織斑一夏に会えたこと。
もしかしたら再会などできるものではないと諦めかけていた心は、全世界に飛ばされた一つのニュースによって奮い立った。
姉の所業によって家族は分断され、それだけでなく少なくない恋心を抱いていた一夏との望んでいない別れを経験した。
ISが女性にしか扱えない欠陥兵器であるが故に学生生活において一夏と日々を共にすることもない。深く暗い穴の中でいつまでも生きていかなければならない苦渋を想像していただけに、あの頃よりも男らしくカッコよくなっていた一夏を前にすると心が温かくなってくる。
剣道大会優勝を褒められた時など心が跳ね上がって身体から飛び出してしまうのではないかと錯覚してしまったほどだ。
まさかあんな小さな記事を目にしていたなんて。やはり私と一夏は運命の赤い糸で結ばれているに違いない。どんな困難を前にしても千切れることのない強固な赤い糸だ。
しかし、一夏が周囲の女子相手にデレデレしているのは捨て置けん。感情は冷静な判断を押しやって素っ気ない態度を取ってしまった。
それでもやはり幼馴染。一夏がISについて教えてほしいと私に……私だけに懇願してきたものだから私としても許してやらんことはない。一夏の奴、嬉しいことを言ってくれる。
一夏が私を頼ってくれた以上は愛を以て指導しなければならない。あわよくばそこで……そこで進展すればいい。
しかし、一夏よりは知識があるとはいえ、周りよりも抜きんでた知識を持つわけではない。怒りが込み上げてくるのを我慢して姉の名前を出したはいいが、来週のIS戦までに一夏が勝利を掴めるまで強くできるかどうか。
考えてみて、ひとまず一夏の実力を見ることにする。
そうなると剣道で見るのが一番だ。
太刀筋や立ち振る舞いを見れば相手の実力を測ることができるし、ISでも剣を使うのだから無駄にはならない。
「どういうことだ!!」
剣を交えて分かったが、一夏は弱くなっていた。あの頃みたいな力が無くなっていた。
聞けば中学時代はバイトとか家事に明け暮れていたようだ。私との絆である剣を忘れてだ。
私はお前との想いを忘れたくない一心で剣を振り続けていたというのに。お前はそんなことで剣を手放せてしまうのか。
喉元まで不愉快な何かが込み上げてきたが、私はなんとか飲み込み抑え込んだ。周りの目があるのだ。続きは部屋でだ。腑抜けた一夏に火を灯すのは将来の妻の役目だ。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
とにかく一夏と共にこの場を離れようとすれば、周りを囲う野次馬の一人と目が合った。
瞬間的に不愉快さが沸き起こった。
リボンの色を見るに上級生だが、気持ちをかき乱すのはその上級生の浮かべる笑みだ。
心からの笑顔。
愛想笑いの笑顔。
本心を隠す為の笑顔。
いいや違う。あの笑顔はなんと形容すればいいか。
明らか笑顔を張り付けているのが分かる笑顔だ。笑顔を模ったお面を目の前で被られたかのような『笑顔を見せれば満足だろ』と言わんばかりの腹立つ笑顔だ。
気づけば人垣を押しのけて上級生に竹刀を押し付けていた。
「試合しましょう」
とにかく気に入らなかった。冷静に思案すれば理不尽に試合を申し込んで素人を叩きのめすなどあってはならない。勝てると分かっている試合を行うとは浅ましい。
それでも煮え滾った感情は歯止めが効かない。
所定の位置に立って上級生が防具を着てくるのを待とうとすれば、彼女は制服姿のままで目の前に立った。舐めているとしか思えない。
「防具を付けてきてください」
「痣なんないから気にしない」
痣。
つまり私の一太刀を非力と嗤うか。それとも私の腕では一本も取れないと馬鹿にしているのか。
どちらにせよ、防具の有無で手加減などしない。
剣道を続けることができたのは、確かに一夏との思い出であり繋がりでもあるからだが、それ以外に私の鬱憤を晴らす目的があったからだ。
一夏と別れてからだろうが、具体的にいつからか荒んだ気持ちを落ち着けられるのが剣道だった。
無心に剣を振るうなんて高等なことではなく、相手を打ち倒して制圧することに快感を覚えていたのかもしれない。
面で顔が隠れた顔。対戦相手の顔が見えなくなると、私の目の前には私の生活をめちゃくちゃにした姉が現れる。
防具や面をしているが、面の隙間から見える顔は確かに姉のモノだ。同じ人間とは思えない逸脱した思考回路を持つ両親すらも認識しない姉だ。
だから私は憎しみを込めて剣を振るう。
姉が許しを請うまで、私の人生を捻じ曲げた報いを受けるまで。
試合が終わればスカッとする。清涼感が駆け回り、熱の籠った身体を心地よく冷ましていく。
そして対戦相手が面を外した時に、私の中で罪悪感と後悔が内側を掻き毟る。
剣道を感情の捌け口にしていることを、対戦相手を力で征服して愉悦に浸っていることを、私は知っても止められなかった。止めればなんとか均衡を保っている心が壊れてしまいそうだから。
目の前にいる上級生は顔を晒している。晒しているのに姉の顔が重なって見える。
だから防具をしていないことなんて頭の片隅に追いやって本気で剣を振るった。反撃の糸口など見出させない苛烈な攻めだ。まるで腹立たしく思う姉を叩きのめすように。
振るった剣は簡単にいなされ、一方的に打ち倒せるはずだったのに決着はいまだにつかない。
いつまでもいつまでも、涼しい顔して防がれていく。
私の剣に乗ったドス黒い感情を読み取ったかのように、笑みを張り付けたまま微動だにしない笑顔に、更に感情乱されて暴れるように剣を振るった。
周囲の視線なんてもう感じられない。不遜なふるまいを見せる上級生から勝利をもぎ取ることしか考えられない。
勝てばこの気持ちが落ち着く。不愉快な感情はどこかに消えていくだろう。
体重を乗せた重い一撃も、上級生は片手に持った竹刀で受け止めてくる。攻撃を流すなり、手首のスナップを利かせた軽やかな一撃が私の胴を打つ。
防具を通して伝わった力は驚くほど軽かった。
一本入ったことを疑いそうな軽さだ。
分からずに呆けてしまったが、負けた攻撃を受けた事実に竹刀を握る手に力が入っていった。
「ま……まだ、まだだ」
残心など知らない。一本取って油断しているであろう上級生のこめかみ目掛けて竹刀を振るううが、見透かされたかのように防がれる。
後は繰り返しだった。
何度竹刀を振るったところで防がれ受け流されて叩き返されるだけ。
姉の顔が重なって見えるのだ。いつまでもいつまでも。
まるで姉を相手にしているようだった。ろくに剣の練習をしていないくせに、必死に父の教えを乞う私を簡単に打ち負かした姉だ。
おかしい。
様々なものを引き裂かれたあの日から、私は常に姉と闘いそして打ち勝ってきた。打ち勝ってきたはずなんだ。
なのに勝てない。
何度目か竹刀を振るった時に竹刀が手から離れた。握力が無くなって竹刀を持ち続けることができなくなっていた。
攻撃手段を失い、上級生の竹刀に小突かれて尻餅をつく。疲れ切った身体では立ち上がる力などなく、張り付けた笑みを浮かべたままの上級生に見下される。
その程度と嗤われているように感じた。
心の内を嘲笑われているように感じた。
面の内側で歯をガチガチと打ち鳴らし怯えている私を嘲笑しているように感じた。
「虐めちゃったかな。あんまりカッコよくないかぁ」
上級生は去っていった。
まるであの日の姉のように。
私の中にあったプライドを引き裂いていなくなったんだ。
「……ただ見ていただけなんだけね」
「それでもきっちり叩きのめしているじゃない」
「そりゃあ、あの程度」
「敵じゃないって言いたげね」
「後輩相手に敵と思うのは可哀そうじゃないの。それに弱い奴相手に本気出すのってカッコ悪い」