幻想々話 - 雪月花 魂の行方 作:荒木田久仁緒
一 嘘散る里
「おぅい、何やってんだよ、こんなとこで」
長い石造りの階段を登ってきた中年の男は、その少し先、鳥居の向こうで佇む若い男に、そう声をかけた。
「……ハナ」
呼びかけられた背の高い男は、石畳の道の横、上のほうを見上げたまま、奇妙な発音で一言、独り言のように答える。見慣れぬ異国の風貌は、色黒で、彫りが深い。水色の作業着に、黄色いヘルメット。中年の男も、同じ出で立ちだ。
「花ぁ? ……ああ、こりゃなかなか見事だな。こんなとこにも桜があるのか」
「サクラ……」
草が生い茂った広場のような場所、その傍らに、大きな山桜の木が幾本か並んでいた。いずれも満開に花を開き、晴れた青い空の下、地上の雲のように輝いている。
「キレイナ、ハナ。ワタシノクニ、コンナハナ、ナイ。デモ、ドコカデミタ、ハナ」
「いや、そうじゃなくてな。勝手に変な所に入りこまんでくれよ。どこの誰のもんだか分かんなくなっちゃいるが、いちおう私有地なんだから。面倒ごとが起きちゃかなわん」
二人が立っている道の先には、古い神社の社殿があった。草ぼうぼうの境内は、二人のほかに人影も、人が立ち寄っている気配もなく、ここが既に打ち捨てられて久しいことを匂わせる。ただ、その割には社殿も鳥居も、石畳も崩れた様子はなく、時が止まったまま古びたかのような、奇妙な厳かさを漂わせていた。
「そろそろ休憩時間も終わりだ。ほら、仕事に戻るぞ」
色黒の男は、なおも満開の山桜をぼうっと見上げている。その唇が開き、小さな呟きが漏れる。
「ネガワクバ……ハナノモトニテ……」
「なんだ、お前さん西行なんか知ってるのか」
「……サイギョー?」
「名前は知らんか。この世でいちばん綺麗な景色の中で死にたいっつって、その願い通りに死んだ、幸せな男の話さ」
ざあっと音高く、一陣の春の風が、花咲く梢を揺らしていった。
──── 境界監視記録 六八二四四三号 六刻
並びに祝賀の宴のご案内
目の前に突き出されたチラシには、そう書いてあった。
紅白の服を着た少女は、それを見てため息をつきながら、右手のお祓い棒を振り上げる。
「てぇいっ!」
気合と共に打ち据えられたチラシは、たちまち大きな木の葉へと変わり、女の手から離れて地面に落ちた。
「……ええっ!?」
驚きの声を上げる女に向かって、
「見てのとおり、これは妖怪のしわざ。タヌキかキツネか……とにかく、そいつらが撒いたデマだから」
うんざりしたような顔でそう言い、当代の博麗の巫女──霊夢は再びため息をつく。
「ええ~。せっかく、こんなところまで歩いてきたのに……」
「
だけどね、変だと思わなかったの? 何の前触れもなく、巫女が代替わりするなんて」
「うーん、そうですねえ……でもなんとなく、そういうものかなって……」
腕組みをして問う霊夢を前に、ぽりぽりと頬を掻く。その顔に、鋭い声が飛んだ。
「そう、それ!」
「ひゃいっ!?」
「そうやって、ぼんやりした考えで生きているから、こういう嘘を簡単に信じこむの。それは心に芯が通っていないせい。芯が通っていないというのは────」
びしり、と女の鼻先に、お祓い棒が突きつけられた。
「つまり、信心が足りないの!」
「は、はぁ……?」
のけぞって目を白黒させる女に、さらに言葉を浴びせる。
「信心が足りないと、神様の力添えもない。
そういう人は、詐欺や妖怪に騙されやすくなる。
そして、騙されてとはいえ、
二度と引っかからないように、しっかり拝んでから帰りなさい!
……もちろん、お賽銭もしっかりね!!」
まくしたてる勢いに、はい、はい、と何度も頭を下げる。
そんな女の様子に、よろしい、と満足げに頷いて、霊夢は縁側に腰を下ろすと、飲みかけだったお茶を一口すすった。
が。
「……ん?」
はたと眉根を寄せると、
「ねえ、ちょっと待って!」
去ろうとした女の背中に声をかける。
「はい?」
「あなたの少し前にも、そのチラシ持った人が何人か来て、追い返したんだけど……。ここまで登ってくる途中、その人たちから、これがデマだって聞かなかったの?」
呼び止められた女は、えーと、と考えこんで、
「いえ……誰とも会いませんでしたよ。
なんだか変な……獣……?……だか、犬だかとなら、すれ違いましたけど……」
「……はぁ?」
首をひねる霊夢を尻目に、こちらも首をひねりながら、女は拝殿のほうへと引き返していった。