細かい設定が違うところがあるかもしれませんが、ご容赦ください。
また明確な恋愛描写はありませんが、物語の筋は鬼の双子×オリ主です。気になる方はブラウザバックでお願いします。
双子の鬼と自責少年 一
気が付いた時には、青年は見知らぬ森の中にいた。
「あれ……?」
辺りは見まわした青年は、言葉を失った。
自分を落ち着けようと、ゆっくりとした呼吸を心がけながら自分の状態を確認する。
格好はパーカーにスウェット。地面に倒れていたため少し汚れているが、それ以外は特に変わらないいつもの部屋着だ。
どうして自分がここに居るのか。
心当たりはなかった。
「どこだよここ……」
辺りは暗く、明かりもない。
人の気配がないのだ。
この場所まで青年が一人で来たとは考えられない。となると誰かに連れてこられたのだろうが、その連れてきたであろう人間が見当たらない。痕跡すら見つからないのだ。
人が入った気配のない、自然としての違和感がない森。いや、むしろその逆だ。自分という人間がいることが違和感を生み出している。
ここでは自分が異物だった。
「どうなってんだよ……」
自分の状況を確認して、青年はそう呟いた。
遭難、とは違うかもしれないが自身が安全な状況でないことは確かだ。
何をすべきかもわからずにいると、首に冷たいものが落ちた。
「うわ、なんだよ…………って、雨!?」
ポツリ、ポツリと空から雫が降ってくる。
これはまずい。今の気温はそこまで低くないが、雨に打たれれば体温も下がる。
「どこか雨宿りできる場所は……」
ひとまず、目についた大木の影に走る。あの大きさならひとまず雨はしのげるはずだ。
そう思い足を踏み出した時だった。
腹の底から痺れるような轟音が、辺りに轟いた。
「雷!?」
耳を塞ぎつつ辺りを見回す。音は大きかったが、近くではないようだった。
もしも近くに落ちたなら、青年はどうすることもできないだろう。雷が近くに落ちるとどうなるかはわからないが、無事で済むことはほとんどないに違いない。
──雨宿りをするなら、小さいほうがいいか。
大木ではなく、それよりもいくらか小さい木の方へ行くことにした。
意味はないかもしれないが、しないよりはマシだ、おそらく。
「なんでこんなことに……」
木の根元に座り込んでそう愚痴る。
この雨ではあたりを見回ることもできない。しかしこの場所に座り込んでいるだけでは状況は改善しないだろう。
「携帯は……ない」
ポケットを探るが、携帯どころか財布もない。ハンカチすら入っていなかった。
「はあ……これからどうしたら──」
ひとりごちていると、一瞬にして閃光が広がった。
「わ!?」
幾度か空が光ると同時に、爆音が周囲に響く。ビリビリと腕の産毛が震える。
咄嗟に耳を塞ごうとしたところで、青年の動きが止まった。
「今のは……」
音がした方を向くと、うっすらとだが煙が上がっていた。かなり近い。
いや、そんなことよりも──
「声、だよな」
青年の耳へ届いたのは、幼さの残る悲鳴であった。
煙の方向へ足速に歩き出す。
あそこに、誰かがいる。
雷が落ちた場所に、誰かが。
そこでふと、青年の足が止まる。
雷が落ちたのならば、その人物は無事なのだろうか。もし怪我をしていたならば、早く手当てをしなくてはならない。何もわからない状況で見つけた、大事な手がかりだ。これを逃すことは、まずい。
濡れるのも気にせず、青年は全力で走りだした。
絶望的な状況を打破するかもしれない、情報。それを持った人物が、いる。青年は、さらに加速した。
どれほど走ったのか。長い気もするし、短い気もする。落雷からの経過時間はわからなかったが、青年は自身にとって最速で煙の発生源へとたどり着いた。
煙の元へと足を進め、そして──
青年は思わず足を止めた。
目の前には、幼い少女が座り込んでいる。
青い髪に蒼い瞳。そして白い見慣れない服。
服装やその姿は、現実離れしている。少女はこちらには気づいておらず、地面に落ちた木の実を見て落ち込んだ表情をしていた。
髪の色や、服装はコスプレでもしているのか、というほどに派手だ。何かの行事だろうか。案外街は近いのかもしれない。
どう話しかけようかと考え始めたその時。
バキリ、と嫌な音が響いた。
「なっ」
少女の近くの大木──雷が落ちて黒焦げになった木が、ゆっくりと傾き始めていた。
このまま放置すれば……少女に当たる。
不可解な状況での、唯一の手がかり。その彼女をここで失うわけにはいかない。
故に青年は、地面を踏み込んだ。
抱えて走り抜けるには間に合わない。少女が座っているため押し飛ばすこともできない。それならば──
「ごめん、マジでごめん! 本当にごめん!」
「え? ──きゃっ!」
大木を見て固まっている少女を、踏み込んだ勢いを乗せた蹴りで、飛ばす。少女は見た目通り軽く、数メートルほど先まで蹴り飛ばされていた。
そして自分もその場から離れようと、右足を再び踏み込もうとして──
「あ、れ」
踏み込んだ感覚がない。
地面に触れた感覚はある。ただ、反発がなかった。
滑った、と理解した時にはもう立て直しは不可能だった。
ゆっくりと視界が傾き始める。
それと同時に、視界の端に燃える大木が徐々に大きくなっていく。
──あ、やばい。
直後、痺れるような衝撃と共に、青年の意識は途切れた。
※ ※ ※
目が覚めると、見知らぬ天井が目に入った。
木でできた天井と、それなりに柔らかい地面。
青年は自分がベッドに寝かされていることを理解した。
「いっ……」
起き上がろうとして、身体中に激痛が走る。悲鳴を上げることはしなかったが、起き上がれそうにはなかった。
どうしたものかと考えていると、部屋の扉が開いた。
「……あれ?」
少女らしき声が聞こえる。
ゆっくりと首を動かすと、青髪の少女が見えた。
──
何もすることができずにじっとしていると、少女が部屋から出て行く音が聞こえた。可愛らしい足音が部屋から遠ざかっていく。
そんな逃げるようにしなくてもと思うが、それだけである。青年は動けないため、少女に弁明することすらできなかった。
と、足音が戻ってくる。
音が多い。今度は複数人で来たようだった。
そして、扉が開く。
「ああ、目が覚めたんですね!」
聞こえてきたのは、男性の嬉しそうな声だった。
「
こちらを覗きこんで来たのは若い男性だった。ひたすら謝る男性に青年は困惑の表情を浮かべる。
「あの、すみません。ええと、言っている意味が…………。そもそも、あなたは?」
「ああ、これはすみません。私はクオークといいます。あなたが助けた少女たち、レムとラムの父親です」
「助けた? 自分が、ですか?」
「ええ。あなたが助けてくれたと二人からは聞いたのですが……」
クオークと名乗った男性は、青年が彼の娘たちを助けたと言った。
しかし青年には何のことかさっぱりわからない。
──助けた? 誰を? そもそもどうして自分はここに居る? いや、それ以前に……
「名前は…………。すみません、俺の名前ってわかりますか?」
──俺は、誰だ?
青年の質問は、クオークが答えることのできないものだった。
※ ※ ※
記憶がない。
そう理解したのは、青年が目を覚まして二日目のことだった。
自分の名前がわからない。今まで何をしてきたかわからない。どうしてここにいたのかがわからない。
──自分の元の顔も思い出せない。
青年は窓にうっすらと映る自分の顔を見て、ため息を吐いた。
額から右目辺りにかけて、青年の皮膚はただれている。視界も一部塞がれていて見えづらい。まだ見ていないが、首から背中にかけても火傷の跡があるらしい。
本当はもっとひどい状態だったらしいのだが、村の医者による治療──魔法でここまで持ちなおしたそうだ。
「魔法か。俺からしてみれば、ありえない話だけど……」
魔法。この村では当たり前のことのように話されていた。
青年自身、魔法という言葉に聞き覚えがないわけではないが、青年の認識では魔法は架空の存在だった。
これは青年が記憶を失っているためなのか、あるいは……
「この村が特殊って可能性もある? いや、今はそんな事よりも……」
この先の生活。それが、今青年が対処すべき問題。
状況は最悪、とまではいかないが、悪いのは確かだった。青年は自分の手がかりが皆無なのだ。
突然現れて、娘を助けてくれた、謎の人間。それがこの家での青年だ。
今はクオークという男の家に世話になっているが、それも長く続くとは限らない。
クオークは青年のことを知らなかった。赤の他人ということになる。そんな他人の世話を、なぜクオークは行っているのか。
双子の少女を、青年が助けた。
クオークはそう言っていた。
青年はもちろん覚えていない。彼もその場を見たわけではなく、その助けられた娘から聞いたらしい。
「俺が見ず知らずの人をねえ」
青年が助けた二人、レムとラムは青年と面識がなかった。見たことすらないという。となると、青年は赤の他人である彼女らを助けたことになる。
青年はとてもじゃないが、自分がそんなことをする人間には思えなかった。
「あれ、起きているのね」
扉をゆっくりと開けた少女が、表情を変えずに言う。
部屋に入って来たのは桃色の髪をした少女だった。青年の聞いた話では助けた双子の姉で、ラムという名前だったはずだ。
「ラム、さん……」
「敬称はいらないわ。あなたは恩人だもの」
その言い方に違和感を覚えた青年は、思わず口を開いた。
「あの……俺は本当に君たちを助けた、のか?」
「それは、どういう意味かしら」
「俺は自分がそんなことをする人間には思えないんだけど……」
青年が何かの理由で大怪我をしたのは確かだ。
何かの偶然で勘違いされてしまっているのではないか、と青年は続ける。
「あなたがラムたちを助けたのは本当よ。
ラムが嘘をついているようには見えない。
「確かに、お礼は言われたな」
この二日間で、いろいろな人がお礼を言いに来た。
村人や村長、村の子供たちと、本当に様々な人が来た。しかしそのお礼のほとんどが、ラムを救ってくれたことに対するものだった。
──ラムを救ってくれてありがとう。
──ラムが生きてて本当に良かった。
「レムとラムは、この村で何か特別なのか?」
「特別……そうね。ラムは特別よ。この村の誰よりも」
特別であることを、ラムは何でもないことのように言った。
「特別……レムは違うのか?」
「それは……」
言葉が途切れる。
それが答えだった。
「悪いこと聞いたな。ごめん」
「……謝らなくていいわ。レムが普通なの。ラムが他人とは違いすぎるだけだから」
「どこらへんが特別か、聞いてもいい?」
「才能よ。魔法のね」
ラムが語った話は、にわかには信じがたい話だった。
ここが人間ではなく、鬼という種族の集落だということ。
鬼族では双子は忌み嫌われ、処分されること。
レムとラムは本来処分されるはずが、ラムの才能のおかげで例外的に処分を免れたこと。
そして、レムは自身の才能にコンプレックスを抱いていること。
「こんなところね」
「だから村人たちは、ラムのことをあんなに評価してたのか。ぶっちゃけ俺のことをからかってるのかと思ってたよ」
滝を逆流させた話はさすがに馬鹿にしてるのかと思ったが、村人たちがあまりに真剣だったため疑問を口に出せずにいたのだ。
「魔法があるって知ったらなんとか納得はできたけど……そもそも初めて知ることが多すぎて……」
「でしょうね。鬼族のことは、本来人に話しちゃいけないことだもの」
あなたも殺されるはずだったのよ、と付け加えられ嫌な汗が流れる。
「ラムを助けたから生かされてる、か」
「……そうよ」
「なあ、一つ気になったんだけど、死にかけるほどの状況って言ってたけど……それは魔法でどうにかならなかったのか?」
とてつもない魔法の才があるラムが、死にかけるほどの状況。
そんな状況を青年一人の力で変えることができるのだろうか。
ラムが青年に助けられたと勘違いしていることもあり得る。
そもそもそんな危険な状態になる前に、ラム自身でそれを解決できるような気がするのだ。
「そりゃ普通はそんな年だったら誰でも危なくなることはあると思うけどさ……」
村人たちから聞いたラムの評価。
ラムは魔法だけでなく身体を動かすことも得意らしい。
組み手では大人たちに交じっても問題ないレベル、むしろ強い部類に入るとすら彼らは言っていた。
「ラムは、本当に俺に助けられたのか?」
加えて、ラムの精神的な年齢。
数日しか関わっていないが、それでもわかる。彼女は見た目の年齢に反して、精神が随分と成熟しているのだ。
「ラムの不手際があった。そういう風に皆は言ってたでしょう?」
ラムの含みを持たせる言い方に、違和感を覚える。
「一から説明しないと、わからない?」
「…………さっぱりわからない」
ラムはため息をつくと、青年へ寄ってきた。
「これは、ラムの独り言よ」
ラムが小声で説明する。
青年はラムを助けてはいない。しかしラムは青年を殺させないために自分が助けられたと嘘をついた。そうすることで、部外者である青年の命を助けたのだ。
「なるほど……?」
「……察しが悪いのね」
しかしそうなると再び疑問が出てくる。
ラムは何故、青年を助けたかったのか。
「なんでラムは、俺を助けたんだ?」
ラムはしばらく黙っていたが、やがて呆れたようにため息を吐いた。
「あなたが、レムを助けてくれたからよ」
「俺が、レムを…………?」
妹を助けた恩人を庇う。
──なるほど、理解はできる。
「レムを、俺が助けた」
偶然か、もしくは何か特殊な理由があって、青年はレムを助けた。
特別であるラムを助けた人物なら、扱いは変わる。
「ラムの恩人であるうちは、あなたは殺されないわ」
「……今の、聞かなかったことにした方がいいよな?」
「何のことを言っているのかわからないけど、その方がいいと思うわ」
無愛想に見えて、意外と優しい人らしい。
ラムを助けたというだけで生かされるとは考えにくい。ラム自身もそう頼みこんだのだろう。
「俺を助けてくれてありがとう。ラムのおかげで助かった」
「あなたがラムを助けたんでしょう? でも、一応礼は受け取っておくわ」
とりあえず感謝は伝えられた。
……これで話を終えてもいいのだが、青年には少し気になることがあった。
「その……レムは、大丈夫なのか?」
「レムが? どうして?」
「ラムに迷惑をかけた、っていって落ち込んでるんじゃないか? さっきの話だと自己評価が低いように感じたんだけど……」
「……そういうところは察しがいいのね」
ラムは軽くため息を吐きながらそう零した。
レムは青年のところへもまだ来ていない。見たのは起きた時の一回のみだ。
「レムは優秀よ。ラムから見てもね。でも、レムはそれを認めない。今回のことも、全部自分が悪いと思ってるのよ」
「フォローできればいいんだけど……助けられた状況を知らない俺にできることはあんまりないよな。俺の記憶があればもうちょっと違ったのかもしれないけど」
この状況だとな、とため息を吐く。
「悪いけど、あなたにできることはないでしょうね。すぐに解決できる問題なら、ラムが解決してるもの」
「……そうか」
空中に向けられたラムの視線は、誰かを攻めるように鋭かった。
続きます。