「押さないで下さい! 政府が許可した家族しか、地下都市には入れません! 必ず皆が入れる様になりますので、地下都市の拡張工事が終わるまで、自宅で待機して下さい!」
警察官や機動隊が、地下都市へのゲートの前をガードし、それを取り囲む民衆を遠ざけていた。
「ふざけるな! 今にも、遊星爆弾が落ちて来ようって時に、いつまで地上で待ってりゃいいんだ!」
「俺は、もう半年も待ってるんだ! まだ死にたく無い!」
「報道規制でみんな知らないかもしれないが、ドイツやフランスがどうなったか俺は知ってるぞ! もうあそこは月面のようになっている。日本だって、時間の問題だ!」
男は、民衆の喧騒から少し離れた所のベンチで、様子を窺っていた。スーパーマーケットの袋に入ったパンを時折かじっている。そして、牛乳を飲もうと袋からパックを取り出すと、ストローを穴に差し込むので注意をそらしていた。
すると、何者かが男の袋を奪い取ると、一目散に駆け出して行った。男は、鋭い眼光でその方角を睨むと、鬼のような形相で立ち上がった。そして、逃げ出した若い男の後ろ姿を見つめた。
男は、雄叫びを上げると、猛然と後を追い出した。彼は、驚異的な速度で走っており、雄叫びを上げる様が、本当に鬼が追いかけているようだった。
男の食料を奪った若者は、鬼気迫る男の姿に仰天し、自らも叫び声をあげた。
しかし、逃げる若者を風のように、追い抜いた男は、彼の前に立ちはだかった。
若者は、震えながら男を見ると、悪鬼のような恐ろしい笑みを浮かべていた。実際の身長よりもかなり高く見える大男の姿に、若者は恐怖のあまり叫んだ。
「うわあああ! たっ助けてくれ!」
男は、一瞬で胸ぐらを掴んで若者の身体を持ち上げた。呼吸ができなくなった若者は、叫ぶのをやめ、苦しそうに掴まれた腕を外そうともがいた。その際に、既に男から盗んだ食料の入った袋は地面に落ちていた。
「人の大事な食料を盗んでおいて、助けてくれだって? 面白い奴だな」
男の眼は、狂気に満ちている。若者が、息も絶え絶えになり、意識が遠のいた時、突然男が手を緩めた。
若者は、その場に崩れ落ちると、激しく咳き込んだ。そして、やっとのことで、咳が治まったかと思うと、今度は男が頭髪を掴んで持ち上げた。それは、物凄い怪力で、若者は、髪を掴まれたまま、無理やり爪先立ちになっていた。
「小僧、何故盗んだか言ってみろ。回答次第では、お前は助かるかも知れんぞ」
にたりと、笑顔を浮かべた男は、下品な大きな笑い声をあげた。
若者は、おびえながら掠れた声で言った。
「つ、妻と娘が、飢えていて、どうしても食料が必要だったんだ。許してくれ」
妻と娘と聞いた男は、それまでの悪鬼のような表情を少しだけ緩めた。
「ほう? ……それは本当か?」
若者は、何度も頷いた。
「本当だ。配給制度は、既に破綻している。配給の列に並んでも、食料が手に入らないことだってある。このままじゃ、俺の家族は飢え死にしてしまう」
男は、しばらく若者の苦悶の表情を眺めてから、突然掴んでいた髪を手放した。そのせいで、再び若者は地面に倒れ込んだ。ぜいぜいと息も絶え絶えな若者の目の前で、男は、スーパーマーケットの袋を持ち上げた。そして、それを若者に投げつけると、踵を返した。
「それは、お前にやろう。家族を大切にな」
若者が呆気にとられる中、男は、大股でその場を去って行った。
男の姿が見えなくなると、その若者は、恐る恐る地面に落ちていたスーパーマーケットの袋を掴むと、急ぎ足でその場を、立ち去った。
若者は、しばらく歩いて行くと、既に廃墟となったビルに足を踏み入れた。
あたりを見回して、誰の姿もない事を確認すると、やっとのことで息をついた。そして、スーパーマーケットの袋を漁ると、中からパンを取り出した。何の味付けも無い只のロールパンだ。若者は、パンにかぶり付くと、にんまりと笑った。
「馬鹿な奴だ。体ばかり大きくて、脳みそが足りない奴で良かった」
しかし、若者ははっとした。
背後に、何者かの気配がするのだ。
彼は、恐る恐る後ろを振り返った。
すぐ後ろにいた先程の大男と目があった。
若者は、恐怖の叫び声をあげようとしたが、叶わなかった。男は、若者の口を右手で掴むと、そのまま物凄い勢いで走り出した。若者の身体は、宙に浮いたまま、壁に叩きつけられた。
男が手を離すと、意識を失った若者が、壁際をずるずると滑り落ちた。
男は、崩れ落ちた彼の口元に耳を寄せた。
かすかに息をしているのを確認すると、にやりと笑った。
「ちょっと力が入り過ぎたな。頭が悪いから、力の加減が出来なかったぜ」
男は、元の場所にゆっくりと戻ると、スーパーマーケットの袋を掴んだ。
そして、ゆっくりとそのビルの部屋から出ていった。
男があてもなく歩き続けると、目の前に見える風景は、次第に廃墟から荒野へと変わって行った。そこは、遊星爆弾によって、荒野へと変わった場所だった。敵性植物が、所々に生えており、毒性の強い胞子を飛ばしている。これを吸い込むと、遊星爆弾症候群という多臓器不全に襲われ、やがて死に至るのだ。
男は、別にそれで死んでも構わないと思っていたが、立ち止まって、荒野へと踏み入れるのを止めた。そして、心の奥底で、ふつふつと暗い怒りが湧いていた。
「ガミラスのクズどもめ! 必ず根絶やしにしてやる!」
そんな思いをどこに向ければよいのやら、男は、途方に暮れていた。
すると、風に乗って、紙切れが飛んできて、男の顔面に張り付いた。男は、紙切れを掴んで捨てようとした。しかし、そこに書いてある文字が目に入り、捨てるのを思い留まった。
「国連宇宙軍は、空間騎兵隊の隊員を募集しています」
と書いてある。
宇宙をバックに、宇宙軍の軍艦と、空間騎兵隊の制服を着た若い男女が映っている。
男はそれを凝視した。しばらく、何か考えていたのか、立ち止まったまま、紙切れに長い時間目を落としていた。
「ここで腐ってても仕方がねぇか」
男は、尻のポケットに紙切れをねじ込むと、もと来た道を戻っていった。
その年は、遊星爆弾による攻撃が始まって、一年目を迎えていた。恐らく、もうしばらくすれば、地上に住む所は無くなるだろう。
誰かが、これを止めなければ、人類は滅びる運命だった。
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開しています。