駆逐棲姫が鎮守府にスパイとして潜入した話 作:カマタマーレ讃岐
たぶん
はじまり
『_____えっと...君は、鎮守府に行ったら...何をしたいんだい?』
若干やつれた様な印象を受ける青年が、目の前の少女にそう問い掛けた。
『私が鎮守府に行ったら...ですか?』
突然の話に当惑し、質問の意図を理解していないような様子の少女。
しかし、数秒うんうんと唸ると答えが出たのか、すっきりとした顔で目の前の青年と面と向かい合う。
白いベレー帽を深く被った少女が調子よく、すー、はー、と深呼吸。
先の青みがかった桃色のサイドテールがふわりと揺れるのと同時に、少女はこう叫んだ。
『___もちろん!艦娘たちをぎゃふんといわせてやります!!』
◇◆◇
「はるさめー、ただいまっぽーい!!」
「ぽい」と特徴的な語尾を付けた人物は声が聞こえてから数秒も経たないうちに、ドアの奥からひょいと顔を出した。
「あ、夕立姉さん。おかえりなさ…んぎゅ!?」
夕立姉さんは私を見つけ目を輝かせた途端、持っていた荷物を放り出して凄まじい勢いで私の胸元に飛び込んだ。
「えへへ、夕立が居なくて寂しかったでしょ?」
夕立姉さんが姉としての威厳を発揮させまいと振舞う。
そう、夕立姉さんは白露型4番艦の駆逐艦。
私、春雨は白露型5番艦だから...夕立姉さんはすぐ上の姉にあたる存在だ。
「子供じゃないんですから寂しくないです!というか姉さん、買ってきた物は…?」
「…あ、つい勢いで放り投げちゃったっぽい」
夕立姉さんは少し名残惜しそうに私の元から離れると、床に散らばった荷物をいそいそと拾い始めた。
「…もう、姉さんったら」
流石に見てるだけで手伝わないというのも“春雨”としてはどうなのかと思い、私は拾うのを手伝う事にした。
「春雨、ありがとっぽい!」
「どういたしまして」
私は、夕立姉さんにニコッと笑顔を向けた。
___でも、この私の振るまいは“仕事”の一旦にしか過ぎない。私の目的は…
(夕立姉さん、あなたたちを暗殺することなんですよ…)
私は、深海棲艦。この鎮守府に“春雨”として送り込まれたスパイだ。
...思えばこの鎮守府に着任して以来、悪事をたくさん犯してきたなぁ...。
例えば作戦終了日の打ち上げで、どう考えても要らないもち米を匿名で大量に送り付けたりとか...。まさに模範的なスパイである。
にしても…一緒に生活する事になるルームメイトがこんなにも単純な少女だとは。
私は心の中でほくそ笑んだ。姉妹艦の事等を聞いたりしても疑いもせずにペラペラと話してくれるため、こちらとしても気が楽だったのである。
そんな少女の名前は「夕立」。
あのソロモンで暴れに暴れたという逸話のある彼女を、私はここに来る前から何故か知っていた。
…私に何でこんな記憶があるのだろう?悲しい、怖い、苦しい…でもその中には誰かと過ごした記憶が確かにあって。
“私”は一体、誰なんだろう…?
「___おーい!春雨、急にボーッとしてどうしたっぽい?」
「ひゃ!?お、驚かさないで下さいよ…!っていうか近い!」
目の前には手をブンブン振る夕立姉さん。大型犬か!
「えぇー?驚かしてないけど…でも春雨のそういう反応、かわいいっぽい」
「な…っ…!?」
夕立姉さんがさらに距離をギュッと詰めてきたため、思わずどぎまぎしてしまう。
「ぅ…と、とにかく!荷物片付け終わったんですよね?もう夕食の時間過ぎてますよ」
「…え、マジっぽい?」
どうやら私に心休まる時間はない様子。夕立姉さんに「早く行かないと夕立達の分が無くなるっぽい!!」と引っ張られ、私達は部屋を後にした。
◇◆◇
「はぁ…はぁ…これ走る必要ありました…?」
「早いに越したことはないっぽーい」
駆逐艦寮から食堂まで大して距離はないのだが、夕立姉さんに引っ張られてかなりのペースで走らされたため流石に息が上がる。
時刻はヒトハチマルマルを過ぎた頃か。
既に食堂には和洋様々な料理の匂いが立ち込めていた。
「ふふ、ドイツ自慢のヴァイスヴルストの味はどう?最高でしょう?」
「…!?お、おいしい!これも一人前のレディーのたしなみなのかしら!?」
食堂の端の方でドイツ出身であろう艦娘が日本の駆逐艦娘に料理を振舞っていた。
「あ、暁ったらビスマルクにソーセージ振舞ってもらってるっぽい…いいなー」
「ちょ、夕立姉さん、白露姉さん達が待ってるんですから」
今にもソーセージの乗ったテーブルに飛びかかりそうな夕立姉さんをなんとか制止。
こうやって海外から着任してくる艦娘たちが異国のレシピを提案していくため、日本の艦娘たちが洋食を食べる光景…というのも鎮守府の風物詩になりつつあった。
「にしても…」
食道内をぐるりと見回す。
目印は活発そうな長女と、どこか達観した性格の次女。
「白露たち、どこにもいないっぽい?」
夕立姉さんもキョロキョロと周りを見回すが、見当たらない様子。
「ほんとにどこに_」
「やあ、二人共」
肩から全身へと凍てつく寒気が走る。
「ぽおおい!?」
いきなりの登場に思わず変な声が出てしまった。後ろから私の肩に手をポンと置いたのは…
「あ、時雨。今までどこ行ってたっぽいー?」
「はは、さっきまで白露と注文口の方に居たんだけど…今は空いてる席を探してる所」
白露型二番艦の時雨姉さん。深い黒色の髪に、青い瞳を持つ駆逐艦の少女で、暴走しがちな1番艦の白露姉さんの
にしても…肩を叩かれるまで時雨姉さんの気配に全然気付けなかったなんて...。
時雨姉さん、要注意人物に入れておかなきゃ。
「…何だかんだで春雨が
時雨姉さんが冷やかしみたいに、そんなことを口にした。
「毒…!?そんな訳ないじゃないですか」
後ろでは夕立姉さんが「時雨!?夕立毒じゃないっぽい!」とブーイング。
この1ヶ月で私が毒された…?まぁ確かに自由奔放な夕立姉さんには振り回されることが多いけど…
「えっと…聞きますけど具体的に私のどの辺が毒されてます?」
「…口癖かな」
「…はい?」
口癖?夕立姉さんの口癖…というか語尾は「ぽい」だけど…
「あっ、それ、夕立さっき聞いたっぽい」
「ちょ」
先程まで不機嫌だった夕立姉さんの表情が一気に明るくなる。
「確か後ろから来た時雨に驚いて…」
「ストップ!ストップです夕立姉さん!」
私は手でガードサインを作ってなんとかそれ以上の言及を止めることは出来たものの...しばらくの間、姉さん達がにこにこと微笑ましい物を見る表情で私を見てきたため、お手上げ状態だった。
「まあ毒された、っていっても悪い意味じゃないよ。…ふふっ」
「もう、また笑って…」
どうやら時雨姉さんには人を弄ぶ趣味があるらしい。
夕立姉さんですら先程のシーンを思い出してしまったのか、口を抑えて今にも笑いだしそうだった。
そのうち、時雨姉さんにまた何か弱みを握られるのではないかと頭を抱えた。
「うぅ…先が思いやられるなぁ」