幻想々話 - 雪月花 魂の行方 作:荒木田久仁緒
「地獄の閻魔様が、いったい
……あまりに答えのわかりきった質問だとしても。
招かれざる客にはそれを問うのが、他の誰でもない、
乾いた唇から吐き出した言葉は、不恰好に引きつり、少し震えていたけど。
「ええ。この屋敷で、死者の魂が不正に留置されているとの報告があったので、その確認です」
審判の紋章を擁した、大きな帽子。手には、神罰を下す笏を携えて。
今日は新月。夜を照らすのは、星明りと小さな門灯だけ。
深い闇の中に浮かぶその表情は、左右非対称の髪型のせいか、笑みにも、冷徹にも、怒りのようにも見えた。
「……生憎ですけど」
ひとつ唾を飲みこんで、私は言葉を続ける。
「通してよい、と言われてませんので。今日のところは、お引取り願えますか」
「そうは行きませんね、私も仕事ですから。許可が無いなら、もらってきてください」
「……出ませんよ、許可なんて」
出るわけがない。お嬢様の、あの様子では。
私なんかじゃ、咲夜さんの部屋に入ることさえ、ためらわれるというのに。
「出ませんか。なら、押し通るしかありませんね」
あっさりと、軽い調子で言い放つ。
雨降りだから家にいましょうとか、服が汚れたから洗濯しましょうとか、そんな感じで。
実際、軽いことなんだろう。この人にとっては。
「はあ……」
やるしかない、か。
止められるとは、とても思えないけど。
腰を落とし、気をまとって小さく構える。
と、屋敷の扉が開いた。
「構わないから、通しなさい」
振り向いた先には、大きな本を手にした七曜の魔女。その陰に隠れるように、小悪魔の姿も見える。
「パチュリー様……それは、お嬢様が?」
一応、それを聞く。無いだろうな、と思いながら。
「いいえ。でも、いずれこうなることは分かっていたのだし……それに、たとえ拒んだところで帰りはしないでしょう、その人は」
ため息まじりに、強引さには定評のある客を見ながら言う。
「無闇に事を構えても、うちの立場が悪くなるだけ。通しなさい、案内は私がするから」
「……そう、ですね……」
しょうがないこと、なんだろう。
生死の巡りは、天地の
どうせ私には、動かしようもないこと、か────
私も小さくため息をついて、言われたとおり、身を引こうとした時。
「自己評価が低い」
笏の向こうから不意に飛んできた言葉が、耳に突き刺さった。
「……え?」
「それが貴女の、罪の根源ですね。そうなったのは、その生まれゆえですか」
首筋の毛を、ぞくりと冷たい風が揺らす。
「何の……話ですか?」
「自分は取るに足らない存在だ。大したことなどできない。与えられたこの仕事も、さして価値のあるものではない。……そう思っているから、簡単に気が抜け、手も抜ける。そういう話です」
その声は、どこまでも淡々として、だけど割れたガラスみたいに鋭かった。
「違っ……私はっ……」
今度は、はっきりと喉が震えていた。それを支える肩も、膝も。
「だから特に、手強いと思った相手には、あきらめが先に立つ。単に突破されるのみならず、時には気づかぬふりで通した。結果、あのガラスの破片が生まれ、その運命を与えられるに至った」
「それはっ……! お嬢様が、あの人間をそれほど問題にしてなくてっ……!!」
駄目だ。無駄だ。抗弁など、何もかも。
だって、この人には、すべてが見えているんだから。
「そして、あの日も。貴女が立ったまま居眠りなどしていなければ、もう幾らかは早く屋敷の異常に気づいて、そうすれば」
「やめろっ!!!!」
認められない指摘を、渾身の叫びで、打ち消そうとしても。
吐いたその気と一緒に、私から全ての力が逃げさっていく。
「やめ、て、ください……」
指摘されるまでもなく、とっくにわかってたこと。
ただ、認めたくなかっただけ。
「因果は所詮、根源たる陰陽の踊りに揺らぐもの。ことの責任が本当に貴女にあるかどうかは別の話です。ただ、結果はどうあれ、貴女は自分が成すべきことをしなかった。故に」
びしりと、その手に持った笏が突きつけられる。
「貴女は今、その罪の重さに裁かれているのです」
冷たい瞳が、私を見下ろしている。
さっきよりずっと高く、空の上から。
高みから?
違う。私が落ちているんだ。大地に向かって。
両膝が、土にめりこむ音がした。
地面が持ち上がって、私の目の前に迫ってくる。顔までがそこに叩きつけられようとするのを、伸ばした両の手のひらで、かろうじて支える。
「認めたところで、救われはしませんけどね。
犯した罪は、決して消せない。
それを
頭の上から、言葉が降ってくる。
その鋭い
「よって、貴女の評定は、黒。そういうことです」
「……は……ははっ……」
乾いた笑い声。
唇からこぼれ、地面に落ちる。
すみません、咲夜さん。
もう二度と、あなたに褒めてはもらえない。
頑張ったのねって、言ってもらえない。
こんな日がくる前に、もっともっと、頑張っていればよかったのに。
閻魔様の言うとおり。いまさら後悔したって、何もかも遅い。
だからもう、私には。
ひたすら頑張る道しか、ない。
土を押さえつけていた
くずおれた膝を立て、地面を踏みしめる。
『お前は出来損ないだ』
そうだ。昔、ずっと昔、そう言われたっけ。
『お前は龍には成れない』
『だが、お前にしか成れないものもあろう』
『その勤めを、精一杯はたせ』
立ち上がり、顔を上げたその先で、招かれざる客の唇が動いた。
「そう、それが今の貴女の積める、善行です」
ひゅう、と音を立て、強く、深く、息を吸う。
全身に気が満ち、心臓に熱い火が入る。
後ろでパチュリー様が何か言っている。
でも、これが私の仕事ですから。
「自分の成すべきことを、成しますか?」
「無論」
「結構。始めましょうか」
私は門番。
何者だろうと、黙って通しはしない。