黒死牟殿に狂人な妹が居たら?というお話。

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お兄様の名誉の為に

「ああっ!お兄様!!」

 

 無様に地に伏す私の目の前で、大切なお兄様に鬼の拳が襲い掛かる。

 駄目、駄目、そんなのは、絶対に。

 手を伸ばす。届かない。

 地を這う。間に合わない。

 手段がない。死ーー

 

 私が瞬時に導き出した答えは、どうしようもないという救いがない結論で。

 

『お兄様のっ!名誉の為に!私はこの身を捧げましょう!!……あ、奥方様違います不貞ではありません!!性的な意味ではなくっ!!痛い痛い痛いですよぉ!!』

 

 嘗ての(一方的な)誓いが、ぐるぐるぐるぐると再起し、ねじ曲がり、混濁し、そしてーー

 

「兄上っ!!」

 

 懐かしい(憎たらしい)声と共に、鬼の頸が斬り落とされる。

 私の前にはその声の主。私の一番嫌いな男ーー存在するだけでお兄様の名誉を壊しかねない(私にとっての)大罪人……継国縁壱が立っていた。

 

「ヨリ、イチッ……」

 

 ぎりりと歯が鳴り、握った拳からは血が溢れる。

 私が、星凪が守るべきお兄様の名誉が。こんな、こんな男に……ッ!!

 いや、分かっている。私では何も出来なかったのだ。縁壱がいたからお兄様が助かったのだと、分かっている。

 だからこれは逆恨み。ただの八つ当たりに近い。でも、それでも私はーーこの男が憎い。

 

「星凪も!!」

 

 あの無表情だった縁壱が、今はこうも分かりやすく焦った表情をしている。

 それは確かにお兄様の御力によるもので、だからこそ、そんなお兄様に助けられた縁壱がお兄様の名誉に泥を塗るのが許せなくて。

 でも、縁壱は今、不甲斐ない私に代わりお兄様の命を助けてくれて。私はどう返せば良いのか、分からなくなる。

 

「……私は、大丈夫です。こんなもの、どうとでもなります」

 

 抱き起こそうとした縁壱の手を払う。

 脚の骨が折れている。それを縁壱は見てとったのだろう。だが、だからどうした?

 

「……お兄様を、お兄様の傷が、後に残らぬよう……お願いします」

 

 こんな男に頭を下げるのは嫌だ。気に入らない。でも、それよりもお兄様の名誉が大事。

 お兄様の名誉の為ならば、私の感情など捨て置こう。私の身体など捨て置こう。

 お兄様の名誉の為ならば、私は幾らでも堕ちてみせよう。

 

「しかしっ……!」

 

 こちらを気遣う縁壱の姿が映る。ああ、腹立たしい。ああ、憎々しい。ああ……出来るものなら殺したい。

 お前がいるからお兄様は苦悩する。お前がいるからお兄様の名誉に傷が付く。

 だとしても、この一時だけは。お兄様の命を助けたことだけは評価しよう。

 だから私は、滾る憎悪を御してみせよう。

 ーー一呼吸。

 

「シィィッ……ふぅ」

 

 気持ちを切り替えて。

 

「何度も言わせないで下さいな、縁壱兄様」

 

 こんな男が兄だとは認めない。認めたくないが、そう口にして。

 

「私は平気ですから、お兄様を……巌勝お兄様を、どうか……」

 

 吐き気がする。反吐が出る。だからどうした。私は決めたのだ。お兄様の名誉の為に、と。

 だから、そう。だからーー

 

 

 

 私は何をしているのだろうか。

 鏡に映る私の顔には、『上弦 弐』と刻まれた瞳と、もう片方の……菱形の星が煌めく瞳。

 そう、私は鬼。十二華月。上弦の弐、禍星。

 

 鬼狩りとなっていた縁壱を知り、同じく鬼狩りとなった私とお兄様。

 呼吸法を知った私は、私だけの瞳……綺羅星の瞳によって縁壱の視る世界を知り、独自に星の呼吸を作り上げた。お兄様は月の呼吸だ。

 しかし、お兄様は日の呼吸を……縁壱の呼吸を得ることが出来ず、苦悩していた。

 お兄様の名誉の為に、と。私はこっそりと稽古にかこつけてお兄様の動きを調整したけれども、それでも得られず、やはり縁壱はお兄様を苦しめる害悪だと理解した。

 

 そして……そして、痣が発現したことでお兄様は25歳以上は生きられなくなったと知った。

 その矢指に、私とお兄様は鬼の首魁である無惨と遭遇し……そうだ。思い出した。そこで、お兄様は鬼となったのだ。そして、私も、お兄様の名誉の為に。

 

 鬼となっても、私の姿は変わらなかった。お兄様は目が六つになった。可愛い……じゃなくて、強そうだ。

 何故私がそのままの姿なのかは分からない。鬼狩りに……鬼殺隊に潜入しようにも、臭いだとか音だとかで気付かれるのに。いや、人を食えなかった私はあまり臭いはしないようだけれど、それでもだ。

 理由は分からないが、しかし力は上がったので良しとしよう。ついでに隕石も操れるし。

 ちなみにお兄様は斬撃の月を飛ばせるようになった。凄い。

 

 そして、今だ。下弦が無惨の手により無残にも解体され(無惨に対して馬鹿だろうかと思ったのは秘密だ。まあ無惨に対して馬鹿だろうかと思うのは何時ものことだが)、上弦も討ち取られ始め、鬼狩りに城へと攻め込まれ、そして今に至っている。

 

 改めて思う。私は何をしているのだろうか、と。

 お兄様の名誉の為に。そう考え今まで生きてきたが、果たして現状は……お兄様の名誉を守れているのだろうか?お兄様の名誉を傷つけてはいないだろうか?

 そう、不安になるときがある。縁壱が寿命で死んだ時もそうだった。私は何か、間違えてしまったような、そんな予感がしてーー

 

「ーーーー」

 

 そこまで考えて、無惨から指令が下された。

 

「ええ、分かっております無惨様。ーーお兄様の、名誉の為に」

 

 心の揺らぎを御して、私は刀を手にする。星の呼吸ーー否、今は凶星の呼吸へと変化させたそれを使い、出陣する。

 どうなろうと、もう後戻りは出来ない。私の、全盛期(人間だった頃)から変化しない身体を一瞥しーー

 

「お兄様の、名誉の為に」

 

 ぽつりと、口癖を呟いた。

 

 

 

 なんだ、こんなものか……と、やって来た鬼狩り達を斬り捨て、そう思う。

 

「鬼殺隊の皆様、どうかお帰りくださいませ。

 貴殿方では私には勝てませぬ」

 

「ーーーー!!」

 

 哀れに想い口にするも、彼等は退く気はないようだ。

 ああ、もう。痣が発現している隊士までいるようで。

 

「貴殿方の恨みや憎しみはよーく分かります。鬼の首魁は確かに許せないでしょう。

 ……しかし、貴殿方では勝てないのです。であるならば、今を生き延び、後へと命を繋げるべきではないでしょうか?」

 

「ーーーー!!」

 

 家族を殺した鬼達が何を。

 そんな具合に、憎しみのこもった声が聞こえてくる。

 私、殺してないんですけどね。食べてないんですけどね。……まあ、鬼狩りは殺してますが。

 それに、私は違うと口にしようともお兄様が殺し食らっていたのは事実だ。お兄様の名誉の為に、口が裂けても違うとは言えない。

 そう考え、ちくりとした痛みを。心の痛みを感じる。

 また何か、間違えてしまったような?

 

「……分かりました。貴殿方の恨みは私が引き受けましょう。

 さあ、お出でなさい鬼狩りの者共。上弦の弐ーー禍星が、その恨み諸供切り裂いて差し上げましょう」

 

ーー凶星の呼吸、壱の型 【綺羅星】

 切り払い、繋げて、

ーー凶星の呼吸、弐の型 【流星天夜】

 貫き穿ち、繋げて、

ーー凶星の呼吸、参の型 【恒星熱波】

 押し潰し、繋げて、

ーー凶星の呼吸、肆の型 【月下……

 

 中断する。もう生きている鬼狩りは誰もいない。

 

「貴殿方には恨みは在りませぬが、これもまたお兄様の名誉の為に……」

 

 血糊を飛ばし、さて、どうするか。

 向いた視線の先には、お兄様の戦場が。

 

「……お兄様の名誉の為に」

 

 胸騒ぎがして、私は駆け出す。お兄様に限って、負けるとは思えないが、しかしーー

 

「ーーッ!? ああ、そんな……」

 

 そこには、頸を刎ねられた、お兄様が。

 お兄様が、死ぬーーそう思ったが、しかし。お兄様は異形の体へと変じて再生させる。だが、それは……それは違う。

 そして、お兄様が……大切なお兄様が、自壊を始めた。

 

「いけませんお兄様!!」

 

 駆け出した私に、振り向いた鬼狩りの……柱達の刃が突き刺さる。ーー知ったことか。

 腕が落ちる。ーー知ったことか。

 心臓が抉られる。ーー知ったことか。

 脚が斬れる。ーー知ったことか。

 胴体が千切れる。ーー知ったことか。

 頸が、斬られる。ーー知ったことかッ!!

 

「お兄様!お兄様!!」

 

 残った頭部の、左半分が抉られた。ーーまだ死ねない。

 そう強く意識した瞬間、全身が再生する。

 よし、まだ動ける。

 

「お兄様!!私は!お兄様の、名誉の為に……」

 

「ーーーー」

 

 お兄様の下へ、辿り着く。しかし、もう、お兄様はーーならば。それならば。

 

ーー血鬼術、凶星落下

 

 まずは邪魔な鬼狩り達に人間大の隕石を降らせる。

 

ーー血鬼術……

「ごぷっ……くっ……お兄様の、名誉の、為にッ!!」

 

 無茶な再生をしたからか、身体が悲鳴を上げている。だが、知ったことか。私は誓ったのだ。お兄様の名誉の為にと。

 

ーー血鬼術、鬼死改生

 

 発動したそれは、死にかけている鬼を健康な人の身体へと変える技。

 綺羅星の瞳と、鬼と化して得た不思議な術の源泉全てを注ぎ込むことで生じさせる、一度限りの大奇跡。

 出来るとは思っていた。しかし、誰にも言わなかった。お兄様の名誉の為に、私は生き続けなくては行けなかったから。

 

 お兄様の身体が新しく作り替えられる。異形の身から、鬼と化す前の……人であった頃の身に。

 

「ーーーー」

 

「お兄様……」

 

 お兄様が、何か言っている。お兄様の顔が、感情によって歪んでいる。

 まあ、多分……あれだろう。しつこくつきまとっていた妹が私だ。お前のことは鬱陶しくて嫌いだったとか、そんな感じだろう。

 

「ーー知ってましたよ、お兄様。

 ですが、お兄様は、どうか、どうか生きてください。

 最期に、私は……星凪は、お兄様の、名誉、を……」

 

 守れていたのでしょうか?

 最後に聞きたかったそれを言い切る前に、私の身体は塵と化し、消えた。

 

ーーさようなら、お兄様。お兄様は、生きてください。

ーー生きて、名誉を……

 

 現世から消える。その瞬間に、目も無いのに見えていた光景は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お 兄 様 が 自 刃 す る 様 で あ っ た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー完




オリ主(妹)がいた為に縁壱とか鬼殺隊の行動やら心情やらに若干……若干?の変化が出ています。
ツッコミ所は多分それ起因。バタフライエフェクトって怖いね。救いは無い。
細かい設定を描写する技量と熱意が欲しい……ください。

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