ISをアップデートして専用機持ちの素直な想いを代弁する機能を付与した、とする迷惑極まりない内容だった。
専用機持ちたちの想いを聞いてしまった一夏はある思いを強くしていくことになる。
※ISABキャラも登場します。
休日の朝。
波乱の幕開けは白式に送られてきた“あの人”からのメッセージによって告げられた。
――鈍感で難聴だとか難癖を付けられるいっくんのために束さんが一肌脱いだよ! 文字通りにね!
添付されていた束さんのセミヌード写真画像を白式の隠しフォルダにしまい込んだ俺はメッセージの続きにも目を通す。
――コアネットワークを通して、全てのISをアップデート! 難解な日本語もわかりやすい日本語に翻訳して話してくれる夢のような機能を追加! 褒めて褒めて!
「日本語から日本語に翻訳? いったい、何を言ってるんだ、束さんは……」
意味がよくわからないが束さんが何かをしたらしい。全てのISと言っているから面倒なことが起きる未来はほぼ約束されたも同然だった。
コン、コン。
俺の部屋をノックする音。休日の朝にわざわざ部屋まで訪ねてくるのは箒かラウラであることが多い。俺が返事をする前に廊下から声も聞こえてくる。
「入るぞ」
やはり返事をする前に入ってきたのはラウラだった。以前はノックも声かけもしていなかったのだから、これでもかなり丸くなったんだと実感せざるを得ない。
ちなみに箒の場合は俺が寝ていること前提で勝手に入ってきて(叩き)起こしてくれる。親切な友人を持ったよ、うん。
「おはよう、ラウラ」
「なんだ、起きていたのか。まあいい。今日は何も予定がないのだろう? 少し付き合え」
何やらお誘いのようだ。これだけならばいつものこと。特にすることもないからついていくだけだった。
しかし今日は少し違っていた。
『寝ていてくれた方が都合が良かったのだがな。折角勝負下着もつけてきていたというのに』
俺とラウラは目が点になって見つめ合った。お互いの顔が見えている。当然のことながら俺はラウラの口が動いていないのも見て取れる。
だが聞こえてきた声は間違いなくラウラのものだった。
「な、何だ!?」
ラウラが周囲をキョロキョロと確認する。普段から警戒を怠らないラウラらしくない激しい動揺が見られる。人形のようと持て囃されている白い頬はらしくもない真っ赤に染まっていた。
「今のって……」
「私の方が知りたいッ! 何なんだ、今のはッ! 確かに勝負下着をつけてきているが他意はないッ!」
語るに落ちるとはこのことか。他意のない勝負下着ってそれこそ何なんだよ。わけがわからない。
『前と違って一夏は私のことを意識してくれている。だからきっと前のようにベッドに潜り込めば――』
「わーーーーーーーッ!」
まただ。今度はラウラの上げた大声と重なるようにしてラウラの声が聞こえてきた。だからラウラ自身が発した声じゃない。
でもラウラの様子を見るにラウラと無関係でもない。
「ち、違うからな! いくら私とて、昔と違って分別くらいはつけて――」
『煩わしい。皆ももっと正直に生きればいいではないか。抱いて欲しいのならば素直にそう言えば――』
「まさかこの声! シュヴァルツェア・レーゲンから出ているのか!?」
そう言うとラウラは唐突に制服ズボンを太ももまで下げてISの待機状態であるレッグバンドを確認した。
……俺が目の前に居るのにな。
「あの、ラウラさん?」
「なんだ! 今は取り込み中だ!」
「いや、その……ここは俺の部屋で、その格好はちょっと……」
幾分か冷静さを取り戻したラウラが己の露わになった下半身を見つめる。
彼女の顔面は瞬間沸騰した。
「一夏のバカーー!」
「え、俺が悪いの!?」
ズボンを上げたラウラはそのまま廊下を走り去っていった。珍しいラウラが見れた。しかしこの現場を誰かに見られていたら誤解を生むに違いない。念のため廊下に顔を出して確認する。
……シャルと目が合った。
「ねえ、一夏。今、ラウラが涙目で走っていったんだけど、何かあったの?」
特に怒ってはいないようだ。妙な誤解はされていないと信じる。
「何もなかったと言えば嘘になるが俺も何が起きてるのかは理解できてない」
「また変なトラブルに巻き込まれてそうだね。わかった、教えて」
『今日は朝からツイてるなぁ。こういう相談を受けるのは役得だよ』
シャルが慌てて口を塞いでいる。俺にはわかった。今のはシャルの口から出てきた言葉じゃない。
この現象はラウラだけじゃなかった。つまり、これはアレだ。束さんから送られてきたメッセージ。その中にあったISのアップデートとやらが原因だろう。
「え、と、一夏? 今のはね……」
「わかってる」
「え、何を!? もしかして僕って一夏に最初からそう思われてるってこと?」
「何を誤解してるのか知らないけどたぶん俺の言い方が悪かった。シャルは何も悪くない」
「あ、ありがとう、一夏」
『気を使わせてごめんね。でも一夏が僕を頼ってくれて嬉しかったのは本当なんだ。ラウラは泣いていたのに、嬉しかったんだ。酷いよね、僕は』
お互いに苦笑いして何も言えなくなった。
さて、ここからどうやってシャルに状況を説明しようか。
このまま黙っていても埒があかない。
「シャル、あのな――」
「あー、えーと、そうだ! 僕、ラウラが心配だから追いかけるよ! じゃあ、また後でね、一夏!」
『これ以上は無理ィ! ラウラ、待ってよー!』
結局、シャルも俺から逃げるように走り去ってしまった。
2人ほど犠牲が出てしまったがとりあえず俺にも現状が理解できてきた。
おそらく、束さんのアップデートによってISが操縦者の心の声を勝手に類推して勝手に喋るようになっている。さっきの勝負下着の件を聞くに、事実を使って話しているから
「また厄介な……でも、俺からは何も出てこなかったな」
ここでメッセージの内容を思い出す。束さんは俺のためにと言っていた。つまり、俺が聞く側のときに限定されているのではないだろうか。
耳を澄ませてみる。静かな休日の朝だ。さっきまでのラウラとシャルの叫び声くらいしか騒音らしきものはないだろう。おそらくだけど他の場所で同様のトラブルは起きていない。
「あ、いっちかー! なんかさっきすごい声が聞こえてきてたけど何かあったの?」
廊下の曲がり角辺りからこっちに手を振る姿が2つある。
鈴と乱だ。ギスギスした雰囲気もたまに見せるけど、俺のいないところではよく一緒に行動してて根本的に仲のいい2人だと思う。
「鈴と乱じゃないか。朝から一緒だなんて仲がいいな」
「ハァ? 朝たまたま一緒になって、そのまま色々と話してただけでしょうが!」
乱が俺に噛みついてくる。しかしだ。
『失礼ね! 仲が悪いわけないでしょ! こうして鈴と自然な感じで一緒にいるために努力もしてるの! アタシは鈴の休日の起床時間と行動パターンを把握して、それに合わせてこっちも動いてるんだから!』
俺も鈴も、そして乱も目が点になって固まった。
事情を把握できている俺ですらも、あまりにもあんまりな内容で驚きを隠せない。
「ち、違うの、鈴! 今のはアタシじゃない!」
「そ、そうよね。アンタの声だったけど、そういうことにしておくわ」
『まあ、毎度毎度休日の朝に鉢合わせてれば、あたしも自然と察せられる程度のことだし』
「ち、違うのよーーーー!」
耐えきれなくなったのか、乱は鈴を置いて走り去ってしまった。叫びながら走り去るのはこれで3人目。不思議ともう追いかけようという気も出てこない。
「追いかけなくていいのか、鈴?」
「あたしが追いかけても逆効果でしょうが。大丈夫。あの子は強いから30分後くらいにはけろっとしてあたしのところに戻ってくるわ」
ストーカー染みたことをされたと知っても鈴の顔にはむしろ笑顔が浮かんでいる。やはり乱との距離感は従姉妹というよりも実の妹に近いのだろう。俺には妹がいないからハッキリとはわからないけど、妹のやんちゃですませてやれるということか。
「そんなことよりさ、一夏に聞きたいことができたんだけど」
「そうだろうな。俺からも鈴に言っておくことがある。というよりも見せたいものがある」
またシャルのときのように途中で逃げられたら説明も出来やしない。鈴が何か喋って墓穴を掘る前に、俺は白式を操作してメッセージだけ表示させた。
「これはまた……迷惑なことをされたわね」
「さっきの乱のもだし、朝から騒々しかったのもこれが原因だ」
「シャルロットとラウラの2人?」
「まあな」
「あの2人もまだまだね。あたしには知られて困るような本音なんてないけど」
あ、これ、マズいパターンじゃ……
『例えばあたしが一夏を心から愛してるとか、ね』
鈴(のIS)から出てきた言葉は超ド直球な愛の告白だった。
「あ――」
「いや、その、まあ……そう! たとえ話だよな! 鈴!」
「え、ええ、そうよ! 機械に勝手に代弁されて困るような話が本気なわけ――」
『あたしの口から言いたかったのにィ!』
「お願いだから黙ってて、甲龍ッ!!!」
『本当は一夏から言ってもらいたいのにィ!』
「もう嫌ーーーー!」
結局、鈴も走り去っていったとさ。
さて、新たに2人の犠牲によって現状がもうちょっとだけ理解できてきた。
鈴と乱は2人で喋っていた。そのときには何も起きていなかったのだから、例の現象は俺の周りでだけ発生していると言っていい。
いつ解決するのかは見当が付かないけど、今日はもう俺が大人しくしていた方が良さそうだ。
しかし用事がないことはなかった。
「あ、そういえばセシリアから借りてたノートを返さないと」
そのノートはセシリアが書いたISの操縦に関する覚え書きのようなもの。昔と違ってある程度の用語もわかってきた今の俺にはちょうどいい教科書だった。ただ、セシリアの大事なもののようだし、昨日のうちに写し終えたから出来るだけ早く返しておくべきだろう。
「セシリア、いるか?」
セシリアの部屋をノックする。できればセシリアが留守で相部屋の子だけがいるのが望ましいんだが――
「一夏さんですか!? はい、少々お待ちくださいな!」
扉が開けられる。出迎えてくれたのはセシリアで、部屋の中に見えるのは相部屋の子でなく、なぜかコメット姉妹だった。よりによって専用機持ちしかいない。
「取り込み中だったか?」
「いえ、そんなことはありませんわ!」
『一夏さんの用事を最優先するに決まっていますわ』
しまった。下手な会話をせずにノートだけ渡して立ち去るべきだったのに。
「ちょっとセシリアさん! 今のは酷くない!?」
ファニールがやや困惑気味に突っかかっている。見た感じファニールはセシリアに懐いているようだったから今のセシリアの(ISから出てきた)一言は少なからずショックのようだ。
セシリアも困惑している。ここは俺が動くべきだ。
「落ち着け、ファニール。今のは聞かなかったことにしてやってくれ」
「なんで一夏が出てくるの!? わけわかんない!」
「まあまあ。お兄ちゃんも考えがあると思うからゆっくり聞こうよ」
流石の落ち着き力を見せるオニール。ぶっちゃけ学園生徒の誰よりもメンタル強いと思ってる。
しかし一言二言とはいえ、ファニールもオニールもISが勝手に喋り出していない。もしかすると隠している本音がないとかそういう素直な言葉が出ているからか?
「実はな、今ISが変なことになってて……俺の前で本心を隠した発言をするとISが勝手に本心を暴露してしまうらしい」
「何ソレ!? だったらさっきのは――」
セシリアが頭を下げる。
「申し訳ないですわ。浮かれてしまって、ファニールさんたちに失礼なことを考えてしまいました」
「あ、いや……いいのよ! 悪いのは一夏だから!」
『本当に悪いのは短気な私。一夏も被害者』
「あ、これ、結構きついかも!」
『篠ノ之束、絶対に許さない!』
あ、やばい。これ以上ファニールに喋らせると命の危険があるかもしれない。
「お兄ちゃんはセシリアさんにどんな用事で来たの?」
おっと、ナイス話題転換だ、オニール。遠慮なく乗っかろう。
「借りてたノートを返しに来たんだ。ありがとう、セシリア」
「お役に立てて何よりですわ。……本当にお役に立ちまして?」
「疑わなくていいよ。前と違って、セシリアの言ってることがわかるようになったから」
「そうですわね。一夏さんも成長していますから」
さて、用件は済んだ。まだ傷が浅いうちにさっさと退散しないと。
「お兄ちゃんはこれからどうするの?」
「どうするも何も、今日は部屋で大人しくしてた方がいいと思ってるぞ」
「そうよ。今日のアンタは危険なんだから部屋に籠もってなさい」
『寂しかったら私たちが遊びに行ってあげるから』
ISの流してきた言葉を聞いてファニールは苦笑いをして固まった。
「今から遊びに行ってもいい、お兄ちゃん?」
この子はフォローも完璧か? しかもISが何も喋らない!
「オニール、お前は本当にいい奴だよ。俺、感動してる。俺の妹にしたいくらい」
「でも私はファニールの妹だよ?」
「そうよ! 一夏にオニールは絶対に渡さないんだから!」
『私と結婚したら、オニールは一夏の妹になるわね!』
「それでいいわけないでしょうがあああああ!」
ものすごい勢いでファニールが部屋から飛び出していった。失言に近いのはわかるんだけど、皆が皆、示し合わせたかのように同じ反応をしてるなぁ。
「ごめん、お兄ちゃん。ファニールが心配だから行くね?」
「ああ、傍にいてやってくれ。あと、俺は何も聞かなかった。いいな?」
「うん、わかった」
オニールも後を追っていなくなった。
俺もこれに続いてさっさと立ち去ろう。
と思った背中が引っ張られる。後ろを見てみればセシリアが俺の服を掴んでいた。
「一夏さんは何もしなくてよろしいのですか? その、篠ノ之博士の問題がいつ解決するのかもわからないままですのに……」
「俺だってなんとかしたいとは思うけど、ISの中身のことなんて俺にはどうしようもないからな。楯無さんに相談して、あとは任せた方がいいと思ってる」
「そうですか。わたくしもお手伝いしたいのですが、一夏さんの言うようにわたくしも力になれないかもしれません」
「大丈夫。心配してくれてありがとな。十分に俺の力になってるよ、セシリア」
少し元気がなさそうだったからついつい頭を撫でた。
それが良くなかった。
「一夏さん……」
『お慕いしております』
「あの! わたくし!」
「ご、ごめん、セシリア! 俺、もう行かないと!」
俺は逃げ出した。どうしてかはわからないけど、あのままセシリアの言葉を聞いちゃいけない。もし気の迷いとかでなくても、このタイミングだけは間違っている。そんな気がした。
真っ直ぐに部屋に帰れば良かったのに。
セシリアの部屋から逃げ出した俺は勢い余って寮の外にまで飛び出していた。むしろ校舎が近い。不幸中の幸いか制服を着ているから校舎周りをウロウロしていても違和感はないだろうが、専用機持ちの誰かと遭遇する危険性は高い。
全力疾走した後だ。俺は立ち止まって肩で息をしている。するとズボンの太もも辺りをくいくいと弱い力で引っ張られた。
「どうしたの?」
クーリェだった。今は専用機持ちとあまり会いたくなかったけど、クーリェだったら大丈夫だろう。オニールも大丈夫だったし。
「ちょっと走りたい気分だったんだ」
「そうなんだ」
『カッコイイ』
……さて。今のを俺はどう受け取るべきだ? 逃げてきただけの俺は格好良くないと思うんだけど、そこはクーリェが知らないところだから仕方ないか。でも訂正しておきたい。
「ごめんな、クーリェ。今の俺、格好悪いからさ。逆に
「けなす……?」
小首を傾げるクーリェ。ああ、そうだね。君に悪口を言わせようとする俺はダメダメ人間だったよ。
「いや、今のは気の迷いだ。忘れてくれ」
クーリェをその場に残して立ち去ろうとしたときだった。
一瞬だ。一瞬のうちに気温が3℃くらい下がった。そう思うくらいの寒気が俺を襲う。
「織斑一夏……クーリェに何を言わせようとしていたの……?」
「ベ、ベルベットさん……!?」
いつからいたのか全くわからない。寮の方角から歩いてきていたと思われるベルベットさんの冷たい眼差しが俺に向けられている。
どうしよう。初対面のときですらこんな目で見られたことない。
「聞き方を変えるわ。クーリェに罵倒されたいだなんて、あなたは正気なの?」
やべえ。ISが何も言ってこない。つまり、ベルベットさんは建前で喋ってなんかない。本気だ。
冷や汗が頬を伝う。前にベルベットさんを怒らせたときはマシンガンで撃たれたけど、そのときの方がマシに思える。
「いえ、そういうわけじゃないですよ。ただ俺は、俺自身が褒められるような人間じゃないから、クーリェの純粋な目が痛く感じちゃって」
急に気温が元に戻った。
「わかる……私も似たようなもの。汚れた心の私がクーリェの傍にいていいのか、毎晩のように思い詰めてるわ」
怒りはなくなったっぽいけど、これはこれでどうしよう。何か重い話が始まったんだけど、今の俺にはそれを受け止める自信がない。
「汚れてなんかないっ! ベルベットは綺麗だよっ!」
「ありがとう、クーリェ。わかってる。私はあなたの信じる“綺麗なベルベット”で居続けるから」
『黒い心の私は、いずれあなたの前から消えるから』
「ダメだよっ! ベルベットがいなくなったらやだっ!」
「大丈夫。私はいなくならないから」
『できるだけ頑張る。今は根性論しか言えないわ』
クーリェが泣き出して、ベルベットさんが彼女を抱きしめて背中を優しくさすっている。
マズい。これまでと違う方向でマズい。ベルベットさんがクーリェに隠しておくべき本心を暴露してる現状はどう考えても良い方向には向かわない。
俺は黙ってこの場を立ち去るしかない。心苦しいけど、今の俺が間に入るのは悪い結果を呼びそうだったから。
その後、俺の逃げた先は生徒会室だ。休日でも楯無さんたちがここにいる可能性はあるし、いないならいないで他の誰とも会いにくい場所でもある。
生徒会室には3人の姿があった。楯無さん、のほほんさん、簪である。今日は厄日というやつか。またもや専用機持ちしかいない。
「3人とも喋らないで!」
まずは機先を制する。これまでの経験上、専用機持ちが喋ることがトリガーとなっているから、先に俺の事情を説明しきるべき。
楯無さんを含め、顔つきが真剣そのものだ。今が非常事態だと察してくれて、俺の要求に従ってくれている。俺は白式に送られてきたメッセージを空間ディスプレイに表示させた。
読み終えた簪さんがキーボードを叩いて空間ディスプレイに文字を表示させる。
“打鉄弐式を軽く調べてみたけど妙なプログラムは見つからない。となると私たちが関与できない領域で改変をされているから、私たちじゃ対処できないよ?”
「なるほど、筆談という手があったか」
「でもでも~、何かはしないと大変だよ~」
あ、のほほんさんは普通に喋るんだ。オニールと同じように普段から素直なことしか言わないってことなんだろうなぁ。
と思っていた矢先だった。
『おりむーは優しいから、きっとまた自分を苦しめちゃうからね』
ああ、そうだった。この子はこういう子だったよ。不覚にも京都でのことを思い出してしまって、また泣きそうだ。
「あら、本音ちゃん? 一夏くんのことを良く見てるわね?」
「おりむーはカッコイイ人だから当たり前だよ~」
『大好きだよ。皆を守ろうとする力強さも、困っている人のために身を削ってでも手を差し伸べる優しさも、ぜ~んぶ!』
いつも通りのふんわりとしたのほほんさんの笑顔。それが今はもう張り付けたかのように固まってしまっており、見ていてわかるレベルで熱を帯びていくように下から赤く染まっていく。
くるりと椅子ごと回って俺から目を逸らしたのほほんさんはすっくと立ち上がり、彼女なりの全力疾走で廊下へと飛び出していった。
「一夏くん、顔赤いわよ」
『妬けちゃうわね、正直』
「あ、はい。もしかしたらとは思ってましたけど、のほほんさんって俺のこと――」
「い、一夏! わ、私も!」
筆談をせずに簪が大声を上げた。
俺はすかさず簪の口に人差し指を当てて黙らせる。
「ごめん。今は聞くわけにはいかない。こんなこと、誰かに強制されるべきじゃないからさ」
「一夏……」
『好き……』
セシリアから逃げた本当の理由を自覚した。
束さんのふざけた行いで皆の思いが蹂躙されている。この状況にこれ以上振り回されて欲しくないんだ。
「俺は行きます」
「これからどうするつもりなの、一夏くん?」
「俺なりの方法で解決します。少なからず皆にも影響が出ると思うけど、そこはもう受け入れてもらうしかありません」
「……わかった。お姉さんには手出しできそうにないから任せるわ」
生徒会室を離れ、俺は寮へと向かう。
色々と本音(仮)を聞いてきて、束さんのメッセージをようやく理解した。
俺は彼女たちの発言から感じるべき感情を見落としていたんだ。
鈍感だとか難聴だとか、そういうことかと今ならば納得できる。
だけどさ、この方法はあんまりだ。
誰も救われない。
「やぁ、一夏。怖い顔をしてどこに行くんだい?」
寮への道中でロランと出くわした。その第一声を聞いただけでも俺は不安を隠しきれない。もはや反射のように身構える。場合によっては耳を塞がないといけない。
当然のようにロランのISは語り出す。
『箒可愛いよ箒』
――つい、笑ってしまった。
「おや、今の声は何だろうか……? ついつい普段から思っていることを口に出してしまったかな?」
『箒可愛いよ箒』
コイツ、何を喋ってても本音はそれだけなのかよ!!!
普段ならツッコミをいれるところだけど、今はこんなロランの無茶苦茶さが癒やしになっていた。
「泣くほど笑われるとは。まあいい。先程までの暗い顔よりはずっといい」
『一夏可愛いよ一夏』
「俺も対象なのかよ! 節操がないな、お前は!」
「私は自分に正直に生きている!」
『箒可愛いよ箒』
「ロランは本当に幸せそうだ」
だいぶ気楽になった。
やっぱりロランのように自分の意思で動かないと、どんな結果になっても後悔すると思う。それを再確認できた。
「私が幸せそうに見えている? そうでなくては困る! 私自身が幸せでなければ、100人の恋人全てを幸せにすることなど不可能だからだ!」
その通りだ、ロラン。
だから今の世界は間違っている。
俺は俺の信じる道を進む。
寮に帰ってきた。
目的地は決まっている。
俺の部屋じゃない。
一目散に向かったのは――
「頼む! 俺にタイキックをしてくれ!」
ヴィシュヌの部屋だ。彼女は明らかに困惑しているが、このまま話をしてくれそうだ。
「一夏? いきなり何を言っているのですか?」
「少しばかりISを使わない実戦の勘を取り戻したくてさ。ヴィシュヌの蹴りが一番強そうだからお願いしたい」
「私は構いませんけど……」
「すぐに頼む。俺は左手で受けるから遠慮なく打ち込んできてくれ」
そう言って俺は左手で
「わかりました。ではッ!」
ヴィシュヌの右足が消えた。そう錯覚するほどの鋭い蹴りが俺に向かってくる。
そのタイミングに合わせて俺は左手をだらりと下げた。
「え……?」
『ああ、心地よい感触――って、一夏ッ!?』
左側頭部に激痛。視界が白くチカチカと明滅して、次第に真っ白になっていく。痛みも段々と薄れてきた。
これで都合良く記憶が飛んでくれないかなぁ。
たぶん無理だろうなぁ。
そんなことを考えながら俺は意識を落とした。
***
目が覚めると見知らぬ天井があった。板金を張り付けたようなメカメカしくもどこかボロい天井を俺は見たことがない。
IS学園の医務室にはよくお世話になっている。だからここがIS学園ではないと言っていいと思う。
なぜ俺がこのような場所にいるのか。すぐ傍に立っている束さんこそが答えだ。
「やあやあ、いっくん。あんな蹴られるような真似をしなくても、束さんが相談に乗ってあげたのに」
「……蹴られたかったんですよ」
「わーお。いっくんってばドMだね!」
「別にそれでいいです。結果的にですが、こうして束さんとも会えましたし」
「あ、そっか。いっくんは束さんの本音も聞きたかったのかな?」
「いえ、別に」
俺の即答に束さんはややガッカリしてみせる。まあ、たぶんポーズだけだろうけども。
「聞きたい本音はありませんけど、束さんに頼みたいことはあります」
「ほうほう。何かな?」
束さんに頼みたいこと。それは本来、俺が望まないようなこと。だけど今の俺たちには必要なことになってしまったから、たとえ邪道でも俺は進むしかない。
「俺と、今日の俺と話をした専用機持ち全員の記憶を消してください。束さんならできますよね?」
「今日の出来事をなかったことにしたい。そういうことかな?」
「はい。本人の意思に関係なく本心を暴くだなんて誰のためにもなりません」
「そうだね。専用機持ちの子の今日の記憶は消しておく。直接私が出向かないといけないから、ちーちゃんの協力が必要になるけども夜のうちになんとかしてあげよう。でもいっくんの記憶も消しちゃうの? 折角、鈍感とか難聴とかから脱却できるチャンスなのに?」
「誰もその称号を消したいだなんて言ってませんよ。それに――」
俺には確信していることがある。
「どこまでが本当かわからないけど、全部皆が言おうとしていなかった言葉だ。だから俺は聞かなかったことにしないといけない」
「ふーん、そっか。いっくんがそう言うのなら望み通りにしてあげる。じゃあ、おやすみ」
俺の意識が急速に薄れていく。
もう後は束さんを信じるしかない。この人は卑怯な嘘は吐かない。弱い人間だと思われたくない人だから。
***
また1週間が始まる。昨日は休みだったはずだけど全く休んだ気がしていない。
あれ? 昨日、俺は何をしてたんだっけ?
「おはよう、一夏! 朝だぞ!」
部屋に入ってきたのは箒だった。いつものことながら俺が寝てること前提でノックすらしやしない。まあ、ノックしてる箒を無視して寝転けてる俺が悪いんだけども。
「おはよう、箒。今日は起きてるぞ」
「全く。最初の頃はそうやって起きてるのが普通だっただろうに、いつの間にこんな不抜けた生活リズムになったんだ?」
「夜中まで勉強してたからかな?」
「まだ寝ぼけているようだな。キレの悪い冗談だ」
ひどっ! 本当に勉強もしてるのに冗談扱いされた。
「……ところで一夏。私は、その……可愛いか?」
「…………はい?」
箒が何を言っているのか全く理解できない俺は間抜けな声で問い返してしまった。
「そっか。そうだな。それでこそ一夏だ」
殴られると思って身構えていたんだが、何故か箒はふふっと小さく笑って軽く流していた。
「あの、箒……?」
「さあ、一夏! さっさと身支度しろ! 朝のうちにアリーナを借りておいたから、すぐに訓練を始めるぞ!」
「あ、ああ! わかった! 先に行っててくれ!」
箒を部屋から追い出して、俺は着替え始める。
結局、箒が何を言いたかったのか、意図は全く掴めなかった。
箒は可愛いかどうか。可愛いのは間違いないけど、箒に面と向かって聞かれると素直にはとても答えられない。そういう感情も人間らしさだと思うし、箒も俺らしさだと言ってくれた。それでいいと思う。
「さて、行くとするか」
俺のIS学園生活は続いていく。
今は変わらない毎日が心地よい。
いつかは変わらないといけないだろう。
でもそのときは自分の意思で向き合いたい。
俺は人間らしく生きたいから。