──────N女大学寮唯の部屋──────
「おーい、唯~準備できたか~?」
「荷物チェックしに来たわよ~」
「なんで? 私だってもう大学生だしそのくらい余裕だよ」
「いや、梓と憂ちゃんが『おねがいします』って。私たちも心配だし」
「だって前のロンドン旅行の時だって全然忘れ物なかったよ!」
「それは憂ちゃんがほぼやってくれたからだろうが……」
「あっそうだった~」
そう、時も経って、明日はもう出発の日です。ムギと私、律はもう準備万端で明日出るだけなんだけど、うちの問題児のことが心配で……。
「そういえば、このまえ話したギターストラップ受け取ってくれた?」
「ああ、昨日私とムギで受け取ってきてもうスーツケースにいれたよ。なかなかきれいに出来てた」
「写真ある?」
「写真は取ってないけど黒い本革に梓が緑、憂ちゃんが赤、純ちゃんが水色のクリスタルでアクセントつけてる感じ。ってこのまえ話し合ったときに見たでしょ?」
「いやー現物が見たくって~。でも、もう包んでもらっちゃったみたいだし、実物をみるのは渡すときのお楽しみだね」
「ストラップを渡すの、三日目の卒業記念パーティーのときだよな?」
「ええ、そこで唯ちゃんのU&Iも歌おうとおもって」
「どれくらい弾けるようになったんだ?」
「駅前で歌わせても恥ずかしくないくらいには」
「そりゃすごいな。でも、唯って今回はギー太持ってくだろ? アコースティックギターもってくのは大変なんじゃないのか?」
「さわ子先生がもっていってくださるそうよ? 事情を話したら『まかせときなさい! そういうの大好きよ!』って」
「あーさわちゃんこういうの好きそうだもんな~」
「そのギターはもう渡してあるから問題ないな」
「そしたらあとは唯のスーツケースの準備だけだな! 私はスティックしか持ってくものないけど……唯はギターのメンテやったのか?」
「もっちろんだよ~。弦もこの前張り替えたし」
「そしたら大丈夫か」
「服とかもきちんと入って……る……。唯、パスポートは?」
「え……? も、もしかして……入って……ない?」
「入ってないな」「入ってないわね」
「それは大変だよ澪ちゃん! 探さなきゃ」
「当たり前だ! 全員でいまから探すぞ! 他の荷物はみんなはいってるから」
こうして唯のパスポートが見つかったのは探しはじめてから三十分後のことだった。あいつ、狭い部屋なのに(私たちと同じ)どうしてあんなに荷物があるんだ……。
「じゃあ明日の朝はやいからきちんと起きろよ」
「もうねるから大丈夫だよ~。おやすみ~」
──────
──────同日、梓の部屋──────
明日出発です。最初は耳を疑っちゃうような提案だったけど、先輩たちは本気で、わたし一人をおいて卒業してしまったことを気にしてるのか知らないけどまるで一緒に卒業するようなノリで卒業旅行を計画してくれて、でもそれでいてきちんと私の回らないところはフォローしてくれて。本当に夢の中にいるような気持ち。
スーツケースのパッキングも終えて一息つく。寝る前に一度むったんの調子を見るためにうちの防音室に行こうとすると、ふと軽音部の卒業アルバムが目にはいった。このアルバムは学校の卒業アルバムとは別に作ったもので、先輩方がとった写真をまとめたものだ。
卒業式の日に五人で撮った写真を見ると、あのときの複雑な気持ちが思い起こされてちょっとセンチメンタルな気持ちになるけれど、四月からは先輩たちと同じ大学に行けるという事実が私の心を満たす。少なくとも喜びが表情としてあふれてくるくらいには。
「よし!」
気合いを入れて、ギターを抱えて地下へ向かう。字面はカッコいいけど、単に防音室が地下にあるってだけの話だ。
──────
一通り弾き終えて弦の調子を確認したらもう結構遅い時間になってしまっていた。たしか明日のフライトが11時出発なせいで確か……集合が朝の五時とかだった気がする。あとで確認しなくちゃ。そんなことを考えながら軽くシャワーを浴びて寝る準備をする。多少心配性であることを自他共に認める私は部屋に戻ってやっぱり今回も心配でスーツケースの中身を再チェックしてしまう。
洋服よし、念のための替えの弦よし、充電器よし、……、とチェックをすすめ、全て入っていることを確認して私は部屋の電気を消してベッドに入る。
明日が本当に楽しみだ。
──────
──-翌日、桜高最寄り駅──-
いつもの駅についた……けど誰もいない。さすがに三十分前につくのは早すぎたかな。まあ、遅刻するよりはいいし。それにしても今日は寒い。朝だからというのもあるのだろうけど今にも雪が降るんじゃないかって思う。寒さにカタカタと震えながら先輩たちと先生にメールを送ろうとすると、
「梓ちゃ~ん! おはよー!」
と、小さな声が聞こえた。声を潜めながらも私に聞こえるように挨拶してきたのは憂だ。自分のギターを背中にかけて淡いピンクの大きめのスーツケースを引いている。
「憂、スーツケース大きくない?」
「お姉ちゃんが何か忘れてないか心配でちょっと多めに持ってきちゃった」
「そゆことね。変わらないね~憂は」
こんな調子に他愛ない会話を十分くらい重ねていると今度はスーツケースの音と共に、靴の硬い音が響いてきた。音のする方向をみるとベージュのコートに、歩きやすそうだけどちょっと踵のあるヒールを履いたさわ子先生だ。スーツケースもワインレッド? みたいな深みのある赤でなんだかかっこいい。
「さわ子先生、おはようございます」
「ええ、おはよう。今日は一段と冷えるわね」
「はい、寒いですよね。ところでどうしたんですか? そのギター。さわ子先生も演奏を?」
「いやー、わたしはしないわよ。これはちょっと別の用事。向こうに着いて、機会があったら教えてあげるわ」
「ふーん。秘密ってわけですか。楽しみに待ってますね」
「ええ、そうしてちょうだい」
あとは……純だけだ。集合時間自体を私たちが乗る電車の発車十分前にしておいたから遅れることはないと思うんだけど……。と、思っていたら軽く走るスニーカーの音と軽いスーツケースの音がする。モノトーンで構成したラフな服に濃くも薄くもない水色のスーツケースが映える。スーツケースやけに小さいけど。
「おっはよー! 五分前集合って思ってたらみんな早すぎだよー。先生もおはようございます。なんか服、かっこいいですね」
「おはよう。何年も見た生徒の晴れの舞台だもの、気合いも入るってものよ」
「純ちゃんおはよ~。電車まだこないからホームのベンチでゆっくりしてようか」
そういって私たちはまだ無人の改札を抜け、ホームの中程にあるベンチに腰を下ろす。
「お姉ちゃんたちは途中の駅で乗ってくるんだよね」
「そう、確か……ここから一時間くらい行ったところのN女大学前駅ってところ」
「おっけー。私たちは時間通りだよってメールしとくね。それにしても梓ちゃん、四月からお姉ちゃんたちと同じ学校でしょ~いいなあ~」
「私だって自分の志望する分野のなかで一番いいところ近場で探したらあそこだったってだけだし。憂だってあそこに医学部あったら行ってたでしょ?」
「いやまあそうなんだけどね……」
「憂は優秀だし、優しいし、器用だし本当に医者向きだよなあー」
「突然ほめないでよ純ちゃん。あっ、電車来たよ! ここで結構長く停まるみたいだね。なかのほうが暖かいだろうからはやく乗っちゃおう!」
こうして私たちは卒業旅行へと足を踏み出した。
──────
──-N女大学寮、共用スペース──-
「よーし唯も時間通りきたな。じゃあ行くぞー!」
昨日から一夜明けて今日は出発日。梓たちは無事に予定してた電車に乗れたそうだから私たちもその電車に乗る。寮から駅までは大した距離ではなく、歩いて遅くても十分程度だから早めに出発した私たちはややのんきな気分だ。太陽はまだ上がってきていないけどだんだんと空が明るくなってきた。冬だから寒いことには変わりないけど。でも、あの冬特有のにおいがしてちょっと気分が盛り上がる。
「それにしてもアメリカ! 楽しみだねえ!」
「ああ、それに唯、憂ちゃんと旅行行くの久しぶりなんじゃないのか? ここ最近は大学忙しかったし」
「そうなんだよ! もうその事も嬉しくってね。もう昨日はぐっすり早くから眠れたよ」
「普通そこは眠れなくなるものなんじゃないのか……」
「細かいことはいいんだよりっちゃん! 今回は私もギー太もばっちりだよ!」
「そんなこと言って……怪我するなよ?」
「しないって~。そういえばさ、今回はムギちゃん、キーボード持ってきたんだね!」
「ええ、去年はわざわざ送ってもらっちゃったから。今年は自分の手で持ってこうと思って」
「健気ですなあ……」
「どこのおばあちゃんだよ……」
話しながら歩いていると結構すぐ着いてしまうもので、私たちは駅についた。今の時間……から考えるともうホームに上がってて良さそう。あとたぶん五分もしたら梓たちの乗ってる電車がホームに入ってくるはずだ。念のため、いまならまだ戻ってもなんとかなるから唯に聞いておく。
「唯、パスポートとお金は持ったか?」
「あったりまえだよ! りっちゃんは大丈夫?」
「ん? 私? 一応見とくか」
そういって唯は淡い赤のカバンの中身を、律は黄色のショルダーバッグの中を見る。なにも言わないところを見ると二人とも、しっかり入っていたのだろう。
「海外に着いたら引ったくりとかに遭わないように旅行用のポーチに入れとくんだぞ」
「それもばっちりだよ~。鞄のなかに入ってる」
「電車、きたわよ~」
「あ! あずにゃんだ! お~い!」
電車のドアが空いたので私たちも乗り込む。高三三人組と先生が電車には既に乗っていて、これでメンバー全員がそろったことになる。それぞれが挨拶をし終えたころ、先生が
「そしたら空港線に乗り換えるまでまだちょっと時間あるから、みんな寝ていいわよ。私が起こしてあげるから。朝早かったでしょう」
「先生は大丈夫なの?」
「私は昨日はワクワクで寝たのは八時だからなんの問題もありません!」
「それは大人としてどうなんだ……」
そう言ったものの、先生を除いたみんながうつらうつらとし始めた。やはり朝早かったのだろう。起きたら先生にお礼言わなきゃ、と半分くらいはもう眠っている頭で考えながら私は眠りに落ちた。
ちょっと読みやすくするために会話文と会話文の間に一行入れてみました。読みやすくなりましたかね。
今回も読んでいただきありがとうございます。お気に入り、感想などお待ちしております。