幻想々話 - 雪月花 魂の行方   作:荒木田久仁緒

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二 花の下に狸の居る事  


 

  鳥居のわきで、二人の女が、昼日中(ひるひなか)から酒を飲んでいる。

 

  一人は着物に丸眼鏡の若い女。もう一人は黒いワンピースの、むしろ少女と呼べる年頃の娘。

 

  茣蓙(ござ)に座って重箱をつつく、頭上は一面の桜色。

  境内のすみに並んでいる、幾本かの山桜が、弥生の空に咲き誇っていた。

 

 

「ほれ、次がくるぞい、ぬえ」

 

  拝殿のほうから歩いてくる人影を目にした眼鏡の女が、そう黒服の娘に声をかける。

 

「わかってるって」

 

  ぬえ、と呼ばれた娘は小声で返事をすると、二人のそばを通り過ぎて鳥居をくぐろうとしている人影──先ほど霊夢にチラシを落とされた女の背中に、得体の知れない何かを投げつけた。

 

  すると、投げつけられた女の姿も、得体の知れない何かへと変わり、しかし当人はそれに気づきもせず、人里へと向かう石段を降りていく。

 

  正体不明の種。

  人でも物でも、仕込まれたものの姿を、なにやらよくわからないものへと変え、その正体を包み隠す力。

  それが、(  )ぬえ(  )(いにしえ)から呼びならわされる妖怪の能力だった。

 

「よし、よし。まだしばらくは、バレなさそうじゃのう」

 

  そう言って徳利(とっくり)から酒を注ぐ眼鏡の女も、やはり姿どおりの人間ではない。

  幻想郷一円の化け狸を束ねる頭領、二ッ岩マミゾウ。木の葉のチラシを用意したのは、彼女であった。

 

「へへへ。やっぱり、こういう(たぶら)かしこそ、妖怪の本領って気がするよ。妖力の美しさを競うのも、悪くはないけどさ」

 

  にかりと笑って、ぬえは団子をひとつ頬張る。

 

「あ、これイケるね……人里で作ってるやつじゃないな、(   )(   )のヤツ?」

 

「うむ、このあいだ里帰りしたついでの土産じゃよ」

 

  マミゾウも同じ団子をつまみ、口に放りこんで顔をほころばせた。

 

「あー、それにしても……やっぱりこの季節はいいねぇ。

 暖かい日差し、爽やかな風、咲き乱れる桜。

 平安の都のころから……何も変わらない」

 

  まだ、世界が混沌に満ち、人以外の多くのモノが未知の化物(ケモノ)であった時代。

  それを知り、今もその力を宿す小さな大妖怪は、目を閉じ、木に背中を預けて、その遠い風景を思い出しているようだった。

 

年年歳歳(ねんねんさいさい)花相似(はなあいにたり)歳歳年年(さいさいねんねん)人不同(ひとおなじからず)……なんて歌もあったがのう」

 

「それ唐のオッサンの詩? けど、いかにも人間の詠む歌って感じ。私たちから見れば、人間だって大して変わりゃしないのにね」

 

「いかにも。とはいえ、花の色が少しずつ移ろうように、人も少しずつ変わるがな。じゃから儂らは……今、(   )ここ(   )におる」

 

  言って、くいと(さかずき)を空ける。

  そんな彼女もまた、ぬえと同じ混沌の系譜に連なり、他の多くのケモノがただの動物となった後でも、なお奇怪なモノで在り続けた者の一人であった。

 

「あー、やなこと言うなぁ。まあ私たちは、まだ結構(   )(   )でも名が通るからマシだけどね。それもいつまでやら……。ハツデンショだっけ? 全部ふっとばしたら、また妖怪の天下が来るかな?」

 

「はは、やめとけ、やめとけ。いまさら人間に、喧嘩を売ったところで……」

 

「そぉぉぉおぉぉぉねぇぇぇ。神社に喧嘩を売るのも、なかなかいい度胸だけどねぇぇぇ」

 

  響いた声に、ぬえはぴゃっと奇声を発して飛び上がると、一目散に姿を消した。

  一方のマミゾウは、悠然と振り向いて、

 

「おや、霊夢。どうじゃな、お前さんも一杯」

 

「おや、じゃないでしょ! やっぱりあんたらか! わけわかんないデマ飛ばさないでよ!」

 

  バシバシと、お祓い棒でマミゾウの頭をはたく。

 

「あ痛っ! 痛い痛い、わかった、わかったからやめい!

 ……まったく、ちょっとした冗談じゃろうに、心が狭いのう……」

 

「冗談だろうがなんだろうが、怪異は怪異! 余計な手間かけさせんな!」

 

「しかし、おかげで幾らか賽銭も入ったじゃろう?」

 

「う……そりゃ、まあ……。

 でも、際限なく続くのは困るの! 今すぐやめさせなさい!」

 

「安心せい、もう新しいのは撒いとらん。

 じゃが、すでに撒いたのが多分まだまだ……痛っ!」

 

  再三、マミゾウを引っ叩いた霊夢の背後から、

 

「あのー、代替わりの儀って、どこで……」

「てぇーい!!」

 

  声をかけた若い男が手にしたチラシを、振り向きざまに張り飛ばす。

 

「うわっ!?」

「そいつはデマ! 代替わりなんかしないから! 宴も祭りも屋台もナシ!」

 

  噛みつくように叫びちらしてから、ずんずんと鳥居のほうへ歩いてゆく。

 

「おや、どこへ行くんじゃ?」

 

「まだ来るんでしょ!?

 こっちから里へ向かって、道すがら追い返すの!

 ついでにデマだってキッパリ宣言してくる!」

 

  お祓い棒をぶんぶん振りながら、霊夢は早足で石段を下りていった。

 

「やれやれ、相変わらず気短(きみじか)じゃのう……ん?」

 

  杯に口をつけなおしたマミゾウの視線が、すいと横へ流れる。

 

 

  視線の先には、人影がひとつ。

 

  つい今しがた、霊夢にチラシをはたき落とされた、若い男が。

  突っ立ったまま、じっとマミゾウを見ていた。

 

 

「……なんじゃ、儂に何か用かの?」

 

「あ、いや、その……」

 

  不意に、空を流れていた雲が切れ、さあと(まばゆ)い光が差した。

 

  陽光が二人の姿を輝かせ、くっきりとした影がふたつ、他に誰もいない境内に落ちる。

 

「……ちょっと、お願いが」

 

  男の声が、静かに響く。

 

  頭上を覆うのは、一面の花の雲。

  あたりを包むのは、暖かい春の風。

 

  ざわざわと枝を揺らす、満開の桜の下で────

 

 

「────を、教えてくれませんか」

 

 

  そう唇が動き、その言葉が、マミゾウの耳に届いた。

 

  そして。

 

 

「……は? 酔っとるのか? おぬし」

 

  数秒の()のあと、眉をひそめて、マミゾウは聞き返した。

 

「え? いえ、素面(しらふ)ですけど……」

「ふぅん……」

 

  男を横目で見ながら、くいと杯をあおり、

 

「……つまり、儂を口説いとるんじゃな? それは」

 

  半眼で、にやりと笑う。

 

「ええと……まあ、そういうことに、なりますか……ね?」

 

「そうか、そうか……ふん、なんとも物好きな。

 ま、教えてやってもいいが……」

 

  つと余っていた杯を拾い上げ、男に向けて投げ渡す。

 

「ただで教えるのも、つまらんからの。

 ちょっと、儂と勝負をしてみんか?」

 


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