輝きに手を伸ばそうとする一人の少年の一歩。
よくあるオリ主転生短編ものです。
世の中には
別に親とか子供とか、先生やら生徒やらなんやらの意味合いで役割って言ってるわけじゃあない。
俺が言いたいのは、そうだな例えばこの世界が一冊の小説だったとしよう。別に小説じゃなくてもいい、俺がたまたま小説が好きなだけでそれを例にしただけだからな。まあ、漫画だろうがアニメだろうがドラマだろうが絵本だろうがなんだっていい、ともかくこの世界が物語の世界だったらってのを思い浮かべろ。
そん時、一番重要で一番大事な
主人公だ。
別に主人公じゃなくてもいい、ヒロインとか主人公の親友とか悪役とかなんだっていいんだ。俺が言いたいのは要するにそういうメインキャラが大事な役割(ロール)ってもんだ。
だが、同時にそういったメインキャラだけじゃあ物語ってモノは何回らないのはまた事実だ。だってメインキャラだけしかいないなら、それはもう物語では無いだろう?そんなのはただの手抜きのボードゲームかなにかだ。
世界を、社会を、物語を回すために必要なモノ、それが脇役つまりはモブキャラ。まあ、嫌な呼び方をするならば歯車とでも言ってしまおうか。
メインキャラという人形と舞台を動かす為だけのモブキャラという名前の歯車、舞台装置。それらに果たして意義はあるのか?まあ、そういったことを聞くと大抵のやつが何を言ってるんだ、とか意義なんてあるに決まってるだろ、とか何とか色々と文句を垂れ流してくるもんなんなんだが、ここは一つ流しといてくれると助かる。
さて、そんなメインキャラとモブキャラの二種類の役割(ロール)がこの世にはあるわけだが、一つ聞いてもいいだろうか?お前はいったいどっちだ?
ここらで大抵の奴らは悩むし、めんどくさいやつらは自分を主役だなんだと言い張る。特に自分の人生なんだから自分が主役に決まってるとかほざく奴は正直、引く。
それで、何が言いたいのか。
実際ほとんどの人間はモブキャラだよ。メインキャラの為に回り続けて、それに気がつけないモブキャラ。誰だってあるはずだ。自分が出来ることをやってみて、みんなの中心になったとする。
だけれども大抵そういったことが終われば自然と中心から外れていって、いつの間にかに周囲の誰かの一人になっていくことを。
結局のところ、モブキャラはモブキャラから外れることは出来ない。たまたま視点がモブキャラに移っただけで事が終わればすぐにメインキャラに戻ってく。モブキャラなんてものはそんなものだ。
でもまあ、モブキャラにもモブキャラをメインにした物語ってモノはある。あるけれども───本当のメインキャラには絶対になれない。
何があったって、メインキャラには何も関係ない。スピンオフの主人公すら張れないんだよ、モブキャラなんて。
だけれども、だけれども。
少しぐらい
誰かの
「誰 ッ!!!く! 車!!!」
「 が!」
「 子を て!!」
身体が痛い。
いや、どうでもいい。
とにもかくにもメインキャラになんぞになれなかった俺はモブキャラらしく誰かのために、社会のために、歯車として回ることしか出来ない。
誰かのヒーローになってみてもいいだろ?馬鹿な話しさ、こんなものはどうせメインキャラの誰かの為のちょっとしたアクセントにしかならない。
いや、せめて新聞の片隅程度に載ってくれればいいんだが─────
「高望みか…………」
今日はやけに冷える。
なんというか、身体の中から熱が零れていく、そんな感覚だ。肌から寒くなるんじゃあない、芯から先に冷たくなっていく。
ああ、クソ。こんなに寒いんなら言われた通りにマフラーとか手袋とか耳あてとか持ってくればよかった。寒い、温まりたい。ぬくぬくしたい。
熱々の麻婆豆腐をかきこみたい、ストーブの効いた部屋にいたい、身体が寒い。
ああ、思考がまとまらない。
分かるか?結局の所、人生なんて妥協なんだ。モブキャラは大人しくモブキャラとしての人生に、
メインキャラなんぞになろうとした結果がこのざまだ。
何か俺は残せたのか?
メインを羨み妬ましく感じるような俺如きが。
残せてないだろう。がらにもなく、俺はメインキャラを張ろうとして………………………………………………………………
「くだらない」
そう、俺は吐き捨てる。
周囲を軽く見渡せばそこにいるのは同級生たち。全員がその近くか肩やらに先程呼び出したばかりの使い魔を侍らしている。
そんな同級生らが揃いも揃ってたった一人に雑言を吐いている。この一年で何度か見たことがある後継であるがやはりくだらない。
「なにが……」
「現状が」
そんな俺の風と共に消えていくような呟きをお隣の少女は拾ったらしい。わざわざ拾った上で俺の言葉の意図を聞いてきた。と言っても相も変わらずその視線は本の活字に向けられているのだが。
これがろくすっぽ話す機会がないような同級生からの問いかけであったならば俺は適当に流して有耶無耶にするものだが、このお隣の少女はなんやかんやと世話し世話になってる関係である為に流すのは悪いと思い簡潔に答える。
ついでに言うならば、珍しく読書中ながらに聞き流してしかるべきな俺の呟きを拾ったからなのだろう。今日の俺の舌は脂がのってよく回るらしい。
「公爵家の御令嬢相手だってのによくもまあ、魔法が出来ない程度にこうも侮辱が出来る。この場には恐ろしい公爵閣下がいないから出来るのか、それともそんな当たり前な事すら分からないガキばかりなのか、はてさてくだらなくて呆れるし、なんならばこんな風に一々気にしてる自分も自分でくだらねぇ」
「……そう」
ああ、なんとも『雪風』の二つ名に相応しいのだろう。
俺の侮蔑と自虐の篭もった嘲笑が物の見事に流されて、俺の心は冷たくなっていく。だがまあ、そんなもんはこいつを相手にしている以上よくあることで一々気にする必要じゃあない。
さて、改めて俺は中央で今、使い魔を呼び出さんとする少女を見る。
桃色がかったブロンドの長髪の同年代に比べて比較的小柄な少女だが、体格云々に関して言えば俺のお隣で自分の使い魔である風竜に寄りかかって本を読んでらっしゃる『雪風』殿に比べれば大した問題にはならんだろう。コイツ明らかに15歳とは思えんほど小柄だからな。
さて、脱線したがそんなピンク髪の名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』貴族らしく長ったらしい名前を一々呼ぶのはあまりにも面倒なので俺はもっぱらヴァリエールかピンク髪と心中では呼んでいる。そんな彼女は先も言った通り、この国トリステイン屈指の名門貴族であり始祖は王家の庶子であるというヴァリエール公爵家の三女様だ。
血筋的に王家の血を汲む王位継承権すら存在する御家の三女。
普通ならばこれから自分たちが大人となり領地経営やら城勤めをする上で繋いでおいて損はないパイプの接続先なのだが、残念な事にこのトリステイン魔法学院の同級生どもはそこまで頭が回らないのかそれとも血筋以上に重要視してるのか、彼女に雑言を投げかけているわけだ。
ヴァリエールがなぜ故に雑言を投げかけられているのか、それは偏に彼女が魔法の才能がないからだ。
スペルを唱えれば魔法が発動───ではなく爆発。目的の魔法は発動することなく起きるのはそれなりの威力の爆発。
なるほど確かに傍から見ればそれは魔法が出来ていないのだろう。だがしかし、普通魔法に触れてきたものならば分かるはずなのだ魔法というものは失敗すれば何も起きない。もう一度言おう、何も起きないのだ。
にも関わらず彼女の魔法はどのようなものであれ、爆発という結果を残している。これは少なくとも俺の知る中では彼女ただ一人しか起こしていない現象であり、それ故に俺が彼女に近づくことは絶対にない理由の一つだった。
周囲と比べてあまりにも特異。
この一年で俺は理解していた。彼女がこの世界における、この学園におけるメインキャラなのだと。モブキャラはモブキャラらしく周囲の有象無象であればいい、わざわざメインキャラなんぞと交遊する気になれない。
奇人は大人しく変人とでも付き合ってればいい。
「あなたは……」
「なんだ」
「ヴァリエールが使い魔を召喚出来ると思ってる」
その言葉に俺は目を見開いた。
疑問形ではない。俺が、ヴァリエールがしっかりと使い魔を召喚出来るのかどうかどう思う?という類ではなく、その言葉は俺が召喚出来ると確信している、そう少女が理解してる文面だ。
俺は特段、ヴァリエールを庇い立てしているわけではない。
ただ、蔑んでないだけだ。だから、どうして彼女が俺の心中を理解したのだろうか。
確かに俺はヴァリエールがこの使い魔召喚の儀式を成功すると半ば確信している。その理由としては簡単なものだ。
彼女がメインキャラだからだ。彼女はそういう類の存在だからだ。それ以外に理由などどこにもない。
「…………流石に今回ぐらいは成功するだろ」
「でも、今のところ失敗してる」
「そうだな。土煙が暴れてる」
視線の先では既に何度か失敗したのかヴァリエールの回りで土煙が出来ており、それらがこちら側へと流れてこないように片手間で杖を振り、風の流れを作り出す。
そうして、手の中で杖を弄んでいればヴァリエールの眼前に一人の少年が唐突に現れた。青と白のパーカーを着た同い歳ぐらいの少年。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
女子の誰かがそんな事を言って、俺は現実を再認識した。
俺は少年を注視する。その格好はどこからどうみてもこの世界の服装などではない。いや、似たような服はあるかもしれないがそれでも明らかに違う材質、前世で見たことがあるような服だ。
俺の頭の中ではせいぜい、何か特殊な使い魔でも召喚するのだろうと考えていた。だが、蓋を開けてみればこの結果だ。
ヴァリエールは人間の使い魔を召喚した。それも異世界から────
「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」
「さすがはゼロのルイズだ!」
ああ、やはり彼女はメインキャラなのだろう。
ともなれば、彼女の魔法失敗による爆発も何か理由があるはずだ。いや、そんなことは俺みたいなモブキャラが考えることじゃあない。下手に足を踏み込んでそのまま深淵に落ちるのはごめんだ。
「それにしても、憐れなことだ。ヴァリエールと相性がいいとは」
「不憫」
何やら先生、ミスタ・コルベールと話しているが大方平民が使い魔なんて、などと言ってるのだろう。
そんなのはどうでもいいから、さっさと終わらせてくれ俺だけまだ召喚していない。というか、なぜに俺が一番最後なのか……ヴァリエールの前にしてくれ。
と、どうやら終わったらしい。
なんとも喧しいことこの上ないが下手にかかわりあいたくない。
「ミスタ・テルミドール!前へ!」
「グリフォンとかドラゴンとかは高望みしないから、鷲ぐらいが来てくれほんと」
ミスタ・コルベールに呼ばれた為に俺は軽く祈りながら、中央へと出ていく。
ヴァリエールは少年に命令してからそそくさと退くが未だに混乱しているだろう少年はまだその場にいる。言葉じゃすぐに退かないのは明白だ。
まあ、これぐらいは許してくれるだろう。というか許せ。
「フル・ソル・ウィンデ」
杖を振り、少年をヴァリエールの近くへと投げる。
やや乱暴気味になってしまったがそこは問題ないだろう。視界の端で尻もちをついてる姿が見えるがそれを無視して目の前に集中する。
「ではミスタ・テルミドール。君が最後だ、儀式を始めたまえ」
「はい。『我が名はジェラルド・アレタ・ド・テルミドール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし“使い魔”を召喚せよ』」
さながら気分はサーヴァントの召喚だ。
いや、使い魔を召喚する以上、決して間違えではないのだろうがそれで本当にサーヴァントが召喚されては困る。まあ、正直に言えばそんなこと微塵も思ってないのだが。
当たり前だろう、何せ俺はモブキャラだ。
モブキャラにはモブキャラらしい使い魔でいい。
そうして、俺の使い魔がその場に現れた。
「ッ」
ふざけろ。
そこにいたのは美しい翡翠に近い青みがかった鱗を生やした一体の大蛇。
しかしただの大蛇ならばそれでいいだろう。体躯はキリンほどはあるんじゃなかろうか、そしてその胴からはまるで魚の鰭にも似たような翼もどきが何対か生えており、頭部には一対の角らしきものが生えている。明らかにろくなもんじゃないのは明白でありましてや俺のようなモブキャラが使い魔にするようなもんじゃあないだろ、これは。
「ミスタ・テルミドール!」
「大丈夫です……『我が名はジェラルド・アレタ・ド・テルミドール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ』」
杖を向けて俺はこの蛇に近づく。
あの少年はともかく召喚される存在は基本的に使い魔になることを了承した存在であるらしく、またこの蛇は知性がしっかりとあるのか俺の意図を理解して───いや、理解してるのか?まあ、その顔をこちら側へと近づけてくれた。
そのまま閉じた口先に接吻し、早々に離れる。
水気のある冷たさを感じさせながらも変温動物的な体温が感じられた。
しばらくすればその見た目に反して非生物的な緑色の円瞳が僅かに歪む。どうやら、ルーンが刻まれているのだろう。
「大丈夫かね、ミスタ・テルミドール」
「……ええ、まあ、何とか」
疲れた。たった一度の儀式で精神的に疲労した。
ろくなことにならないのは間違いないが……まあ、この世界の人間がコレの正体か類似する存在を知ってるわけがないからまだ平静を保てるが……さて。
「ルーンは」
「胴が長くて少し位置が分かりにくい…………舌ですね」
ルーンを見ようとするミスタ・コルベールに対応していた俺の肩越しに使い魔がその顎を開き、その蛇らしい二又の舌をダラりと出す。
見ればその舌にはカタカナの『ト』の斜線がそのまま左上に突き抜けた形のルーンが刻まれていた。
「ナウシズか、なるほど。さて、それでは教室に戻りますよ」
ルーンを見て、俺の儀式は終わったのかそのままミスタ・コルベールは同級生たちに呼びかける。
それを聴きながら、俺は隣の使い魔へと視線を向ける。
まったくもって面倒なものを呼んでしまった。そんな俺の視線を察知したか顎を閉じた使い魔はこちらを向きその非生物的な円瞳で俺を見つめ────
『あら、そんなふうに邪険にしないでちょうだい。これから一生一緒に生きてくんだから』
「……………………ウッソだろお前」
頭の中で唐突に響く中性的ながらも男性の声。
どこかしなのあるそんな声に俺は表情を何とか変えずについ、心中が口から零れた。
『ウソじゃないわ、マスター。私の名前は……そうね新愛を込めてメリュジーヌとでも呼んでちょうだい』
変わらない表情のままそう念話する使い魔もといメリュジーヌに俺は平静を保つ……保つ……保てなさそう。
『よろしくね、マスター』
「あ、はい」
モブキャラの使い魔にしては外見も中身も濃すぎでは??
それと俺のこれからがろくなことにならないという事実が確定してしまったわけだ……笑えよ。誰が笑うのか知らねぇけどよ。
────────────────
「…………ろくでもない話だ」
自室でベッドに腰かけながら少年、ジェラルドはため息をつく。
その視線の先には彼が今日召喚した使い魔であるメリュジーヌが佇んでいる。と言ってもそのサイズは召喚した際のキリン並のモノではなく平均男性程のサイズにその姿を変えていた。
『あら、そういう事言っちゃう?』
「おおよそ、モブキャラでしかない俺の使い魔がモブキャラにしちゃあ濃いんだよ」
『モブキャラなんて。あなたの人生なんだからあなたが主役でしょ?』
「ハッ、モブキャラの人生でモブキャラが主役張ったところでモブキャラ以上のモノはねぇよ」
メリュジーヌの言葉をそう切り捨てるジェラルドはベッド脇のテーブルから水差しを取り喉を潤す。
ジェラルド・アレタ・ド・テルミドールは転生者である。
彼は前世で事故にあい死んだと思えば、次の瞬間にはトリステイン王国の侯爵家長男として生を受けた。前世において架空のモノであった魔法と幻獣らが存在するこのハルケギニアに転生したジェラルドはこの理解し難くしかし否定する事も出来ない、類稀な経験を経たジェラルドは今度こそ自分がメインキャラであると実感した。
────バカは死んでも治らない。
「身の程を弁えて生きるのが一番なんだよ。舞い上がって勘違いしてその先にあるのは厳然と存在する現実だ」
モブキャラは所詮メインキャラの為の舞台装置。
メインキャラの世界を廻す為の歯車。
つまるところ、ジェラルドは挫折した。当たり前の現実に敗れ去ったのだ。
自分はメインキャラなんぞではない、と。その結果、ジェラルドは前世同様モブキャラとして生きる以外に何も無かった。
出生も、環境も、力も、変わったというのにその心底にあるものは何も変わらなかった。
「妥協する。身の丈以上を望まない。退くことが肝心。そんなもんだ」
そんなふうに自嘲するように笑う彼にククルカンはしばし黙り
『そう。あなたは諦める道を選択したのね』
「……」
『まあ、それもいいんじゃないかしら。ほら、結局の所人生で選択するのは自分なんだから!あなたはそういう選択をしたそれだけでしょ?何も悪くないわね、あなたの人生なんだから』
肯定する様に頷くメリュジーヌにジェラルドは少し眉を顰めるがそれもすぐに終わらせ、ため息をつく。
目の前のメリュジーヌがこのように妙な納得感すら抱かせるような言葉を紡ごうが肯定しようが今のジェラルドの中に渦巻いているのはこの使い魔がどう考えてもマトモな見た目では無い事だ。
これがただの喋る蛇ならば普通に受け入れたのだろうが、現実にいるのはさながらリヴァイアサンを想起させる様な見た目の幻獣だ。これならばまだグリフォンやドラゴンの方がマシであった。それに何より自分は『風』のメイジであるにも関わらずメリュジーヌはどこからどう見ても『風』というよりは『水』である。
視線をもう一度メリュジーヌへと向ければそこには変わらぬ蛇の頭がありその非生物的な緑色の円瞳もそのまま。変化しない表情、だがしかしジェラルドはウィンクするメリュジーヌの表情を幻視してげんなりとした表情のまま靴を脱いで布団の中に潜り込む。
「俺はもう寝る。お前も今日は寝ろ」
『あら、おしゃべりは終わりかしら。それなら私も早く眠るわ。夜更かしはお肌の天敵だもの』
肌じゃなくて鱗だろ。
そんな言葉を心中に押し留めジェラルドは眠りについた。
さて、時間というものは存外早く経つもの。
気がつけば、つい先程朝食を食べていたと思えばすぐに授業が始まり、あっという間に時は進んでジェラルドは昼食をとっていた。件の友人?まだ交流がある方と言える青髪の少女の隣に座りながら二割ほどで食べるのを止めたはしばみ草のサラダを少女に与えながら、ジェラルドはため息をつく。
ため息の理由としては主に朝一の授業の事だろう。
『赤土』という二つ名を持つ土のトライアングルである女教師───残念ながらジェラルドは名前を忘れた───による『錬金』の授業。内容としては石ころを『錬金』で望む金属に変えるというもの。
風のラインであるジェラルドとしては適性上、あまり『錬金』には触れてこなかった為こうして授業で触れる事ができ、それなりに期待していたのだがあろう事か教師は最初の実践者にヴァリエールを指名したのである。
察しのいいものならばそれだけで分かることだろう。
何も知らない教師からの期待と同級生らの制止と使い魔の煽りが綯い交ぜとなった結果、ヴァリエールが行った『錬金』は物の見事に爆裂を起こし、近くにいたヴァリエール本人と教師は黒板に身体を激突し、教室内にいた使い魔たちは唐突の爆音と爆風に混乱し、誰かの使い魔が誰かの使い魔を呑み込むなどとまさしく阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げたのだ。
その際、昨晩よりもサイズを小さくしたメリュジーヌはまさかの爆発に他の使い魔のように混乱はしなくともしばらく瞬きを繰り返していた。
その後、教室内の惨状と混乱、そして教師の気絶などが相まってそのまま最初の授業は中止となった。貴重な『錬金』の授業がふいになった事にジェラルドはため息をこぼすばかりである。
そんなジェラルドの心中を知ってかどうか、隣の少女は独特な苦味のあるはしばみ草のサラダを呑み込んでからその青い瞳でジェラルドを見ている。
チラ見所ではない、顔をジェラルドに向けてガン見である。流石にガン見をされればそちらを見てないジェラルドとて気づくもの。視線は向けずにそのまま水で喉を潤してから口を開く。
「なんだ」
「最近、ため息が多い」
少女の言葉にジェラルドは彼女とは逆方向に視線を動かしながらも再びため息をつく。
どうやら、ジェラルド自身彼女にそう言われるまでため息をつく回数が増えているとは思わなかったようで、少し頭をかいてから再び喉を潤す。
「まあ、あれだ。少し、こう、心が繊細になっててな」
「そう」
自分で言っておいてその返しはなんなのか、と彼女の反応に普通ならば顔を顰めるか苛立つのだろうがそこは何やかんやと友人である間柄で彼女のそういった無愛想な反応に慣れてるが故に一々気にすることは無い。
そんな彼女のらしい反応にジェラルドはクツクツと笑みが零れてしまうのもやはり慣れ故なのだろう。
「あら、タバサ、ジェラルド、楽しそうね」
そんな二人に揶揄うように声をかけるのは一人の女。
燃えるような赤い髪と褐色の肌を持つ制服を着崩した少女。彼女ことタバサやヴァリエールと違い身長は170近くでありその身体は豊満であるなど、スタイルの良い身体の彼女はキュルケ。
フルネーム、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。その名前からしてわかる通り彼女はこのトリステイン王国の人間ではなく隣国ゲルマニアからの留学生である。
そんな詳細はさておき、タバサから見てジェラルドとは逆側の隣に座っていた彼女が話しかけてきたと同時にジェラルドはなんとも微妙な表情を見せる。
「いや、別にツェルプストーからして楽しい話はしてないから」
「そう。別に楽しいことはない」
なんともニヤニヤしているツェルプストーにジェラルドは面倒臭いことになった、とため息をつきながら配膳されたケーキにフォークを突き刺す。
「別にジェラルドを盗りはしないわよ」
「違う」
「そうだぞ」
女というものはすぐ色恋がどうこうと言い、愛がなんだと煩い。ツェルプストー個人で見れば別にそこまで嫌いではなかったがこの一年でなんともまあ、面倒な事がツェルプストーとの付き合いであったが故に今ではツェルプストーが嫌いであった。
嫉妬というものは曇った眼鏡をかけさせるものだ。
才能しかり男女の関係しかり、自分勝手に嫉妬した挙句に自分の中のレッテルを嫉妬の対象に貼り付けてくる。ジェラルドはそう考え、ツェルプストーとのこの一年でそれを嫌という程思い知った。
「相変わらず釣れないわね、ジェラルド」
「やかましい。ツェルプストー、忘れんぞ友人以外の何物でもないのにお前のファンに嫉妬の嵐を受けたのは」
「あら、ごめんなさいね」
微塵も思ってねぇだろ。
そんな言葉が喉からせり上がってくるのを押し留めながら、ケーキを食べていく。
「それで?何話してたの?」
「………………最近俺が────」
「うそつき!!」
ため息をつきながら、これ以上面倒臭い事になる前に言ってしまおうとジェラルドが口を開けば、被さるように別のテーブルから女子の高い声が響いた。
ツェルプストーとジェラルド───タバサは興味が無いのかツェルプストーから貰ったらしい二個目のケーキを食べ始めていた───は声が響いた方へと視線を向ければそこには食堂を去っていく金髪の巻き髪の少女と頭からワインを被った少年がいた。
双方共にツェルプストーもジェラルドも知っている人物で何が起きたのかを察した。
「あれモンモランシーじゃない。ギーシュ……」
「グラモンめ。ついに破局か、笑えるな」
食堂を去っていく少女、モンモランシーの背を見送り視線をギーシュと呼んだワインを被った少年へと動かす。
ギーシュ・ド・グラモン。彼もまたジェラルドの同級生でありそして同い歳であるが、ジェラルドがあまり一緒くたにされたくない相手でもある。その理由としてはあのキザったらしい態度とプレイボーイを自称しているのがジェラルドの癪に障るのだ。
だから、彼の破局を笑う。無論、それはモンモランシーには関係の無い話で彼女には同情している。
と、そんな間に何やらギーシュらのいるテーブル辺りがにわかに騒がしくなっている。ギーシュとヴァリエールが召喚した使い魔の少年が何やら話していて、唐突にギーシュが食堂を後にしていきヴァリエールと何やら話していた少年もそれを追っていった。
次々とギーシュのテーブル近くの生徒らも席を立って食堂を出ていくのを見て、ジェラルドは何やら面倒事が起きたのを察知してこれ以上は辞めようと座り直す。
「行くわよ二人とも」
「いかない」
「断る」
だが、そうは問屋は卸さないと言わんばかりに既に席を立ったツェルプストーがタバサとジェラルドの肩を掴んでいる。
興味のないタバサに面倒事を嫌うジェラルドを動かすことは難しいことであり、二人とも簡単には立ち上がる気がない……がややしばらくしてからタバサが珍しくため息をついた。
「分かった。行くから離して」
「あら、今日は早いわね」
「長引くよりはマシ」
明らかに面倒だと言いたげなタバサにジェラルドは同情するがもう片方の肩に乗っけられたツェルプストーの手よりも軽い重みにそちら側へと顔を動かす。
「みちずれ」
「…………ウッソだろお前」
「うそじゃない」
いつもと変わらない瞳であるがしかし、その瞳にはどこか力が籠っており、正しく有無を言わせぬソレである。
流石のジェラルドもこれを断れば間違いなく後々良くないことになると判断したのか降参とばかりに両手をあげる。実際、以前似たようなことがあって一人だけ逃げたらしばらくの間食事を三割近く持っていかれ続けた、という経験もあったためだ。
大人しく席を立ち、先頭を行くツェルプストーの後をタバサと共にジェラルドは追随する。
どこに行ったのかは知らないが、それでも何人かのギーシュのテーブル近くの生徒らに着いていくように歩いていく。
既にジェラルドの中ではこの事態がよくあるメインキャラの能力が判明するとかそういった片鱗云々のイベントなんなんだろうな、と心中ため息をついている。なんにせよ、ろくな事にならないと考えながら、離脱する隙を探しているが距離の近いタバサからして、逃げるのは至難の業だろう。
今度は実際にため息をついて、これからの事を想う。
──────────────
「諸君!決闘だ!!」
学院にある『風』の塔、『火』の塔の間にある中庭。通称『ヴェストリの広場』と言われるそこに多くの生徒がごっだ返している。
普段ならば西側にある為、日が差しにくく人気が少ない場所であるのだが、今回ばかりは話が別であった。
生徒らの中央ぽっかりと空いた空間の中心に立っているグラモンがその手に持つ造花の薔薇を掲げ決闘の宣言をする。無論、相手は───
「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!!」
ヴァリエールの使い魔である少年。
俺とタバサは最前列に陣取る。俺らとしては後ろの方で聴いてるだけで良かったんだが残念ながら、ツェルプストーがそれを認めずこうして最前列にいるわけだ。
広場の真ん中で二人は睨み合ってるが、さて……如何に使い魔と言えども見た目からして彼はこの世界の人間じゃああるまい。異世界召喚されてチート無しの使い魔……なんともまあ、物悲しい話で。とにもかくにも、彼は見た限り武器は何も持っていないようだし、身のこなしから武術を収めてるわけでもない。
魔法も使えず武器もなく、力もない。
無い無い尽くし────だが、きっとメインキャラらしくやってしまうんだろうな。
「っと」
視界の端で花弁が舞ったのを見て、思考から戻る。
視線を動かせばそこには花弁が人形に『錬金』されたようだ。
「な、なんだこりゃ!?」
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
「て、てめえ……」
まさかとは思うが、相手がまともに白兵戦をしてくれるとでも思ったのか?魔法を使ってるのを見ただろうに……ああ、いや、仕方ないのか。彼はつい昨日こちらの世界に来たばかりで…………固定概念は簡単には崩れないわけだ。
「言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
「えっ?」
そんな間抜け地味た声が少年から漏れるのを聴いて、ため息をつく。
期待外れだったかもしれない。
グラモンのゴーレムに殴り飛ばされて苦々しい表情をしながら立ち上がろうとしている少年を視界の端に収めながら俺は懐から本を取り出し、文字に目を走らせていく。何やら横から主にタバサから責めるような視線が飛んでくるが気にせずに進めていく。
大丈夫、耳は傾けているから状況は察せられる。
「ギーシュ!!」
「おおルイズ!悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ!」
ご主人様の御登場か。これはアレか、敗北イベントでリベンジか?それとも貴族に逆らったから追放か?まあ、その場合困るのはヴァリエール……どうなるのやら。
しばらくヴァリエールとグラモンの声が飛び交って、すぐに打撲音と何かが吹き飛ぶ音が聴こえてきた。
さっさと戻りたい。ふと、静かになり、俺は本から顔を上げる。
「……いや、おい」
「目の前のことに集中しなさい」
「はぁ、で?どういう状況だ」
顔を上げたら、ツェルプストーに本を持っていかれて大人しく目の前の決闘もどきに視線を戻せばそこには腕があらぬ方向を向いた少年が仰向けで倒れ、近くにヴァリエールがいる。
「終わりかい?」
「ちょっと待ってろ。休憩だ」
「サイト!」
グラモンがゴーレムを『錬金』した時のように造花の薔薇を振るい、その花弁を一振りの剣に『錬金』した。あれでとどめを刺す……な、わけはないか。
見れば、その剣を少年───ヴァリエールの言葉からしてサイトという名前なのだろう───の近くに投げる。
余興なんだろうな。平民が剣を持って自分のゴーレムと戦う。
無傷ならまだ何とかなるのだろうが片腕は折れてる満身創痍。どうしようもなく勝ち目がない。もはや何も見るものは無い。悪趣味な余興も興味が無い。
だから、俺はツェルプストーから本を奪い返してこの最前列から抜ける。
「下げたくない頭は下げられねぇ」
────俺は何故だかまるで磁石にでもなったかのように惹かれた。
もはや何も無いというのに、無性に彼に惹かれて振り返った。
剣を握る使い魔。
その左手が淡く輝いていた。
『あら』
「は?」
無意識にメリュジーヌと視覚を共有していた。
見た目は蛇ながらもその非生物的な瞳の視覚はさながら鷹の目の様に遠くを見抜くことが出来た。メリュジーヌの視覚が捉えていたのは使い魔の左手、淡く輝く光源。それはルーンだ。
複数のルーンによる単語、その字列に俺はどこかで見覚えがあるような気がした。どこだったろうか
ここ最近……一年以内で見たことがあるはずだ。
どこだ、どこだ、どこだ。何故かは知らないが俺の中の何かがアレは決して無視してはいけないものだと訴えている。
目の前でゴーレムがまるで粘土にでもなったかのように容易く切り裂かれ崩れ落ちる。
グラモンへと突っ込んでいく使い魔に驚愕したのか動揺を隠さぬままグラモンはその造花の杖を振りさらに六体のゴーレムを『錬金』する。
六体のゴーレムによる包囲攻撃。
だが、それも容易く切り裂かれていく。たまたま残ったのだろう一体を盾にしようとしてるが難なく斬られ、使い魔の前から一切の障害がなくなった。同時にそれは敗北以外の道がグラモンの前から消えたことでもあり、事実その顔面に蹴りが入った。
「ま、参った」
あの瞬間から目が離せなくなった。
グラモンが負けた。そんなものは心底どうでもいいアレが奴の力。明らかに武器を持ったことがないようなド素人が剣を手にした途端にあの振る舞い!並の使い魔じゃあない、いやそれ以前に人間が使い魔?それ自体が既存のそれじゃあない!
やはり、メインキャラ。世界の主軸。
ああ、ああ、なんて、なんて─────
「
意識を失い倒れた使い魔に俺は杖を振るい『レビテーション』をかけてやる。知らねばならない。
その力がなんなのか。
「ヴァリエール」
「テルミドール……」
「お前じゃろくに治せんだろ。医務室に連れて行け」
怪訝な表情を見せるヴァリエールとグラモンに俺は苛立ち混じりに『水の秘薬』の入った小瓶を投げ渡す。唐突だったからか、ヴァリエールは驚きながら何度かその両の手で小瓶を跳ねさせるものの何とか手の中に収める。
責めるような視線を向けられるがそんなものは心底どうでもいい。
俺は知らねばならない。
この使い魔の力を。
世の中には
モブはモブ、メインはメイン。
簡単にはその境を越えることは出来ない。
だが、それはあちらの世界での話。こちらでは魔法がある、精霊がいる、力がある。
明確なメインキャラが俺の目の前にいる。相手は平民、こちらは貴族。
ああ、大丈夫だ。
俺は
俺の中で氷が割れたような音がした。
O, beware, my lord, of jealousy !
It is the green-ey'd monster which doth mock
The meat it feeds on
ジェラルド・アレタ・ド・テルミドール
テルミドール家の次男。前世から変えられない価値観を抱いたまま、この世界を生きている。
面倒臭い事を嫌いながらも他人と何かをすることは嫌いではない。同級生の中では空気が似ているタバサとよくつるんでおり、タバサからしても好感度は高い。だが、この先どのような関係に変わるのかは分からない。
使い魔はリヴァイアサンに似た幻獣。
使い魔はメイジと相性の良いものが呼ばれるとおり、確かにジェラルドと相性は良い