「誰だよ、こんなの作ったの……」
久方ぶりにやってきた香子の屋敷の前で俺は、そんな言葉を呟き項垂れた。
家の中から感じるのは、どんな化物が作ったんだと言いたくなるような異常な結界。もしもこの中に入ろうとすれば弱い妖怪は滅され、ある程度強い妖怪であろうと本来の力を発揮できないといった効果を持っている物……
こんな結界を維持するには、術者が中にいなければ維持できないだろうから、この中に入るのは自殺行為……かといってこのまま丑御前達の所に向かおうとも、嫌な予感がするし。
いや戻るか、うだうだ考えても仕方ないし待ってくれているであろう皆に悪い。
土産とか色々用意したが無駄になってしまったな。
「待ってくださいお客人、せっかく来たのですからもうちょっとゆっくりしてはどうですか?」
振り返り、丑御前の屋敷に戻ろうとしたところを呼び止められる。
それと同時に感じたのは、肩に手を置かれる感覚と、異常なまでの浮遊感。それは一瞬の出来事だったが、体が地についたと感じた時には見知らぬ夜の庭の中に俺はいた。
転移の術、それも発動が分からぬほどの高位の物――――襲われると、そう思考を決め。俺はすぐさま変化を解除する。
「あれ、清明様? 敵意満々ですけどちゃんと連れてくるときに許可取りました?」
晴明? その名でこんな事が出来るのは、一人しかいないだろう。安倍晴明……俺が知る限りでも最強の陰陽師で、本当に人間なのかと疑いたくなるような化物筆頭、確か十二体の神を式神として使役してるやべー奴。
これ、天狗で生き残ることが出来るのか? 二つの枷を外してることで、火之迦具土神の炎をかなり使うことが出来るから、式神相手は問題ないとしてもだ。晴明の実力は未知数、あの結界を見た以上化物なのは決定として……。
「馬鹿なのか青龍、許可などとっている暇があれば攫った方が早いだろう」
「馬鹿は貴方ですよ、というか鬼じゃないし天狗じゃないですか! それも天魔級の!」
「ははっ些細な事を気にするな青龍」
「ははっじゃない、巫山戯ないでください戦うの私達なんですよ!」
こんなぐだぐだしたのを見せられた俺はどうすればいいんだ。なんというか気が抜ける。これ、俺は殺されないんじゃないか?
「儂は構わないぞ、青龍よ。それに晴明とは違う種類の美男子、味わってみたいのじゃ」
「貴女は気楽でいいですね大陰さん……」
晴明と青龍と呼ばれた二人組の近くに、白い髪をした幼女が威厳を感じさせるような口調でそう言いながら、こっちを見て舌舐めずりをしてくる。
それを見た俺の体は芯から冷える。おかしいな、俺は体の中に永遠に燃え続ける炉があるのに、冷えることなんか有り得ないんだが……。
「それはそうと鬼蛇よ、何故そんなに警戒する? 私に敵意はないだろう?」
「確かにないが、いきなりこんな所に連れてきた相手を信用するなんて事は出来ない」
「ふむ……それもそうか、なら戦おう――小手調べだ。行け、匂陳に騰虵」
急にそう宣言され、現れたのは二匹の蛇。
それは、好戦的な意志を俺に向けながら突撃してきて、翼が生えている方の騰虵と呼ばれた蛇が火を吐いてきた。
燃え盛る炎は、意志を持つように俺に襲いかかってきて、全身を焼き尽くそうと体を包んでいく。だけど、何故かその炎は俺には通じる事はなく体の中に吸収されていった。いや、吸収したと言うより飲み込んだと言った方が正しいだろう。
「ふむ、効かないか……匂陳」
次に匂陳と呼ばれた蛇の式神が、体の周りに金の塊を作りだしそれを飛ばしてきた。四方八方にそれは飛来し、俺を囲むがそれが飛んでくる前に金の塊を燃やし尽くした事で事なきを得る。
「おい、お前遊んでるだろ」
実験するように俺に式神を仕掛けてくる晴明に、少し苛立ちを覚える。そんな俺に対して晴明は、侵害だと言わんばかりに首を振り、
「いや、私は真面目にやっているぞ?」
「本当かよ――って」
「余所見はいかんのう、儂と遊ばうではないか」
大陰と呼ばれた幼女が、気づいたときには目の前にいて笑顔を浮かべながらそう言葉を投げてくる。幼女は、そのまま俺の服を掴みそのまま顔を近づけて――。
「ではいただくとするか――」
「は? ちょま、何をするやめ――んむ!?」
口内に舌を入られ蹂躙される俺、そのまま、体の中から何かを抜かれさっき湧き出てきた力が全部抜けていく。
「ん……ぷはぁ――――これはこれは、どんな魔力をしてるのじゃ、美味すぎるのう……ふむどうじゃ、儂の眷属にならんか?」
「なるわけないだろ馬鹿野郎、というかいきなり何するんだ!」
「何って魔力補給じゃが? それに儂は野郎じゃないぞ、立派な乙女じゃ」
乙女はいきなりこんな事はしねぇ、そう思いながらも振り払おうとしたが力が出ない俺はこの幼女を振り払うことは出来なかった。
――――あぁもういいか、逃げることは考えてたけど面倒くさい。元より俺は脳筋、全部ぶっ壊せば解決するよな。
「天昇せよ、我が神よ――数多の命を滅ぼすがため」
天狗の時だけ使える術の一つ、見た限りこの場所に外界と隔離されている結界が張られてるんだ。ちょっとぐらい本気出しても被害は出ないだろう。
「原初の焔、始まりの火よ、命を作りし炎産霊よ、その神威を今、解き放たん」
俺の背に太陽と間違えるほどの熱量を持った炎が生み出され、それは徐々に空に昇っていき上空で固定される。
「清明様あれ絶対不味いですって! 私じゃ消せませんよ!」
「ふむ、どうするか」
「なんでこんな時まで呑気なんですか馬鹿ぁ!」
「あれ、儂なんかやっちゃった? いきなり魔力補給は不味かったか……この年で学ぶとはのう、長生きしてみるもんじゃ」
「打ち抜けぇ!」
炎の塊が、晴明達に狙いを定め、槍のように高速で極太の光線を発射した。俺の視界だけではなく、全てが炎に包まれて消えていく。
炎が止んだ頃、視界に映る全てのものが燃え尽きており、この場には俺以外誰も残っていなかった。
「よし、逃げよう」
そう確認するように呟いたとき……。
――パリン、と鏡が割れる様な音が辺りに響いたかと思うと庭の中心に大きな罅が入っていた。