歴戦のドタバタハートフルコメディ!
《序幕》
「──母ちゃんの【達人珠II】がないなった!」
『──っ!?』
セリエナの集会所を貫いた『母ちゃん』の絶叫に、狩人達は凍りついた。
古龍『ムフェト・ジーヴァ』の討伐を終え、ようやく訪れた安息──それが音を立てて崩れ去ったのだ。
《人物紹介》
【母ちゃん】
匿名希望のアラウンドフォーティー。
介護生活を夢見るパーティの紅?一点兼賑やかし担当。
【雨のち雪】
アイルーフェイクの毒舌花火師。
採取癖のある母ちゃんの足元に爆弾を仕掛けるのが最近の愉悦。
【ほへい】
首から下が人間の謎大きクルルヤック。
人語を理解している。
【アクア】
トウガラシ狂いのユクモ娘。
胸がないことを気にしている。
《1》
緊張がディアブロスの咆哮のように広まる集会所の片隅で、アイテムボックスから頭を引き抜いた母ちゃんがゆっくりとシグレを睨みつけた。
テルマエ装備を着合わせた通報一歩手前の格好(半裸)で、円卓でビールをあおる猫頭にズカズカと近づいて行く。
「盗ったでしょ、雨のち雪さん!」
「いやだなあ、ボクはそんなことしませんよぉ」
飄々と言ってのけるアイルーフェイクからは、その内に浮かぶ表情は読み取れない。
性別不詳の猫人は犯人扱いされても慌てる素振りはなく、どうやって飲んだのか、被り物の口とヒゲにたっぷりと泡をつけて悠々と寛いでさえいる。
「うそだうそだ! いつもいつも足元とか通り道に小タル爆弾仕掛けるし、私に恨みがあったんでしょ! そうなんでしょ!」
「ははは、そんなことないですよ。怨恨なら八つ当たりも含めてその場で即⭐︎爆散させてますし」
「えーそうなの? なら他に誰がいるのさ」
さらりと混入した問題発言には気付かず、眉間にシワを寄せて頭を捻るアラフォー。
だから爆弾に引っかかるのだと内心ほくそ笑みながら、シグレは隣に座る知人の肩を叩いた。
「恨みって言うなら、ボクの他にもっと可能性のある人がいるじゃないですか、ねぇ?」
「……え? 何で私!?」
急に話を振られた青髪ポニーテールはギョッとしてシグレから距離を置いた。
赤い香辛料で満たされたグラタンスープが刺激的な色を揺らめかせながら引き寄せられる。
凝縮されたホットドリンクの如き劇物を守るように抱えこみ、スプーンを握りしめた彼女は二人に文句の込めた目線を向けた。
「私はお昼を食べに来ただけです。大体母ちゃんに恨みなんてあるわけないじゃないですか!」
「はいダウト。この人、この前悪口言われたってめちゃくちゃ怒ってましたよ」
「まぁアクアったら! 散々エグレ胸エグレ胸言われたからって人の物を盗んだら駄目じゃない!」
「私じゃないって言ってるじゃないですか! 胸も抉れてなんていませんからね!」
「いいぞもっとやれ!」
ギャーギャーと円卓周りが騒がしくなり、給餌のアイルー達が困った様子で耳を伏せ、近くの猿山ではギンセンザル達も怯えたように威嚇をし始めた。
《2》
「おいおいまたか……」
集会所の異様な雰囲気に、クエスト受付カウンターでは一人の女性が笑顔を強張らせていた。
ハンターズギルドからの派遣である受付嬢は、げんなりした様子でスケジュール帳を開くと本日の欄を大きくバツで塗り潰した。
あの3人は彼女にとって最近一番の悩みの種なのだ。
キッチンと給餌を泣かせる味覚障害(最近では禁止されてるトウガラシの自宅栽培までやりだした!)はまだいいが、所構わず花火を打ち上げ、火を放つ爆弾放火魔と犯罪紛いの薄着(やたらとケツを出したがる!)で集会所を彷徨った挙句、様々なトラブルを引き起こす年齢詐称オバサンには散々手を焼かされている。
彼女達の騒動がこのまま終わる訳がない。
今回もきっと散々揉めた後に乱闘騒ぎになり、最終的に意味もなく蒸気機関が爆発する辺りがオチであろうが……悪質性を考えるとネルギガンテの暴れっぷりのほうがまだマシかもしれない。
例え騒動が終わっても、滞った業務の補填や集会所の修理清掃、アイルーと猿のメンタルケア──山積みの事後処理が脳裏を過ってズキズキと頭が痛む。
「ねぇ……ちょっとあれ」
「んー? まぁいいんじゃない?」
「チッ」
隣の闘技場担当は管轄外だという顔で空返事だ。
受付嬢は内心で盛大に舌打ちした。いや、少し漏れていたかもしれない。
どう考えても仕事量に差があるのだ。
こちらがフリークエストや調査クエスト、マム・タロトやムフェト・ジーヴァの緊急クエストまで管理しているのに、隣の色黒は需要の少ない闘技場クエの斡旋だけである。
上のポストが空くまで、暇潰しに閑職勤務を謳歌している『エリート』様は違うと小さく舌を出し、闘技場のゴミ拾いでもしてろと悪態もつくが、それも虚しくなって彼女は天を仰いだ。
この時点で既に長い残業が約束されたようなものなのだ。
(何も料理長の晩餐会の日に起きなくても……)
脳裏に楽しみにしていた料理の数々が浮かぶ。
食い意地の張った5期団の編纂者から、ギリギリで参加権利を競り勝った苦労は一体何だったのか。
(もしかして無くなった珠も忌々しいあの女が食べてしまったのでは……っ!?)
おやつ代わりとかに普通にやりかねん。
余ったという耐毒珠をハンターに貰って食べてるところを目撃したのはつい最近のことなのだから。
(おのれ二足歩行のドスジャグラスめ……!)
全てがあの憎き編纂者のせいに思え、無意識に己の拳を硬くする。
「……ん?」
受付嬢の精神に暗い影が差し始めた頃、彼女の視界の端に特徴的な人影が映った。
「もしかして……もしかして……っ!」
首が折れんばかりの勢いでそちらの方向に目線を向けると、受付嬢はいよいよ破顔した。
「奇跡だわ! 今日はまだ出発してなかったのね!」
彼女はすぐにスケジュール帳を取り出し、うきうきと赤丸を付け直したのだった。
《3》
『……』
その『ある人物』は少しばかり周りを見渡し、すぐさま諸悪の根源を理解して円卓へ歩み寄った。
「ひがうふぉーん! わたしはひょっとふぁやとちりしただけだふぉーん!」
「何が早とちりですか! 頭に被ったパンツの中に紛れてたって……どうすればそんな事になるんですか! バカなんですか!?」
「ぶぁくぁってひったふぉーぐぁぶぁくぁなんだふぉん! ぶぁーくぁ!」
「ははは、いいぞもっとやれ!」
ギリギリと頬を引っ張られた母ちゃんが、仕返しとばかりにアクアの胸の前を平手打ちを空ぶってみせる。
「ふぉーらふぉーら、むねなひー!」
「今、胸は関係ないでしょうが!」
「いいぞいいぞ!」
「──なんだ喧嘩か?」
「──おい、面白いことになってんぞ!」
小さな花火を打ち上げながら的確に煽るシグレによって集会所は妙なエキサイトに包まれ、乱闘騒ぎは目前に迫りつつあった。
その時である。
『ハァーーァ……』
突如響いた巨大な溜息に、3人がビクリと身を震わせて押し黙った。
彼女達は恐る恐る後ろを振り向き、その正体を目の当たりにして大粒の冷汗を流すことになる。
『……』
直立歩行のクルルヤックが頭部をブルブルと揺らし、腕を組んで仁王立ちをしている。
首から上の色は青。怒りを示す色である。
「げ、ほへいさん……」
「これは、その……ですね」
「わ、私悪くないもん! ちょっと勘違いしただけだもん!」
3人が口々に弁解するが、ほへいは鳥頭以外微動だにしない。
『ハァーーァ……』
二度の深い溜息と共に、鳥頭の青色が深みを増す。
『……すみませんでした!』
鳥頭から放たれる圧に抗えず、頭を床に擦り付け声を揃えて謝罪する3人。
『……』
ほへいの顔色が、徐々に通常色の黄色へと戻っていく。
やがて完全に黄に染まった鳥竜の怪人は、頭を垂れる3人に目を向けることなく、翼竜に捕まって導きの地へと飛び去って行った。
カウンターではそんな彼を受付嬢が拍手をして見送っている。
「……行きました?」
「……行ったと思います」
「……母ちゃんもそう思います」
3人はしばらく土下座のポーズで固まっていたが、ほへいの気配が完全に消えたことを確認すると勢いよく床に転がった。
「……あの色は、やばかったですね」
アクアがげっそりした様子でボヤく。
「僕が小タルを誤爆した時も……もう少し黄色掛かってましたよ」
「母ちゃんがクエスト中に迷子になって討伐まで合流できなかった時も、もう少し青味が薄かったわ?」
『『──いやあの時はもっとやばかった』』
鳥頭が虹色に輝き始めたのはあの時が最初で最後である。
その後、集会所へ帰るまでの記憶を誰も持ち合わせていなかったのが一層の恐怖であったが、それを当の本人が忘れているのがまた恐ろしい。
彼の怖さについては、彼女達は身を持って知っている。
突如、導きの地に現れた謎の鳥竜種ことほへい。そんな彼と対峙した時の苛烈さを思い出し、たまらず身を震わせた。
ほへいは餌にするのか習性なのか、執拗なまでに『大霊脈玉』を求めて歴戦の古龍達を1人(羽?)で調和していた。
それを問題視した大団長が単独で接触し、まんまと生け捕りにされたのが事の発端である。
慌てたギルドから大団長の救援クエストを任命されたのが、今倒れている3人なのだ。
ギルドへの様々な『ツケ』を理由にされて渋々向かった3人だが、森林エリアの木の枝に引っ掛けられていた大団長(早贄?)を救出したまでは順調であった。
その場に直立歩行の首だけクルルヤック人間──ほへいが姿を見せるまでは。
後日、3人が口を揃えてギルドに文句を言ったが何時もの冗談だと全く聞き入れて貰えなかった。
鳥頭の男がフライドチキンを両手に構え、恐ろしい速度で迫ってくる恐怖を一体誰が理解してくれるのだろうか。
元の同族やも知れぬ成れの果てを躊躇なく振るい、母ちゃんは踏まれ、シグレの爆弾は蹴り飛ばされ、アクアの操虫棍は真っ二つにされた上に猟虫にも逃げられる散々な始末。
そんなほへいとなんやかんやで意気投合し、彼をセリエナに連れ帰ったのは功労者は当然のごとく母ちゃんである。
ギルドも当初は驚いたものの、そこは強者がものを言う調査拠点の最前線、セリエナを訪れたほへいは瞬く間にハンター達の輪に溶け込んでいった。
加えて彼は『腕前以外はどうしようも無い』で評判の3人をセーブ出来る唯一の人物だとも判明したのだから、ギルドは手をあげて喜んだものだ。
その後、3人と彼と一緒に行動する様になって長くなるが、彼の生態については謎が多く、解明するどころか深まる問題ばかりである。
「ほへいさんの『アレ』、僕のと違って被り物じゃないもんなあ」
「クルルフェイクって、ギルドがカモフラージュ用に作ったらしいよ……」
「まじか」
雨のち雪とアクアが床に転がったまま雑談に花を咲かせていると、母ちゃんがのそりと立ち上がった。
「さてと……ほへいさんを手伝いに行こうか?」
何事も無かったかのように2人に爽やかな笑顔を向ける母ちゃん。
「ええ……疑われた僕には何もないんですか?」
「私も散々な目にあったんですが……」
頭部の毛並みを整えたり、ユクモ服のシワを伸ばしたりしながら、2人は文句を交えて立ち上がる。
しかし、文句を言われた当人はポカンとした様子で目を丸くするばかりであった。
「へぇ? なんのこと?」
自分が悪いなどと言う負の要素は綺麗さっぱり忘れている。そんな顔を向けられた側はただただムカつくのみである。
真の鳥頭とはこれを指すのだろう。
改めて彼女の危険度レベルを上向き調整するべきだと2人は無言で頷くと、拳を振り上げた。
「少し前の記憶をお持ちでないっ!」
「何か言うことは無いんですか!?」
殺意を纏った2つの拳を軽やかに避け、何故自分が攻撃されるのか全く理解していない母ちゃん。
「あーはん?」
「だめだ、もう完全に忘却してる……」
「記憶を・お持ちで・ないっ!」
アイルーフェイクに青筋を浮かべて片手剣に手を伸ばす雨のち雪をアクアが羽交締めにさて抑える。
「諦めましょう……! 母ちゃんは一度忘れたこと(都合の悪いことに限る)は二度と思い出しませんから……!」
「さぁデッパツするよぉ!」
「……はぁい」
2人は諦め半分で、装備を整えるべくアイテムボックスへと歩き出す。
どうせ母ちゃん一人が加勢に行ったところで、ほへいさんに『一人のほうが速い』というリアクションをされるのが目に見えているのだ。
シグレは手早く爆弾を吟味して母ちゃんの元へ向かっていったが、元々昼休みでろくに準備もしていなかったアクアはそうはいかない。
大慌てでホットドリンクなどを急いでポーチへ詰め込んでいくが、ボックス内でひらりと舞い上がった紙片を見て、彼女はある事を思い出した。
少しの間手を止めていた彼女の耳に、エリアの端から姦しい声が響く。
「アクアー、むねなしー、置いてくよー!」
「これはボックスに頭突っ込んで寝てるんじゃないですかねぇ……」
「寝てないし胸も少しはありますよ!」
急いで準備を整えたアクアは、眉を吊り上げながらも僅かに口角を緩めた。
もうすぐ、セリエナでは『万福の宴』が開かれるのだ。
当面の課題を解決したギルドが趣向を凝らした大盤振る舞いをするとのお達しだった。
ある人は新種の鳥頭を、ある人はまだ見ぬ花火を、ある人は新作のセクシー重ね着を求めて今まで以上に騒がしくなるだろう。
「──お待たせしました」
「遅い! もう30分も前から待ってるのに!」
「そうだぞ!」
「いや、30分前って母ちゃんが珠がないって騒いでた頃ですけど」
「えー? しらなぁーい」
「そういうとこだぞ!」
「あ、ところで。今度の宴はどのクエストから行きますか?」
「あ、それなら母ちゃんはねぇ──」
「うーん、僕は花火が貰えれば──」
3人は近い未来の話に花を咲かせながら、翼竜に捕まって導きの地を目指していく。
時代が幾つ移り変わっても、狩人達が狩人である限り、物語に終わりはない──。
そんな想いが、セリエナの冷たい風に乗ってどこまで飛んで往く気がした。
後日、ビルドアップした二足歩行で虹色に光るキブクレペンギンがセリエナを襲撃することおなるが、それはまた別の話である。