孤独に怯える少年が、真夜中の世界を独りぼっちで歩く。
天使が、救ってくれる夢物語を描きながら。

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夜、孤独、天使と悪魔

 

 

 車の音がいつもより大きく聞こえる。

 

 手に滲む汗、早鐘のように打たれる鼓動を抑えながら、いつも見ている世界とは全く違うような、いつもと同じ街を歩く感覚。生きとし生けるものが眠り、人工的な白い灯りが点々と続くだけの、静謐な死と呼吸が隣り合わせとなる世界。

 

 僕は、初めて夜の中を歩いていた。

 

 冷たい風が肌を刺し、無機質な光が常闇に影を生む。映された僕の影は少し寂しそうで、不安げに背筋が丸くなっていた。

 

 そうだ、僕は今不安で仕方が無かった。初めて夜の街を歩いているから……ではない。唯、夜という暗闇の世界に、独りぼっちでいるのがとても怖かった。暗闇よりも遥かに恐れるべきもの……それが孤独だと思う。夜、家に、独りぼっち。そんなこと今まで何度もあった。何度もあったけど、今日は何故かそれが「孤独」だと感じてしまった。家の中が、突然奈落の底のように思えた。外へ出なければ、死ぬ迄誰とも会えない気がした。

 

 外へ出たって、行く宛等ある筈もなかった。唯、自分の吐く息の音と、自分の靴が地面と触れ合う音だけが聞こえるばかり。時たま、どこか遠くで車が走る音が聞こえる。けれどライトは近付いてこないし、喧しいEDMも聞こえてこない。

 

 誰かに、会いたいのだろうか。

 

 そうだ、きっと誰かに会いたいのだ。それが知り合いであるかどうかは、きっと大した問題じゃない。そうか、それなら人がいる場所へ行けばいい。行く宛が、出来た。

 ……夜の世界は、何処に人が集まるのだろうか。羽虫に限らず、生物は光ある場所に安息を求めて集合し、孤独の傷を癒すらしい。然れど無機質な街灯一つ一つに人間が集まっている筈も無く。ならば、温かい光を探さねばなるまい。

 

 気が付けば、街灯のような小さな光ではない、大きな輝きを放つ場所を僕は見つけていた。昼間、夕方、真夜中、暁。例え今の世界がどんな色をしていようと、変わらず光を放ち人の拠り所となる場所。僕も昼間夕方に何度もお世話になっている場所──コンビニエンスストア。

 窓から射し込む真っ白な光が、いやに眩しかった。普段あんなに違和感のない光が、如何に大きかったのだろうか。街灯に集まる羽虫の気分が少し、解ったような気がした。明るい。唯それだけで、その場に留まる理由がある。誰かがいる。唯それだけで、拠り所にする理由がある。

 駐車場には大きなバイクが幾つも並んでいた。羨望と辟易を半分ずつに横目で流しながら、軽快な入店音と共に開かれる自動ドアに誘われる。レジに並んでいるパーカーの集団が、きっとあのバイクの持ち主達だろう。──嗚呼、彼等はなんて楽しそう。暗闇の中、静謐で恐怖さえ感じる「無音」を共に笑い飛ばせる仲間がいるなんて。

 彼等の後ろに並ぶ。欲しいものなど、何も無いのに。自分の順番が回ってきたので、特に食べたくもない焼き鳥を頼んだ。温める必要も無い。小銭を払い、小さなレジ袋に入れられた冷たい焼き鳥を手に入れた。

 

 コンビニの前で、レジ袋と焼き鳥の包み紙を捨て、冷めきった焼き鳥を頬張る。冷たい割には味は悪くなかった。悪くない。それだけで良かった。美味いものが食べたいわけじゃない。孤独を癒してくれるならなんでもいい。だが、当然ながら既に死した鶏の肉では、自らを蝕む孤独は癒えない。人であれ、何であれ、死を通り過ぎた冷たい身体では、孤独をかき消すことは出来ない。

 ──冷たい身体は、それだけで怖い。

 

 

 

「──あの」

 

 

 

 気付けば、声を出してしまっていた。

 バイクに跨り、肉まんを頬張りながら大声で笑う彼等に。

 昼間なら、或いは孤独で無かったなら。きっと、彼等に声をかけるなんて、絶対にしていなかっただろう。今も、声をかけるつもりでは無かったのだ。

 然れど、気付けば声を出してしまっていた。静かな世界に、小さな波を生み出してしまった。どれ程小さい波であれ、それに気が付かない程彼等は鈍感では無い。一斉に振り向いた彼等の耳や唇には、大小のピアスが嵌められていた。

 

「何や、兄ちゃん」

「……えっと、何を、しているんですか」

 

 声をかけてしまったのに、何を話したらいいのか、何故声をかけたのかを僕は知らなかった。何をしているのか、それが聞きたかったのだろうか? きっと違う。きっと違うのに、何故聞いてしまったのだろうか。

 

「何やねん、自分こそこんな遅くに何してんねん」

「僕は……えっと」

 

 僕は、何をしている? 

 何故、夜の街を歩いているのか? その答えは一つしか無かった。

 

「──僕は、こんなに静かで暗いのに、独りぼっちで、孤独だから。逃げるために、孤独じゃなくなる為に、歩いている……いた……です」

 

「……何や、兄ちゃん。お前あれか。寂しいんか」

「俺らとしばらく喋るか?」

「なんかあったんか、振られたんか?」

「アホ! お前いきなり何聞いとんねん」

 

 彼等は、少しだけ笑いながら、そしてとても真剣に、優しそうに僕を迎え入れようとしてくれた。

 

「えっと、貴方達は……怖くないんですか? 夜って、こんなにも暗くて、静かで、孤独なのに」

 

「……兄ちゃん、変なこと聞くなぁ。怖いに決まってるやん」

「怖いな。めっちゃ怖い」

「正味家で一人とかが嫌やから俺らこうやって夜つるんでる訳やし」

「せやなー。だから「何してるんですかー」って聞かれたら「いやなんもしてへんのですわ」が正解よな」

「こいつらとつるんでる時間ポケモンGOとかやってんで、俺」

 

「兄ちゃん、夜初めてか?」

「……はい」

「怖いか?」

「はい」

「名前なんて言うんや、一緒に朝来るまでつるむか?」

 

 羽虫は光に集まる。彼等に差し伸べられた手は、暖かくも明るい光だ。

 

 ──然れど、きっと僕の抱えている孤独と、彼等の抱えている恐怖は少しだけ、違う。きっと、彼等といてもこの孤独が消えることはない。

 

「──もう少し、一人で歩きます」

「そか。ええんか、独りぼっちで夜は怖いで」

 

「はい。きっと貴方達といても、僕の孤独は消えないから」

 

「……そか。気いつけや」

「気が変わったらいつでもおいでや。俺ら基本この辺でつるんでるし」

「レアなポケモンおったら教えてな〜」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 孤独は消えない。人といても、僕は独りぼっちなのだ。

 

 

 

 気が付けば、オレンジ色の光が包むトンネルに辿り着いていた。トンネルの上は線路。然れどもう電車は朝まで動かない。反響する自らの足音、伸びる影。壁に描かれた、悪童の象徴とも言える落書き。アーティスティックなそれを眺めながら、猫背の影はコツコツと音を鳴らして伸びていく。

 

 かつん、と足音以外の音がした。同時に靴越しに感じる、何かを蹴ってしまった感覚。足元には白いインクのスプレーが転がっていた。思わず手に取ってしまう。インクはまだ、たっぷりあるらしかった。

 ぼんやりとアーティスティック達を眺め、そしてまじまじと手に持ったスプレーを見つめる。

 

 ──この場に僕がいた証を。そうすれば、いつだって此処には僕がいる。居場所が。居場所さえあれば、孤独だって──

 

 空いている場所にスプレーを吹き付ける。新たなアーティスティックを一つ作るだけだ。僕のゲルニカを。転がった女性の死体、暗闇に絶望する彼等、孤独から逃げようとする人々、それ等を救済するパレード、先頭で歌う指揮者……向かう先は暗闇、孤独と知っているのか、或いは知らないのか。

 まだインクは少しだけ残っていた。ならばとその絶望のゲルニカに、小さな光を書き足してやろう。その小さな光は、きっと今の僕が一番求めなくてはならないものだと思う。

 

 悲劇のパレード、絶望に怯える人々を、笑顔で眺める天使。きっと無邪気な天使は、無意識のうちに絶望する人々を救ってくれる……気まぐれに。

 

 空になったスプレー缶を放り投げる。ほんの少しだけ、ワルになった気がした。空虚で、意味は無い。然れど、ほんの少しの高揚感。カランカラン、という乾いた音がトンネル中に反響した。その音が僕を孤独へと引きずり戻す。静かな静かな夜には、その反響が無限に続く。やがてその反響音に合わせて、ゲルニカのパレードが行進を始めるのだろう。パレードが見える前にこの場を離れなければ。逃げなくては、孤独から逃げられなくなる。

 

 ──今も孤独だというのに、これ以上何処へ逃げるというのだ? 

 

 その言葉は、自らが自らに課した問いなのか、或いはゲルニカのパレードの先頭を歩く指揮者が僕に課した問いなのか。はたまた死体の声か。僕には判断がつかなかった。だから、無視を決め込むしかないのだ。

 孤独を進行させる無音。それでも、声をあげてはいけないのだ。特に今は。

 

 早足でトンネルから逃げ、何も無いのに何かから逃げる為に歩調を早める。早足から駆け足へ、いつしかマラソンのような速度へ。そして暗闇と生気を失った風を切るかのように走り出し、息が絶え絶えになるまで逃げ続けた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 心臓を宥めるように深呼吸を無理やり繰り返し、渇いた喉を収めるべく自動販売機を探す。コンビニのように大きな光では無く、街灯のように高くも無い。それでも、案外自動販売機は簡単に見つかった。炭酸飲料、ナタデココ入りのジュース、温かいコーヒー、安い飲料水。小銭を数枚入れ、迷うことなくスポーツドリンクを選ぶ。

 ガコン、という音と共に、突如自動販売機が小気味良いピピピピ……という何か始まったような音を鳴らした。どうやら当たり付きの自動販売機だったらしい。

 7。

 7。

 7……1。

 

 そうそう簡単に当たるものでも無いらしく、リーチまでかかったもののもう一本を手に入れることは出来なかった。期待は一切していなかった筈なのに、いざ外れてみたら少し落胆してしまうのは何故だろうか。

 そんな苛立ちを喉の奥へ流し込むかのようにスポーツドリンクをがぶ飲みした。冷たい質感が渇いた喉を通る。刺すような風も冷たいというのに、それよりも更に冷たい液体。それが、とても心地良かった。

 

 ゲルニカから逃げて、随分遠くまで走ってきたらしい。ふと辺りを見回すと、其処は見覚えのない公園だった。真夜中だから人気はない。よく見ると、遠くで音楽を流しながらダンスを踊る女性のグループがいた。きっと、ヒップホップの練習だろう。朧気に聴こえる音楽が、やけにノリのいい曲だった。

 

 ボレロ、という曲がある。誰もが一度は聴いたことのあるクラシック音楽。その長さは十五分。この曲はバレエの曲らしく、男性が一人、センターに立って十五分間、あの音楽に合わせて踊り続けるらしい。

 ダンサーにとって、十五分という時間は非常に長い。その間、ただの一度も休むこと無く、美しく舞い続けなければならない。それも、独りぼっちで。そしてボレロは後半になるにつれ、激しさは増していき……それでも尚、ダンサーは踊り続ける。

 

 僕には、きっと出来ない。否、絶対に。孤独なまま、あまりにも長い間、苦しいダンスを美しく踊り続ける……その先に何があるというのか? 

 僕はそのダンスを踊る最中に、足をもつれさせて転んでしまった。そしてその時に気が付くのだ。大丈夫? と手を差し伸べてくれる者など、この舞台の上にはいないのだと。孤独だったのだと。

 

 そう、差し伸べてくれる者がいたとするなら、或いはそれは──

 

 

 

 あの落書きを無邪気に見つめていた、天使だろう。

 

 

 

 

「少年、そんなところで何をしているの?」

 

 

 

 気が付けば、声を掛けられていた。

 

 振り向いた先にいたのは、真っ白な女性……否、髪は黒いし、目も透き通るように黒い。しかし、それ以上に服が、肌が、取り巻く雰囲気が白い女性だった。まるで、彼女自身が白い光を放っているような。それ程までに、「白」が似合う女性がそこに立っていた。

 

 目を、奪われた。

 或いは、心を奪われた。

 

 暗闇に染まった夜の世界に、その白はあまりにも美しかった。

 

 ──そう、手を差し伸べてくれる天使なのではないかと、錯覚してしまう程に。

 

「何をしているの?」

 

 女性が微笑む。僕は、その美しさ、白の存在感に圧倒されてしまっていて。頓珍漢なことしか言えなかった。

 

「……天使を、探していました」

 

「そう。良かったね、天使を見つけることが出来て」

 

「…………はい?」

 

 僕は、女性の言葉の意味が理解出来なかった。否、僕でなくとも誰も理解出来なかっただろう。何故なら、彼女の言葉を額面通りに信じるならば、「彼女は天使である」と認めてしまうようなものなのだ。

 天使は信仰無くして存在出来ない。何故なら、天使とは恐らく人間が信仰の果てに創り出した偶像であり、絵画であり、或る意味では「存在してはいけない」ものであるからである。その信仰が或いは世界を作り得るならば、天使という存在が認められる……かもしれない。だが、今この世に天使を心底信仰する愚かで素敵な敬虔な信者など、どれ程いるだろうか? 

 

「信じられない、という顔をしているが。私は天使だよ、正真正銘の」

 

 その言葉が脳に届いた時、頭ごなしに否定したかった。しかし、何故か僕は、彼女が天使であるという事実に、頷いてしまった。それは、僕に手を差し伸べて欲しかったのか、或いは思考の放棄か。はたまた、その「白」がそうさせたのか。

 

「……本当に、天使なんですか」

「本当に、天使だよ」

 

 次の言葉を探すのに、どれ程時間が必要だろうか。時間は待ってくれない。然れど、夜は長かった。暗闇は明けることなく、白に染まった彼女も消えることは無い。

 

 

「僕を、孤独から救ってください」

 

 

 彼女は……僕曰く天使。

 

 

 

 

 夜は明けない。宵闇に包まれた世界の下、公園の小さなベンチに二人で腰掛け、僕は天使に「告解」を始めた。

 

 

「人は、孤独になった途端こんなに弱くなるのだと知りませんでした」

 

 

 ──孤独がこんなに怖いものだとは知りませんでした。生きることがこんなに難しいとも知りませんでした。生きる意味を見出すことが、こんなにも辛いとは知りませんでした。暗闇が、こんなにも不安になるとは知りませんでした。

 自分の中に命があるということを、実感出来ませんでした。

 

 

「母親が、死んだんです」

 

 

 蝋燭が消えるように、簡単に。

 自殺でした。僕が殺した

 

 

「……君のお母さんは、どうして?」

 

 

 ──知りません。遺書もありませんでしたから。ただ、自殺しました。死にました。最初に発見したのが、僕でした。次に父親。そして警察官……。

 人が命を絶つのには、きっと理由なんて要らないんだな、と思わされました。何故、母親が死んだのかが解らないのだから。金に困っていた様子も無い。家族関係が悪かった訳でも無い。友達もいた、仕事も楽しんでいた……と思う、では何故死んだのか? きっと理由なんて要らないんです。ただ、自殺したんです。生まれた時、その理由なんて知らないから、その生まれて「生きる」というプロセスを続けている最中に、死ぬ理由なんて必要無いんです。

 

 

「同時に、生きている理由もきっと要らない」

 

 

 耐えられなかった。僕にはそれが耐えられなかった。死ぬことは怖い、然れど意味も無く生きる、理由無く生きるその「生」に、果たして意味はあるのでしょうか。理由無き生を実感したその時、全てが空虚に見えるのです。それが、本当に、本当に怖い。世界がそこにあるようで、どこにも無い。この夜よりも真っ暗な中に一人だけぽつんと立っているんです。それが孤独なんです。それを先に知ったから、母を殺した

 

 

「……それが、さっき君の描いた落書き?」

 

「……はい」

 

 

 何故、落書きのことを知っているのか。どうだって良かった。何故なら彼女は天使だから。そしてこれは「告解」だから。

 

 

「私に、救って欲しいの?」

「はい」

「どうやって?」

「……解りません」

「そうだろうね」

 

 

「……一つ、天使のお話を聴いてくれるかな?」

 

 

 ──私は天使なんだ。生憎それを証明出来そうな頭の輪も、背中の翼も無いけれど。其れでも、私は天使なんだ。君がもし疑わないのであれば、どうか信じて欲しい。

 

 私は……否、天使は存在というものを赦されていない。君達の言う「神の使い」、其れこそ頭の輪や背中の翼……それ等がずっと語り継がれている以上、存在の可能性は残されつつも、存在は赦されていないんだよ。どうしてだか、解るかい? 

 人間が、自らを超えるものを赦さないから。

 

 神の使いだからね。当然ながら人間より優れているんだよ。だけども、私達天使は人間の信仰なくしてこの世界に存在出来ない。人間は自らを頂点たらしめる為、信仰そのものを風化させてしまった。

 

「つまり、私に輪も翼も無いのは、信仰が足りていないから……かな」

 

 それでも、今こうして存在出来ていることはとても素晴らしいことなんだよ。さっきも言ったけど、信仰は風化しているからね。存在すら基本的には赦されない。

 じゃあ、どうして私はこの世界に存在することが出来たのか。……もう解っているよね。そうだよ、君が私を、天使を心の底から信仰していたんだろうね。きっと僕を救ってくれる、助けてくれるんだ……ってね。

 

 天使なんて言うから、私達は天国にいるのかと思われがちだけど、別にそういう訳じゃない。私達はこの世界に概念として残り、存在すら許されずただ「無」として縛られ続けているんだ。簡単に言えば「生まれられないままずっと生と死の狭間を彷徨う」ようなもの……難しいね。まあ、そういうものなんだ。それはきっと生きるよりも、死ぬよりもずっと辛いこと。

 

 

「そこから私を救ってくれた君は、私にとって天使のような存在に思えた」

 

 

 だってそうだろう? 存在することを赦されていない世界で、君は私に「生きてていいんだ」って言ってくれたようなものさ。輪が無くたって、翼が無くたって。君にしか私が見えなくたって、それでも生きてていいんだっていうことは、とても素晴らしくて、素敵な事だと思えた。

 

 

「生きていていいんだっていうことは、それだけで生きる意味になり得ないかな?」

 

 

 きっと、君は誰かに「生きてていいんだよ」って言ってもらいたいんだ。生きているだけで生きる意味はあるんだって言われたいんだよ。例え、君がどんなに孤独でも、どんなに真っ暗でも、生きてていいんだっていう、何か免罪符のようなものが欲しいんだよ。何故なら君はもう罪を犯している

 

 

「天使の私が言おう。君は、生きてていいんだよ」

 

 

 ──生きていて、いいんだ。

 

 

 孤独に手を差し伸べる天使。ゲルニカから逃げる僕。或いは世界から逃げる僕。罪を赦す天使。交わり、溶けて、静謐な黒の中に沈む。それでも白は消えない。僕が進む道を、明るく照らしてくれる。

 

 いつしか夜は明け、暁の世界が新たに幕を開けようとしていた。

 

「僕は、生きていていいですか?」

 

「勿論」

 

 良かった。

 

 いつか、この孤独を思い出す時が来るかもしれない。

 でも、その時は、きっとまた天使が助けてくれる。翼をもがれて尚、人より優れ美しい天使が。

 

 赤い光が点々と輝く。静謐な夜を破るような、音が生まれ始める。

 

 僕はまた生きる意味を見つけ、今度こそ失わないように抱き締めなくてはならない。

 一歩踏み出した僕の靴の裏には、踏み潰された羽虫の死骸がこびり付いていた。

 

 

 

 

 

 

 ──ああ、生きていて、いいんだ。





嘘吐き共への告解

囲まれた文字のすぐ後ろ、頭を取れば真実の告解



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