原作を十分に読み、ストーリーは逸脱してもキャラの性格は逸脱しないよう心掛けて書いたつもりですが、自身の文章力・読解力の無さゆえ原作とのキャラ的、心理的な乖離などがあると思われます。この作品におけるリリルカの心情と思いは、間違いなく原作のものとは大きく異なるでしょうが、それでもよろしければぜひ、最後まで見ていただけると幸いです。
(二〇一九年一一月二八日、太宰治「駆け込み訴え」より)
(二〇二一年一二月一〇日 展開修正)
申し上げます。申し上げます。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な人です、悪い人です。ああ、もう、我慢ならない。
はい。はい。落ち着いて申し上げます。どうか、今すぐにでも出陣し、あの人を殺してください。自分は、あんな怪物どもが生きようが死のうがどうでもいい。ただ、あの人の傍に居たい。あの人の願いを叶えたい。ただそれだけの理由しかありませんでした。あの人があの怪物どもと手を取りあいたいというから、惰性であの人に力を貸していただけなのです。しかし、もはやあの人を生かしておいてはいけません。人類の敵です。はい。何もかもすっかりお話し申し上げます。
あの人は、私を絶望の淵から救ってくださった、私にとって英雄とも言うべき人物です。言い伝えられているどんな物語の英雄よりも力はなく、万の魔物の群れを殲滅するような華々しい魔法は放てず、物語の英雄と比べて決して何か優れたものを持たぬとはいえ、その時持てるすべてを出し切り、強大な敵へと立ち向かう勇気を持っているお方です。
いえ、もしかしたら、あの人はとっくに気づいているのかもしれません。いや、きっと心のどこかでは薄々気が付いていらっしゃるのでしょう。ちゃんと気が付いているから、猶更あの人は私に意地悪くするのです。あの人は偽善者だ。剣姫のような高嶺の花にならともかく、私のような下賤の者にさえ初心に振舞うくせに、一旦鉄火場に入っては、自分の仲間を、あくどい同業者を、はては多少知恵を持った怪物どもに至るまで、全てを自分で守ろうとして、英雄になろうと必死に藻掻くのです。
しかし、自分は知っています。あの人は、あの九階層で大剣を持った猛牛と対面してから、剣姫に再び助けられ、生死を賭した冒険を決心するその時まで、ただただ過去のトラウマに心から怯えていました。また、中層で遭難した時には、自分の下した選択が私達の命の生き死にを握っているという重責を背負いきれずにいました。他にも、上げきれないくらいの苦心惨憺を抱えなさり、ただ一人、ほんの少しでも均衡が崩れれば今にも押し潰されそうな重圧に必死に耐えなさっているのです。なんと馬鹿馬鹿しいことだ。ふざけている。
私は今、あの人を害しようとしておりますが、こう見えても、私は決して恩知らずなのではありません。それどころか、私はよっぽど義理堅いのだと考えております。私はあの人を、美しい人だと思っています。神々から見れば、あの方は幼子のように慾がなく、その魂はきっとガラスのように透き通っているのでしょう。私はもともと、冒険者様のおこぼれを頂く賤しい物乞いではありますが、それでも人の情というものを理解していると思っております。あの人は純粋なお方ですから、あの人が私に苦労をかけるのも、私は苦にも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも労いの言葉の一つや二つくらいくれてくれても良さそうなのに、あの人はいつでも私に意地悪く仕向けるのです。一度、昔の話です、
そうおっしゃってくれて、私はなぜだか声を出して泣きたくなり、滅相もありません、今まで誰からも愛されてこなかったこの身を愛してくれたあなたに身も心も捧げたいと、心の中でただ叫びました。私はソーマ様、ましてやヘスティア様に解ってくれなくとも、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さっていたら、それでもういいのです。私はあの人を愛しています。他の者達がどんなにあなたを愛していたって、それとは比べものにならないくらいに愛しています。誰よりも愛しています。あの人がいなくなったら、私もすぐに後を追いたいと思うほど愛しているのです。私には、こっそり考えていることがあるのです。それはあなたが、オラリオを出て、仲間たちや悪辣な神様などと縁を切り、また、物語で語られるような英雄を目指すこともお止めになり、二人で慎ましく、私と静かな一生を、永く暮らして行くことであります。以前のお話の中であの方が、オラリオの真北のベオル山地に小さな集落があると仰っておりました。そこはこのオラリオとは異なり、悪意に満ちた人間はおらず、とてものどかな暮らしをしているのだと聞いたのです。ですので、そこで、村の皆様と交流し、時に畑を耕し、時に祭りを楽しみ、時にモンスターの襲撃を退け、余生をそこで過ごしませんか。私がずっと奉公させて頂きます。一生、安楽にお暮らし出来ます。そう私が言ったら、あの人は、苦笑いを浮かべ、「僕はヘスティア・ファミリアの団長なんだ。だから、僕を拾ってくれたヘスティア様や皆を捨てることなんて出来ないよ。それに、僕には目指したい
私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰の物でもない。他人に渡すくらいなら、その前に、私があの人を殺してあげる。今まで、金も居場所も、何もかもを奪われてきて、さらにあの人まで奪われるなんてもう耐えられない。私はあの人が英雄だなんて信じない。なんであの人が、英雄なものか。あの『ゼウス・ファミリア』の超級英雄でさえ、黒竜に一矢報いることも出来ずに全滅しているのです。どうしてそれより弱いあの人がそれ以上を為すことができるでしょう。あの道楽の旅行神なんかは、あの人を『最後の英雄』だと信じていて、ダンジョンの制覇だとか、黒竜の討伐だとか、ただあり得もしないことを夢想しては、愚かにも欣喜雀躍している。ましてあの馬鹿な仲間たちは、あの人を英雄と信じて、そのお零れに預かろうとしている。今にがっかりするのが、目に見えています。事実は小説より奇なりとは言いますが、世の中、そんなに上手くいってたまるものですか。あの人は嘘つきだ。あの人の話すことは、一から十まで非現実的だ。私はてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じています。あんなにお優しく、水のように純粋な人はこの世に無い。私はあの美しさを純粋に愛している。ただ、それだけです。私は、何の報酬も考えていない。私はただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の奉仕をし、あの人の姿を眺めていられればそれでいいのだ。そうして、出来ればあの人に英雄を目指すことなどをよしてもらい、私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。ああぁ、そうなったのなら!私はどんなに仕合せだろう。あの人はどうして、私のこの無報酬の、純粋な愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。こうなってしまっては、もはやこれしか道は無い。
ああ、あの人を殺してください。私は、嫌われております。私はあの人と、その仲間達の戦い方の癖、弱点、それを補う戦術考案とその指揮の総てを引き受け、迷宮だけでなく街中でも仕掛けてくる悪意有る冒険者様の難癖など、日々の危険から目を光らせ、口を酸っぱくして救ってあげているのに、どうして、あんなに意地悪くなさるのでしょう。お聞き下さい。数日前のことでした。あの日、ダンジョンで人語を話す、怯えた目をした、そして絶望の入り混じった眼をしたボロボロの
私は、生まれつきから、他人の顔色を伺いながら生きてきた者であります。そのため人の感情の機敏を嗅ぎ取るのが巧みなのであります。あの人に救われてからというもの、そのような嗅覚は私の穢れた過去を象徴するような、あまりにも品のないものだと思っており、とても恥じているのですが、誰であろうとチラリと一目見ただけで、人の弱点を感じ取る鋭敏な才能を鍛え持っております。あの人が、たとえ微弱にでも、あの穢らわしい怪物女に特別な感情を動かしたというのは、やはり間違いではございません。私の嗅覚に狂いはないはずだ。まことにそうに違いない。あの人は私には何の優しい言葉も下さらず、かえってあんな薄汚い怪物なんかのことを、御頬を染めて護っておやりになられた。ああ、何と言うことだ。物語に描かれている英雄というものは、民に好かれ、悪を打ち倒し、ただ一人の、薄幸とは限りませんが、美姫と生涯を幸せに暮らす、というものが定番でありましょう。少なくとも私の知っている限りでは、そのように言い伝えられております。それなのに、もはや、あの人は万人に対する英雄はおろか、私にとっての英雄でさえ無くなってしまった。凡夫だ。それを理解したとき、私はあの人に、感じていた純真さは失われ、ついに憐憫の情しか思うことが出来なくなってしまいました。なんと哀れな。英雄の素質を持ちえたあの人は、もはやいなくなってしまったと思いました。こんな体たらくでは、もはや駄目だ。落ち目だ。そう思うようになって、私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪神に唆かされてしまったのかも知れません。
その時以来、そのような醜態をさらすあの人をいっそ私の手で殺してあげようと思いました。花は、しぼまぬ内こそ、花である。冒険者として生きるならば、いずれどこかで殺されるのだ。だが、あの人が見ず知らずの者の手で殺されることほど、私にとって辛い物は無い。それくらいの忠誠心は持ち合わせているのだ。いっそ、私の手で殺してあげよう。あの人を殺して私も死ぬ。あの人を、一番愛しているのは私だ。どのように恨まれてもいい。死後の審判で神々の玩具にされてもかまわない。とにかく早くあの人を殺してあげなくてはならない。あの人を殺して私も死ぬというこの辛い決心は、私の中で段々固まっていくだけでありました。
ヘスティア・ファミリアは民衆に疎まれ、もはや道ですら大手を振って歩くことも出来なくなり、路傍で井戸端会議をする者、遊んでいる子供にまで心無い蔑みと嘲りの視線をかけられておりました。最も、あの人とその仲間たちの中に、
しかしあの人だけは変わらず、団長として皆を鼓舞していたのですが、それ以来、迷宮内であの人が怪物と戦う時、特に亜人型の怪物と戦う時ですが、あの人の戦い方にどことなく迷いがあることを感じ取りました。その時はあの人の高い能力値でもって、強引に何とか乗り切っていたのですが、その後もそのような戦い方が続き、とても心配になりましたので、休憩を取った時にそれとなくあの人に聞いてみると、あの人が答えるには、「
我々のホームの周りを、怪しげな人影や使い魔が闊歩していることに、最近気がつきました。また、私が情報収集のために利用している酒場の人々の噂で、「あの人を監視し、何かあれば殺すように」と、ギルド上層部が一部のファミリアらに依頼しているのだと言うことも、昨日聞きました。もはや、猶予の時はない。あの人は、どうせ死ぬのだ。他の人の手で、あの人に引導を引き渡すくらいなら、私が、それを為そう。今日まで私があの人に捧げてきた、一途な愛の終わりを告げる鐘を、今、私が突くのだ。幸せを享受した
飛び立つ矢の如く時は過ぎ去り、ついに今日の日を迎えました。その日の朝、ヘスティア様が皆に、これを決行する前に何やら話したいことがあるとお申しになり、私達はホームの食堂に集まり、この決行の前祝いとしてちょっとした宴会を行うことになりました。私たちが言われた時間に食堂に来た時、ヘスティア様とあの方はまだいらしておりませんでしたので、皆皆食卓について、雑談をしながらお二人を待っていました。しばらくしてあの方が、ヘスティア様はもうしばらくしてから来るから先に食べ始めていいということを皆に伝えになり、では、と食事を各々が始めようと席に着きました。しかし、あの方だけは椅子に座らず立ったまま、黙りこくっておりました。私たちは一体どうしたのだろうと不審に思い、しかし、下を向くあの方の暗い表情になんと声をかけていいのかわからず、唯一あの方のそのような機敏を満足に理解していなかったヴェルフ様は、あの方の肩を軽く叩き、「おい、ベル。いったいどうしたんだ?」と聞くと、あの方はその問いに答えず、そのままヴェルフ様の胸に頭を預けました。ヴェルフ様も、他の者たちも、あの方が何を思ってこのような行動を取ったのかわからず、オロオロとしていたのですが、私だけは、あの人がどのような思いでこのような行動に出ているのかを、薄々感づくことが出来ました。あぁ、あの人は不安なのだ。今まで善意に囲まれて暮らしてきたあの人にとって、同業者達からの悪意と誹りの視線はともかく、今までともに過ごしてきた町の人々や、あの剣姫から拒絶されたことがどれほど辛いのだろうか。また、これから行う自分のエゴで、目の前の仲間や街の人々がどれだけ傷つくのだろうか、という甚大なる不安に押しつぶされそうになっているのだ。と思いました。そのようなあの方を見ているうちに、私の眼から一筋の涙がこぼれ落ちそうになり、あぁ、あの方のなんと純粋に綺麗な事か。ということが頭から離れず、あの方と抱き合ってこのまま共に泣いてしまいたいような衝動に駆られました。ああ、そうであった。すっかり忘れてしまっていたのです。あなたは、私を救っていただいた時も、あの怪物を庇いなさったときでさえ、いつだってあなたは優しかった。強きを挫き、弱きを守るために剣を取る。貴方は、まさしく英雄です。違いない。あの神の眼に狂いはなかったのだ。お許しください。私は貴方の寝首を掻こうと、ここ数日、機会をうかがっていたのです。もう嫌だ。なんて愚かなことを考えてしまっていたのでしょう。ご安心ください。もし今、この本拠地がギルドの犬どもに襲撃されたとしても、貴方に触れさせることは決してしない。直ぐ、ここから逃げましょう。貴方は、今、付け狙われているのです。ヴェルフ様も、命様も、春姫様も。みんな一緒に。一人は皆のために、皆は一人のために。そう。そう。それだ。皆でわれらの慈悲深い神と団長を皆でお守りし、一生静かに、末永く暮らしていこう、という心の底からの愛の言葉が、口にはできませんでしたけれども、この小さな胸に沸き起こっておりました。やがてあの方は私とも厚い抱擁を交わしになり、私の背中に回ったあの方の腕がきつく締まり、ああ、その時の感触は!はい。私はあの時、天に召されて敬愛なる神に抱かれるのにも似た幸福を味わったのです。私の次には命様、その次には春姫様にも、同じように抱擁を成されたのですが、春姫様は極度のあがり症でありますので、あの方がほかの方々と、特に命様と抱擁を成されていた時、春姫様は絹のように白い顔を真っ赤に染め上げ、両手を目にやって覗き見るようにしてみていたのです。そしていざ、春姫様の順番になりあの方が近づくと、春姫様は詮方なくなったのでしょう、綺麗な尾をバタバタとさせながらあの方の胸をめがけて気絶してしまい、皆はそれを見て、慌てたり、からかったりと、これほど笑ったのはいつぶりだろうか。と、何だか部屋の中がいつもよりも明るくなった気がしました。
あの方が皆と抱擁を交わしたそのすぐ後、ヘスティア様が息せき切ったご様子で食堂に入ってきました。そうして我が主神は食堂で抱き合っていたあの方と春姫様を見て、「な、なんてことをしているんだいベル君!僕はそんな節操のない子に育てた覚えはないぞ!プンプン!」と、あざとく言いなさり、事の次第をお聞きになった後、「なんだ、そうだったのか。って、それは神である僕の仕事だと思うんだけどなぁ!」と、そしてその舌が乾かぬうちに「じゃあ、ベル君、僕とも抱き合おうぜ!」と申して抱擁を交わし、その後先ほどのあの方と同じように順に抱擁を交わしになりました。命様、春姫に様との抱擁を終え、遂に私の番となり、主神様との抱擁を交わしました。しかし、何故だかはわかりませんが、本物の女神様に抱擁されているのにも関わらず、何故だか先ほどあの方と抱擁を交わした時の、あの天にも昇るような感覚は得られないように思えました。それから抱擁を終えたヘスティア様は「待たせてしまって悪かったね。明日は皆が団結して
やがて真夜中になりました。明日起こるであろう鉄火場にむけて興奮冷めやらぬ雰囲気の中、私は明日に備えて早く床に就こうと廊下を歩いておりました。そんな時、私は、いつもよりやや薄暗い、もっとも、神の恩恵を受けている身ならば十分明るいはずの廊下の先で、あの人が自室ではない部屋に入っていくのを見ました。初めは、明日の要であるあのお方がこんな時間まで起きているとは、と思いましたが、よくよく見返してみると、そこはヘスティア様のお部屋であり、そういえば、食堂であの人が呼ばれていたなと思い出し、ならば仕方あるまいと思いました。私は明日、皆を指揮する役割でありましたので、一刻も早くその場所を通り過ぎ、部屋に戻ろうとしましたが、ヘスティア様のお部屋の前を通ったその時、ふと、ヘスティア様が食堂でしていた、私を刺すようなあの視線を思い出してしまい、私の弱い心では、あの時のヘスティア様のご視線が頭から離れず、早く寝ること聞き耳を立てることも忘れて、どうしてもそのお部屋の前から足を動かすことが出来ませんでした。それから少し経ったくらいでしょうか、部屋の中からあの人が声を荒らげて何かを言うのが聞こえ、私はハッと正気に戻りました。それと同時に、私が今ここにいたことがバレてはいけない。一刻もここから離れなくては。と思い、あの方の鳴らす床の軋みを耳にしながら、できるだけ静かに廊下から去りましたが、なぜ温和なあの人があそこまでヘスティア様に声を上げたのかは、その夜、いくら考えてもわかりませんでした。
そして、とうとう夜が明けました。ヘスティア様と黒衣のローブを深く着こなした元賢者、そして私が最後の打ち合わせをするために少し早起きをして集まり、今回の作戦について確認をし、日の出とともに、いざ、迷宮都市すべてを巻き込んだこの作戦が決行されました。あの人や
そんな中で、私は剣姫の追跡を辛くも撒いたあの人と
「……
その言葉の裏に隠された意味を理解するのに、数秒の時間を要しました。そしてその後、ハッと思ったのです。昨日の夜の話は、それだったのだ!ヘスティア様は、少し前までの私の暗い気持ちに気づいていたのだ。私があの人を害そうという黒い気持ちを、見抜いていたのだ。けれども、今は違います。私は昨日、清くなったのだ!私は、清くなったのです。私の心には、もはや一片の曇りなどないのです。あぁ、ヘスティア様も、ましてやあの人も、それを知らない。知らない。知らない。私は清くなったのだ。あの頃とは違う。【ソーマ・ファミリア】に居た時とは違う。【ソーマ・ファミリア】の極悪非道な冒険者らとは違う。清いのだ。清い。清い。あぁ、私は違います!喉まで出かかった言葉は、あの人が私の体から離れる反作用のように、倒れていく私の体と共に、また、喉の奥へと戻っていきました。あの人にそう言われれば、次代の英雄と神の観察眼をもってすれば、所詮自分の本性はそうだったのかもしれないと気弱く肯定する弱い私の考えが頭に浮かび、その姿を見たあの人がとても悲しげにこちらを一瞥したと思うと、行こう。と隣の
それを見ても私は、あの人に嫌われたせいで、その場から一歩も動けずにいました。もう二度とあの人の隣にいることは許されない。あの人と歩み続けることは許されない。もはやどうしようもない。と思い、透明になる魔道具を使ったのでしょう。あの人がいつの間にか視界から消えていくのを眺めることしか出来ませんでした。
そうして少し経ったくらいでしょうか、怪物どもの咆哮と誰かが魔法を放った音が若干遠ざかった時、透明になる魔道具を纏ったヘスティア様が、左手に何やら地図のような皮用紙を持って、たった一人で私の前に忽然と現れました。ヘスティア様は神意を以て何やら、問い詰めるように私に話しかけているようでしたが、もはや私には何も答える気にはならず、ただ下を向いて、朽ちていく枯木のようにへたり込んでおりました。ヘスティア様はしばらく何かを語っておりましたが、私になんの反応も見られないことに苛立ったのか、私の頬に向けて一発、張り手を打ちました。普段ならば、一般人と同等の力しか持ちえない神の平手などは蚊に刺された程度の者ですが、今回は、神の恩恵を受けているはずのこの身へ強い衝撃を感じ、ハッと顔を上げ、眼下の小さな神に視線を向けると、あの時の、昨日の食堂で私を見据えていた時と同じ、凍てついた瞳が、私をしっかりと射抜いておりました。
その凍るような瞳を見ていると、何故だか、私の中に言いようのないどす黒い感情が急速に沸き起こってきました。目の前の幼神が「ほら、やっぱりな。」と口にした瞬間、私はふと、あの人が私にかけてくれた言葉と、ヘスティア様の呟く声とが、私の頭の中でぐるぐると反芻しだし、それと共に、出所のわからない活力が体の中にみなぎってきたというのを感じました。そして私は、この黒い感情に身を任せ、これまで出したことのない力で目の前の神を突き飛ばし、持っていた地図を奪い、薄暗い裏路地を走りに走り、只今ここに、訴え出たという所存です。私の話はこれでおしまいです。さあ。今すぐ出陣してください。出陣して、あの人を殺してください。そうして、人類の敵として晒してください。あの人は今、鈍足の
(二〇一九年一一月二八日、太宰治「駆け込み訴え」より)
(二〇二一年一二月一〇日 展開修正)
(二〇二二年六月六日 細部微修正)