幻想郷は賑やかな妖怪と人間が交流する場所、では無く厳かに人間が妖を畏れる場所なのです。個性社会が幻想郷に及ぼした影響に、一石を投じる宮司の話。
「___って言うのが私達側でいうと妖々夢、人里から言うと永冬異変だな。で、その次が萃夢想なんだが、ぶっちゃけ人里には関係ない異変だ」
「?それは異変にして」
いいんですか?そう聞こうとしただろう出久の声は、梅雨になってかなり期限の悪い霊奈の泣き声によって掻き消された。ミルクは上げたばっかだし、今まですやすやと眠っていたはずだ。となると考えられるのは一つ。か、二つ。
「出久!」
「はい!」
ただ単に構って欲しいかおしめかのどっちかだ!出久に換えを取りに行かせて私はすぐさま霊奈を抱え上げた。あ、これ後者だわ。
霧雨魔理沙さんは魔女だ。元々人間だったって言うけど、外の世界で個性って言うモノをもった進化した人間が現れてから魔女になったって言うし、正直なところ良く分からない。個性を結界内に持ち込めばそれだけ人外の存在を脅かす事になるから、そうならないために種族の進化を止める結界を張って維持してるとは聞いたけど。
チラリと魔道書ってものに何かを書き綴る魔理沙さんを盗み見る。折角の雨だし耕成雨読でもしてろって山積みの本を渡された。九代目御阿礼の子、稗田阿求さんの作品らしい。当時外の世界の言うミステリー小説とか推理系の本は皆妖怪の仕業だと言ってしまえば解決できる、とてもつまらない物だったそうだ。
その空気を払拭しようと阿求さんはこのシリーズ、「全て妖怪の仕業なのか」を鈴奈庵って言う本屋と結託して作ったって魔理沙さんは言ってた。確かに読みやすくて解りやすい描写に僕も引き込まれるような感覚がして、今日だけで三冊も読み終えちゃったけど。でも、一つ気が付いた。作者が「アガサクリスQ」って言う名前になってる。なのに何で魔理沙さんは九代目御阿礼の子が書いたって解るんだろう。その時は友達だった?でも、魔理沙さんを始め紫さんも殆ど人里には降りないし関わり合おうともしてないし。
「出久、」
元々人間だったって言うならその時は人の縁が在ったっておかしくないけど、それをわざわざ断ち切ってしまうほどの何かが在ったんだろうか。そもそも僕が知らなかった最近は殆ど出てきてない妖怪や神様の事をどうして知っているんだろう。いや幻想郷の管理人だからで片づけられるけど、魔理沙さんだけ例外だった意味は何だろう。基本的には人間が妖怪側に行くのはルール違反だし第一僕に対しても魔理沙さんは自分とは別の視点から見たものを教えている様に思えるし。
「出久、おい出久!」
昔は活発に活動していた妖怪の事を魔理沙さんが知っててもおかしい事は何もない、けどあの目は懐かしむと言うか、そんな感じの感情が籠っていたし。って事は面識通り越して仲が良いって形容できる位には付き合いが在ったんじゃないかな。そう考えると弾幕ごっこが遊び、スポーツみたいな扱いの決闘ルールだって事も説明がつくし、なにより」
「出久!」パァァン!
「うわぁ!」
ビックリした―!いきなり魔理沙さんが猫だましして来るもんだから後ろの壁に頭をぶつけたし、、ちょっと痛い。
「まだまだ甘いな、こんなのに一々驚いてる様じゃ一人前には慣れないぜ」
茶化しながらそう言って来るけど、こっちはそれどころじゃないんですよ。
「ま、反応薄くなったらそれはそれでからかいがいが無くて詰まんないけどな」
けらけらといつも通りに笑う。何だろう、踏み込んじゃいけない気がする。けど、
「あの、魔理沙さんが人間だったころの話を聞かせて下さい!」
霊奈をあやしながら数刻前の事を考える。本を読んでいた出久はいつの間にか私に視線を向けて、何か別の事をぐるぐる考え出して、ブツブツと自分の考察を垂れ流すようになって。こうなったら何とか止めないと戻ってこないから呼びかけてみても反応なし。聞いてると私の事について考えてたみたいだが、仏心で聞かなかった振りをしてみる。と、私が人間だったときの事を知りたいと言う。
癖、なんだろうなぁ。本人が無意識無自覚のルーティーンや抽象的な刷り込みの様な認識はどれだけ境界をいじろうとそうやすやすと変わるモノじゃないと紫も言っていた。それ相応の自我を保ったまま記憶を消したとはいっても、何がスイッチで連想させられて戻ってくるか解らない程度にしか出来てない。所謂暗示に近いものなのだそうだ。
出久を見ていて解った事は、兎に角自己肯定能力が無い。自分の事になると途端にネガティブになるし、割といろんなことで泣く。これはもう、涙腺が弱いってだけだろうな。うん、感動しても悲しい時も涙を本当に滝の様に流すし。あとこの考察の癖、聞いてるとどうにも向こうの常識が刷り込まれているみたいだし、何より考え込むとマジで日が暮れて明けない限り自分からは戻ってこないんじゃないかって思う。いっそ今度検証してみようかな。
「じゃあ、気を取り直して続き!お願いします!」
ワクワクと目を光らせて向かい合って星座をする出久に、とうとう私が耐えきれなくなった。
「もういい、解った。紅魔異変の時から当事者に聞きに行こう」
私も解決した側だから当事者っちゃ当事者だけど、もう話すのに疲れた。幻想郷になじませる、って言うのはこういう形でも構わないよな。なぁ?紫。
博麗霊夢はもういない。ずっと昔に死んでしまった。死体でも噛んでしまえば眷属に出来たのかなんて運命、今更見る事が出来ないのに。薄暗い空を見上げて、一人部屋で閉じこもって過ごす日々。勿論部屋を出れば従者も友達も妹も居るのだけれど、ここ数十年、私は一日の殆どを棺桶かこの部屋で過ごすようにしている。用が無ければ咲夜にも入るなと命じてあるから、一人の時間を邪魔される心配もない。あら?
コンコン
扉が叩かれる。咲夜か。
「お嬢様、魔理沙と、当代の博麗の者がいらっしゃいました」
博麗、、って事はあの子が来たのか。魔理沙に構って欲しくて、何でもいいから口実が欲しくて、違和感を盾に勝手気ままにしゃべったもの。その事についてかしら。
「解ったわ。客間に案内なさい」
「……お嬢様は、」
「館の主がしたくもしないまま客の前に出る訳にはいかないでしょう?すぐに行くと伝えなさい」
「承知しました」
博麗出久、類稀なる運命を持ち得て生まれた癖に、その運命から零れ落ちてしまった少年。私にはもうどうする事も出来ないし、もう見通す気も無い。幻想郷を揺るがすのなら、それはそれで構わないのだから。
咲夜にやらせれば一瞬で終わる事に時間を掛けるのは、考えたいからと言うのが第一にある。そもそも私がどうあがいたとしても幻想郷の存続が危ぶまれる可能性がある未来は回避する事は出来ない。理由は一つ、幻想郷がどうなろうとどうでもいいと心の何処かで思ってしまっているせいね。だからと言って私だけ消えるなんて私の矜持が許さない。少し、人間が羨ましい。どんな思考をしたって、それが己の存在意義の否定につながるか否かは本人次第なのだから。
ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃないわ。何かをしていてもそれがいつの間にか終わっていしまうから。客間の扉に手を掛けて、
「久しぶりね、魔理沙。それと初めまして、この紅魔館の主、レミリア=スカーレットよ」
「おう、久しぶり」
「あ、え、と。は!初めまして!博麗出久ですっ!」
あらら、割と人見知りなのかしら。内気じゃ博麗なんて名乗れないでしょうに。それとも私の迫力に気圧されたのかしら。魔理沙は本当に変わりないと言うか、最近は図書館にすら顔を見せないと言うし。それにしても、貴女赤子を抱える姿が全く似合わないわね。確か先代巫女の子供だったかしら。
「それで、本日の要件は?」
ゆったりと席に着き、咲夜が淹れた紅茶を一口。どうやら奮発した様で、いつもより香り高いアップルティーだった。茶菓子にはクッキーとマーマレードを。
「こいつが私の人間だったころを知りたいって言って、幻想郷で起きた異変の事について話してたんだがな。私の主観じゃ私の事については解んないだろうし、つー訳で紅魔異変について話して欲しくてな」
丁度弾幕ごっこが正式に決闘ルールとされた後の、初めての異変だった。そして私が起こした初めての異変であり、それがあって今の私が、それからの道を歩む私が居るのだ。それありきで、私はフランドールと向き合えた。
「そう、何処から語ればいいのかしらね」
「大雑把に人里で伝えれてる事は話したけど」
つまり紅霧で覆われた事しか話してない訳ね。彼がどこまで話して欲しいか知らないけれど、魔理沙について、それが絡む舞台裏に付いて話せばいいのかしら。
「そうね。魔理沙について、、良く言っても邪魔な鼠程度にしか最初は思っていなかったわ」
運命を操ると言う事は、見ると同義でもあった。だから魔理沙の「魔法を使う程度の能力」では私の思惑を止める事は叶わなかった。その分パチェと美鈴、その後にフランドールを相手取ったと言うのだから、人ながら恐れ知らずな奴だと認識を改めた。まぁ、その後も不法侵入を何百回と重ねてくれたけど、親友がまんざらでも無いみたいだしあまり気にして無かったわ。
魔理沙と肩を並べていた巫女の能力は「空を飛ぶ程度の能力」でもそれだけじゃないと今なら解る。彼女は何物にも縛られず、それが故に彼女で在る。裏を返せば「何にも縛られない程度の能力」その能力の前には、操った運命などに縛られるはずもなかった。言いたくない事は隠しながら、私はその事について語った。
「私からは以上ね。あとはパチェの所にでも行ってみたら?フランも、最近誰も訪問客が居なくてつまらなそうなのよ」
解っているわ。解っているの。外の世界に居た人間に、記憶を消したのだとしても猫を被れる私はともかく人の命を食事として考える輩(フラン)に合わせても大丈夫か不安なのでしょう?ルールを破る気が無い私達に向かって失礼な考えよね。それを解ってたから、私はそれを提案したの。
久方ぶりに来た客に、お嬢様はとても舞い上がっていて、同時に少し寂しくも感じていらっしゃった。何処か憂う様に空を見つめる事が多くなった気がする。勿論やるべき事はきちんとこなしているけれど、お嬢様も私も、何かを失ったかのような感覚が消えてくれないのでしょう。少なくともお嬢様にとって霊夢の存在は大きかったはずですから。
「じゃあ、またいらっしゃいな」
お嬢様が客、今代の博麗に向かって言う。どうやら気に入った様だ。霊夢の様な豪胆でも物ぐさでも生まれ継いで力の使い方を知っている様な天才でも無いこの少年を、一体どうした信教の変化なのでしょう。それでも一定の距離を保たねばいつかは飲まれてしまうと、何となく解っていました。
「咲夜、手土産でも一つ」
「御意」
時を止めて、厨房へと急ぐ。隅の方に紙袋と包装紙を置いてあったはずだ。私が教育した妖精メイドたちは皆良く働いてくれてる。ホフゴブリンも最近じゃお嬢様に褒められるようにと精を出している。私がすべきことは少なくなったけれど、この地位だけは譲りたくない。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
人に慣れてないのでしょうね。この少年は。
「またなー」
魔法使いはいつもの様に去って行った。本当に十二年ぶりの訪問だったのかしら、昨日も来て、きっと明日も来る様な雰囲気を纏って帰って行った。
「咲夜」
「はい」
「これからもよろしくね」
お嬢様、そのような表情をされるときは決まって異変の前でした。これから何かが、きっと大変な事が起こるのでしょう。
「はい、こちらこそ、宜しくお願いいたします」
命ある限り、この身を尽くして遣えましょう。
紅魔館に連れて行った時から、出久は幻想郷の主だった妖怪に興味を持ち始めた。それ自体は喜ばしい事だし、霊力で飛ぶ練習にもなるから行動範囲が広がる事は別の良い。事を知っている奴らは基本口が堅いから大丈夫だろう。まぁ、飛ぶのはまだ浮遊石って言う乗り物が必要だが。問題点は一つ。
行った先でアイツラが弾幕勝負なんぞ挑んだ時の話だ。まだ出久は精密に飛ぶことは出来ない。空中を走れるけど。
「成程、それでそのような表情をされていらっしゃると」
これでも私はザルとか蟒蛇とか人間だったころから言われ続けているから、まぁ妖怪相手だったとしてもそれなりにいい勝負の飲み比べをする頃が出来る。あくまで、それなりに。魔女になった今でも容量は増え続けて入るが、ガチで底なしなんじゃないかと思えるこの狐にはかなった事がない。
「おうよ。おやごころってやつだ」
あかん、滑舌が上手く回らん。
「良く言うじゃないですか。可愛い子には旅をさせよと」
別にそれ自体も良いんだよ。なんかこう、複雑なだけで。出来ればあんまり関わり合って欲しくないって言うか。
「全く。私の家で正解でしたね」
いい加減寝ろと出久の部屋の灯篭の灯火を無理やり消した後、暗闇から突然現れたこの化け狐。紫の差し金かと思ったが、単なる近況報告も兼ね備わったねぎらいの会だった。割とありがたい事に結構いいお酒だった。やっぱ私はワインよりも日本酒の方が口に合う。
「まぁ、ソレくらいの壁は丁度いいんじゃないですか?」
「そーかもな」
あんまり妖怪と関わらせない方が良いと思う。レミリアに合わせた時点で今更だが、また霊夢の時みたいになるのはごめんだと。
「わたしはしらねーぞ。またくりかえしても」
藍と私は同族だから、きっと理解できるだろう。
次回予告
何やかんやで梅雨が明け、命蓮寺へと向かう出久。しかし命蓮寺およびかつて博麗神社と宗教戦争をしていたモノたちにとってそれは、、、?
同時進行で爆豪視点での話を書いてるけど、めっちゃ書きにくい。私の小説じゃ初めて使ったよ、「クソ」だの「消えろ」だの。罵詈雑言書きにくい、よって殆ど独白になるかも。