的地に到達した。ボロボロで汚いけど、家という概念をギリギリ感じさせる二階建ての建物の扉を叩き、人物の名前を叫ぶ。そうすると中から「空いているよ」と声が

響いてきたので、たてついた重い扉を開けて、中に入った。入ると中は魔道書、実験用の器具、栽培されたキノコやらで埋め尽くされていて、外のイメージをそのまま写したみたいだった。その奥の開けたスペースにベッドと二人が使えるぐらいのテーブルとイスが置いてあって、そこに魔理沙さんが座っていた。こっちに来いと手招きをしていた。

うっかり転んで何かを破壊しないように慎重に進んだ。幸いにも最低限の足場はあったので、なんとか無事にテーブルに辿り着く事が出来た。

 

 

「やぁルナ。あれは持ってきてくれたか?」

 

「はい。勿論です…えーと…あっ、見つけた。はい、これです」

 

バックを床に置き、その中から目的の物を取りだし、彼女に渡した。

 

「おぉ!! まさか本当に持ってくるとは。

ありがとうな、ルナ。お前に為に準備した甲斐があったぜ」

 

金色の瞳がさらに光を増して輝いていた。

そんなに嬉しいのかとちょっと驚いた。

 

「もし仮に持ってこなかったらどうしてたんですか?」

 

そう聞くと彼女は笑顔で八卦炉を向けてきた。一瞬心臓が飛び出るかと思ったが、私はその雰囲気から、なんとなく冗談であると読み取った。この人は意外と人情深いのだ。

たぶん持ってこなくても、依頼をこなしてくれただろう。

 

「まぁとにかくありがとうな。依頼されてたもんは全部上に揃えてある。さぁどうぞ。私はこのエメラルドを早急に売って、金にしてくるぜ!」

 

魔理沙さんが上から垂れる糸を引っ張ると、天井から階段が降りてきた。お礼を言おうとしたら、もう彼女は白黒帽子を被り、金髪をなびかせながら、外に出て行ってしまった。

 

「お礼はあとで良いかな」

 

二階に続く急な階段を登ると、そこには下の部屋ほど広いわけではないが、ちゃんとベッドと机にイス、外の光を取り込むガラスの窓と不自由なく過ごせる空間が広がっていた。

 

 

 

*

 

夜になり、帰ってきた魔理沙さんがキノコのシチューを作ってくれたので二人でテーブルを囲んで頂いた。これがとても美味しいのでびっくりした。自分で考えたんですか?と聞くとちょっと照れて「霊夢に教えてもらった」と言うのではーんと納得した。

食事を終え、明日の計画の打ち合わせをした。

 

「どうだルナ。ちゃんと通信機は作動してるか?」

 

「はい、おかげさまで。バッチリ聞こえます」

 

それは本計画の要。魔理沙さんと河童が開発した八卦炉型盗聴器だ。これの使い方はシンプルで、盗聴したい場所に子端末を設置することで親端末であるこれに、拾った音声が流れてくる。しかも子端末は紙より薄い正方形で、色は黒。完璧な隠蔽が出来る上、設置方法も超強力吸盤で貼りたい所につけるだけ。

これを早朝にサニーの部屋、スターの部屋、リビングと私も部屋を除いた全ての場所に設置してきた。

起動してみると、しっかりとあっちの声、音が精彩に響いてきた。

ただあまりに音質が良いので、サニーのいびきで私の安眠が妨害されないかが心配である。

 

「なら良かった。しかし、お前も凄いことを考えるよな。死を偽装して、あいつらの反応を見たいなんて」

 

「この本に影響されまして」

 

私は魔理沙さんにあの本を渡した。彼女は本を受け取り、表紙を見ると、眉をひそめた。「ちょっと借りて良いか」と言われたので快く承諾した。

 

 

 

「じゃあ話を戻すけど、明日お前の帽子を博麗神社に持っていけば良いんだな?」

 

「はい。こちらがキャッチした情報だと明日博麗神社に行くみたいですから。

出会ったら、妖怪の山付近で拾ったと言って、渡してください」

 

私は月の妖精。月がある限り私は生き続ける。なのでこうでもしない限りサニー達に私は死んだと思わせることは出来ないし、彼女らの様子も確認することが出来ないのだ。

 

 

「分かった。任せとけ…しかしなんでお前、私がお金に困ってることを知ってたんだ?」

 

「まえに霊夢さんに喋ってたのを聞いちゃいました」

 

だから私は魔理沙さんを買収しようと考えた。多分何もしなくても動いてはくれるだろうが、物を積めば確実に仕事をこなしてくれると思ったから。

 

「まぁこうして魔法の研究資金が増えたから。お互いウィンウィンだな」

 

「はい。明日からよろしくお願いします」

 

「はいよ。こちらこそ」

 

無事会議は終了し、私は二階に戻りノートをバックから取り出し、明日からの観察のために色々書き込んでいた。その最中、サニーの声が煩かったが、音量を調節できることを知ったことで、私の集中力と安眠は何とか確保された。

 

 

*

 

妖精観察日記

 

対象 サニー・ミルク(光の妖精)

スター・サファイア(星の妖精)

 

目的 妖精が友達の死に直面した時

どういう反応をするのかを

観察すること

 

期間 5/2から満足のいく結果が得られるまで

 

実験責任者 ルナ・チャイルド(月の妖精)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一日目 五月二日

 

特に変化が見られることは無かった。

帽子を受け取っても、彼女達は

 

「全く、ルナはドジね」

 

「ねぇ、ドジね」

 

と能天気な会話をしていた。

私を気に留める言動を見られない。

今後の反応が楽しみだ。

 

 

ー今日のポイントー

 

初めてドラム缶風呂に入りました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二日目 五月三日

 

 

ちょっとだけサニーが

「ルナ、どこをほっつき

まわってるのかしら?」

 

と少しだけ心配をしてくれた。

 

スターは「大丈夫。帰ってくるわよ」

と心配の素振りは見られなかった。

 

ちょっとだけ嬉しかった。

今後も変化を観察する。

 

ー今日のポイントー

 

魔理沙さんが私にご飯を作ってくれる。

私は月の光で充分ですと言っても

作ってくれる。凄く美味しい。

ただ必ずどの料理にもキノコをいれるのはどうなのだろうか。いま春だからキノコのバーゲンセールなのは理解しているが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

三日目 五月四日

 

昨日とあまり大差は無かった。

サニーはたまに思い出したかのように

話題に出す。スターはそれに頷き、ただ帰ってくるわよというだけ。

なんかつまらない。もっと私を想って欲しい。

そんな甘い蜜にどっぷり浸かるような感覚が怖いと感じる。

 

今日のポイント

 

魔理沙さん、あの本、かなり危ない部類の本だと言っていた。ただ

どこが危ないのかを言ってくれなかった。倫理的に?

あとここ最近、あの本の内容をやられる夢を見る。怖くて怖くて、眠りに着くのが恐ろしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あれ〜」

 

朝起きたと思ったら、全然朝ではなく、窓から外を見てみるともう陽が落ちそうだった。どうやら反動が来たみたいだ。

ここ数日、コーヒーで夜を越すのが当たり前になっていて、まともな生活をしていなかったせいだろう。無理な活動は今後支障をきたすかもしれないので控えよう。夢は夢だ。我慢すれば良い。

 

「……?」

 

そういえば、盗聴器から全然サニー達の声が聞こえない。ど

うしたんだろうか。

耳を澄ましてみると、若干風で窓が揺れる音はしてるので壊れてるわけではなさそうだ。

「うん?」

 

バタンと扉が開かれる音がした。

誰だろうなと思って、下に降りると魔理沙さんが帰ってきていた。

何か準備を急いでやっていて、こちらには見向きもしなかった。

その張り詰めた後ろ姿にゆっくりと声をかける。

 

「…どうしたんですか?魔理沙さん」

 

 

「…悪いルナ。今日は家を留守にする。

今日は絶対に家を出るな」

 

魔理沙さんはこちらを見ず、返事をしてきた。その静かで鋭利な声から私は直感で理解する。何かただならぬことが起きたと。

でも一体何が。

 

「じゃあ、頼むからここを出ないでくれ」

 

準備が終わった魔理沙さんは一度も私に

振り返らず、警鐘だけをならし、私の視界から消えた。

 

「……ん?」

 

魔理沙さんを見送った後、玄関に落ちているぐちゃぐちゃの新聞紙が目に写った。こんなものさっきまで無かったはずだ。

つまり魔理沙さんが持ってきたんだ。

それ拾い、新聞紙を広げていく。

どうやら人里で配られた号外みたいだった。

完全に開き終わると、ある文字が飛び込んでくる。

 

「「宗教団体 自然心理学会 妖精を監禁か」」

 

え?自然心理学会?妖精?監禁?

見たことあるようなワードが頭に入ってくる。そのまま下に読み進める。

 

「「今日昼ごろ、ある住民が宗教団体、自然心理学会が二人の少女を誘拐していると通報をした。これを受けて、自警団が人里内にある本部に突入したところ、とんでもないことが発覚した。

内部にあった資料から、どうやら誘拐されたのは少女ではなく妖精であったことが発覚した。しかも中では非道な拷問が常習的に行われた形跡があった模様。

ただ、いまだに攫われた妖精や宗派の足取りはつかめていない。周りの住民の情報よるとお昼前に人の集団が何かを隠しながら魔法の…」」

 

「……う…そ…でしょ?」

 

新聞紙を視界から払いのける。

背筋が凍った。頭が痛い。嫌な妄想、

一番最悪なシナリオが頭に浮かんだ。

 

ー盗聴器から音が途絶え、私が虚構と吐き捨てた宗教団体は実在し、二人の妖精が攫われたー

 

 

あそこに書かれていた方法は嘘なんかじゃなくて本物? あんなにこと細やかに拷問の様子をかけたのは今までに実際に拷問が行われていたから?捕獲方法が書かれていたのは、実際に検証し、有効性が示されたから?私が寝てしまった間にあの二人が攫われた?

…嘘だ。嘘だ。嘘だ。

そんなの出来過ぎている。これはくだらない妄想だ。そう妄想だ。

事実無根な憶測だ。

 

ーいかないとー

 

足はガタガタ震え、冷や汗が止まらない。

心臓が破裂するぐらい脈打って、頭がハンマーで殴られたみたいにぐあんぐあんしている。

 

 

ーいかないと!ー

 

私はもう魔理沙さんの言っていたことなんて忘れて、無我夢中で飛び出した。

 

*

 

 

「サニー!! スター!!」

 

家の扉を開け、二人の名前を叫ぶが返事はない。足を踏み入れると中は物が大量に散らかっていた。明らかに誰かに荒らされて痕跡がある。いやもみ合ったと言う方が正しい。左手のテーブルの上は紙類が大量に四散していて、その付近には衣類や割れたコップ、食器などが散乱していた。

サニー達が抵抗したのだろうか。

 

 

「……っ…」

 

身体中から一気に力が抜けて、その場に倒れこんだ。

本来はいつも喧騒に包まれたこの場所がただ静かなのがとても寂しくて、心苦しい。

この世界に独りに取り残された、そんな喪失感がさらに私を孤独にする。

ただ私は確かめたかっただけなのに。

サニー達に心配して欲しかっただけなのに。

もう会えないなんてやだよ。

 

「…ぇ…」

 

この静寂に異音が混じった。

一歩ずつ足音がここに近づいてくる。

ゆっくり、着実に迫ってくる。奴らが来たんだ。私を捕まえに。

隠れなきゃと思っているのに足が動かない。

全身の骨を抜かれたような脱力感、足音はもう頭の中で響き渡ってるのに、身体が言うことを聞いてくれない。

全身鉛になってしまったのではないかと錯覚する。多分あの本の恐怖が私をそこに縛り付けているのだ。

…もう時間切れだ。足音が消えた。

…いま扉の前にいるのだから。

ドアノブが回された。

もうなすすべがなくて、私は咄嗟に身体を丸めた。私なりの最期の抵抗だった。

 

「…あれ?もしかしてルナ?」

 

「あっ、ルナ帰ってきてるー」

 

「…ふぇ…?」

 

扉から現れたのは宗教団体じゃなくて、

サニーとスターだった。

 

「あぁぁぁ!! ルナ、あんた、

今までどこにいたのよ!!」

「だから言ったじゃないサニー。ルナは必ず帰ってくるって」

 

「…どうして…ここにいるの二人とも…

さらわれたんじゃないの?」

 

喧騒と静謐。二人の声が、彼女たちはいまここにいるって教えてくれる。

 

「はぁ!? 私達はあんたを探しに行ってたのよ。もしかしてどこか脱出不可能な場所に転んで落ちたんじゃないかって」

 

「じゃあなんてこんなにここ散らかってるのよ!」

 

そう聞くと二人が一瞬だけ目を合わせて、急に吹き出した。私は可笑しなことを言ってるだろうか。

 

「そんな必死になることないじゃない。ただスターとちょっと喧嘩したのよ」

 

「…どうして喧嘩したの?」

 

「だって、ルナがずっと帰ってこなくて、

私が探しに行こうって言ったら、スターが

「「ダメよ。ルナが帰ってくるんだからまっててあげないと」」って言い張るもんだからさ、もう埒があかなくて、喧嘩で勝った方に従うってことにしたのよ。で、私が勝ったわけよ」

 

「サニーはほんと乱暴よね。未だに頭が痛いわ」

 

スターがたぶんサニーに攻撃されたであろう頭を抑えながら、文句を言っていた。サニーは「あんたは弱すぎよ。それじゃ北極星になるどころからフンコロガシよ!」と意味が分からない罵声を浴びせていた。

そしてスターも「サニーなんて、太陽になれるどころか、使い古された使えない電球よ」と同じ理論で対抗していた。いつも通りの光景を前に私は理解する。

これは私のただの勘違い

二人とも朝から私を探しに行ってくれたからいなかったんだ。

 

「二人とも…ごめんなさい…っ…」

 

 

安心して色々と思考が整ったら、泣いてしまった。二人がここにいること。私を想ってくれることが嬉しかった。

 

「あっ、スターがルナ泣かしたー!」

 

「サニーが泣かしたんじゃない!!」

 

二人が喧嘩しているがあまりにとんちんかんすぎて、面白かった。

 

「…っ…ばーかー…ねぇ、私がいなくなったのは寂しい?」

 

返ってくる答えは分かっている。確認する必要はないかもれしない。

でもやっぱり直接答えを聞きたかったのだ。

 

「もちろん」

 

「当たり前でしょ。私達は三人で一人なんだから。ほら、あんたの帽子」

 

渡された帽子を受け取って、被った。

強く被って、でも目の前が見えなすぎるので

また緩める。丁度よい位置に来たら、あとは二人にお礼を言うだけ

 

「二人とも…ありがと」

 

 

*

 

 

観察結果まとめ

 

妖精は人間とは違い、あまりに周りを大事に思わないというのは誤認なのではないかと思う。それはいつも変わらない、死なない、そこにいる、だったら失う恐怖を抱くかないかもれしない。でもそれは少し人間より心の奥に埋まっているだけ。私たち妖精は好きなものはとことん愛するし、それが無くなったら、辛いし、嫌だ。

結局人間と大差無いかなって思う。

だっていま私の心の中にはサニー達がいて、サニー達を思うと、胸が温かくなる自分がいるから。

私が必要とされてるのが分かるし、私もサニー達が必要だから。

もしサニー達が危険な目にあったら、私は助けにいくし、

サニー達も私が危険な状態になったら助けに来てくれるはずだ。

だって私達には誰かの大切さを理解できるから

 

 

*

 

 

次の日、魔理沙さん家に置いてきた荷物を取りに帰った。うちの盗聴器を全部回収して、魔理沙さんに返そうと思ったが、魔理沙さんはまだ帰っていなかった。仕方ないので今度でいいやと思い、二階で荷物をまとめていた時だ。ドアが開く音がした。

 

「あっ、魔理沙さん、帰ってきた」

 

 

だれか友人でもたくさんつれてきたみたいで足音がいくつも重なって響いていた。二階から顔を出し、魔理沙さんを出迎えようとした。

 

「魔理沙さん!!おかえり、な…さ、い?」

 

私の視界には魔理沙さんなんか映らなかった。

そこにいたのは妄想だった。私が吐き捨てた虚構だった。狂気の怪物だった。

 

 

「 なんで‥よ‥、‥‥え‥‥いやだ!いやだ!‥サニー! スタ

ー! 助けてよぉ! ねぇ! お願いだから。‥ねぇ‥っ‥助けてよ‥」



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