第一話 彼が宮司になった日の事
幻想郷は歪である。人への罰として発現した個性と言う名のカウントダウンは、幻想郷の結界に阻まれて入って来る事は無かった。同時にたくさんのゲームや個性によって意味を成さなくなった物語が幻想郷へと至った。多大な影響をもたらしたソレに対応するために、幻想郷の結界はより強固なモノへと昇華し、同時に妖怪や神々の結束力を強める事になった。
「男の神子、博麗の血を繋がない巫女、後者は良くあったけれど、前者は有りませんでしたわ」
ようやく博麗の巫女十九代目の娘を寝かしつけて、境内の掃除をしていた霧雨魔理沙の前に現れたのは学ランを着た癖の強い緑髪の少年を抱えた八雲紫だった。
「二十代目の巫女の用意をする、って言ってなかったか?」
魔理沙は桜を掃く手を止めて、紫へと向き直る。
「適性を持つ人間はとても少ないのですわ。その上幻想入り出来ると言う難しい条件、これらをクリアした人間が、この子しかいなかったんですの」
隙間から降りて来た紫が、夕焼けの光と重なって眩しく映る。思わず手を目の前に掲げて日よけにする。風が丁度良く彼女の髪をたなびかせて、思わず美しいと思ってしまった。勿論それが似合う柄では無いと言うのは解っているのだが。
「もうすぐ上白沢さんも稗田の者もいらっしゃいますわ。お茶菓子とお茶のご用意をお願いできますか?」
拒否権なんてないだろうにと、まぁこの終わりの見えない掃除よりかはましかと春の終わりの風を感じながら思った。
その後橙と藍と共に来た上白沢慧音と稗田家のを招き入れ、お茶と煎餅を出す。甘いものが無いのはご愛敬だ。甘いモノを保存しておける気候とは言え、喪が明けたばかりで物入りが多くやる事も多かったのだ。買う暇など無かった。
「それで紫殿、話とは」
「そこの方と繋がりが?」
客間から障子一枚で隔てられている寝室に寝かされた少年の方を向いて言う。因みにこの代の、十一代目の御阿礼の子と同じ位の年齢である。
慧音も御阿礼の子も事情を何も知らずにつれてこられたのか、不思議そうな顔をしている。紫はと言えば口元を扇子で隠しニコニコといつもの様に笑っている。橙と藍は彼女の後ろで待機。魔理沙は何を言い出すのか解らない故の緊張感の中、すやすやと眠る博麗霊奈だけが唯一の癒しとなっていた。
「次代の巫女はこの通りまだ幼く、結界を支えるだけの力など持ち合わせてはおりません」
(当たり前だ、まだ生まれて三カ月だぞ)
魔理沙は紫の謎の演説を聞き流しながら霊奈の寝顔を見る。十九代目博麗の巫女は何と妊娠五カ月の時、夫を不慮の事故で無くし、自らも出産時に命を落とした。
「現在幻想郷は私の幻と実態の境界、魔理沙の種の進化を止め、他二つの補助をする役割を持つ魔術式結界、そして博麗大結界の三つの結界によって支えられています」
今でも目をつぶれば思い出す、あの雌雄を決した瞬間の事。その時から彼女は人間である事を辞めた。
「中継ぎ、になるでしょうね。せめて霊奈が大きく結界を支えられるようになるまで、あわよくば魔理沙の役目を持つ者を増やしたいのですわ」
より、強固な結界を築き上げ何時か人類が滅んだあとも幻想郷の中だけは平和で存続し反映できるようにと。
「解りますわね?」
稗田の者には、その記録を都合がいい様に書き換えて記すように。事実が後から解っても矛盾しないように最初から伝えた。慧音には、、、
「その子の、名前は?」
慧音が事務的な声で聴く。幾度か行ってきたことであり、今更この子だけは出来ないなどと言えるはずもない。しかし罪悪感とプレッシャーを背負う事には変わりない。
今宵、満月。月が見えるまで、日が沈み切るまで後一刻も無い。
「緑谷出久ですわ」
緑谷出久の歴史を食み、博麗の中継ぎとしての、博麗出久としての歴史を作りすり替える。今まで生きて来た歴史を無かった事にする。その罪の重さを、慧音は十分に理解していた。
朝、出久が目を覚ますと既に辺りは明るく、既に日が昇り切っていた。眠気が一気に吹き飛び、ガバッと身を起こして慣れた手つきで帯を巻き袴をはく。身支度を整えたら小走りで居間へと向かい部屋を隔てる障子を勢いよく開け放ち、
「すいません寝坊しました!」
ぜぇはぁと息を荒くする出久。しかし居間には誰もおらず、湯気の立った朝食が一人前置いて在るだけだった。
「あ、れ?」
「とりあえずそこどいてくれないか?」
力が抜けてしまいへたり込んだ出久の後ろから、魔理沙が霊奈を抱き哺乳瓶を持った、所謂両手のふさがった状態で話しかける。
「あ、すっ、すいません!」
「そう何回も言わなくったって聞こえてるさ。良いからとりあえず食えっての」
慌てて謝罪する出久の横を通り、食事が用意されたのとは反対側の座布団にドカリと座り込む魔理沙。出久もそれに続いて、後ろ手で障子を閉め塩焼き魚とみそ汁と白米とほうれん草のお浸しの前に座り込んだ。
「朝から小鉢まで出るって珍しいですね。何か良い事でもあったんですか?」
手を合わせてから不意に出久が言う。魔理沙はミルクを懸命に飲む霊奈から視線をそらさずに気分とだけ答えた。
霊奈が満腹になりゲップも済ませうとうととし始めた頃、出久の朝食が終了し台所へと食器を運ぶ。その途中、今日は人里に買い出しに出かけるから荷物持ちとして来るように伝えて置く。正直、魔理沙でさえもどこまで博麗出久の存在が幻想郷に浸透しているか解っていない。紫にとっても感覚でしかなく時間を経てゆっくりとなじんでいくだろうとしか理解できず、その近道として日常に溶け込ませるようにと言われていた。それに実際、重い調味料やその他の食材が神社に無い。当たり前だ。昨日まで食事の要らない魔女とミルクしか飲まない赤子しか住んで居なかったのだから。
「魔理沙さんと人里に降りるのって久しぶりですよね!」
成程、基本は一人でやりくりしていると認識しているらしい。
「先代さんの喪が明けるまでは、年末辺りからどたばたしてましたし」
訂正、先代の巫女と暮らしていて、無くなったからと言う理由で魔理沙と住んでいると言う認識らしい。まぁ、歴代の巫女に比べれば先代はかなり高年齢で子供を産んだ(それでも27。認識の違いです)し、中継ぎとして最初から自分が育てられていたと思ってた方がこちらとしても都合がいいだろう。
「お土産に何か買ってやろうか?」
「え!いいんですか!だとしたら古文書?いやでも最近手拭とか汚れて来ちゃったし日記帳も付けたいから欲しいしだとしたら墨?と筆は有るから良いとして本にするにしたって歴史書は買うよりも借りた方が安上がりだしそもそも、」
「はいストップ!早く行くぞ!」
「あ、はい!」
霊奈はすやすやと魔理沙の腕の中で眠っている。ここが定位置として既に刷り込まれているのだろうか、その寝顔はとても安らかだ。
長い階段を歩いて下るのはいつ振りだろうかと思いをはせると同時に、これは出久の基礎体力を調べるためのモノでもあった。仮にも思春期位の男児、これ位では違和感を持つほど体力無しでは無いらしい。流石に重いモノを持たせたら別だろうが。
「何を買う予定何ですか?」
「そうだな、塩、はまだあるから良いとして、砂糖と味噌と米とおかずとして食べたい物、だな」
そう言ったとたん、あからさまに顔が引きつった。実際米も砂糖も味噌も無いのだから仕方ない。その分好きなモン買ってやるからな。そう心で思う。
博麗の仕事に給料は発生しない。しかしそれでは巫女が生活できない。と言う訳で紫から毎月(冬時期は冬眠前に一括)生活費+功労費が発生している。魔理沙に関しては物々交換や里、および他の団体からの依頼を受けた仕事で稼いでいるフリーターの様な物だった。そもそも彼女は実験するでもなくただ生きているだけなら寝る場所さえも要らない体なので、完全に暇つぶしや興味本位な面が大きいだろう。
ひとまず軽いモノから、と寄ったのは道具屋。自らの実家で在った霧雨商店である。お土産は大方ここで購入されるだろうと踏んで、魔理沙はいつも使っている業者の御札用と御幣の紙を購入。その間出久は霊奈を任され、組紐の飾りをじっと見ていた。
「出久、買うもん決まったか?」
「あ、」
考えていなかったと表情が言っており、魔理沙はため息をついて出久が見ていた棚を覗き込んだ。
「ふーん、組紐、なぁ~」
恐らく非常にニヤニヤとだらしない表情をしている自覚のある彼女が、出久の顔をチラリとみる。小恥ずかしいのかふいと明後日の方向を向いている。見ていた組紐は白と淡い金と、真紅とも言うべき朱色の飾り玉の付いた実用性はないがセンスの良いお飾りタイプ。
「こういうのが好きなのか?」
「欲しいとかじゃないんですけど、こう、」
煌びやかなモノだったり、質素なモノだろうと上質なモノで言うのであればこれ以上に良い物は沢山あるだろう。それでもこの組み合わせを選んだと言う事は、何かしらの意味が存在すると言う事。彼、緑谷出久に関する何かを連想させるのだろう。
「解った。じゃあここじゃない方が良いな」
だとしたら、僅かな違和感だけの内にすり替えてしまった方が良い。何故か引かれた物を趣味趣向として、博麗出久の感性が織り成す何かにすり替えた方が。
(それで本当に、良いのか?)
迷う事は許されない。選択は済んでいる以上、止まる事は許されないのだ。
夜、組紐の紐だけを買い与え、幾つかの手持ちのビーズを彼の部屋に持ち込ませた。元々日記にしていたと記憶している書は本棚にあるし、その本棚には興味を持っていたとされる古文書を、妖魔本を並べている。
(明日も早いから、早く寝ろっつうのに)
霊奈も寝かせ、神社の鳥居の上から見える僅かな光を見下ろして思う。無かったはずの歴史を、いつの間にか認識してしまっている以上、彼女の訪問は免れない。一応、永琳含めた元月の連中には話を通したと言っていたが、彼女も又、変わっている歴史を認識できる一人なのだから。
「月の連中や山の神には伝えておきながら、私には何の通達も無いなんてね」
妖怪神社と言われていたのは十三代目の博麗霊夢の時だけで、それ以来有力な妖怪達は自分の領域を出る事は無かった。宴会の頻度も参加者も極端に減った。
「久しぶりだな。レミリア」
殆どの妖怪や神が人間である博麗霊夢のいない幻想郷を見ようとしなかったのだろう。異変を起こしたごく少数の低レベルな妖怪達も、魔理沙が特訓していた時の巫女にすぐ倒されていった。
「それで、どういう事なのかしら?説明してもらいましょうか」
満月を背に羽を広げて現れた吸血鬼をチラリと見上げて、視線を神社へと戻す。変なぼろを出される前に伝えておくべきか。否か、
「妹紅が無縁塚で拾った子供だよ」
「ええそうね。でもそう言う事を言いたい訳じゃ無いでしょう?」
めんどくさそうに言えば、クスクスと笑って切り返される。あの時の幼く我儘なお嬢様も、もういない様だ。
「いくら博麗神社自体が結界の要石だろうと、巫女の存在は不可欠だ」
「早く言いなさいよ。あの子の運命を捻じ曲げたって」
訂正、割と短気な事には変わり無さそうだ。
「わかってんならいいじゃねーか」
『運命を操る程度の能力』その神髄は無意識下に起こる選択肢を重ねて結末を変える事が出来る。又最近では能力が強化されてきているのか、在ったかも知れない運命を見る事が出来ると最新の御阿礼の書物に記されていた。
「あの子は、この幻想郷でも大きな影響を与えるでしょうね」
「も?」
「ふふ、貴女も知らされて無い事がある。あの子、新しい巫女の代用品がもたらすモノは私にもまだ見えない。ねぇ魔理沙。これから面白い事が起こると思うのよ。幻想郷そのものを揺るがすかもしれない何かを」
羽を広げ手を広げ、かなり悦に入っているレミリアをまじまじと見る。彼女は余計な嘘をつくことも無ければ、必要以上に語る事も無い。事、重要なキーワードは絶対に言わない。
「聞き捨てならないな。幻想郷を揺るがす?そこまでわかってて見えてないのか?」
鳥居の上に立つ魔女と、それを見下ろす月を背にした吸血鬼。どちらも結界の外では存在しない、存在を否定されたモノたち。
「貴女、変わったわね」
何処か愛おしげな表情を作るレミリア。あの時から少し成長した等身とその精神が物語るのは、
「お前らもな」
幻想郷は全てを受け入れる。彼女が死んだからと言って、その意思は確かに受け継がれてきたし護られてきた。それはそれは残酷な事だとは、スキマ妖怪の口癖でもあった。