駆逐棲姫が鎮守府にスパイとして潜入した話 作:カマタマーレ讃岐
スパイ作戦其ノ壱『司令官に媚びを売ろう!』開始!
「メニューは...提督のリクエストでカレーを作ります!さっそく始めよう!」
「おー!」
厨房室に2人の掛け声がこだまする。
かくして、私と五月雨ちゃんによるカレー作りが始まった。
__いや、始まってしまったのだ...。
この時の私達はまさかあんな恐ろしいことが起きるなんて知るはずがなかったのだから。
「わ、材料がもう用意されてる...!」
私の目の前には瑞々しい野菜たち。じゃがいも、玉ねぎ、人参。それに豚挽肉。オーソドックスなカレーの材料が綺麗に並んでいた。
「提督は妖精さんに懐かれてますからねー。提督が妖精さんに何か頼めばたぶんなんでもやってくれるよ」
腰まで掛かる長い髪を、ポニーテールにまとめた五月雨ちゃんが自慢げにそう話した。
と、いうことはこれらは全て司令官の指示で妖精さんが全て用意してくれたものらしい。妖精さん、すごい万能...!
「まずは野菜から切ろう。...あと、春雨ちゃんちょっといい?」
五月雨ちゃんが野菜を水洗いしながら、神妙そうな顔持ちで声を掛けてきた。
「どうかしたの五月雨ちゃん?」
「いや、どう考えてもカレーには入れないような材料が混じってる気が...」
五月雨ちゃんの視線の先には『超吸収!ハイパーマ○ニーちゃん』と書かれたパッケージが他の野菜や肉の中で異彩を放つようにただ佇んでいた。
「...」
当て付けか?これって時雨姉さんか、司令官の当て付けだよね!?
「春雨ちゃん気を確かに!料理はまだ始まってないよ!」
エプロンを脱ぎ捨て、提督室へ向かおうとする私を引き留める五月雨ちゃん。
私は五月雨ちゃんの必死の説得で引き戻され、抑えられない衝動をなんとか自制する。
「ふーっ...。じゃあまず、じゃがいもから」
白いまな板の上に、ゴロゴロとしたじゃがいもをのせる。
そして包丁を右手に力強く握り締めると、私はじゃがいもの真ん中に切っ先を見据え...
「___す、ストップです春雨ちゃん!」
別の下準備を行っていた五月雨ちゃんが、何やら物凄い血相でこちらに向かってきた。
「春雨ちゃん、もしかして....」
なにやら怪訝そうな顔で私の手元を見つめる五月雨ちゃん。顔には何故か焦りが浮かんでいる。
「大丈夫だよ、五月雨ちゃん。料理に邪念は入れないから...」
「そうじゃなく!その、料理初めてだったりする?」
五月雨ちゃんが、恐る恐るそんな事を聞いてきた。
「...あー、実はね。お恥ずかしながら、私料理作ったことなくて...。いや、実際には1回だけ作ろうとしたんだけど...」
私は冷たいシンクに寄りかかると、続けて独白した。
___ある日、村雨姉さんが私と夕立姉さんに料理を振舞ってくれたんです。村雨姉さん、作る料理までお洒落でね。単品でも美味しくいただけるんだけど、ワインのおつまみにしたらそれはそれはとても美味しい料理を一杯作ってくれて...
じゃあ私も料理を作ってみようと思って、春雨スープにチャレンジしてみたんですけど...
本来、艦娘というのは軍艦時代の記憶を保持しているものだ。
艦娘の性格や向き不向きは軍艦時代、艦に乗っていた人達に影響されるものらしい。
なので大体の艦娘は着任時から最低限の料理はこなせるし、艤装の操作も最低限は身に付いているものである。
それに、他の鎮守府の春雨はそつなく料理は作れるのである。だから私だって最初は料理が上手く出来ると思っていた。でも...
__私は"艦の記憶"を上手く思い出せなかった。料理の手順とか、おいしくなる味付けとか。決定的な何かが、欠けてしまっていた。
思えば、私は不完全で不安定な存在だった。
自分が沈んだときの記憶さえも思い出せない、まがい物だ。
艦娘にさえなれない、不完全な_____
「...え?」
___ぺち。確かにそんな音が厨房に響く。
これは、誰かが私の頬を叩いた音だった。
「...いたい」
後からやってきた頬の痛み。全然威力は無いはずなのに、じんと響く。
こんな事が出来るのは目の前にいるこの子しかいなかった。
怒っているのか、悲しんでいるのか分からない目で、私をまっすぐ見つめている。
「...春雨ちゃんは"春雨ちゃん"だよね?だったら自分を...不完全な存在だなんて言わないで」
普段見せないであろう五月雨ちゃんの強い口調が、私の頭の中で反響する。
「誰だって最初からなんにも出来るわけじゃないんです。私だって、着任当初はドジしまくりで...夜こっそり泣いたこともありました。でも...」
五月雨ちゃんは何か問いかけるようにこう続けた。
「そばにいてくれたみんなのおかげで何度でも立ち上がることが出来ました。そのおかげで最近はドジが減ってきた感じがするんです。...あ、これ本当だよ?」
五月雨ちゃんが少しお茶目に微笑むと、彼女の清涼感のある髪がふわりと揺れた。
「だから、春雨ちゃんは自分を見失わないようにして欲しいの。失敗しても良いんです。姉妹艦のみんなはもちろん鎮守府のみんな、それに提督だって傍に寄り添ってくれるはずだから。
...あ、もちろん私に相談してもいいんだよ?...春雨ちゃん?」
私に無言のまま見つめられていたのが気になったのか、五月雨ちゃんが不安そうな面持ちで私の顔を覗き込む。
「...」
「...あ!ごめんね...!私ったら急にマシンガントークしちゃって...」
____いつの間にか、目頭に熱いものが込み上げてきていることに気付いた。
でも、私はそんな姿は見せたくないと思ってぐっと、それを奥底にしまい込む。
「ううん...ありがとう、五月雨ちゃん。なんか目が覚めた。私、料理頑張るよ!」
そわそわし始めた五月雨ちゃんに精一杯の言葉を伝えると、彼女は数秒目をぱちくりさせた後、朗らかに笑った。
「良かった、春雨ちゃんが元気になってくれて!...よし、それじゃあその意気でじゃがいも、切ってみよっか!」
◇◆◇
ここ横須賀鎮守府は、200名近くの艦娘が所属するマンモス鎮守府だ。
当然、多くの艦娘が在籍するとなれば、それに比例するように鎮守府の面積も拡大していくものである。
「もー、誰だよっ!こんなでっかい鎮守府を作ったのは!」
名前も知らない鎮守府設計者にいちゃもんをつけるあたし。
「さぁね。でもこの庁舎、日本の中じゃ"1番"大きいらしいよ」
「"1番"!?時雨、今1番って言った!?」
「あー、やっぱり白露ってうるさい。...ふふっ」
「こら、お姉ちゃんに対してうるさいとはなんだっ。あたし泣いちゃうよ」
あたしも、時雨の素気無い毒舌プレイに慣れたものだ。
なんてことない時雨とのやりとりが、廊下に反響していく。
「...白露のそういう所、嫌いじゃないよ」
「ん...」
彼女はこちらを数秒黙って見つめた後、少し不器用に微笑んだ。
...時雨、2年前よりは丸くなったけど、何かあたしに対してだけやけに刺々しいんだよね?なんでだろ?
___まぁともかく、鎮守府の寮一帯に張り巡らされた気の遠くなるくらい長い廊下。
あたしたちはその廊下を足早に駆け抜けて、ある場所を目指していた。
「えーと、あっちだよね。確か春雨と五月雨がカレーを作ってる場所って」
「うん。...でもなんでかな、スゴい嫌な予感がするんだ!急いで白露!」
時雨ったらそんなに焦って...そんなに急がなくても妹は逃げないゾ?
くねくねと無駄に多い曲がり角を2回曲がると、目的の厨房室が姿を現した。
「なんかいい感じの匂いがするし、料理は大丈夫そうじゃん!」
扉の隙間から立ち込めてくる香辛料の香りが鼻をかすめる。
でも時雨は何かに取り憑かれたみたいに扉の向こうにあるなにかに視線を集中させていた。
「駄目だ...っ!安心できない!僕勘だけは鋭いんだ、何かが起こるよ」
「えー、流石に春雨たちも食べられないものは作らないで___」
____ズゴーン!!
調理中には絶対聞こえないであろう謎の豪音が、全ての音を掻き消した。
「__あーっ!!
「五月雨ちゃん?!どうしてそんなものを持って歩くの!?」
カンカン、と調理器具同士がぶつかり合う音。
しばらくして、慌てふためく声が2つ聞こえてくる。
___どうやら時雨の言う通り、事故が起こるのは予定調和だったようだ。
「...ああぁ!やっぱり心配!僕見に行く!」
何かのメーターが振り切れたのか、時雨がたまらず駆け出した。
「楽しそうなことしてんねぇ!お姉ちゃんたちも混ぜてよ!」
時雨に続いてあたしも厨房に勢い良く突入する。
白露、時雨、春雨、五月雨。第27駆逐隊の集合完了!
「ね、姉さんたち!?どうしてここに...!?」
「やっぱりね。春雨、五月雨。僕たちが助けにきたよ」
春雨が驚愕した様子でこちらを伺う。
その隣で五月雨がカレーから
「ところで、これはどういう状況?」
「そ、それが...」
時雨が光の無い目を春雨たちに向けた。
五月雨がどのような形でドジを踏んでしまったのかは永遠のナゾだが、これだけは明確だった。
「___春雨!早く火止めて!」
「は、はいぃ」
増えていく春雨に対し、目に見えて減り始めたカレーの汁。
___
それは信じられない光景だった。
「__五月雨は菜箸4つ持ってきて!」
「菜箸ですね!持ってきますっ!」
減っていくカレー汁を憐れむように、鍋の中から顔を出していく材料たち。そしてそれを嘲笑うかのように増殖していく
___そう、この奇っ怪な現象は世界の理さえも超越していたのだった。
「ちょっと白露!?ボーッとしてないで回収するの手伝ってよ!」
「あー、はい、今行きまーす」
かくして、戦いの火蓋が切られた。
4人の駆逐艦娘VS
一時はどうなる事かと思ったが、なんとか1食分のカレーを守りきる事が出来たあたしたち。そうだ、あたしたちは勝利したのだ。未知の
※カレーを吸った春雨はこの後みんなでおいしく食べられませんでした。
◇◆◇
1日は、怒涛の勢いで過ぎていった。
気が付けば既に日は沈み始めており、日暮れを告げる海鳥たちが、夕焼けに染まった提督室の窓の外を飛び回っている。
みんなで...いや、第27駆逐隊のみんなで作ったカレーが、提督机の上でほかほかと湯気を上げていた。
「し、司令官...っ、ど、どうでしょうか?」
「...」
無言でカレーを咀嚼し続ける司令官と、それを恐る恐る見守る私。
司令官は早食いの様で数秒もしない内にみるみるうちにカレーが減っていく。
「...いいじゃん!」
「ほぇ?」
「今までに食べたことない味だよ!じゃがいもが煮崩れちゃったりしてるけど...」
そりゃあ
五月雨ちゃんや姉さんたちに手伝ってもらったとはいえ、料理のベースは私が担当していた。じゃがいもの形が不揃いだったり、マ○ニーちゃんを誤投入しちゃったり...はっきりいって失敗作...
「__だから、おいしいの!...これは春雨の、みんなの気持ちが入ってるから」
司令官の突拍子もない発言に、ぽかんと呆気にとられる私。
___この人は、そんな言葉を私にまで掛けてくれるのか。
なんだか、"あの人"みたいだ。
根拠の無いことを言うのに、不思議と人を信じさせてしまうような、魔性の人。
カラン、とスプーンとお皿の触れ合う音。
「ご馳走様!...春雨、料理、作ってくれてありがとう!」
そうやって、司令官はあの時と同じ笑みを浮かべて見せた。
「どう...いたしまして」
__私もそれに答えるべく、ほんの少しだけはにかんでみせた。
鍋の中でほぐされるマ○ニーちゃんと、仲間たちの輪の中で絆されていく春雨...なんだか似ていますね!!