おっちゃんとルーミアが肉を食べる

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猿は命乞いなんかしない

 兎を殺した。最近呼吸するのも面倒くさくって根っこやら木の皮やらで凌いでいたが、やっぱり食いでのあるもんは良い。それと、マジに動けなくなっちまって兎も殺せねぇってなったら後はもう死ぬだけだってのもある。最近、俺は真面目だ。麓の巫女サンに口酸っぱくやれやれと言われていた慰めのお祈りだって欠かさねぇ。……やり方が合ってるかは正直わからねえ。話半分に聞いてたのが良くなかった。今度会ったら聞こうと思っててもいざ会うと忘れるし、そもそもあんまり顔なんか合わさねえ。最後に会ったのは三か月くらい前だった気がするしよ。

 

 ともあれ、兎一匹殺すのだって、恨まねぇでくれよと祈ってやれば安穏無事に生きられるんだと言われりゃあ俺だってそうするさ。ササッと捌いて半分くらいは鍋にして食っちまって、後の半分は取っとけるように干しといたり、売れるように手入れしといたりする。適当な山菜やら香り付けやら、買ってきた野菜なんかブチこんどけばそれだけでご馳走だ。皮は履物にすると調子がいい。尻尾とか足はお守りにして人里で売っちまう。知り合い一人いりゃまとめて買い取って貰えるんで楽だ。

 

 冬。冬はそんな感じだ。熱心なやつは冬眠してる熊なんかをブチ殺しに行く。俺は面倒くせぇからそんなことはしねえ。人を食ったとかで騒ぎになって、しかもそれが俺のシマで、話が回ってきた時だけだ。でも俺には山人としての教養なんざねえし、爪弾きモンだった。集まりになんか行ったこともねえし行きたいとも思わねえ。皆は俺と違って努力してるんだ。人と付き合おうって努力だ。それをしねえで好き勝手やってる俺は嫌われるのが当然だ。別に嫌だとも思わねえ。

 

 そもそも山で一人で生きてこうって人間に協調性なんざあるわけねえ。俺から言わせりゃアイツらの方がよっぽどちぐはぐだ。俺の知り合いなんて言や、麓の巫女サンと、その神社に入り浸ってる連中、森の入り口なんぞに店構えてやがる偏屈の塊みてえな店主、あとはたまに来る。

 

「お、いい匂いすると思った」

 

「ああ、来やがった。これだから肉なんざ獲るもんじゃねえんだよ」

 

「そう邪険にしたものじゃない。ほら、なんと自然薯取ってきた」

 

「ならいい、入れ」

 

「ふふ、やった」

 

 たまにくる、宵闇の嬢チャンくらいのモンだ。

 

 

 

***

 

 

 猪を殺した。妙に図体のデケえやつだった。デケえ肉は面倒くせぇ。まあ、代わりに暫く食うに困らねえがよ。俺の個人的な好みで言えば、兎やら鹿よりも、猪だの熊だのデケえ肉は臭いが苦手だ。血抜きが下手なのかも知れん。しかし、本当にバカみてえにデケえ。鉛玉一発で殺せたのは俺が天才なのと、運が半分くらいずつって処かね。こんなもん一人で処理する気にはとてもならねえって思ったんで、嬢チャンをがなり立てて呼びながら作業の準備してたら直ぐに駆け付けてきやがった。

 

「おい、おい、おい、やめときなって、そんな大声。私じゃなくて変なのが寄ってきちゃうことだってあるよ」

 

「俺からすりゃお前も変だ、嬢チャン。家に貼ってある札も効かねえような奴で、お前以外の奴が来たらどっちみち終わりだぜ俺ぁ。だから別に関係ないのさ」

 

「はぁ。相変わらず死に急いでるね。そんで何」

 

「コイツの毛ぇ毟るんだ、嬢チャン手伝え」

 

「うは、最低。細腕の女の子にそんなの頼まないで」

 

「お前全部終わっていい匂いがしてからたかりに来るつもりだったろ。毎度毎度許さねぇよ」

 

「はぁーい」

 

 沸かしといたお湯を猪にぶっかけて、二人で毛を毟り始めた。力が強いんで嬢チャンの方が早いんで、俺は道具使って引っ掻いて、ガシガシ抜くことにした。

 

「首落として中身掘り起こして食ったことはあるけどさあ、こうやって毛毟ってると、なんか気持ち悪い毛だね。サラサラじゃないし、すごい細い筒が沢山生えてるみたいでさ」

 

「首落として中身掘り起こして食ったことある嬢チャンのが気持ち悪ぃ」

 

「んだとぉ。おっちゃんだってこんな曰くつきのとこに腰据えてるアンポンタンのくせに」

 

「曰くつきったって、その曰く殆ど嬢チャンのことじゃねえか……まぁ、確かにここでやってくって決めた時にはそんな事知らなかったがよ」

 

 毛を毟り終わったら三枚におろしてバラす。そして食う分やら売る分やらなんやら配分を考える。

 

「この家だって元々は私が使ってたんだよ。雨風避けるだけだけど。なんでこんなとこにしようって思ったの」

 

「いくつか理由はあるけどよ、まずは立地が悪くなかった。人里と神社と魔法の森結んで大体真ん中くらいにあるだろ。俺の交友関係なんざそれくらいだからな」

 

「いや、普通の人間は人里以外に交友関係ないんだけどね」

 

「うるせぇな。もう一つは俺が他の山人共に嫌われてて、ちゃんとしたようなシマだと嫌がらせされちまうのが目に見えてたんで、ケチのついた場所が良かったんだよ」

 

「じいちゃん、ゴミみたいな人生送ってるんだね」

 

「そうだな」

 

「いや冗談だって。私は良いと思うよ。見た目可愛い女の子の知り合いが沢山いるじゃん」

 

「俺ぁもうジジィだし元々インポだ。そんなもんあったって仕方ねぇんだよ」

 

「マジでゴミじゃん」

 

「殺すぞ」

 

 自分で食う、且つ今食いきれない分は塩に漬けといたり、干しておいたり、燻しておいたりする。人手がないんで寝ずに何日もやる。山のど真ん中で肉を置いとこうってなりゃ番も欠かせねぇ。これだからデケえのは嫌になる。だからって、あんな家の近くで見かけてほったらかして、数日後家に風穴空きましたじゃ笑い話にもならねえ。

 

「あー、疲れた。もう休まない?」

 

「駄目だ。サボってると烏だの狼だのに集られちまう。サボってなくても集られるが」

 

「じいちゃん居ても寄ってくるの?」

 

「どうもこの辺のは好戦的なのが多い。どいつもこいつも、怖いもんなんざねえって顔してやがんだよ」

 

「つくづく、よく住んでるね」

 

「近づいてくる奴ぁ全部ブチ殺してるんで、危ねぇって学習した奴らは普段は寄ってこねえよ。飯の匂いがすりゃ話は別ってことだろうな」

 

「猪なんかほんとはすごく警戒心が強くて人間の匂いがこびりついた場所なんか寄ってこなさそうなイメージあるけど」

 

「合ってると思うぜ。さっきも言ったが、ここの連中は頭がイッちまってんだよ」

 

 聞けば、嬢チャンは最近の食い扶持の半分くらいは俺だと言うんで呆れた。そもそも人間と違って「食う」って事の意味が変わってるもんだからあんまり食わなくても平気なんだとも言っていた。嬢チャンにとっちゃ動物の肉なんてのは、俺がたまに煙吹かすようなもんで、在っても無くてもどっちでもいいもんなんだろう。

 

 

 

***

 

 

 

 烏を殺した。飛んでたのを二羽ブチ殺した。さっさとバラして片方は食っちまった。もう片方は気が向いたんで知り合いの店主にやることにした。ついでにマムシ酒の一番年季入った奴も持っていく。たまにこういう土産をやっていると、普段の売りもんにも色を付けてもらえるってのはまぁ、建前で、俺だってたまには野郎と世間話の一つでも交わしたくなることだってあるってだけの話だった。

 

「オイ、俺だ」

 

「ああ、君か。いらっしゃい。今日は何をご入用かな」

 

「あー。櫛を作った。また流しといてくれ。あといつもの酒をくれ」

 

「準備してくるよ」

 

 本当はこの店は道具屋だ。酒なんざ本当は売っちゃいねえし、仲介なんざ専門外だ。だが俺がそこそこ金になる物件だと分かってるんで、少しくらい融通利かしてくれる。持ちつ持たれつのこういう関係をいくつか持っていることで、半分道楽みてえなこの店は続いている。と俺は思ってるが本当のとこはどうかわからねえ。店のもんをぼけっと見つめていると、店主と一緒に金髪黒尽くめの嬢チャンが出てきたんで宵闇のかと思ったら、魔法使いの方だった。

 

「あ、じいちゃん。久しぶり。まだ生きてたのか」

 

「あー。まだ生きてるなあ。店主。これ土産だ。鳥肉。処理は済ましてあるから火だけ通しゃすぐ食えるぞ。あとこれはマムシ酒」

 

「ああ、いつもありがとう。魔理沙、今日は食べてくか?」

 

「折角だし食ってこうかな。私がやるよ。なあじいちゃん、これ何の鳥だ?」

 

「烏」

 

「なーんだあ、じゃあ羽とかくちばしとかあったろ?私はそっちのが欲しかったぜ。血とかさあ」

 

「次捕まえたらここに持ってきといてやるから、店主から貰え。今回のはもう全部棄てちまった」

 

「わーい」

 

「お客さん、今回もいい細工だよ。これくらいでどうかな」

 

「あー、いい、いい。ありがとさん」

 

「じいちゃんよー、なんかアイヌみたいなことやってんだな」

 

「あいぬってのが何かはしらんが、山暮らしのやることなんざどこだって大して変わらんだろ」

 

「魔理沙、『お店』している間くらいは大人しくしてくれといつも言っているだろ」

 

「ちぇっ。飯の準備してくる」

 

「店は最近どうだ」

 

「特に変わりないかな。ぼちぼちだよ。そちらは?」

 

「あー・・・最近は危ねぇかな」

 

「危ない?」

 

「猿がうるせぇんだ。人が噛まれたり引っ掻かれたりする」

 

「それはそれは」

 

「俺の近場に居る連中はボンクラばっかりで……近場っつってもそう近くはねえんだが、とにかく木に風穴空けるしか能の無い奴らしか居ねえ。猿なんざ仕留められねえ」

 

「この辺の山人は『猿を殺したくない』と言う話は良く耳にするけれど」

 

「殺したくないだぁ?」

 

「うん。銃を向けると手を合わせて拝む、命乞いをするので殺せない、それでも殺すと祟りがあると言って」

 

「……本当なら気味悪ぃな」

 

「そうだね」

 

「だが実際にはそんなことはねぇと思うぞ。俺は猿に拝まれたことなんざねぇし……牙向いて襲い掛かってくるようなのばっかりだ。正直おっかなくて仕方ねえ。汚ぇ牙や爪で怪我すりゃ痛ぇし治りは悪いし病気になるし。まぁ、祟りに見えなくもねぇかな。ハハ」

 

「ハハハ。それで、その猿を仕留める話が回って来たのかい?」

 

「いいや。俺は他の山人とはとんと話さねえ。害獣ぶっ殺せなんて話は大体巫女サン経由だよ。ヤツらが猿を殺したくねぇなんて言ってるのも知らなかったくらいだしな」

 

「なんか話聞いてるとさぁ、自分たちは猿殺す腕も無いんで、方便言って回ってるみたいに聞こえるな、それ」

 

「魔理沙。いい加減にしなさい」

 

「いいっていいって。俺もそう思う。……まぁ実際、難しい奴らだよ。他の畜生ブチ殺すのとは少し違うんだ。危ねぇって思うトコが兎やらとは変わってんのかもしれねえな」

 

「なるほど。なんにせよ、君はお得意様だからね。元気でやってくれていないとこの道楽も少し厳しくなる。無理などなさらないように」

 

「ハハ、違いねえ。それじゃあ魔法使いの嬢チャンも、またな」

 

 

 

***

 

 

 

 熊を殺した。冬眠もしねぇでそこら中うろうろうろうろして、三人ばかり食い殺したってんで俺に話が回って来た。もう、デケえとかそんな尺じゃ収まらねえんでバラそうなんて気もサラサラ起きねえ。それに、どうも引っかかる。そりゃ俺に比べりゃボンクラだと散々言ってきたが、俺のシマからはそこそこ離れた場所のことで話が回ってくるなんざ。そりゃおっかねえ。おっかねえが、このくらいならなんとかやってみせる連中じゃねえと、今までだって立ち行かなかったはずだろう。猿の話も合わせて、妙だ。気持ち悪ぃ。場所が人里近かったんで、うまそうなトコだけ削いであとは運ばせた。一応は俺に話を直接持ってきた巫女サンに報告すればあとは金が動いて終わりだろう。疲れたし知らねえ顔と言葉交わす元気も残ってねえ。

 

 熊を煮ていたら嬢チャンが玄関から顔をひょっこりと出した。出てけと言う元気も、手招きするずくもなく、顎で入ってこいと合図したら黙って俺の正面に座った。煮上がって取り分けて、俺がそれを口に入れようとすると嬢チャンが言った。

 

「人喰った熊の肉だよ?気にならないの?」

 

「……熊が消化したもんは何でも熊の肉になんだよ。それに、そんなモン気にするやつはここに住まねえ。お前ともつるまねえ」

 

「そりゃそうだ。でも他の人はそうじゃないかもしれないよ。その肉持って人里に出たんでしょう。誰か一人とでも目が合わなかった?」

 

 ばくり。と肉を口に運んだ音が妙に大きく感じられた。ああ。あの目だ。こいつは何をしているんだという、異形を見るようなあの目。どうか自分と関わらないでくれ、同じ空気を吸うことすら耐えられないという顔。だから俺はここにいる。何か一つでも変えられたならここにはいない。身寄りもいねえ、ただ食って寝て生きてきた。自分の年だって数えてねえ。これしか知らねえ。

 

「そんな話はな、もう何年も何年も前に終わってんだよ、嬢チャン。例え嬢チャンが俺の何倍生きてたってな。食わねえのか?うめぇぞ」

 

「うまいかー」

 

 どうも今日は口数が少ねえな、と思いながら鍋を平らげた。俺の機嫌が良くねえのに合わせてただけかも知れんが。次の日巫女サンに熊を殺して人里にやったと報告したら、目を剥くような金額をほれと出された。ちゃんとお祈りはしてるのかと聞かれた。そういやいつの間にかしなくなってたと思って謝ったら怒られた。ちゃんとしたやり方を、今度は忘れねえようにしっかり聞いて約束もした。あの巫女サン、昔はこんなに面倒見良くはなかった。日が経つ毎に丸くなってくのを見るのは、ずっと変われずここまで来ちまった俺への当てつけに思えて気分が悪かったが、孫みたいに年の離れたガキ相手にそんな対等な感情を自覚できていた訳でもなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 猿を殺した。三匹殺した。剥いて毛皮にした。こねて肉団子にした。猿を持って帰る処を別の山人に見られた。あいつは俺のシマで何をしていたんだ。今考えるとぶん殴って追い出すべきだったかもしれねえ。いや。あの顔だ。多分もう頼んだって二度と来ねえ。まぁ、コイツ猿を食うのかなんて無言で語ってやがったのを余計なお世話だとぶん殴る必要はあったかもしれねえ。どうにも夜な夜な、鳴き声が近くなっているような気がして痺れを切らした。そもそも猿ってのは基本的に夜は寝てるハズだろうに鳴き声が聞こえることがおかしい。ともあれ、あの鳴き声は三匹処じゃなかったと思うが、一週間かけて三匹殺した処で鳴き声はしなくなった。忌々しい。

 

「猿って初めて食べたけど、味の濃い鶏肉って感じだね」

 

「やっぱ人間と同じような味なのか?」

 

「いやぁ。もう忘れた。人間なんてずっと食べてない。それに、人食い妖怪にとって、人を食うってのはチョコレート食べるのなんかとは意味が違う。味がどうこうのレベルじゃないんだよ」

 

「なんで食わなくなったんだ?」

 

「幻想郷のシステムがいつからか組み変わって、別に食べたくなきゃ食べなくても生きて行けるようになった。って言ってもわかんないか」

 

「わかんねえ」

 

「でも頼んできた人間は食べる」

 

「そんな奴いんのか」

 

「いたよ。何人かね」

 

「へえ。ワケわかんねえな」

 

 嬢チャンは土産に野菜をたっぷり持ってきた。そういうツテがあるのだと言っていた。正直、猿の肉はかなりウマかったし、野菜も最高だった。酒も進むし、あの引っ掻いたような鳴き声も聞こえねえし機嫌が良かった。嬢チャンも楽しそうにしていた。巫女サンと約束した通り、俺は慰めのお祈りも、動物を殺したその場で欠かさなかった。最後に殺した猿は、もう俺がブチ殺した二匹目の猿に覆いかぶさるように、庇うようにして現れた。

 

 俺はその三日後、病に伏せた。

 

 

 

***

 

 

 

 俺は家のすぐ外の切り株で銃の手入れをするのが毎日の始まりだった。どんなにクソみてえな気分でもそれだけは欠かさなかった。心が落ち着いた。唯一絶対に裏切らない味方を慈しむようなモンだった。俺はその日の朝、体中の体液が無くなるかと思うくらい吐いて、下痢を撒き散らした。悶え苦しんで、苦しい以外に考えることが何一つなくて、銃のことなんざ一瞬も頭を掠めなかった。俺は多分、ここ何十年か、微熱すら出したことがねえ。臭え。苦しい。暑い。寒い。痛い。皮膚の内側が全部痒い。クソクソクソ。死ぬ。死んじまう。いやもういっそ死んで楽になりてえ。だが手に力が入らねえ。視界も緑と紫でぐにゃぐにゃになって何もわかりゃしねえ。自害も出来ねえ。ダメだ。このまま死ぬまで死ぬほど苦しんで死ぬ。そう思った。

 

 次に自分の意識を感じた時には、若干地獄なくらいにまで回復していて、臭くなかった。顔が胃液にまみれてなかった。嬢チャンと巫女サンが俺の顔を覗き込んだ。

 

「俺ぁどうなっちまったんだ」

 

 嬢ちゃんは日課に出ない俺を不審がって家に侵入したら惨状で、すぐにこれは呪いの類だと気付いて巫女サンを読んでくれたらしい。ありがてぇんだが、お前は俺を見てる以外にする事ぁねえのか。呪いだと。誰が俺に呪いをかけるってんだ。俺ぁ人に嫌われはしても呪われるようなことはしてねえはずだ。俺が不満タラタラな顔をしてるので、巫女サンが説明を始めた。

 

「正確に言うと、誰かが貴方を呪うと決めて呪った訳じゃないのよ。最近山人の間で流行ってた猿の祟りが出回りすぎて、人の心が弱っていった。そこに貴方みたいな刺激的な情報があって、漂ってた負の感情がたまたま集中した感じね」

 

「ふぅん。じゃああの人たち、自分達の出した嘘を自分達で真に受けて、自分じゃ始末できなかった害獣を人に始末させて呪いまで押し付けたってわけ?」

 

「……まぁ、私がここで悪い物は全部祓っちゃうし、人里の方でも対処はしてもらうから、少なくともこれからもっと悪くなることはないでしょ。さっきも言ったけど、誰かが直接この人を害そうとした訳じゃない。事故よ事故」

 

 下らねえ。どいつもこいつも下らねえ。俺らが猿に食い殺されたとして、だからって猿を呪い殺せるとは誰も思わねえハズだ。第一バカバカしくってそんな気にもならねえハズだ。だがそれが逆となるとコロッと出来ると思い込みやがるんだ。何でこう、トンチキなんだ。

 

「何を考えてるか判りますよ。私にその是非は問えないけれど」

 

 俺にそう言った巫女サンはなんというか、こう、凛としていた、って言やいいのか。とにかく、そんな感じだった。俺が巫女サンを対等に見てねえのは、孫みたいに年が離れてるからじゃなくて、巫女サンが見てるモンが俺よりずっとデケえってのを、初めから何となく理解させられていたからかも知れん。

 

「全部何とかしますので。今は安静に寝てなさい」

 

 次に目が覚めたら誰も居なかった。熊をブチ殺して手に入れた金が半分くらい無くなってた。体は初めから何もなかったみたいに軽くて、朝だったんで銃の手入れをした。

 

 

 

***

 

 

 

 鹿を殺した。鹿を殺すってのは気分が良い。朝露の匂いを感じるように。やってやったぜ、食ってやるぜという気がする。鹿を殺した時は大方、全部自分で食う。好物だ。嬢チャンが攫っちまう分はもう、仕方ねえ。大体、巫女サンなんか恐れ多いのよりもよっぽど嬢チャンは孫みたいなモンで、鹿くらい食わしてやるよという気分にすらなってきている。とはいえ、働かせはする。命の恩人だぞテメーと言って最近は憚らない。俺の知ったことかよ。お前が助けたくて助けたんだろうが。

 

「うまい。鹿捌くのがうますぎる。じいちゃん」

 

「いや、これはこの鹿がうめえ。コイツは当たりだ」

 

「かー。んまい」

 

「ああ。んまい」

 

 あれからまたすぐ猿の害獣騒ぎがあったんで、また何匹か殺して食った。巫女サンは呆れていたが、別に俺が何かのせいになった訳じゃねえ。もう調理して食うだけの猿肉を土産に持ってったらちゃっかり食ってやがったしよ。うまいうまい言ってたよ。

 

「あのよ、嬢チャン」

 

「はいなんでしょう」

 

「お前もうここ来るのやめろ」

 

「えっ!?」

 

 あの時見た、もう死んだ猿を庇う猿は現実だったのかと考える。猿を持ち帰った時に見たあの山人も。そういや見た事もねぇツラだった。覚えてねぇだけってのも十分あり得るが。最近殺した猿は皆、やっぱり牙向いて必死こいて襲い掛かってくるか、ぴょんぴょん逃げ回るか、どっちかで、手を合わせて拝んでくるなんて猿にはとうとう遭ったことがねえ。わからん。何処かには居るのかもしれねえ。でも俺は見た事ねえし、もしその話になったら俺は絶対、猿は命乞いなんかしねぇよって言う。

 

「普通に嫌だ!絶対に来るもんねバーカバーカ」

 

「そうか。じゃあ俺が死んだらお前俺を食え」

 

「えっ!?」

 

 それでも俺は巫女サンの言う通り慰めのお祈りはする。わからねえけど、呪いやら祟りやらってのがあるのは知ってる。猿がどうとか、人がどうとかは関係なく、あるのは知ってる。だからやる。それで安穏無事に生きられるってんなら俺だってそうする。昔からやられてる事には、大体なんか意味があるもんだ。

 

「いいけど、なんで?」

 

「虫とか鳥に食われるよりは嬢チャンのが良い」

 

 有意義な意味かは別にして。



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