俺とモノズの物語   作:三丁目の木村さんの親戚の息子

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第十三話

「よし、こんなもんかね」

「がぅ♪」

 

 ざっと荷物をすべてリュックサックに詰めて、俺は一息ついた。旅立ちの決意をした俺は、職場に長期休暇の申請を出した。職場の先輩は少し驚いたような顔をした後、笑って俺の門出を祝ってくれた。元々俺が赴任するまでは隣接したフレンドリィショップの先輩が駅員を兼任していたので、しばらく留守するくらいなら問題ないそうだ。

 急な申し出で、何か言われるかと思ったが、先輩は俺が他の子供たちのようにジムチャレンジせずに就職したことを気にかけていたらしく、わがことのように喜んでくれた。少しこそばゆいような気持だったが、俺は明日の開会式に向けて荷物をまとめているわけだ。昨日のうちにネットでの参加申請を済ませたので、今日の夕方の列車で開会式のあるエンジンシティに向かい、ホテルで一泊してから開会式に臨む予定だ。

 一応ユウリやホップ、ダンデさんに伝えはしたが、彼らは彼らで色々と忙しい身なので俺はモノズと二人きりでエンジンシティに向かう事に決めていた。

 

「ちょっと早いがそろそろ駅に向かうか」

「がぁ♪」

 

 モノズに声をかけ、俺達は玄関へと向かう。新しい旅立ちへの第一歩が―――

 

 

「来ちゃった♥」

「……母さん?」

 

 踏み出す前に母親に止められてしまった。

 

 

 

 

 

「いやーお母さんユウリちゃんたちからガーくんがジムチャレンジに参加するって聞いてハロンタウンから一番道路スッとんできちゃったわそれにしてもガーくんもイケズねえどうせならお母さんに言ってくれればよかったのに照れ屋さんなのかしらウフフいつまでたっても変わらないわねあでもポケモン大丈夫になったんでしょ頑張ったわねガーくんはやればできる子だからいつかきっと大丈夫になれるってお母さんずっと信じてたわほんとよ嘘じゃないわだってガーくんがポケモン克服してジムチャレンジに行くようになったら渡そうと思って毎年毎年色々買いそろえちゃってて今家のガレージがもので埋まっちゃってるのよでも今年買った分は無駄にならなかったわねお母さん嬉しいわあイッシュに行ってるお父さんにも電話したんだけどあの人ったら泣いて喜んでたわよあの人もまだまだ若いのねえあでもお母さんもちゃんと泣いたのよそれはそれはもう泣いてしまって大変だったのですからねでも泣いてるところをあなたに見せてもどうにもならないからしっかり家で泣いてきてあでもちょっと待ってなんだか涙腺緩くなってきたわやあねえ歳かしらでもこんな歳でも息子の成長を感じられてお母さんなんだかとっても嬉しいわ元気出てきちゃったありがとうねえガーくんガーくんはいくつになってもお母さんに力をくれるのねこれが親子の愛って奴かしらお父さんがもしこの場にいたらおいおい泣きながら抱きしめてるわきっとそうよあそういえばお父さんこの知らせを受けて大急ぎでイッシュの仕事終わらせてガラルに帰ってくるんですって息子の晴れ姿を目に焼き付けたいそうよあの人も親ばかねえまあそれは私もなんだけどウフフフフ似たもの夫婦ってよく言われるもの若いころから私たちは周りにそう言われてたのよねなんだか懐かしくなっちゃったわお父さんと出会ったのは私が武者修行をしてた時なんだけど今の子はそんなことしなくてもジムチャレンジっていうのがあっていいわねうん良いと思うわ私素敵よこれは子供はもっと広い世界を見るべきなんだからこうやって世界に羽ばたかせないとねあでもあなたが遅いとは思ってないわ皆それぞれ自分のペースがあるものあなたは今がその時なのよお父さんとお母さんの子なんですものあなたはきっと良いトレーナーになるわ確信してるわだってお父さんとお母さんの子ですものね」

 

 母さんはそこまで言うと俺の淹れた紅茶を一口飲んで、「美味しいわねえ」と一息ついた。

 

「ああそうそうトレーナーと言えば昔お父さんが」

「まだ話すの!?」

 

 思わず上ずった声をあげて身を乗り出してしまった。俺の母さん…キルトは、元トレーナーで今は服のデザイナーをしているハロンタウンの住人だ。昔から何かと口数は多いタイプだったが久しぶりに会うとそのあまりの饒舌さにあっけに取られてしまう。この間会ったボールガイもボールの話になると中々舌が回る方だったがここまでではない。母の強さを再確認しながらモノズの方に目をやると初めて聞くタイプの会話文にモノズもぽかんとしているようだった。モノズは目が見えず耳と鼻の情報の重要さが際立つ分より一層の衝撃を受けていそうである。

 

「あらやだごめんなさいねガーくん。久しぶりに話すからつい舞い上がっちゃって」

「……いや、いいよ母さん。相変わらずで安心した」

 

 俺はとりあえずソファに座り直して目の前の母さんをじっと見つめた。昔は見上げるばかりだった母の姿も、いつしか俺の背丈よりも小さくなってしまっていて、心の中に何ともいえない感慨がわいてくる。

 

「伝えてなくてごめん。でもあれだ、えっと……俺、久しぶりに心の底からやりたいことができたんだ。だから、それをやろうって思って……でもいきなり母さんに伝えて心配させてもいけないし、それで……」

 

 しどろもどろになりながらも、何とか言葉を探す。自分の口から直接この決意を伝えられなかったことの言い訳をするように、どうにかそれを言葉にしようとするが、うまく言えない。俺は観念して、パンと両手で頬を張った。

 

「…ごめんよ。母さん。なんだか照れ臭くって言い出せなかった」

「……いいのよ、そんなこと気にしないで。お母さんはね、あなたがやりたいって思ったことに一生懸命なところを見せてくれるだけで満足なんですからね」

「母さん…」

「それにね」

 

 母さんはすっと手を差し伸べ、モノズを抱き上げた。

 

「こんなに可愛らしいあなたのお友達にも会えたんですもの。それだけでもうお母さんおなか一杯よ。ね? モノズちゃん」

「がぁ♪」

「モノズが……噛みついてない……」

 

 俺は思わず目を見開いた。モノズは俺以外が触ろうとすると、慣れない匂いに怯えていつも噛みついていたのに。目の前のモノズは何年も一緒に過ごしてきたような穏やかな顔で母さんに喉元を撫でられていた。

 

「いい子ね~。温かい子だわ、なんだか触ってるだけで嬉しくなっちゃう。きっと優しい子なんでしょうね…」

「がぁ、ぎゃあぁ♪」

「ウフフ。本当にいい子ねぇ」

 

 ……というより、俺と一緒にいる時よりも幸せそうですらある。

 

「凄いな母さん。俺以外にはあんまり懐かないのに」

「お母さんは昔からポケモンに懐かれやすいのよ~。あなたはきっと私に似たのね」

 

 そう言って優しく微笑む母さんの膝の上で、モノズはうつらうつらと船をこぎ始めた。安心しきってしまっているのだろう、母さんの胸元に体を預けて、いつしかすうすうと寝息を立て始めた。

 

「ガーくん」

 

 母さんは、モノズの頭をなでながら言った。

 

「あなたは、きっと不安なのね。貴方の後ろを追いかけて来ていた二人が、今はあなたのずっと前を行っていて、後からそれを追いかける自分が、二人のいるところに辿り着けるのかどうかわからないんでしょう? だから、もしそれが叶わなかったとき、きっとどうしようもなく恥ずかしいと思ってしまったから、お母さんやお父さんに伝えられなかったのね」

「……」

「でもね。あなたはきっと辿り着けるわ」

「……どうしてそう思う?」

 

 母さんはその問いに、少し困ったようにほほ笑んだ。

 

「あなたは強い子だもの。一度こうと決めたら、最後までやり遂げられる子だって知ってるもの。あなたは歩みを止めない子、だからどれだけ他の人より歩くのが遅くたって、いつかきっと辿り着くわ」

「母さん……」

「だからあなたもよろしくね。ガーくんを頼んだわ」

「…がぅ?」

 

 寝ぼけるモノズに優しく語りかける。モノズは眠そうに顔を母さんの服にこすりつけるが、母さんはただ微笑んでそれを見つめていた。

 

「っと、忘れるところだったわ。お母さんガーくんにプレゼント持ってきたのよ」

「プレゼント?」

「というか…旅の必需品ね! はいこれ、キャンプセット!」

 

 ガレキは キャンプセットを うけとった!

 

「あー……これは?」

「キャンプセットよ、決まってるじゃない」

「え? 決まって……え?」

 

 正直言っている意味がよく分からず聞き返してしまう。何故キャンプの道具が必要なのか。俺は普通にホテルで寝泊まりするつもりだったのだが……。

 

「ジムチャレンジする人はほとんどみんなキャンプを使うのよ! 街から街へむかう道すがら! 夜を旅の仲間と共に過ごすことで絆を深めるの! 若いっていいわね~」

「え、えぇ……。タクシー使って移動すればいいんじゃあ……」

「それだとポケモンが強くならないわ! トレーナーたちは皆道路の野良ポケモンやトレーナーたちと切磋琢磨して強くなるものなの!」

「そ、そうなの…?」

 

 母さんにしては珍しい熱のこもった弁に思わず気圧されてしまった。元トレーナーの母さんが言うのだから間違っては無いのだろうが…何故キャンプ……。

 

「あっそうだ、これも渡しておくわね!」

 

 ガレキは 傷ぐすりと状態異常回復セットを うけとった!

 

「それとこれも!」

 

 ガレキは モンスターボール×10を うけとった!

 

「これも外せないわよね!」

 

 ガレキは スマホに図鑑を インストールさせられた!

 

「あとはお小遣いと…」

「いやお小遣いはいいよ母さん…」

 

 このまま受け取り続けていると永遠に続けられそうな気がしたので思わず制止する。というか一応定職についている身としては親からの小遣いは少しばかりやるせない気持ちになってしまうので受け取るわけにはいかない……。

 

「そう? なら仕方ないわね……そうだ、これだけでも受け取って!」

 

 ガレキは カレーセットを うけとった!

 

「…………は?」

 

 今日一番間の抜けた声をあげる俺。何故カレー? 何故? 何故なんだ?

 

「ジムチャレンジと言えばキャンプ、キャンプと言えばカレー! これはもうガラルの新常識なのよ。ジムチャレンジをする人たちは皆カレーを作れるわ」

「えっ、いやなんで? どういう理屈で……?」

「カレーはカレーよ! ポケモンたちもみんなカレーが大好きなんだから!」

「えっいやそれ初耳なんだけど」

 

 突如として明かされた謎の新常識に思考が追い付かないが、母さんの曇りなき眼を見るにどうやらマジで言っているらしい。

 

「ダンデくんもソニアちゃんもホップくんもユウリちゃんもジムチャレンジしてた頃はみーんなキャンプでカレーを作ってみんなで食べてたのよ!」

「ここはインドだった……?」

 

 あまりのカレー侵食に思わず文献にのみその姿を残す伝説のインド象の住まう幻の地を連想するが考え直してもやはりここはガラルだ。ガラルは俺の知らない間に香辛料に支配されてしまっていたらしい。ガラムマサラの雨でも降ったのだろうか。

 

「いつの間にこんなことに……」

「ちなみにユウリちゃんはジムチャレンジ時代三食カレーで食いしんボブのお店に行った時もステーキを頼まずカレーを注文したらしいわ」

「新手の拷問?」

 

 思わずそう聞き返すが母さんは「? 普通のことだと思うけど…」と首を傾げた。畜生。どうなっているんだ。どうなってしまったんだガラルは。

 

「ま、まあ受け取っておくよ…」

 

 ひきつった笑顔でカレーセットを受け取り鞄にしまう。カレー……俺のあずかり知らないところでこんな恐ろしい事が起きているとは思わなかった。俺はこの旅の中でカレーの真実に迫ったり迫らなかったりするかもしれない。

 

「良し、じゃあもう忘れ物はないわね? 着替えと財布は持った? 折り畳みの自転車もちゃんと鞄に積んでるわね? キャンプセットも抱えてるし…準備はバッチリね!」

「うん…キャンプのテントとカレーの鍋が思いのほか俺の腰を攻めに来るけど何とか持てたよ母さん」

 

 なんだか旅立つ前からだいぶ足腰が限界に近いが最近の若い子たちはこんな重装備でガラルを旅しているのか。末恐ろしい話だ。そのうち若者が皆ワンリキーみたいになってしまうかもしれない。ワンリキーみたいな体形の子供たちが笑顔でカレーを貪り食う絵面を想像して背筋にうすら寒いものが走るが今は考えないようにしよう。とにかく明日の開会式に向けてエンジンシティに向かわなければならないのだ。

 

「じゃあ…行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい」

 

 何年ぶりかのそのやり取りで、俺は少しだけ懐かしい気持ちに包まれながら、新しい日々への第一歩を踏み出した。

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