俺とモノズの物語   作:三丁目の木村さんの親戚の息子

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第十二話

 朝が来た。爽やかな朝だ。

 俺はぐぐっと伸びをする。仕事続きだった俺の体はパキパキと乾いた音を鳴らし、肺の中に飛び込んできた朝の冷たい空気は急速に俺の意識を呼び覚ました。

 

 ボールガイとの一件から二か月、すっかり季節は冬になった。モノズの牙はすっかり生えそろい、片手で抱えられるほどだった体は、両手でやっとといったくらいまで成長した。初めのうちはアレコレ構わず何でも噛みつき往生したものだが、最近は分別もついてきたのかむやみに噛みつかなくなった。懸念していた俺への噛みつきも、少し歯形が付く程度の甘噛みで抑えてくれている。モノズは物分かりのいい賢い子だと思う。

 ガラルの冬はそこまで冷え込むことはないとはいえ、布団の中で一緒に寝ているモノズの体温は心地いい。何というか、ほっとする温かさだ。

 俺はスヤスヤと眠るモノズの横顔を見つめ、ここ数日の間考え続けていたことを頭の中で反芻する。はっきり言って、これをするには俺は遅すぎたと思う。きっと、遅くてもユウリやホップと共に行くべきだった。今の俺は職にも就いている大人だ。そんな大それたことをするのは歳を考えたほうがいいのではないかと思う自分もいる。だからこそ決められずにいるのだ。

 ピッと、テレビの電源を入れる。鳴り響く歓声。そこに映し出されていたのは去年のリーグ開会式の映像だ。そうそうたる面々が並びスタジアムが熱狂に包まれている。名前も知れないニュースキャスターが熱く語るのは、去年生まれた新チャンピオン。ユウリが、ダンデさんを下し、一本腕を高々と突き上げる映像が流れる。去年の俺が、夢見心地で眺めていた映像だ。これを見るたびに、胸の奥の方がざわざわとした。言葉に使用の無い感情。湧き上がる何かに名前を付けることもできず、去年の俺は画面越しの彼女を見つめていた。

 でも、今はわかる。モノズがいるから。わかる。ボールガイにボールをもらった翌日、家の前で戯れるワンパチに恐る恐るでも触れられたあの日から、俺の心の底で渦を巻いていたこの感情がわかる。これは、羨望だ。これは、嫉妬だ。俺は、大人になった今も、子供の頃のあの気持ちが忘れられないのだ。画面の向こうでポーズを決めるダンデさんを見て、思い描いた強い憧れ。いつかきっと自分もあの場所にと思った、あの日の心。ポケモンから離れ、いつしか消えてしまったと思っていたこの感情が、無敵のチャンピオンを倒したユウリの姿に燻り始め、モノズがそれに追い風をくれた。いまや煌々と燃え盛り、熱くこの身を突き動かす感情に、俺は嘘をつけなくなっていた。

 

「ぴぃ?」

 

 いつの間にか目を覚ましていたモノズが、俺の方を不思議そうな顔をして見上げている。目は見えていないが、匂いで大体の場所が分かるのか、モノズはよく俺の方を見つめてくる。俺はぐしぐしとモノズの頭を撫でた。撫でて、モノズに語り掛ける。

 

「なあ、聞こえるか、この歓声が。感じるか、この熱気を」

「がう……」

 

 じっと俺の言葉に聞き入るモノズに、俺は最後の勇気を振り絞って問うた。

 

「お前も、あそこに立ちたいか?」

「がぁ?」

 

 お前はどうだといわんばかりに、モノズは声をあげる。

 

「俺か、俺は……うん。立ちたい。あの場所に、一人の挑戦者として。だから」

 

 俺に付き合ってくれるか? そう答えるよりも早く、モノズは力強く吠えた。

 

「ああ……ああ……! 随分遅くなっちまったけど、お前とならいける気がするよ」

「がぅ!」

 

 俺はモノズをぐっと抱きしめた。もう迷いはない。あいつらより早く生まれたはずの俺は、怖がってビビっているうちにいつしかあいつらに追い越されてしまった。だけど、これからだ。これから俺は…いや、俺達は、追いついて、追い越す。

 

「待ってろ新チャンピオン……! 残念だが二連覇とはいかないぜ」

 

 

 

 

 

「……簡単に言ってくれるね」

 

 そして、ドアの向こう側でそれを聞いていたユウリ…チャンピオンは不敵に笑う。

 

「私たちから誘いに来たけど、いらなかったみたい」

「ガレキはやるって信じてたぞ! トラウマを乗り越えて前よりずっと力強い目をするようになったしな! すごいぞ!」

「ホップ声が大きい……ガレキにバレちゃうでしょ」

 

 ごっ、とホップにチョップをかまし、ユウリは歩き出した。ガレキにタマゴを渡した時、こうなることを望んでいなかったといえばうそになる。だが、こうなるとは思ってもいなかった。だからこそ胸が躍る。期待で胸が張り裂けそうだ。あの日、自分とホップにサルノリとメッソンを渡したダンデも、こんな気持ちだったのだろうか。

 

「新しくジムリーダーになったビートにマリィ、研究者になっても研鑽し続けたホップ、リベンジを狙う前チャンピオンのダンデ。それに新しくトレーナーになったガレキか……」

 

 ユウリは自分がほくそ笑んでいるのに気が付いた。右手で口元を誰にともなく隠しながら、満面の笑みをたたえる。

 

「ああ、楽しいなあ…! ビリビリビリビリ魂が震える感じがする…! 楽しみ楽しみでどうにかなりそうだよ! 早く来て皆! ここまで登ってきて!」

 

 冷たく澄み切った朝、熱い戦いの火種はその勢いを急速に強めていく―――。


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