私は鬼です。はい、貴女たちが言うように心に潜む隠語や戒としての鬼ではなく、この世に存在する人食い鬼としての鬼です。ただ、仏教などに記された生まれ持っての鬼というわけではありません。彼のお方に才を見出してもらい、紆余曲折あったうえで私は鬼となりました。元人間です。鬼になった事に特に後悔はありません、人と違う道に逸れたとはいえ、それで私自身が無くなるというわけでもありませんから。ただ、唯一の心残りは私は人を永遠に送る側に回ってしまったということでしょうか。人の寿命は短いですし、私からするとそれは風前の灯でしかありません。だからこそ、少し前に知り合った友人がいつの間にか寿命で無くなっていたということも多々あり私はその度に打ちひしがれる悲しみに暮れたのです。
ええ、特に鬼だから人間だからといって話す相手を変えたり、付き合う関係を止めたりだとかはしません。私が人間だった頃の友人とは、彼らが寿命を全うするまで友人でしたし、鬼となってから恋仲になった女性もいました。だって種族というものは、あくまでその人の特徴であってその人のあり方まで縛るものではありませんから。
そんな私の事を鬼の皆さんも、時たま出会う鬼狩りの方々も不思議がり不気味だと仰りますが、十人十色と言いますように、私のような変わり者の鬼が居てもいいではないかと私は思っている次第です。
私に力を与えてくれた偉大な方は、幸いにも私のあり方には頓着しないお方でした。与えてくださったお役目さえきっちりとこなせば、それ以外の事はご自身に関わること以外は黙認してくださるのです。このような素晴らしい上司が存在するのかと深く感動してしまいました。そんなお方へ少しでも報いるため、私はお方の安寧を遮ろうとする羽虫と、お方をお方たら占める要因を作った『青い彼岸花』なる薬を探して古今東西を奔走する毎日を送っております。
ですが、本当に私自身の努力の至らなさを露呈するばかりですが、羽虫を殺すことは出来でもその巣を見つけることは出来なかったのです。『青い彼岸花』も同様でした。数々の高名な医師を探せども、皆決まって知らないとおっしゃられるのです。嘘をつかれているのかとも思いましたが、その時の私は病に伏せる可愛そうな人物を偽装していましたから憐れみを向けられることはあっても、情報を出し惜しみされることはなかったと思います。
せめて二つの願いのうちどちらかは、この私の手で成し遂げあのお方に献上したい、そう望んで何百年が経った頃でしょうか。我が主の願い一つさえ叶えられない不甲斐ない身ですがいつしか私も鬼として、かのお歴々と席を並べるほど出世することが出来まして、瞳に数字を入れていただけるようになった次第であります。これも彼のお方の我々鬼に対する変わらぬご配慮と、私の成し遂げて来た僅かばかりですが、功績が実を結んだ結果と言えましょう。もちろん、この程度の事で満足してはお歴々にもお方にも失望されてしまいます。これで立ち止まらず通り道にするという気力を持って、さらにお役目に励まさせていただきましょう。
「そういう事ですので、申し訳ないですが貴女たちのまとめ役でしょうか、頭首のいる場所を教えては頂けないでしょうか?ああ、喉元を抑えていては声が出せませんね……これでどうですか?」
「ケホッ…コホッ…黙れ、鬼……お前なんかに御屋形様の居場所を教えるもんですか…」
いま私の目の前にいるのは、黒い軍服に身を包んでいる女性。大和撫子を地で行くような白い肌に艶やかな黒髪が印象的な美しい方でした。女子供をいたぶるのは趣味ではありませんが、彼方から攻撃してきた以上身を守るためには応戦も止むをえません。正当防衛というやつです。私も私の役目がありましたので、彼女からお話を聞くために抵抗できないように身体の骨を数本折ったのは、まあ多少過剰だったかも知れませんが。
会話にはまず第一印象が重要とされています。最初の一歩ですね、只私はそれに早くも失敗してしまったようで、美しい彼女は固く口を閉ざしてしまいました。まあこれには私にも非はあるので、第二段階と行きましょう。会話で次に取るべきなのは緊張感を拭い去る笑顔だといいます。これには非常に参考になる人物がお歴々のなかにいらっしゃったので其れを参考にしてみようと思います。おかしいですね、彼女の目が死んでしまいました……普通の人間の方には私の存在は、特になんの違和感もなく受け入れられるというのに。この鬼狩りの剣士さんは少し毛色が違うということでしょうか。
「そうですか、其れは残念です。非常に残念です、貴女が柱であると聞いたとき私はこれは頭首の要る場所が今日は聞き出せるのではないかと年甲斐もなく、心躍ったものでしたが。私は小食で人間はあまり食べません、貴女が私の求める情報を教えてくれさえすれば、今後貴女の一族郎党に一切手出しをしないと誓いましょう。其れでも駄目でしょうか?」
「……鬼の言葉は…信用できない…きっと私がしゃべったらさっさと私を殺すんでしょ……なら、さっさと殺しなさい、私は拷問されようとも、絶対に御屋形様の居場所は吐かない」
彼らはお歴々に至っても、人間に対する礼節をわきまえていません。彼らは平気で嘘を吐きます。確かに私以外の鬼の言葉に対する信頼等ないでしょう。他の鬼の方々を悪く言うわけではありませんが、こう言った事があると評判を落とす行為をされる鬼に対していささか殺意が沸きます。人間に信頼されよとは言いませんが信用を勝ち取る事は例え敵同士であったとしても、時として必要になるものですと私は説きたいですね。
人間を下等と思ったことは私にはありませんが、彼らにとって蔑ろにしても全く心が動かされない程度の存在なのでしょう。ならば、同じ鬼である私がどれほど信頼を見せても、他の鬼が要る手前信頼を得るには数十年の歳月がかかってしまうかもしれません。致し方がありません、彼女がそういう態度を崩さないのなら、私にも考えはあります。暴力的な手段は好きではありませんが、あのお方の望みをかなえるためです。
「ええ、ええ……そうでしょう、貴女のような方は沢山見てきましたが、そういう信念のこもった瞳をされる方と言うのは決まって一度決めたことを曲げられないものです。たとえ貴女に死ぬ事の方が幸せな目に合わせたとしても、貴女はきっと口を割らないでしょう」
「なら...何故殺さないのですか......そこまで分かっているのなら、私をわざわざ生かしておく理由など無いはずです」
「まるで直ぐにでも殺して欲しいような口ぶりですね。人間と言うものは……いえ、生きとし生きる生物は皆、生きる事に執着するものだと思っていました」
理解が出来ないと言った風に訝しげに眉を潜める彼女、随分と警戒されているようですね。それも致し方ありませんか、人間と見れば食料としか見れない鬼の方々が多い以上、私は随分と変わっていますからね。もっとも自ら死を望む彼女もいささか変わっているように私には見えますが。私が出会って来た鬼も人も、死に際には決まって命乞いをしたものですが、彼女は死ぬことが怖くないのでしょうか。永遠に失われることが恐ろしくはないのでしょうか。
私は怖い。失うことが……大切なものが失われてしまうことが。だから不変を、永久に無くならない生を、ずっと共にいてくれる命を求めてしまいました。だからでしょうか、もう少し彼女と話がしてみたいという欲求にかられました。未だに未練があると言えばその通りです。こうも自分と違う生きたかを見せつけられてしまうと心が、騒いでしまうのです。気になって仕方がありません。
「別に……鬼に負けた人間の最後など決まっているでしょう。なら……変に利用されるより死ぬ事を選んだだけの話です」
「ああ、人質を警戒されているのですか?柱ともなればその価値は非常に高いでしょう、だからこそ仲間に迷惑を掛けたくない……理屈は理解できますがそれにしても随分と潔いですね。もう少し生き汚くなっても誰も笑わないと思いますよ。そうだ、泣いて私に攻撃してきたことを謝れば助けてあげましょうか?」
そっと耳元でささやくと僅かに彼女の肩がわずかに震えたのがわかりました。動揺しているようですね。あれほど死にたいと述べていましたが、矢張り心の中では生を望んでいたわけです。しかし、だとするとますます理解できません。自殺志願と言うわけでもなく、仲間のために命を投げ出すことが出来るその思考が私には読むことが出来ませんでした。
「……随分とお喋りな鬼ですね、まるで生き汚くなったら、命乞いでもしたら逃がしてくれるような口ぶりで話しますね。そうやって希望を吹き込んでから、手のひらを返して殺すのでしょう……嫌らしいやり方です。誇りを、心を弄ぶ悪意に満ちたやり方……鬼にそんなことを言われても白々しいとしか思えません」
「……これは辛辣ですね。貴方は随分と鬼を嫌っていらっしゃるようだ。私は特にそんな風には思ってなかったのですが。ただ貴女の死生観が少し気になっただけですよ、少し…いえかなり私と異なっているようなので、貴女の心は分かりにくい」
「鬼と同じ死生観を持っているつもりはありません、さっさと私を殺せ外道」
ああ、これは私が何を言っても聞き入れてもらえそうにありませんね。残念です。彼女とは少し問答をしてみたかったのですが。では、本題に入るとしましょうか。
「貴女を殺す前にしなければならないことがあります。ええ、御屋形様なる人物の居場所を吐いてもらうことです。ああ、大丈夫……貴女の意思は先ほど聞きましたから。ですが別に貴女の口から語って貰う必要などないのです。残念で仕方ありません。貴女の口から吐き出せれば多少楽にはなれたのに...本当に大人しく吐く気はありませんか?......そうですか、ならちょっと痛いですが我慢してくださいね」
彼女の顔に多少の恐怖が浮かんでいるのが見て取れます。決めていた覚悟が揺らいでしまったのでしょうか可愛そうに、まだ20代にも言っていない年齢の少女にそんな顔をさせるのは非常に心が痛みます。でも、貴女がそんな目にあっているのは、貴女が鬼狩りをやっているからで、わたしに攻撃を仕掛けてきたから半ば自業自得の様なものです。あまつさえ仲間さえ連れずに独断専行なのでしょうか、それとも仲間を逃がすために自分を犠牲にしたのでしょうか。私が彼女の人生の選択肢を握っているとはいえ、どちらにしろまだ若い少女が選択するにしては重過ぎる事ですね。
これは…用がすめば私が貰ってしまっても良いんでしょうか?此処まで整った目鼻立ちの少女は中々いませんし、何より壊れにくい鬼狩の人です。そして……非常に興味深い思考回路をしている。彼女を殺してしまうのが惜しくなってきました。そうですね、あのお方にとっての重要なことを聞き出せれば、後は好きにしても構わないと仰ってくれていましたし。決めました、この少女はわたしのモノにさせてもらいますね。
「は……何を…言っているのですか?」
「ああ、すいません分かりませんでしたか?では分かりやすく言いますとね、私の血鬼術はそういう類の術なのです。今貴女が私を前にして何もできないのは、別に縄や触手といった血鬼術で縛りつけているからではありません。貴女の脳髄……そうですね、頭の中に働きかけて筋肉の動きを抑えているのですよ」
「……頭の中…っ!?」
理解の早い娘で助かります。わたしの言葉で、私の血鬼術がどういう類のものかを察することが出来たようですね。そして、死を覚悟して抵抗らしい抵抗をしなくなっていた時から一転、必死に腕を動かそうとして私の術中から逃れようとしてきました。自分の頭の中を覗かれて情報を見られれば、仲間にも危害があると踏んだうえでの行動なのでしょう。そして其れがどんなに無駄な行為なのかを思い知って、次第にかわいらしい瞳に涙が伝ってきます。ああ、下世話な話になりますが私はこの顔が好きです。残虐な嗜好はあまり人間と接するうえで好ましくないということは知っていますが、こればかりはどうしようもありません。この自分のやってきたことが全て無駄に変わるという絶望に苛まれた少女の顔は、人間の肉を食らうより、とてつもなく甘美で至福のひと時なのです。
私は人をあまり食べません。あまり、と言うのはほとんどという意味で普通の人間の食事と同じように栄養がなくなれば其れは食べることもありますが、普段は人間だった頃と同じようにお米を食べて生活しています。長く生きているとただ人肉を食べるだけの生活では空しくなってしまいます。毎日の献立を考えて健康的な料理を作る方が精神衛生上良いことはこの上ありません。ただまあ鬼となった影響か、それとも人間だった頃からの性癖なのか、食事よりもこうして少女をいたぶることに楽しみを感じてしまうのです。
言ってしまえば人間は嗜好品なのでしょうか?いえ、仲良くすることも出来ると私は知っているので、嗜好品にする人間と友達になれる人間とで明確に分けているということでしょうか。あ、大丈夫ですよ、殺しはしません。ああ、栄養補給と言う意味では殺しはしますが、それ以外で無益な殺生はいたしません。殺してしまえば、それで終わってしまうじゃないですか。楽しいおもちゃは長く使っていたいでしょう?壊れたら直して少しでも長く遊べるようにするのが物持ちの秘訣なのです。
この娘はきっと100年以上私の心を癒すお手伝いをしてくれることでしょう。
「私の血鬼術は……心に入り込む」
「い、いやっ!!……やめてっ…わたしの中に入ってこないでっ!!」
血気術『無心傀儡』
私の足元から伸びた影がゆっくりと彼女の身体へ蛇の様に巻き付いていきます。入れ墨のよう黒い影は肌を這いながら彼女の頭に達し、そこからずるりとその耳に向かって入り込んでい行きました。肉体的な感触はあまり感じないはずですが、彼女は必死に抵抗して暴れます。それも筋肉の動きをもともと封じてしまっているので地面を芋虫の様に転がることしかできませんが。
「いぎっ…いああああ……やめ…やめっ」
『青い彼岸花』という薬をさがす傍ら、私は医師たちの人体についての技術を自分のモノにするべく蒐集してきました。手に入れられないのなら自分で『青い彼岸花』を作ってしまうと考えたことが切っ掛けですが、いざ医療に従事してみるとそれが思いのほか面白かったのです。私の血鬼術とも相性が良かったことも原因でしょうか、私はそのまま外科技術を学び脳の神秘を収めることに従事しました。
その時に知れたのは、脳は微弱な電気信号を送りあって情報をやり取りする器官だそうなのです。だから何だと言う話ですが、西洋の医者が言うにはそれは「こんぴゅた」というものと同じなのだそうで。つまるところ電気と言うものを外部から送り込むことで脳から情報を得ることも可能なのではないか、というものでした。もっともそれは西洋医の方々が考えていた机上の空論だったのですが、私はその理論に自身の血鬼術を使い多少強引なやり方しかできませんでしたが、記憶を引き出すことに成功したのです。
「出来ればあまり抵抗しないで欲しいですね。脳髄の記憶抽出は精細な作業が要求されるので、すこし間違えば貴女は廃人になってしまうかもしれません。まあ、その時は私も責任を取りますが、物言わぬ人形になるのもお辛いでしょう?」
「おね...がっ...い...見ない...で」
「それは...申し訳ありませんが出来ません。貴女の口から教えていただけないのですから、直接覗くしかありませんよね。ああ、大丈夫ですあなた個人に関する情報は見ませんので『ぷらいばし』でしたか?それの侵害は一切いたしませんよ」
ずるずると音をたてながら黒い蛇は彼女の耳のなかに入り込んでいきます。半分ほど入った頃にはもう彼女の意識は半ば混濁して、言葉を発する事が出来なくなっていました。彼女の頭の中では半ば強制的に電気信号を通じて刺激を与えていますので、なにも言えぬような激痛が起こっているはずなのでそれは仕方がありません。他の方々の技に比べて私のそれはいささか地味なものですが、手早く済ませられるという事に置いては他の方にも負けないと自負しております。これで、一応の種は蒔き終わりました。一番の難所は乗り越えたので、後は彼女のお仲間が来る前にさっさと事をすましてしまいましょうか。
私の血鬼術は一対一が原則ですからね。他の人に邪魔されてしまえば其れまでです。だからこそ一人では絶対に解く事が出来ないのですけれど。なんせ頭を支配されて抜け出せる人間がいますか?それこそ頭を複数持っていないと難しいんじゃないでしょうか。最後の尻尾が全部耳の中へと埋まったのを確認した私は、そっと彼女の頭に手を乗せて意識を集中させます。あ、別に精神世界なんかには入ったりはしませんよ。ただ脳に残っている記録を引き出す事務作業です。簡単に説明すれば冊子に閉じた写真を開いては見ていくといった感じでしょうか。
その過程で彼女は私が何を見ているのか伝わってしまうので、それがより彼女に絶望感を与えるのでしょうね。いま彼女の中では、強制的に思い起こさせる過去の記憶が、走馬灯の様に浮かんでは消えている事でしょう。
「い…や…だっ」
「大丈夫ですよ、怖くありませんからね。直ぐに終わりますよ。ほら、私の手が見えますか……貴女はじっとそれを眺めているだけで良いですからね。では質問です。御屋形様はどこにいるのでしょうか?」
「あ…ああ…ぐっ…い…わない」
必死で口を開けない様にと頑張っていますが、私の血鬼術の前には見当違いで無駄な努力です。何せ頭の中で考えるだけでその全容が大体は分かってしまうのですから。ちょっとだけ彼女に教えてほしいものを告げるだけで良いのです。知っている単語を告げられた時、咄嗟にそのものを頭の中で思い浮かべない人間なんかいません。
ふむ、なるほど『隠』という存在に負ぶさり、何度も違う『隠』経由する事で当人が御屋形様の場所の正確な道筋を知られないようにしているのですね。まさか柱の彼女であってもその例外にはならないとは、大した情報保持能力だと感心します。確かにこのくらいの事はしていないとお歴々の血鬼術にかかって簡単に口を割ってしまう方もいるかもしれませんからね。今まで見つかってこなかったことにある程度の理由が付いて納得が出来ました。
ですが、場所のおおよその地形の形、匂い、御屋形様の姿、その経由した『隠』の様々な情報まで知られるとは流石の御屋形様も思ってはいなかったようですね。各地を転々と旅してきた私の知識と、その小さな情報を経由していけば、おのずと正解は見えてくるものです。ああ、なるほどやはり拠点は何年かに一度移動しているのですか。用心しておくに越したことはないですからね、彼女の視点から見る御屋形様の背景が少し違っているのはそういうことでしょう。おお、これは行幸です、彼女は先日御屋形様と会ったばかりではありませんか、ならば拠点はまだ変わっていない可能性が高そうですね……すると、あの辺りに拠点があると見て間違いないでしょう。
「いや……思い出すな…私…いやだ…御屋形様が…鬼なんかに……知られたくない……思い出したくない、忘れたいのにどうして……こんなにみんなの事が浮かんでくるのよ…」
「おや、今のは貴女の家族ですか?貴女に似て可愛らしい外観をしていますね、っとおやおや、なるほど、鬼に対する価値観もそこで培われたと言うことでしょうか、ああ確かに目の前でお姉さんを亡くされればそうなるのも無理はないでしょうね。私も大事な人をそういう失い方をしていれば、貴女と同じように鬼狩りの方々と共に鬼を狩っていたでしょう、いや私の場合はもう少し複雑ですが」
おっといけません、彼女の過去が思いのほか泣かせるものだったので、ついつい喜劇感覚で嗜んでしまっていました。鬼狩りと言うものは皆このように『どらまちっく』な過去を持っているのでしょうか。それならば今度暇つぶしに覗いてみるのも悪くないかもしれませんね。おや、このお姉さん……何やら特殊な血鬼術で倒されてしまったようですね……ふむ、映像から読み取るに氷でしょうか。ですとこれは……いやはや思いがけずお歴々の技を見ることが私は大変満足しています。情報とは大事ですからね、特に私の身近に関わることであれば、どんなに些細なことでも蒐集したいと思うのは私のさがなのです。
涙を流しながらぽつぽつと自分の家族の名前を呼び始めてしまった少女。おや、そこまで深く精神を揺らした覚えはないのですが、思いのほか姉との記憶の刺激が強すぎてしまったのでしょうか。ふむ、もう御屋形様については見る事は見たのでそろそろ打ち止めにてもいいかもしれません。私はそこで血鬼術の発動を止め、彼女の頭を優しく撫でてあげました。こうする事で人間は安心感を得るそうなのですが、まるで落ち着いているようには見えませんね。今にも死にそうなほど震えています。
さて、これはお歴々ですら数度しか成し遂げたことのない偉業でしょう。すこし小躍りしたくなりましたが、油断はいけません。いまは場所のおおよその所在地が分かっただけ、ここからその場所に攻め入って御屋形様とやらをあのお方に差し出すまで気を抜けません。捕らぬ狸の皮算用は禁物です、私より先代の鬼の方々が幾度となくその驕りで命を落としてきたのか私は何度も目にしてきました。それはそれとして、これは彼女にお礼をしなければいけませんね。
「ありがとうございました、貴女のおかげで我が主様の宿願を叶えることができそうです。なんとお礼を申し上げていいのかわかりません。もし、私に出来ることがあるなら何でも申し上げてくださいね。ああ、大丈夫ですよ貴女の一族の命の保証は既に契約として果たされていますから、それ以外を言っていただいて構いません。なにせ、私が二百年以上をかけて足がかりしか掴むことが出来なかったものですからね、金銀財宝も私が持っているものを全てお譲りしても良いくらいです」
「……あなたは…おかしい……狂ってる」
「はい?すいません少し聞き取れませんでした、私は鬼の中では聴覚はあまり優れていないほうなのです。申し訳ありませんがもう一度仰っていただけませんか?貴女の望みを……」
「お前はっ……私の心が読めないと言ったなっ!?それは当然よっ……勝手にに人の頭の中を見て……私の過去を…そのすべてを……物語の様に楽しめる…お前にはっ……その長い鬼の人生全てを使っても…絶対に私の心なんか分かるはずがない!!」
何が彼女の逆鱗に触れてしまったのか、仰るようにまったく彼女の心が理解できていません。これほどまでに思考が分らない存在も珍しい。矢張り彼女を殺さないという選択は正解でした、彼女はきっと私を長く楽しませてくれる。その為にも、願いを聞いておかなければなりません。
「望みは…なんですか?」
「殺してっ!!もう…私は…生きている価値なんて……ない……」
「殺してとは穏やかではありせんね、それが貴女の願いなのだとしたらそれはいささか後ろ向きな嗜好ではありませんか。ああ、私に情報が洩れてしまって家族や…その御屋形様に顔向けが出来ないと悩んでいらっしゃるのですね、でしたら大丈夫です。私は貴女の名前も貴女の情報も一切しゃべりませんので。其れでも心が痛むようでしたら、こうお考え下さい……貴女は抵抗するも無理やり私に記憶を抜き取られてしまった。そう考えれば気持ちも少しは楽になるのでは?」
一番の問題はあのお方ではあるが、あのお方が情報を齎した人間の名前をいちいち気にされる様な方ではないのでそれも大丈夫でしょう。満面の笑みで彼女の頭を撫でてみるが、それでも彼女の表情は改善されることはなく悔しそうに唇を結んで私の方を見るばかりでした。一体何がいけないのでしょう、これではせっかく私に偉業を果たさせてくれるきっかけとなった彼女に恩を返えせません。不可抗力とはいえ彼女の『ぷらいばし』も一部侵害してしまいましたし、今後長い付き合いになることですし、出来ることならば鬼狩り以外のことであれば全力で協力させていただきたいのですが。
「...どの口がっ...お前の...お前のせいで...お館様が、鬼殺隊が...私の...せいだ...」
鬼の私に情報を抜かれてしまったことが相当心に響いているようですね。責任感の強い娘なのでしょうか、自分を責めても終わってしまったことは仕方ないと言うのに。でも、そういう顔も悪くありません。絶望に濡れた顔もいいですが、悔しそうに悲嘆にくれる顔と言うのもまた乙なものです。ころころと私の言葉や行動に一喜一憂して、表情を変えて私を楽しませてくれる彼女を見ていると、ますます自分のものにしたいという欲求がが高まっていく気がしますね。
「ごめんさない…姉さん…こんなところで…こんな形で…恩を仇でかえすなんて…...御屋形様に姉さんに...なんていったらいいか……こんな、こんな…ごめんなさい、ごめんねみんな……」
ですが何時までも落ち込まれていては、此方としても話が進みません。私は小さくなってうずくまる彼女の耳元でそっと気になっていたことを囁いてみました。もし、私の予想通りであるなら、彼女はきっとそれで感情を変化させてくれるでしょう。
「あの、そんな風に俯いていられるとこちらまで気が重くなってしまうので、出来れば願いを教えてほしいのですが……ああ、貴女が恐らく殺したいほど憎んでいる鬼の情報など対価にどうでしょうか?」
「……っ」
おや、雰囲気が変わりましたね。少し正気を取り戻せたようで良かったです。矢張り憎しみと怒りは人間、鬼問わず精神の動力源ですね。火に油を注ぐように、言葉で少しそれを刺激してあげれば、あとは勝手に燃え上がってくれます。過ぎれば毒ですが、心が弱っている彼女のような人には活力になるでしょう。いやはや私の血鬼術は、人の嫌な記憶も引きずりだしてしまうので、心を簡単に壊してしまうので扱いが難しい代物なのですよ。今回は上手く心を取り戻せたようで何よりです。次はもう少し用心して使用しないといけませんね。
これは……彼女の葛藤が見て取れるようです。鬼なんかに頼りたくないと言う気持ちと、目の前にある足がかりを無駄にしたくないと言う気持ちがせめぎ合っている顔ですね。鬼の言葉は信用できないと仰っていたはずですが、これは少しは信用を得たということで良いのでしょうか。それとも、藁にも掴む気持ちで聞くだけ聞いてみたいという事なのでしょうか。まあ、それが対価として意味があるのならば喋る事に異論はありません。私はあのお方に従っているだけですので、他のお歴々がどこでどうなろうと関係がないのです。
彼女の復讐の果てにお歴々が倒されたとしても、それはその方の実力不足だっただけの話。人間のまま法に縛られて平和にいきれば良いものを、弱肉強食の世界にわざわざ身を置いた鬼である以上、殺されても文句は言えません。生き物の命を奪う以上、いつか奪われることも覚悟していないといけませんからね。
「貴女の記憶に出てきたお姉さんの言葉と状況から察するに、恐らくその鬼はお歴々の一人『上弦の弐』、童磨様ですね。主に氷を扱う血鬼術にたけ鬼狩りの方々が使う呼吸において致命的な技を持っているとか、私の知る限りの情報だと此処までですが、いかがでしょうか、貴女から頂いた情報の対価には見合っていますか?ほら、憎い姉の敵が見つかった今、今ここで私に殺されてはいけない理由が出来たでしょう?」
「あ…あなたは、私をこんなに惨めにして……今さら…生きる意味なんて…私に…何がしたいの?何が目的なの?」
「貴女では長く遊べそうですから、心が死んでもらっては困るのですよ」
「……長く…遊ぶ」
「ええ、私はこう見えて蒐集癖がありまして、自分がほしいと思ったものは自分の手元に置いて愛でていたい性分なのです。貴女はその点見目も美しく性格も私好みです。私のモノになるに相応しい」
最近親しかった人間の友人と死に分かれて寂しかったのです。安心してください、絶対に殺しはしませんし殺させません。悲しいときは慰めてあげますし、楽しいときは一緒に笑ってあげます、復讐は……私もあの方に従う一鬼ですので、私個人が直接協力すると言うことは出来ませんが、その鬼の情報は惜しみなく出しましょう。あの方も御屋形様なるものの情報と引き換えなら、喜んで差し出してくれるでしょう。
ですからどうか、私の娯楽になってほしいのです。
「そんなの.....い、...わ...か...り...ま...じだ!?」
答えを返そうとした彼女の唇が痙攣して、彼女の意思に逆らって別の言葉を吐き出しました。その光景に彼女は目を見開いて口許をおさえ、涙が残る目元を引き締めて私を睨み付けてきました。今の気持ちはそうですね。言葉まで、選択の自由まで私から取り上げるのですか?と言ったところでしょうか。ごめんなさい。私がもう貴女を自分のモノにすると決めてしまった以上、貴女の意思はこの際どうでもいいのです。答えは聞いていません。貴女がどう感じようと答えは最初から決まっているのです。安心して私に身を委ねてくださいね、悪いようにはしませんから。
それに、目で明確な拒否を現していますが、その実無理やり言わされたという口実を探していたことも私には分っていますよ。本当は少し安堵しているんでしょう?自分が鬼なんかの口車に乗らざるを得なかったという言い訳が出来て。
「便利でしょう、私の血鬼術...直接な戦闘には向きませんが、人体を操ることに関しては右に出るものはお歴々にもいないと考えています」
「すば...ら...しい...おちか...ら...です......」
「そう言っていただけで嬉しいです。ただ、それが本心であればもっといいのですが...まあ、多くを求めすぎては行けませんね。今はまだ...抵抗してくれても大丈夫ですよ」
ゆっくりと貴女の心を溶かしてあげますから。
手始めにそうですね、自分好みに彼女を変えてしまう所から始めましょうか。御屋形様なる鬼狩りの情報を引き出すのは其れからでも遅くはありません。私の言うことを聞くだけの人形にすることは簡単ですが、それでは面白くありませんし、第一彼女との約束に反してしまいます。それはいけません、彼女には彼女のままでいてもらって、そのうえで私のモノになって貰わないといけません。
おっと、別にあのお方への忠誠を蔑ろにしているわけではありませんよ。物事には順番と言うものがあるのです、順位をつけてそれに従って行うことでバラバラに事をなすよりもより効率的に物事を進めることが出来ます。だからこそ、私が彼女の心を弄るのはとても必要な事なのです。
ですから…そうですね
「貴女の名前を聞かせてもらっても良いですか?」