駆逐棲姫が鎮守府にスパイとして潜入した話 作:カマタマーレ讃岐
とある深海提督の憂鬱
「今日モイイ風ガ吹イテイルナ」
今日も俺...いや、深海提督の優雅な1日が始まる。
分厚い強化ガラスの外を見れば、深海魚っぽい生物がふわふわと浮いたり沈んだりを繰り返していて、そこはかとない日常感を感じる事が出来た。
...もっとも、ここは海底なのでそよ風すら吹かないが。
「ソロソロ、朝食ノ時間ダナ」
朝食を摂りたい所だが、俺は既に"あちら側"の人間ではないため、腹は空かない。最後に腹が空いたのはいつだろうか...。
自炊が出来ない人間の象徴であるジャンクフードで埋め尽くされた冷蔵庫の中身を漁る。
「エット...アッ、イチゴジャムガモウ無イノカ...」
どうやら、いちごジャムの在庫が底を尽きたらしい。
しょうがない。今日はマーマレードジャムで妥協だな。次の休みの日ぐらいには地上に買い出しに行かなくては...。
「__ウオッ、危ネ」
トースターから飛び出してきた食パンをキャッチ。
地上で購入した”これ”。どうやら俺は不良品を掴まされたらしい。
ヤマ○電機で購入した翌日、早速ウキウキ気分でトースターを使ってみたところ_____”パンが飛んだ”。
いや、文字通り"飛んだ"のだ。
最新鋭らしいフルパワー動力でパンを吹き飛ばしてくれたこいつ。
___あの日これを売った店員の名前を俺は知らない。そらそうか。
「味ハシナイ...カ」
狂ったようにパンに甘いジャムを塗りたくっても、見た目だけが色鮮やかになるだけ。
俺は多分"あの出来事"以来、味覚が死んでしまったのだと思う。
それでも、あの頃の習慣を忘れたくない俺は無理にでも食パンを口に詰め込んだ。
「...コンナ毎日ジャ"アノ人"ノ味モイツカ忘レテシマイソウダ」
そんなこんなで俺がいつものように深海棲艦たちの損害状況を確認したり、資材のやりくりをしていると、部屋に誰かが飛び込んできた。
「提督!オハヨ!」
やはりだが、ドアが蹴破られる...というか噛み砕かれた。
彼女の臀部から伸びる、厳つい艤装...つまり尻尾が前にあるもの全てを薙ぎ倒していく。
「ネエ提督!今日モ艦娘タチヲ イッパイ倒シテキタヨ!褒メテ褒メテ」
「ヨシヨシ、偉イナ "レーコ"」
机に身を乗り出した彼女の頭を撫でる。
そんな彼女の名前は"レーコ"。大本営が俗に言う"戦艦レ級"である。
「チョット...!レーコ!アナタ マタ部屋ノ扉ヲ メチャクチャニシテ...!」
そのレーコに続いて入ってきたのは、同じ戦艦娘である"ルーさん"。
彼女もまた、レーコの例と同じもので俗に言う"戦艦ル級"である。
「アッ、ゴメンナサイ提督...マタ扉 壊シチャイマシタ」
どうやらレーコは、自分が扉を壊した事に気付いていなかったらしい。
ハッとしたように周りを見渡すと、身の置き所がなさそうに肩を竦めた。
彼女の尻尾の艤装も、しょんぼりと項垂れて反省している様子。
「イイヨイイヨ。壊レレバ マタ作リ直セバイイダケダ」
そうやって俺が落ち込んだレーコを慰めていると、改まった様子のルーさんが1枚の書類を差し出してきた。
「提督、ソウダンガアルノデスガ...」
「ドウシタ、ルーサン」
「最近、南方海域ノ 守リガ薄イデス。攻メコンデミテハ イカガデショウカ?」
艶やかな黒髪を持つルーさんが、そう提言した。
「フム、ソウダナ...。ナンカソコ最近放ッタラカシダッタシ、攻メ込ンデミルカ」
深海提督の決断は恐ろしい程早い。こんなんで作戦の日程やら方針が決まってしまう大本営も可哀想なものである。
あ、そうと決まれば早速"あの子"にも連絡を入れておかねば...
「ソウダ、君タチ。朝食ハ トッタノカ?早クシナイトゴ飯ガ 無クナッテシマウゾ?」
「ハッ!?ソウダッタ!レーコ達、マダ朝ゴハン食ベテナカッタ!ルーサン、ハヤク行コ!」
「コラ!待チナサイ レーコ!...ア、失礼シマシタ、提督」
レーコに連れられ、部屋を後にしたルーさん。
見た目は似ていないが、2人はさながら姉妹のようであった。
「サテ、ト」
机の隅に置かれた黒い受話器を手に取り、彼女の応答を待つ。
『___はいもしもし春雨ですけど!?何ですかボス、こんな時に...!』
受話器の向こうから聞こえてきたのはいきなりの怒声。それに混じって、誰かの話し声も聞こえてきた。...えっ、ちょっと待って、この子どこで喋ってるの?
「エット、君今ドコデ喋ッテルノカナ?...マァイイ、言ッチャオウ。今週カラ私ノ所ノ艦隊ガ南方海域ニ攻メ込ムカラ...」
『___あーっ!!待って下さいっ、司令官、そこ敏感なんでやめてくださいっ、ああああ!!』
彼女が悲鳴をあげた後、ガタッと音声が切れてしまった。
...え、今の何だったの?...まぁいいか、要件は伝えられたし...。
◇◆◇
「それでね、峯雲さんったらあんなこと言い始めて...」
「へー、なんかめっちゃすごいっぽーい」
今日はたまたまルームメイト3人の休暇が被ったため、みんなでヒミツの女子会を開催していた。
村雨は峯雲ちゃんの話。夕立は間宮の季節限定の栗パフェの話。
2人共話し終えたので、次は春雨の番となる。
「峯雲さん、なんだか対抗心が湧いてきました...!」
やけに峯雲ちゃんに対抗心を抱いてる春雨という光景も、日常茶飯事になりつつある。
多分、村雨に関するコトなんだろうけど。
こほん、と軽く咳払いしたあと、次の話題を出すべく春雨が口を開いた。
「じゃあ次は私の番ですね。私は...」
「____開けろ!デトロイト警察だ!」
3人で談笑していたところ、意味不明な言葉と共に突如乱入してきたのは白い割烹着姿の提督。部屋に乗り込んできたと思えば、サーチアンドデストロイ。ベッドに腰掛けていた春雨を連れ去ろうと迫り来る。
「急に押し入ってきてなんですか!?司令官...」
____プルルルル。突然どこかから電話の着信音が鳴り出す。
音がした方を振り向くと、春雨の黒い飯盒が肩身狭そうに机の上に置かれていた。
「もしかして、そこから鳴ってるっぽい...?」
「...へ?あ、あーすごいでしょう、夕立姉さん。えーっと、えっと...。そう!これ実は最新鋭の黒電話なんですよー」
"最新鋭の黒電話"という矛盾したパワーワードを生み出すぐらいには錯乱している様子の春雨。
目に見えて焦り始めた春雨を不審に伺う夕立たちだったが、春雨は普通に受話器を手に取って、応対し始めた。
「はいもしもし春雨ですけど!?なんですかボス、こんな時に!」
...ぼ、ボス?春雨の口から飛び出した突拍子もないワードに一瞬ぎょっとする。
「え、春雨...ボスって誰?」
村雨がきょとんとした面持ちで春雨に問い掛けるが、本人は現在進行形で電話の向こうの"ボス"とやらと話しているため返事は出来ない。
「春雨ー!?マ○ニーちゃんが寂しがってるよ!!ほら、早く!!」
何を思ったのか突然話を端折ろうとする提督。後ろから春雨の脇をがっしりと掴むと、そのまま引きずろうとしていた。
「あーっ!待って下さいっ、司令官、そこ敏感なんでやめてくださいっ、ああああ!!助けて姉さん!」
必死に提督の拘束を振りほどこうとする春雨だったが...。
悲しきかな司令官には馬鹿力のアビリティが備わっていた。
「任せて!」
どこから取り出したのか、長い鎖で繋がれた錨を力強く手にした村雨。
...心なしか、オッドアイの赤い瞳が熱く煮えたぎっている様な。
「春雨、お前が具材になるんだよ!」
「し、司令官?」
「村雨、やっちゃうからね〜」
「なに物騒な物を構えてるんですか村雨姉さん!?」
春雨のダブルツッコミが放たれた後、ドドドドドド、と怒涛の勢いで部屋から去っていた提督たち。
村雨も連れ去られた春雨を追いかけるため、部屋から飛び出していった。
「...誰もいなくなった...っぽい?」
一見、何も聞こえなくなった室内かと思ったが、春雨の落としていった受話器から、誰かの声がもぞもぞと聞こえてきた。
「...」
なんとなく、その受話器を手に取ってみた。
飯盒に付属しているという点はいささか不自然だったが、見たところ普通の黒電話となんら変わりない。
にしても...春雨が言っていた"ボス"って何者なんだろう?
__ 幾倍にも膨れ上がる好奇心を、夕立は抑えきる事が出来なかった。
「__はいもしもし、春雨ですけど...っぽい」
『イヤ似セル気無イダロ君』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、ボスという名前にはそぐわない優しげな声だった。
「えへへ、ばれちゃったっぽい?...じゃあ単刀直入に聞くっぽい」
すぅ、と息を吸い込む。
「__あなた、何者?」
『曲者』
「そーゆー事は聞いてないっぽい!マジメな話っぽい!」
受話器の向こうから直ぐに返事が返ってこないことから、きっとその"ボス"とやらは深く長考しているのだろう。しばらく無音での小競り合いが続く。
『...私ハ、墜チタ人間ダ。タダソレダケハ確実ニ言エル』
「ぽい?」
話を聞いてみると、ボスとやらは大分ミステリアスな人だというのが分かった。__依然として正体は教えてくれなかったけど。
『君...ソノ語尾カラシテ...夕立君ダネ?』
「__ッ!?なんで夕立の名前を知ってるっぽい」
本来、艦娘の名前だったり個人情報だったりは海軍関係者しか知り得ない情報である。そしてそれを、知っているこの"ボス"。只者じゃないというのは夕立でも理解出来た。
「あなたは春雨の何!?もしかしてお父さんだったりするっぽい!?答え...」
『ジャア、ソンナ 夕立君ニ頼ミガアルンダ。聞イテクレルカイ?』
こちらが質問しようとしていたのに、いつの間にか会話のペースが向こうに持っていかれてしまった。
...なんだか話し方がうちの提督みたいで、少し気が抜けてしまう。
『___君に春雨を、あの子を守りたい意思があるのなら、どうか彼女を守って...いや、救ってあげてほしい。恐らく、これからあの子には大きな壁が立ち塞がる。夕立君なら、そのきっかけになれるはずだ』
「...え?」
先程までのどこか濁った声とは打って変わって、鮮明な声色。
今ものすごい大事な事を言われた気がする。...もっとも唐突過ぎて、7割ぐらい内容を忘れてしまったが...。
『夕立君。君ノ事ハ春雨カラヨク聞イテイルヨ』
春雨、ここであった事をこの人に話してるんだ。
...もしかしてこの人、ホントに春雨のお父さんなんじゃ...。
『素敵ナオ姉サンジャナイカ。ヤッパリ、春雨ニハ君タチミタイナ存在ガ必要ダッタンダナ』
「えへ〜、褒めてもらって嬉しい...ってまた話題逸らされたっぽい!」
受話器の向こうから聞こえてくる、心なしか嬉しそうな声。
案外、悪い人じゃないのかも...。
『今ハ、君タチガアノ子ノ"居場所ダ。...アノ子ハ1人デ悩ミヲ抱エ込厶癖ガアルカラ、ソノトキハ親身ニナッテ話ヲ聞イテアゲテホシイ。...出来ルカイ?』
ボスの、まるで此方を試すみたいな口調。
...そんなの、決まっている。
「___もちろん!...春雨は夕立の大切な妹っぽい!」
『フフ、イイ返事ガ聞ケテ嬉シイヨ。君トハマタイツカ話セソウダ。ソレデハ』
ガチャ、と一方的に通話を切られてしまった。
...何か、不思議な人だったなぁ。"ボス"っていう呼称もあだ名みたいなものなのかもしれない。というかむしろ、夕立からしたらどう考えてもお父さんにしか思えなかったけど。...って!
「しまったー!結局、正体聞けなかったぽーい!!」
声が虚しくこだました。
◇◆◇
「___ 君トハマタイツカ話セソウダ。ソレデハ」
受話器をガタンと戻す。
「...ヌワアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」
危ねぇえええええ!!危うく正体ばれるかと思ったぞオイ!?
今回は相手が夕立だったから良かったものの、勘の鋭そうな時雨とかだったら確実に正体暴かれてたわ!!春雨のおバカ!どこに受話器置いとんねん!もう!
「...オット。私トシタ事ガウッカリ取リ乱シテシマッタナ...。シカシ、夕立君、カ...」
____”懐かしい名前だ”。
ふと、遠い昔の光景が鮮明に蘇る。...
「相変ワラズ、嫌ナ記憶ダナ。ダガ...」
そろそろ彼女に試練を与えてみてもいいかもしれない。
彼女は、春雨は未だ自分の気持ちに気付いていない節がある。
「____君ハ、俺ガ命令ヲ下シタラ、夕立君ヲ
に、しても...まったく。"あの時"この場所に舞い込んできたように、君はどこまでも俺を困らせるな。
それでも...
「...君ガ俺ノ元ニヤッテ来タノニモ、何カ深イ意味ガアルノカモシレナイナ」
騒ぎ出した心を落ち着かせる為、もう一度分厚い窓の外を見渡した。
景色は相変わらず一面、黒のインクを垂らしたような海海海だが...
「今夜ハ"ツキ"ガアリソウダ」
少しばかり、未来に希望を託してみるのもいいかもしれない___
深海鎮守府
規模はあまり大きくないが、深海提督と深海棲艦たちが暮らしている場所。水圧がヤヴァイ。
レーコ/レ級
鎮守府に所属する深海棲艦の1人。深海提督の事が好き。
はちゃめちゃに強い。
ルーさん/ル級
鎮守府に所属する深海棲艦の1人。深海提督の準秘書艦的立ち位置。
伊達眼鏡を掛けている。
1章はとりあえずここまで
この話以降、夕立の一人称視点が増えてくと思います
いつか後期白露型メインの話も書きたい...