今後はこのように、週1、2回の投稿になります。
スローペースな更新になってしまいますが、温かい目で見守ってくださると幸いです。
サブタイトルに特に意味は以下略。
ある雨の日。
学校から帰ってきた碧音は、家でぐったりと休んでいるはずだった。
それなのに。
「ふふっ、ここがせんぱいの家かー」
「誰かこの小悪魔を追放してくれ」
「ちょっと、小悪魔はひどいです!」
碧音の家には、美少女に化ける小悪魔がいた。
碧音がその小悪魔と出会ったのは、今から数日前になる。
ある日隣の家に、とある家族が引っ越してきた。
名前は桐ケ谷。三人の子供がいる、ぜんぶで五人の一家だ。
その家の次女である『
(その頃は……その頃はこいつが清楚系美少女だと思っていた。だが……!)
「いまは清楚じゃないとでも言うんですか」
「ナチュラルに心を読むのやめてくれません?」
こういうやつである。
桐ケ谷明日葉とは、こういうやつなのである。
「いいですよーだ、私は小悪魔ですよー」
「ありがとう認めてくれるんだな」
「冗談ですっ!わたしは清楚です清楚!」
鬱陶しいとは思いつつも、明日葉のことは悪く思っていない碧音であった。
さて、どうしてこの状況になったか話をしよう。
実はこの二人、今日が初対面に等しい。こんなにも夫婦のようなのに、だ。
今日以外に会ったのは最初の挨拶だけであった。
「そーいえばせんぱい、本当に高校生だったんですね」
「俺を何だと思っていたんだ」
「親のスネかじってるヒキニート」
「おいふざけるな」
明日葉は、碧音の服を見てそう言った。
碧音は学校帰りと言うことで制服を着ている。高校の、だ。
碧音が明日葉に視線を向けると、彼女も制服に身を包んでいた。
その制服は、碧音が二年前に卒業した中学のものである。
「あれれー、どうしました?もしかしてぇ、私の制服姿に見とれちゃってますか」
明日葉はにやにやしながら碧音の胸をつついた。
碧音は少しばかりの対抗心を燃やした。
「そうかもしれないな、うん。見とれてたわ」
「なな、にゃにをっ……!せんぱいのクセに生意気です!」
「ちょろいな」
碧音がそう言うと、明日葉は彼の胸を殴ってきた。
ぽかぽかという可愛いものではなくてガチのパンチだったのだが。
「いたい」
「痛がってるようにはみえないです」
ほんとに痛いんだけどなぁ、と思った。
そんなとき、明日葉が可愛いくしゃみをひとつ。
「……そう言えばここ、玄関だった」
雨に濡れた体で、玄関にいたことにようやく気付いた。
明日葉が碧音の家にいるのは、ちゃんと理由がある。
碧音が家に着くと、隣の家の前に人影が見えた。
黒髪をしっとりと濡らす、一人の少女。
制服は濡れていて、むしろ透けるんじゃないかとか考えたほどだった。
曰く、少女は鍵を忘れた。
曰く、親は遅くまで帰ってこず、兄弟は予定があって家にいない。
流石にその状態のまま放置するわけにはいかないので、家に呼んだという流れだ。
ここまで波長が合う相手だとは、碧音自身も考えていなかったのだが。
濡れた体を温めるために碧音が最初に取った行動とは。
「せんぱい、もしかして私のあられもない姿を想像してるんですか?やらしー」
「興味ないわ」
「いたい!いたいですせんぱい」
碧音は戯言を言う明日葉にバスタオルを投げつけた。
明日葉は情けない声をあげながらも、ドアの奥に消えていった。
そう、風呂である。
「……はぁ。なんだかなぁ」
まるで嵐のような騒がしさだった。
こんなにも家が賑やかだったのは、どれくらいぶりだろうか。
碧音は、明日葉とのやり取りで自然と笑みを浮かべていた。
学校の友人以外やバイト先の人間としか会話しない碧音にとって、明日葉の存在はかなり新鮮だった。
「ほぼ初対面なのにな、ほんと謎」
波長があった、とでも言うべきだろうか。
碧音と明日葉はお互いに初対面のような気がしていなかった。
以前どこかで会った事があるわけでもないのに、だ。
二人は今日で会ったときから漫才のようなやり取りをしていた。
最初はここまで軽口をたたき合ってはいなかったが。
碧音が明日葉を家に呼ぶと、彼女は言った。
『お断りします。そう言って私の身体めあてなんでしょう?男という生物はみんなけだものですから』
まるで男を生涯の敵にしているかのような発言に、思わず碧音は苦笑いした。
『俺はお前のようなお子さまボディには興味ない』
敬語を使うべきかなんていう葛藤は直ぐに消え去って、自然と口にしていた。
『わ、わたしがお子さまボディ?みなさい、この抜群の___』
『胸をはるくらいだったら、もっと大きくしてから出直すことだな』
『セクハラです!このひと外で堂々とセクハラしましたっ』
その時のくだらないやり取りを思い出して、思わず碧音は笑ってしまった。
笑い声が聞こえたのか、脱衣所のドアが少しだけ開いた。
中からは、むっとした顔の明日葉が顔をのぞかせている。
服は脱いでいるのか、真っ白な肩が見え隠れする。
「なに笑ってるんですか」
「笑ってねぇよ」
「うそです、笑ってました……せんぱい、覗いたらさっきより強く殴りますからね」
明日葉はそれが言い終わると、ぴしゃっとドアを閉めた。
さっきもかなり痛かったんだけど、という言葉は胸に秘めておく。
碧音はその場から離れて、キッチンへと向かう。
今から明日葉に、夕食を作ろうと思っていた。
明日葉は食べ盛りの中学生。女子と言えど、お腹はすいているはずだ。
「うーん……何をつくろうか」
夕食と言えど自分の家の食事もあるだろう。適度にお腹を満たせるものでなくてはならない。
おにぎりがいいか。それとも、軽いデザート系のような。
そこまで考えて、碧音はふと我に返った。
自分はほぼ初対面の少女に、どこまでやるつもりなんだろうか。
というか、何故ここまで世話を焼いているのだろうか、と。
明日葉が美少女だったから?
困っている様子だったから?
どれもが、いまいちピンとこない。
「……いや、違うな」
思い出した。
何か、親近感があったのだ。
ただ、考えても考えても、親近感の正体は分からなかった。
濡れた制服から、中学のジャージに着替えた明日葉。
彼女は目を光らせて言った。
「こ、これぜんぶせんぱいが作ったんですか?」
「おう。あった食材でささっと」
「女の子として負けた気分です……」
碧音の料理スキルは度重なるバイトにより、かなり高い。
中学の女子では到底超えられない。
広々としたリビングのテーブルに座るよう、碧音は促した。
明日葉は感謝を述べてから椅子に座る。
そんな明日葉の心の中では。
(ひろっ……!広すぎる……)
実際には家具が少ないから、広く見えるだけなのだが。
掃除等の家事をよく行うため、なおさら広く見えてくる。
元々家族で暮らすために碧音の両親が設計したのだから、当たり前と言えばそうだろう。
「あの……ちなみにせんぱい、ご両親は今どちらに?」
「……結構前に、二人して亡くなったな。今は一人暮らし」
明日葉の向かい側に碧音も座った。
碧音のその言葉を聞いて、明日葉は慌てた様子で言う。
「ご、ごめんなさい……嫌なこときいて」
「気にしてないから大丈夫だ。もう何年も前だしな」
珍しくしおれた態度をとる明日葉に苦笑いした。
暗くなってしまった雰囲気を変えようと、碧音は食卓に目を向けた。
そこには、皿に綺麗に盛り付けられたサンドイッチ。
中には何やら、黄色と緑の物体が見え隠れしていた。
明日葉も気付いたようで、疑問を投げかけてくる。
「これはサンドイッチですか?……なんか緑色のがありますけど」
「緑はアボカド、黄色はタルタルとマスタード」
アボカドはサラダにしようと思っていたものだし、タルタルは前日のアジフライの残りだ。
ぜんぶ家にあるもので作れて、碧音はひそかに満足していた。
「女の子はアボカド好きって聞いたんだけど。嫌いだったらごめん」
碧音が明日葉の方を見ると、意外そうな顔をしていた。
「せんぱいって、人に気をつかえたんですね……」
「失礼だなおい」
「だって、今日なんてセクハラから始まりましたもん」
「それは忘れてくれ。俺だってしたくてセクハラしたわけじゃない」
というか根本的な原因はお前だけどな。
なんてツッコミは、心の中にしまっておいた。
今のやり取りで渇いた喉を、入れておいた紅茶で潤した。
ちなみに、明日葉にも同じものが渡してある。
「今更だが、そのせんぱいって呼び方どうにかならないか?」
「あれまさかせんぱい、こーふんしちゃうんですか」
「違う、なんかこう……ぞくぞくする。変な意味じゃないが」
「うわあそれもう末期ですよ……」
自然とふたりは顔を見合わせて、笑った。
明日葉はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
風呂上がりで、少し濡れている黒髪を揺らしながら。
「じゃーあ、せんぱいも私のこと明日葉って呼んでいいんですよ?」
「なんか負けたみたいでやだから、後輩って呼ぶことにする」
「断らないでくださいよ!せっかく提案したのにー!」
こうして、碧音と明日葉の奇妙な関係が始まった。
ちなみに、作ったサンドイッチは過去イチで美味しかった。
喫茶店の新メニューとして、店長に提案するのもいいかもしれない。
(名前はそうだな……風呂上がりアボタルサンド、とか)
「せんぱいってネーミングセンスないですね」
「だから心を読むのやめてくれないかな」
一言だけ言いますと、明日葉ちゃんはビ〇チとかではないです。
さて、ちょっとだけ裏話などなど。
今回執筆する際に迷ったのは、「サンドイッチ」でした。
表記上「サンドイッチ」と「サンドウィッチ」の二つがあるらしく、迷い続けて永遠とネットで検索かけてました笑
その結果出た結論は、
『どっちでもいい』でした。