俺とモノズの物語   作:三丁目の木村さんの親戚の息子

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第一話

 俺はポケモンが苦手だ。

 

 

 

「おはようございます、今日はどちらまで?」

「エンジンシティまでおねがいします! おとなが…にまいで…こどもがいちまい!」

「かしこまりました。はい、どうぞ」

「ありがとーございます!」

 

 威勢の良い声が駅舎に響く。七歳かそこらの子供だろうか。後ろでにこにこと見守る親御さんに「ちゃんとかえたー!」と嬉しそうに駆け寄る姿に、自分の子供の頃を思い出して少し頬が緩んだ。

 

「エンジンシティというと…」

「ええ、ジムチャレンジを見に行くんです。今日は休みが取れたので、カブさんの試合を生で見たくて」

「あのねあのね! カブさんすっごいんだよ! ゴーってね! ボーってね! ほのおがすごくてね!」

 

 嬉しそうに目を輝かせる少年の姿に、彼の父親は嬉しそうにほほ笑んでいた。バトルスタジアムに観戦に行くというのは、このガラルでは一番の娯楽と言ってもいい。その分スタジアムのチケットを取るのは難しかったりするのだが……きっと彼はいい父親なのだろう。子供の笑顔のために仕事のスケジュールをなんとかやりくりして、こうして家族そろってジムへ向かうのだ。

 

「エンジンシティ行は九時十五分発です、良い一日になるといいですね」

「ありがとう、君も良い一日を」

 

 駅の改札へと向かう彼らの足取りは軽やかだ。本当に楽しそうで、見ていてこちらも嬉しくなってくるようだ。

 

 ……最も、彼らのことをうらやましいとは思わないが。

 

 

 俺は……ガレキは、ポケモンが苦手だ。嫌いなのではない。苦手なのだ。

 可愛いと思う事や、かっこいいと思うことはある。だが自分から触れ合いに行こうとは思わない。

 

 小さいころに庭先で遊んでいたら野生のポケモンが家の前を通りかかり、恐れを知らなかった当時の俺は警戒もせずに近づいて噛まれたのだ。

 少し歯形が付くくらいの大したことはない怪我だったが、幼い俺には中々の衝撃で、それ以来ポケモンに近づくのが怖くなってしまったのだ。

 

 その点幼馴染のホップやユウリは凄いと思う。ともにハロンタウンで生まれ育った仲だが、俺と違って彼らはポケモントレーナーとしての頭角をメキメキと現し、チャンピオンリーグに出場するに至り、ユウリに至ってはダンデさんを倒して新チャンピオンになってしまった。

 この前のダイマックス騒動も彼らがどうにかしたというし、その活躍には目をみはるばかりである。

 対する俺はと言えば、今日もこうしてブラッシータウンで駅員の仕事を黙々とこなし日銭を稼ぐ毎日だ。

 それが不満だとは言わないが、ともに幼少期を過ごした友人たちが活躍するのをテレビで眺めているだけというのも、焦燥感に似た不思議な感覚にとらわれてしまい、なんだか嫌な気持ちになる。

 もしも俺がポケモンが大好きで、彼らのようにトレーナーの道を選んでいたら、また少し違う今があったのだろうか。俺も、彼らの隣で……

 いや、よそう。こんなことを考えていたってどうしようもない。俺は俺の仕事をこなすだけだ。

 

 

 

 

「……で、なんでお前がここに居るのかな……?」

「あ、おかえりー。遅かったね」

「遅かったねじゃないが」

 

 ブラッシータウンの端にある俺の家に帰ると、件のチャンピオンがリビングでくつろいでいた。

 

「いやほら、そろそろ帰省しよっかなーって思ってたらガレキがここらに住んでたの思い出したからさ、寄ってみたのだよ。えへん」

「……随分暇そうなチャンピオンだな……。っていうか鍵はどうした」

「ガレキのお母さんが「息子はあんまり友達作らないから……不審死してたらいけないしホップ君とユウリちゃんに合い鍵渡しとくわね」って」

「友達少ないのは認めるが独居老人じゃないんだぞ俺は……」

 

 俺はやれやれとため息をついてソファに腰を下ろした。母さんも母さんだがユウリもユウリだ。一体俺のことを何だと思っているのか……。

 

「で、何の用だよ」

「用がないと来ちゃだめなの?」

「ダメじゃねえが一報入れろ。あとホップはどうした」

「ホップはダンデさんに会いにバトルタワー登ってるよ。ここを踏破して会いに行くんだってはりきってた」

「普通に会いに行きゃいいんじゃねえのかな……」

 

 まあ二人とも相変わらずの様で安心した。幼いころはよく三人で遊んだものだが、最近はどうも遠くに行ってしまったような気がしていたのだが……こうして話すとあの頃と何も変わってはいない。俺は少し微笑んで立ち上がった。

 

「紅茶でも淹れるよ、オボンティーでいいか?」

「ヒメリでおねがーい」

「図々しいなお前あれ高いんだぞ……まあいいや、ヒメリだな」

「あーそれと今日は用事があってきたんだけどさ」

「自由すぎねえかお前」

 

 思わずずっこけそうになってしまった。ポットの中にティーパックとドライヒメリのみを入れながらリビングの方に目をやる。

 

「用事がなかったら来ちゃいけないのかって聞いただけで用事がないとは言ってないんだよね~」

「ハァ……で、用事って?」

 

 文句を言うのも諦めた俺がカップとポットを持って戻ると、ユウリは横に置いていたバッグの中から大きな何かを取り出した。

 

「これあげようと思って」

「……おいユウリこれもしかして」

 

 その物体に見覚えがあった俺は嫌な汗をかきながら目の前のユウリに尋ねた。

 

「うん、ポケモンのタマゴ!」

「持って帰ってくれ」

「ええーなんでよー」

「なんでよじゃねえよお前俺がポケモンが苦手だって知ってるだろうが」

 

 そう言い返すとユウリは「知ってるけどどうかした?」と言わんばかりに首を傾げた。こいつは……。

 

「いや苦手なのは知ってるけどさ、ポケモン苦手だと生きにくくない? そろそろ慣れておかないとと思って……ほら、タマゴからなら愛着も湧きそうだし……どう?」

「本音は?」

「サザンドラの孵化厳選してたら思いのほか早い段階で6V完成してタマゴ余っちゃったから信頼できる奴に押しつk……託そうと思って」

「えっ……いやごめんちょっとわかんない」

「まあいいから受け取っときなさいって」

 

 そう言ってユウリは笑顔で俺にタマゴを押し付けてきた。バスケットボール大の大きさのそれはズシリと重く、俺はそれを取り落としてしまわないようにしっかりと抱え直した。

 

「……俺に、育てられるのかね」

「私は大丈夫だと思うけどね。ガレキはポケモンの事怖がってるけど、なんだかんだで優しいから」

「……そういうもんかね」

 

 俺は抱えたポケモンのタマゴを右手で軽くなでる。とくんとくんと確かな脈動を感じ、何とも言えない気持ちになってそのタマゴをぎゅっと抱きしめた。

 

「……わかったよ。こいつは俺が引き取る」

「やっぱりそう言ってくれると思ってたよ! あと色々ポケモンと暮らすのに必要な物持ってきたから置いていくね! 分かんないことがあったら私かホップに電話して! じゃあねー!」

「あっおいユウリ茶くらい飲んで……行っちまったよ」

 

 嵐のような女だ。こういうところは昔から変わっていない。俺はひとまず部屋を片付けることにした。

 このタマゴについては、また後で考えることにする。


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