レッドブラック・ライズ・バベル   作:ぬめりけ

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ニンジャ・ランズ・ダイダロス #1

 草木も眠るウシミツアワー。

 しかしオラリオは眠らない。

 文明の灯りが立ち並ぶ高楼を照らし、文化の雑踏が街角を盛り場に変える。

 工業区の工場は一秒の休みも無く稼働し続け、時間外労働に励む出稼ぎの超過労働者たちの命を絞る。

 繁華街は夜にこそ華々しく繁盛し、酒場の看板娘がダンジョンで得た魔石を換金したばかりの冒険者たちに慣れ親しんだ様子で声をかけ、店に引っ張り込み「一杯」「もう一杯」と酒を彼らに注ぎ込む。

 歓楽街は夜に目覚める。酒を呑み飯を食い、食欲を満たし、出来上がった男たちが、性欲を発散するために美しい女を求め足を踏み入れ彷徨う。

 ここは世界の最前線、迷宮都市オラリオ。

 ありとあらゆる欲望に応え、快楽を満たす。

「ハアーッ!ハアーッ!」

 しかし、なんの欲望にも応えられず、快楽も満たせ無さそうな、小汚い寂れた裏通りを走る男が一人。

「ハアーッ!ハアーッ!」

 その男は息も絶え絶えに、しかし止まったら死んでしまうとでも言わんばかりにマグロめいて走り続ける。

 ノン!

 止まったら死んでしまうのは事実なのだ!

 少なくとも男はそう確信していた。

 走らなければ。逃げなければ。

 人目の無い区画を走り、一目に着かない路地を縦横に駆ける。

 闇雲に走りまわっているのではない。

 「あそこ」まで行けたら助かる、男はそう考えていた。

 そうしてついに、男は目的の地に到達した。

 何段もの段差と縦横に繋がる道、薄汚いボロ屋が幾層にも連なってできた貧民の城。

 ダイダロス通りと呼ばれる、オラリオでも屈指の寄るべき価値の無いスラムだ。

「ハアーッ!ハアーッ!……こ、ここまで来れば」

 走り続けた男が遂に立ち止まり、手に膝をついて荒い息を整えようとした。

 その時、奈落の底から響いてきたが如くの、熱を放つ程の憤怒を帯びた、それでいて冥界から降り注いだが如くに怜悧な殺意を帯びた声が聞こえた。

「随分と必死にここまで走ってきたが、ここに貴様の墓でも用意してあるのか、ジュラ?」

「AIEEEEEEEEE!?」

 ジュラと呼ばれた男が振り向いた先には赤と黒の装束を身に纏い、「忍」「殺」とショドーされたメンポを装着した女が一人、高楼めいて積み重なったボロ屋の上に立っていた。その髪が月光に照らされ、金色に輝く。

 そのバストは整っていた。

「ニンジャ、ニンジャナンデ!?」

 言って、ジュラはしめやかに失禁した。

 だがしかし、ニンジャとは一体なんだ?

 言ってから彼は疑問に思った。恐怖に思考を奪われ咄嗟に出た言葉だが、彼はニンジャなどという言葉は知らない。

 ここで読者諸氏に説明するならば、この世界に忍者と呼ばれる者は存在する。極東の地で侍や陰陽師といった類より稀で知名度も無いが、独特の価値観と技術を備えた戦士、或いは殺し屋めいた存在だ。

 しかし、今ジュラの目の前に立っているのは忍者などではない……根源的、本能的な恐怖を呼び起こす半神的暴虐存在、ニンジャなのだ!

 とはいえ、ジュラもオラリオでは名の知れた外道悪党の類の男であった。ひとしきり失禁したのち、冷静さを取り戻し、赤黒の女を観察し、気付いた。

「そのエルフ特有の尖った耳、金髪と碧眼、そしてその声……【疾風】のリュー・リオンか!?」

 ジュラに看破された女はジュラの目を見て言った。

「リュー・リオンは死んだ」

「え」

「そして、貴様も死ぬ」

「ナンデ!?」

「私が殺すからだ」

「アイエエエ……」

 ジュラは再び失禁した。真正面から赤黒の圧倒的な殺意を浴びた彼の膀胱は、忍耐という言葉を忘れてしまったのだ。

「クックックッ」

 その時、忍び殺そうとし、それでも漏れてしまったような笑い声が聞こえた。

 ジュラと、リューと呼ばれた女が、視線を声のした方に向ける。

 そこには一人の女がベンチに腰かけていた。

 その女は薄紅色の髪と金色の瞳をしており、露出の多い黒いウェアを着ていた。

 そのバストは柔らかそうだった。

「ヴァ、ヴァレッタ!助けてくれ!」

 ジュラが女に向かって叫んだ。

 しかしヴァレッタはジュラの叫びなどどこ吹く風で、リューに語りかける。

「どうした、【疾風】?殺せよ。見ててやるからよ」

「ヴァ、ヴァレッタ!?」

 ジュラが困惑しきった声をあげたが、最早、リューとヴァレッタにはジュラなど眼中に入っていなかった。

 二人の視線がぶつかり、その中間地点は不思議な力場めいて空間が歪んでいるように感じられた。

「私は見ていたぞ、ジュラを追い駆けまわすお前を。気付いていたか?あの時のお前の顔はまさにモータルをいたぶるイモータルのそれだった」

「……」

「殺そうと思えばいつでも殺せる標的を自由に走らせ、安堵したところで姿を現し心を折る。いやはや、おそろしいニンジャだよ。あの正義屋のお嬢ちゃんがこうなるとはね」

「よもや、それが貴様のハイクではあるまい」

「……なんだと?」

 その声に怒気を纏わせ、ヴァレッタはベンチからゆっくり立ち上がった。

「私がジュラ=サンを追いかけ回していたのは、貴様の元へ案内させるためだ。胡乱なニンジャめ」

 言いながら赤黒装束を纏ったエルフはジュー・ジツの構えをとる。

「ニンジャネームを名乗れ、ヴァレッタ=サン。名乗らぬならこのまま縊り殺す。まさに、ニンジャが無力なモータルを殺すようにな」

 赤黒の殺意が膨れ上がり、空間を満たす。

「アバッ、アババッ…」

 獰猛な殺気にあてられ、ジュラは泡を吹いて失禁した。NRS*1だ。

「大きく出たじゃねえか、おい」ヴァレッタは上着を脱ぎながら言う。「ニンジャになれば戦闘能力は三倍に跳ね上がる。レベル4のお前ならレベル12相当。レベル5の私ならレベル15相当。つまりお前の3倍だ!わかるか?この算数が。エエッ!?」

「それが貴様のハイクで良いのだな?」

 赤黒のエルフはそう言い放ったカンマ一秒後、クナイ・ダートをヴァレッタのいる地点に投擲!アンブッシュだ!

 しかしその場所には既にヴァレッタはいない!

 そして、そこから右にタタミ3枚分の距離、ボロ屋の上に薄紅色のニンジャ装束とメンポを装着した女ニンジャが立っていた。その女忍者は薄紅色の髪と金色の瞳をしていた。

 ブッダ!ヴァレッタもニンジャだったのだ。

 ヴァレッタは踵を揃え、掌を合わせ、オジギをした。

「ドーモ、カーズウィルです」

「ドーモ、カーズウィル=サン。ニンジャスレイヤーです」

 薄紅と赤黒が殺意を迸らせ、タタミ6枚の距離で対峙する。

 今、壮絶なるニンジャの死闘の幕が上がる!

 

*1
ニンジャ・リアリティ・ショック


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