仮題:百合ゲーム世界の住人になった話   作:ぎょみそ

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ジュウ

 チチチチと鳥の囀りが聞こえて目を覚ます。

 時計を見やればまだ六時。今日は土曜日で学校は無いし、起床するにはまだ少し早い時間。

 いつもよりも睡眠時間は短かったが不思議と二度寝するような気分にはならず、スマートフォンの充電プラグを外して再びベッドへ飛び込んだ。

 

 夜の間に届いていたのか、大して友達もいない私にしては珍しく未読メッセージの通知が来ている。

 どうせ相手は蘭だろう。そう思ってアプリを開くと予想外の人物の名前が目に入った。

 

 シンプルなフルネームと初期アイコン。驚くことに、新着通知が来ていたのは浅葱さんだけだ。

 

『明日、少しでいいから時間を取れる?』

『少し相談があるのだけれど』

 

 浅葱さんとは生徒会活動で火急の用事があった時に備えて念の為連絡先を交換していたものの、こうやってメッセージを交わすことは今日までなかったはずだ。

 ましてや相談があるだなんて、私を嫌いだと言い放った到底彼女とは思えない言動に思わず面を食らってしまう。

 

 なんと返したらいいものか。それ以前にまず、この時間に返信して迷惑がられないだろうか? 相手が蘭なら、着信音で起こすことも厭わず直ぐに返信するのだが。お互いに、その手の遠慮をする時期はとうに過ぎたから。

 

 浅葱さんからメッセージがあったのは昨日の22時過ぎだった。基本的にスマートフォンは調べ物をする時か、電話をする時以外は使わないものだから気付くのが遅れてしまった。

 言い訳になってしまうが、これまでメッセージのやり取りをする相手なんて蘭か叶依くらいしか居なかったし、二人は急ぎの返事が欲しい場合は迷わず電話を掛けてくるものだから、定期的にメッセージアプリを見る習慣がなかったのだ。通知音も入れていないせいで、音で気付くことも出来なかった。

 

 今世は初めての出来事が多すぎる。固定概念(過去)に囚われて、自分の視野が狭くなっていると自覚出来るのが忌々しい。

 

 電話ではなく、メッセージアプリを選んだのだから緊急性は低いだろう。そう思ったものの、あの真面目な浅葱さんであればもう起きて活動を開始しているかもしれないと思い直し、返信を決意する。

 

『気付くのが遅れてごめんなさい。

 今日は一日空いているわ。』

 

 そう送信すると、やはり起きていたのだろう、直ぐに既読が付いた。

 

 返信には待ち合わせ場所と、三通りの時間の提案が書かれている。無駄を嫌う浅葱さんらしい内容で思わず笑ってしまった。

 精神状態が不安定な今の叶依を一日放置することはできないし、浅葱さんも用事は早めに済ませてしまいたいだろうと提案の中で一番早い時間を伝えて部屋を出た。

 

 軽くシャワーを浴びて、身支度を整える。朝食の準備を済ませて、一度自室に戻ってから叶依の部屋へ向かった。

 

 二度ノックをして、叶依の返事が聞こえるまで待つ。一昨日あんなことがあったばかりだし、朝の日課は基本的に叶依から部屋に来ているから少しだけ緊張しているかもしれない。

 けれど今の叶依は自分から私の部屋を訪れることは無いだろうから仕方がない。

 

「お、お姉ちゃん!? ちょっと待って──」

 

 慌てたような声と、ガタガタと言った物音が聞こえて数十秒。漸く入室の許可が出て部屋へ入ると叶依が肩で息をしながら私を出迎えた。

 部屋を汚すタイプでは無い妹が何をしていたのか気になる所ではあるが、わざわざ聞くのも野暮だろうか。

 

 窓が空いているし芳香スプレーの香りもするが、何か匂いの出る間食でもしたのだろうか?

 味がしないからと最低限の食事しか取らない叶依にしては珍しい。別に、そんなことで怒ったりはしないのに。

 

「──おはよう、叶依」

「おはよう。こ、こんな時間からどうしたの?」

「この後少し出るから、日課を済ませてしまおうかと思って」

「そ、そうなんだ……ランちゃんと出掛けるの?」

「いいえ、今日は浅葱さんとね」

「浅葱、さん? それって生徒会長のこと? 二人きりで出掛けるの?」

 

 そう言えば今周では叶依に浅葱さんの話をしたことは無かったかもしれない。

 

「ええ。心配しなくとも遅くはならないわ」

「……そっか」

 

 何やら言いたそうな顔で呟く叶依。私が浅葱さんと出掛けることになにか不都合でもあるのだろうか?

 単純に、一人になることに不安を覚えているのかもしれない。偶には入江さんと気晴らしにショッピングでも楽しめばいいのに。両親が居ないとはいえ、一般的な女子高生と同じくらいのお小遣いは渡しているのだから。

 

「それで、食事なのだけれど」

「あ、うん。ごめんなさい」

「……謝らなくてもいいわ。少し待って頂戴」

 

 先程部屋に戻った時に持ってきたナイフで、いつもの様に指先を切る。

 人としてのご飯は先程用意したが、叶依は人間食だけでは生きられない。放っておけば食べようとはしないから、叶依の分には私の血液を少し混ぜているくらいだ。

 実は一度輸血用の血液パックを与えたこともあったのだけれど、臭くて飲めたものではないと断られたことがある。あれはいつの周だっただろうか。

 

「ほら、口を開けて」

「ん……」

 

 叶依の口に指を入れて、ぬるっとした暖かな感覚に包まれる。叶依がもっともっとと強請るように指を甘噛みして、血液を啜る度に背中にゾワゾワとした感覚が走った。

 何度繰り返してもこの行為には慣れそうにない。

 

 口を噤んで大人しくされるがままになっていること数分、すっかり思考は鈍くなっている自覚がある。休日だというのに外が静かなこともあって、水音だけが部屋に響いていた。

 今日はいつもよりも吸血がスローペースで、余計に落ち着かない。どちらかと言えば、食事よりも行為自体を楽しんでいるような──

 

「──ふっ……ぁ!」

 

 小さく声が漏れて、初めて何かがおかしいと感じた。

 叶依と目が合って、心臓が跳ねる。そんな目で、見つめないで。

 

 これ以上続けられたら、私は──

 

「っ……」

「ふぁ……おねーちゃん?」

「ご、ごめんなさい」

 

 思考の渦に──欲望の沼に嵌って戻れなくなる前に、慌てて指を引き抜いた。未だに血は滲んでいて、数秒経って漸く痛みを取り戻す。少しだけクリアになった思考で、感情を整理した。

 私は今、何を考えた?

 

「何でもないわ。もう良いでしょう? 私は部屋に戻るから──」

「え、あ……うん。……ありがとう」

「ご飯は用意してあるから、お腹が空いたら温めて食べなさい。夜ご飯までには戻るから」

「うん」

 

 早口で簡単な説明だけ終わらせる。明らかに満足していない叶依から目を逸らして、大慌てで隣の自室に駆け込んだ。

 

 おかしい。

 おかしい。

 おかしい。

 

 確かにこれまでも吸血行為には快楽が伴っていた。けれどあのような、我慢が出来なくなるほどの強烈な快楽では無かったはずだ。

 況してやそのまま喰らって欲しいなど、考える筈もない。明らかに異常だ。

 

 叶依も叶依だ。あんな──独占欲丸出しの、ドロドロとした暗い瞳を向けるような子ではなかった。

 

 あの満月の夜があったから?

 それとも浅葱さんに関係が?

 

 考えても答えは出ない。何より問題なのは、時を戻される時のあの"嫌な感じ"がしない事だ。

 だったらこれが正解? そんな筈はない。この世界に、叶依があんな表情を見せるなんてルートは存在しないのだから。

 

 下半身に違和感が走って、頭を抱える。ああ、最悪だ。

 

「──下着、変えないと」

 

 見たくもない状態になったショーツをゴミ箱に投げ入れて、タンスから新しいものを取り出した。妹に指を舐められただけで発情するなんて、自己嫌悪という次元では済まされない。

 

 許されるのなら今すぐに死んでしまいたかった。今死ねば、普通の朝に戻れるだろうか?

 この手の希望が叶ったことはないのだけれど。

 それに、例え身体がリセットされたとしても、記憶は消えてはくれない。妹を放置するという選択肢がない以上、今朝の吸血行為を避けることは出来ないのだ。

 

 どうしたら良いのだろう。どうすれば、神様は許してくれるのだろう。両親が死んでも流すことの無くなった涙を拭って、布団に潜り込んだ。

 

 

 

 ──長いこと放心していた気がする。ふと思い出して、時計を見ると浅葱さんとの約束の時間が迫っていた。

 鳴り止まない心臓を抑えながらスマホとカバンを持ち、深呼吸してから部屋を出る。隣の部屋から聞こえた物音は、聞かなかったフリをした。

 

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