超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed   作:シモツキ

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第百九話 悪夢の果てに

 何度も何度も、夢を見たような気がする。夢ではなく、実際に経験した事のような気もしている。分からない。朧げな意識や、靄がかかったような思考じゃ、もう考えようとしても続かない。

 憔悴し切った身体に、もう途切れないよう繫ぎ止めるので精一杯の意識。出来る事は、何もない。何かをしようとしても、体力が、思考力が、気力が…何もかもが、もう一欠片すらも残っていない。

 そんなわたしに意識を留めさせているのは、命を手離さないようにしているのは……多分、女神としての本質。それが辛うじて、瀬戸際で…わたしをわたしで、在り続けさせている。

 

(どうして、わたしは、ここに…。……あぁ、そうだ…わたしは、まけて…まけて……?)

 

 思考が覚束ない。何を考えるにも時間がかかって、その内に何を考えていたのかが分からなくなる。だからもしかすると、何度も何度も同じ事を考えているのかもしれない。考えては止まり、止まっている内に忘れ、忘れたせいでまた同じ事を考える…そんな思考のループに陥っているような気もするし、そうじゃないような気もしている。…それに……

 

「…ぅ、ぁ……」

 

 今のわたしは、死体に精神の残り香がギリギリ留まっているようなもの。死んではいない、ただそれだけ。

 けれど、違和感がある。何かがおかしい。何かが間違っている。確かに何かがズレていて、でもそれすらも今のわたしには考えられ……ない?…それは、本当に?

 

(…………)

 

 記憶も思考もぼやけたまま。けれどそれならば、この思考は一体何?ぼやけ霞んだ思考で、これだけ纏まった思考が何故出来る?

……やっぱり、それも分からない。けど、それとこれとは何か理由が違う気がする。そしてそれは、きっとこの違和感とも関係があって……

 

「……ちゃん…ぉ…えちゃん…!」

 

 そんな時だった。呼び掛けるような、意識を揺さぶるような…酷く懐かしく、そして暖かい声が聞こえてきたのは。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!返事をして、お姉ちゃんッ!」

(…あ、あぁ…ああぁぁ……)

 

 その声に手を引かれるように、沈みゆく意識を引き上げられるように、ゆっくりと視線を上げるわたし。

 視界はぼやけている。耳も膜を貼られたように、はっきりとは聞こえない。だけど、分かる。それでも、分かる。わたしを呼ぶのは、わたしの名前を叫ぶのは、ネプギアだって。あの時傷付けてまで逃がして、こんな方法しか取れなかった自分を恨んで、それでもきっとと心から信じていた、大切な妹のネプギアだって。

 一瞬、幻かと思った。心が折れ、都合の良い幻覚を見ているのかもしれない、と。でも、違う。そうじゃないと、分かる。

 

「…ネ、プ…ギア……」

「お姉ちゃん…っ!待ってて、すぐにそこから出してあげるから…!」

 

 じわり、と心の底から染み出すようにして湧き出る気力。もう一滴もないと、完全に尽きてしまったと思っていた力が、ほんの少しだけど蘇る。

 搾り出すようにして返した声に、ネプギアは涙ぐみながらも強く首肯。それからネプギアは少し離れ、同じ女神候補生の四人と共にアンチシェアクリスタルの結界を打ち壊す。

 破れる結界、それに呼応するように千切れる無数のコード。わたしはネプギアに受け止められ……肌で感じられたのは、もういつ振りかも分からない程懐かしい、人の温もり。

 

「お姉ちゃん…会いたかったよ、お姉ちゃん……っ!」

 

 わたしを抱き締める、ネプギアの腕。怪我人、それも重傷中の重傷者にするには強過ぎる力だけど…そういうところがネプギアらしい。

 その腕の中で、感じるのは安堵。ネプギアがこうしてまた来られた事、来られる位強くなった事も嬉しいし、誇らしいけど…漸く解放されたのだという安心感が、やっと張り詰め続けていた意識と身体を休める事が出来るのだという人心地が、わたしの心を包み込む。包み込んで、穏やかな気持ちになって……

 

(…あ、れ……?)

 

……また、わたしの中で違和感が過った。さっきのと同じ、さっきよりも強い…何かがおかしいと思うような、歪みのような違和感が。

 だけど、今それはいい。そう、今更些末事じゃない。漸くわたしはネプギアと再会して、今解放されたんだから。

 

「もう大丈夫、大丈夫だからねお姉ちゃん…!」

「えぇ…貴女の事、信じていたわ…だから、ありがとうネプギ──」

 

 もう何も、不安に思う事はない。もうこれ以上、下を向く必要はない。まだ万事解決ではないけど…それも今は、後回しで良い。

 あぁ、ここまで諦めなくて良かった。ネプギアの事を、皆の事を信じて良かった。やっぱり諦めなければ、信じる気持ちがあれば、女神に出来ない事はない……

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 不意に、ネプギアの身体が揺れた。何かに押されるように、突かれるように。

 ネプギアの表情が固まる。固まって、それからゆっくりと信じられない、理解出来ないものを見たような顔に変わって……再びネプギアの身体が揺れる。今度はさっきよりも強く、突き放されるように。

 たった一文字の、何が起こったか分からないと言うような言葉。それが酷くわたしの耳に残る中、わたしを支える手から力の抜けたネプギアは一歩、二歩と後退り……崩れ落ちる。

 

「…ネプ…ギ、ア……?」

 

 分からない。訳か分からない。どうして、ネプギアが倒れているの?さっきまであんなに元気で、頼もしくわたしを支えてくれていたネプギアが、どうして今は血溜まりの中に倒れているの?どうして、どうして、どうして……。

 

「……ぅ、え…?」

 

 何も分からない、今目の前にある光景が本当の事なのかどうかすら理解出来ない中、聞こえてきたのは何かを断つ音。斬り裂き、断ち切り、そして何かが倒れる音。

 引き込まれるように、その音の下へと振り向くわたし。…そこには、ユニちゃんと、ロムちゃんと、ラムちゃんがいた。地に伏し、ぴくりとも動かず、その胴に穿たれた抉るような傷から血を流して。

 その前に立つのは、ノワール達三人。表情の見えない三人が持つのは……血濡れた刃。

 

「な、に…を……」

 

 ぼやけた記憶でも分かる程、もう長い間わたし達は戦っていない。この場に敵もいない。だから…疑いようがない。三人に刃を突き立て、向けてくれていた一切合切の思い諸共斬り伏せたのは…ノワール達、三人だと。

 いつの間にか鮮明になった視界で、分かる。ユニちゃん達は既に、致命傷だと。にも関わらず、そんな三人へ対して、ノワール達は再び刃を向ける。斬っ先を向け、刃を振り上げ…咄嗟にわたしは止めようとした。止める為に、動こうとした。

 だけど、気付く。伸ばした右手、そこにはいつの間にかわたしの得物、大太刀が握られていた事に。そして刀身には…血糊が滴っている事に。

 

(…血……?…これ、って…じゃあ……)

 

 ゆっくりと垂れ、鍔に到達し、その隙間からわたしの右手を濡らす赤い血。それを見て、それを知って…漸く分かった。ネプギアに、何があったのかが。どうしてネプギアが、倒れたのかが。

 

「…あ、ああ…ああああ……」

 

 ああ、そうだ。わたしだ、わたしなんだ。わたしが、わたしが、ネプギアを……

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────。

 

 

 

 

 意識が、引き戻される。沼の中、闇の中から、わたしという存在の意思関係なく、ただ淡々と。粛々と。

 

「……ぁ、ぅぁ…」

 

 口から漏れるのは、呻き声。灼け付くように記憶へとこびり付いたのは、鮮明過ぎる程の夢。わたしが、わたしが刺したんだ。わたしがネプギアを、助けに来てくれたネプギアを、思ってくれたネプギアを、大切な大切な妹を……

 

「…あ、ぁあ…あぁああああああああああッ!!ああああぁぁぁぁああああああァッ!!?」

 

 そうだ、殺した。殺した。殺した殺した殺した殺した。わたしはネプギアを殺した。わたしがネプギアを殺した。わたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしが……ッ!

 

「…大丈夫かい、ねぷっち」

 

 現実と夢、その境界があやふやになる程の絶望感の中で、気つけのようにわたしを呼ぶ声。その声に引き付けられるようにぼんやりと顔を上げれば、そこにいるのは覗き込むようにして見ているくろめ。

 

「酷い顔をしているね。余程恐ろしい夢でも見たのかな?」

「……あ、なた…が…貴女、が…」

「悪夢を見せてるんじゃないか、って。…そうだね、それはその通りだ。けれどねぷっち、本当にオレの力だけが理由だと思うかい?夢だよ?それすらオレは、自由自在に操れると?」

「…そ、れは……」

「オレは思うんだよねぷっち。夢って、ある意味理想や願いが反映されるものじゃないのか、って。だって、どちらも同じ『夢』と呼ぶだろう?…まあ女神の場合、自分のではなく信仰者の理想が反映される場合もあるだろうけどね」

 

 吸い込まれそうな、底の見えない奈落の様な、くろめの瞳。浮かべているのは、いつもの…底知れない何かを感じさせられる、薄い笑み。

 

「それでだよ、ねぷっち。もしオレの思う通りなら…君の中には、あるんじゃないのかい?その夢の通りの、願いや欲望が」

「……っ…そんな、訳…ない…わたしが…ネプギア、を……」

「へぇ、ぎあっちね…オレは何度か会話した程度だけど、ぎあっちは真面目で優しく、しっかりした子だ。逆にねぷっち…人の姿の時の君は、大きい方のねぷっちと同じなら……まあ、身も蓋もない言い方をすれば、あまり女神らしい性格はしていない。オレは、そんなねぷっちも良いと思うけど…そんな君達を見比べれば、多くの人はこう思うだろう。ぎあっちの方が女神らしい、姉っぽい…とね」

 

 笑みを深めたくろめは、語り出す。その語りに、わたしが付き合う必要はない。だけど、今のわたしの心じゃ無視する事も出来ない。

 

「だから思うに、君はぎあっちの事を妬む心があるんじゃないかな?意識的にしろ、無意識的にしろ、妹と比較され、悪く言われれば、不満の一つや二つは持ってもおかしくないんだから」

「……っ…勝手な、事…言わないで頂戴…わたしは、ネプギアの…事を……」

「愛してたって、妬みはある。むしろ愛しているからこそ、妬みを無意識に心の中へ押し留め、解消する事も出来ず溜まり続けていたって事もあるだろうさ。…それに、これはねぷっちが悪い訳じゃない。望んで姉妹になった訳でもない、むしろ望まれて女神の在り方は決まるというのに、自分の責任のように言う方が悪いんだ。そう、悪いのは理解されない方じゃない。理解出来ない方なんだよ」

「違う…わたしは、わたしは……」

 

 否定したい。そんな訳ないと、貴女の勝手なイメージを押し付けないでと、強くはっきりと言い切りたい。なのにくろめの言葉は、わたしの心に入り込む。夢まで自在に操作出来ると思うのかという問いが、無意識的にという指摘が、わたし自身への疑念を生み………もしかしたら、と思ってしまう。

 

「まあ、そう思い詰めない事だよねぷっち。否定したいなら、否定してくれて構わない。それが、本心からの…迷いのない思いであるならね」

「…そう、よ…これが、わたしの……」

「うん、そうなのかもしれないね。けれどやっぱり、気になるなぁ…だってねぷっち、その夢を見るのは初めてじゃないだろう?」

「…え……?」

 

 わざとらしい言い方をした次の瞬間、鼻先が触れ合いそうになる程顔を近付け、そのままくろめが言った言葉。その言葉に、わたしは一瞬思考が止まる。…その夢を見るのは、初めてじゃない……?何を、何を言って……。

 

「落ち着いて考えてごらん、ねぷっち。君は、見ているだろう?その絶望的な夢を、同じ夢を、何度も、何度も、何度も……」

「…あ、あ…あぁああ……」

 

 初めは何を言っているのか分からなかった。分からなかったのに、くろめの声を聞く度、その声が頭の中へ響く度、記憶の底から滲み出る。忘れていた、消えていた、その夢を、その夢の数々を。

 そしてわたしは思い出す。一度じゃない、初めてじゃない…何度も何度も、わたしは見ている。幾度も幾度も、わたしはネプギアを殺している。その夢を見ては絶望し、心をすり潰され…なのにわたしは、見続けている。わたしの手で、ネプギアを、殺し続けている。

 

「五回かな。十回かな。或いはそれ以上かな。…何度も何度も、君は見ている。無意識の世界で、同じ事を何度も繰り返している。それが、偶然だと思うかい?本当は、それが望みなんじゃないのかい?それこそが、ねぷっちのしたいと思っていた事じゃないのかな?」

「…そんな事、ない……」

「なら、どうして何度も同じ夢を見るんだろうね。そこまで絶望しても尚見ているんだ、だったらやっぱり、ねぷっちにとっての無意識の願いは……」

「違う…違う違う違うっ!わたしは、ネプギアを愛してるのっ!わたしは、わたしはぁぁ……っ!」

 

 心の中が、ぐちゃぐちゃになる。そんな訳ないのに、そんな筈ないのに、わたし自身がそれを信じられない。今、わたしは誰に対して否定しているの?くろめ?それとも…そうなのかもしれないと思い始めた、わたし自身?

……あぁ、駄目だ…わたしは間違っている。わたしが間違っている。わたしはネプギアの家族なのに、お姉ちゃんなのに、疑い始めている。妬んでいたのかもしれないと、否定し切れないと、そう思っている。ネプギアは、間違いなくわたしを慕ってくれているのに。尊敬してくれてるのに。なのに、なのにわたしは…そんなネプギアへ対して、わたしは……

 

「…最低だ…わたしは、最低だ…こんなわたし、だから……」

「自分を否定してはいけないよ、ねぷっち。夢は普通、自然に見るものなんだ。狙って見るものじゃないんだ。なら君に非はない筈だろう?」

「だけどわたしは、ネプギアを…無意識的に、ネプギアの事を……」

「だから、そう思い詰める事でもないさ。愛憎入り混じった思いがある、ねぷっちは意識的にぎあっちを愛している一方、無意識の中では妬んでもいた…ただそれだけの事じゃないか。それに、もしかしたらぎあっちもそうなのかもしれない。愛し合いつつも、憎しみ合ってもいた…そういう関係も、ある意味特別じゃないかな」

 

 耳に届くその言葉が、くろめからの指摘が、その全てが正しいように思えてしまう。わたしが間違っているんだ。わたしは妬み、恨んでいたんだ…そう疑う心が広がり、膨れ、心の中全てを覆って……そして、爆ぜる。わたしの心を保っていた、支えていた思い諸共、崩れ落ちる。

 

「…めて……」

「うん?」

「…もう、これ以上…わたしの、心を…疑わせないで……」

 

 わたしはずっと、ネプギアの事を大切に思ってきた。楽しい時も、大変な時も、嬉しい時も、疲れた時も、ネプギアがわたしの妹で良かったって、ネプギアの姉になれて良かったって、心からそう感じてきた。…そう、思っていた。

 だけど今は、その思いが信じられない。ネプギアへ向けていた、わたしの気持ちが、ネプギアが向けてくれている、わたしへの気持ちが、本当は偽りのものだったんじゃないかと、上部だけの愛だったんじゃないかと、思い始めている。

 そんな自分が、もう嫌だ。疑いを抱くような愛しか向けられていなかった自分が、疑っている自分が、現に夢の中でネプギアを殺すような自分自身が……嫌で嫌で、仕方ない。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいネプギア…ごめんなさい皆…貴女を疑うような姉で…大切だった気持ちを信じ切れない、お姉ちゃんで……」

「ねぷっち、だからそんなに……」

「全部、全部わたしが悪いの…無意識にそんな事を思ってしまうようなわたしが…貴女に責任転嫁して、憎しみをぶつけるようなわたしが、全部、全部、全部……」

「…………」

 

 もう、何も信じられない。それはネプギアが、皆が信用に足らないからじゃない。こんなわたしが、信じ切れないようなわたしが、誰かを信じるなんて烏滸がましいと、信じるという尊い行為をするだけの価値がわたしにはないとしか思えない。

 視界が、心が黒く染まっていく。闇の中へ落ちていく。そうなればわたしは、また夢の中に落ちるのか。わたしが生み出す、わたしの心を殺す悪夢へと。…だけど、それがわたしへの報いなのかもしれない。悪夢の中こそが、わたしに相応しいのかもしれない。妹すら信じられないような、妹すら妬み憎むような女神は、死と絶望に満ちた悪夢の中が…………

 

 

 

 

 

「……もう、苦しまなくて良いんだよねぷっち」

 

──その瞬間、ほんのりとした光が差す。仄かに温かい手が、涙に濡れた頬に触れる。優しく、柔らかい声と共に…手が、差し伸べられる。

 

「…く、ろ…め……?」

「…済まない、ねぷっち。本当はこんな事、オレもしたくなかったんだ。でも、こうするしかないと思ったんだ。こうでもしなければ、ねぷっちはオレの思いを聞いてくれないと、オレの気持ちを分かってくれないと…そう、思ったから」

 

 さっきまでの底知れない雰囲気が嘘の様に霧散し、代わりに感じるのは温かな空気。表情も陰なんて微塵も感じさせない程穏やかで……なのに何故か、悲しそうで。

 

「…だけど、あぁ…オレは愚かだった。どんな理由があったとしても、自分の目的の為に人をここまで傷付けるなんて、それが良い行いな筈がない。むしろ最低な行いだ。…そう、最低なのはねぷっちじゃない。オレの方が、よっぽど最悪で、醜悪だ」

「…うぁ…ぇ……?」

「侮蔑するだろう?嫌悪するだろう?…こんなオレだから、きっと何も上手くいかないんだ…他にもっと方法があったかもしれないのに、なのにこんな方法なんて…こんな事をするんじゃ、どうせオレは……」

「…待、って…わたしは、そんな事…最低なのは、くろめじゃなくて……」

「…慰めてくれるのかい?こんなオレを、こんな奴を」

 

 自虐的に、悲観的に並べられる、くろめの言葉。それは重く、淀み、とても嘘とは思えない程悲痛で……気付けばわたしは、それを否定しようとしていた。自罰的なその言葉を、止めようとしていた。

 その瞬間、再びわたしを見つめる瞳。その目は本当に嬉しそうで、安心したようで……あ、れ…?…くろめは、敵…?本当に、彼女が…こんな顔をするくろめが…敵、なの……?

 

「…そうか…やっぱり、やっぱりねぷっちは優しいよ。ぎあっちが優しく良い子なのは、きっと…いや間違いなく、ねぷっちが姉であったからこそだ。ねぷっちこそ、最低なんかじゃない。ねぷっちを最低だと言うのなら、それはオレが否定しよう。ねぷっちが自分を信じられないのなら、代わりにオレが信じよう。だってオレは、オレと君は……」

「…わたし、は……?」

「…いや、違うな…何を都合の良い事を言おうとしているんだ、オレは…こんな事をしておいて、ねぷっちがそう思ってくれるとでも…?…そんな訳ないさ、どうせこれはオレの片思い…身勝手なだけの、一方通行に決まってる……」

「…違う…違うわ、くろめ…分からないけど、言ってみて…諦めるのは、それからでも……」

「…いいの、かい?オレに…言わせて、くれるのかい…?」

 

 くろめの言葉が、わたしの心に染み渡る。それは前までの、突き刺さるような冷たさじゃない。優しく抱き締められるような、包み込んでくれるような、心地良い温かさ。

 心が揺れる。くろめへ対する思いが変わっていく。再び自虐的になったくろめに、さっきよりも強く否定を、わたしからも歩み寄る為の言葉を返すと、くろめは期待と不安が混じったような顔になって…それにわたし、小さく頷く。小さく、それでもちゃんと思いを込めて。

 解けるコード。支えられるわたしの身体。くろめはわたしを、わたしだけを見つめて……言う。

 

「…勝手な事だ。身勝手な思いだ。それは分かってる、分かってるけど…オレは君と、友達になりたい。だから、ねぷっち…オレの友達に、なってくれないかな…?」

(…あぁ、やっぱり…やっぱり、くろめは……)

 

 じわりと流れる、温かな気持ち。不安は消え、自分へ対する絶望も見えなくなり、代わりにわたしはくろめの思いに包まれる。今本当に大事なのは、信じるべきものは何か、はっきりと分かる。

 最後に一瞬、わたしの奥底で何かが警鐘を鳴らしたような気がした。だけどそんなの、どうでも良い。そう思う程に、今はくろめが温かな光に見えて、そして──。

 

 

 

 

 森林地帯を抜けて、平原を通って、わたし達は街らしき地域に到達。来る前イリゼさんに聞いていた通り、古めかしいその街並みに生活感はなく…何というか、不思議な感じだった。同じ古くて人の気配がない場所でも、マジックさんの故郷と違って、荒れ果ててはいないからこそ、余計に不思議な感じがあった。

 そんな街の中も進んでいって、遂にわたし達は教会の様にも見える施設を発見。もしもわたし達の見立てが間違っていないのなら、ここは拠点になっていた施設で…だからわたし達は女神化してから、その中へと侵入する。

 

「ここ…は、聖堂よね?」

「うん…やっぱり教会みたいな、じゃなくて本当に教会なのかな…」

 

 正面から入って最初に出たのは、わたし達もよく知る聖堂…だと思われる部屋。でもこれといって変な感じはなく、軽く探すだけでわたし達は奥へ。

 

「外観からするに、この施設はそこそこ広い筈よ。内装も一本道じゃないようだし、手分けして探すのはどう?」

「確かに、全員で動くのならこれだけの人数にした意味が薄いものね」

「うん、それは一理あると思う。けど、ブービートラップが仕掛けられてる可能性もあるし、ただでさえ私達は守護女神っていう戦力を失ってる状態だから、出来る限り戦力を分けるのは避けたいかな。それに各部屋の探索なら人数が多ければ多い程一部屋辺りにかかる時間は減る筈だしさ」

「それも、一理あるわね。了解よ」

 

 ニトロプラスさんとチーカマさんの発言に対して、イリゼさんが手近な部屋の扉を開けつつ返答。返された言葉にニトロプラスさんが頷いて、他の人からの反論もなかったから、そのまま探索は全員固まって動く事に。

 進む道に沿って順番に、一部屋ずつ調べるわたし達。割とどの部屋も使われていない感じで、一部屋辺りにかかる時間は短く済んでいるけど…今のところ、手掛かりと呼べるものもない。

 

「もしかして、ここのうらにかくしつーろがあったりして!」

「もしかして、これをとったら何かおきたりして…?」

「…………」

「…………」

『…何もなかった……』

「あはははは…二人共、魔法で何かが隠されてたり、壁とかただの置物に偽装されてたりする感じはないかな?」

「ううん、それもない…かな(きょろきょろ)」

「ここまでは、ぜんぶふつーの部屋だったわよ」

 

 宝探しとか脱出ゲームみたいな感じに探しては落ち込む二人にわたしは苦笑い。でもそういう感じに隠されてる可能性もなくはない訳で、多分この中じゃ一番思考が柔軟な二人が案外思いもしなかった発見をしてくれるかもしれない。

 けど、わたしだってそれに頼るつもりはない。何としても手掛かりを見つける、そう思ってここへ来たんだから。

 

「見たところ、古い割にどの部屋も埃を被っている感じがないですにく。それも少し気になるですにく…」

「ちゃんと掃除をしていた…ならもっと各部屋生活感がある筈だし…アバどん、何か感じる?」

「キュ-…キュイイ……」

 

 探すのと並行して思考も巡らせるけど、そっちも今のところ成果無し。で、恐らくこの部屋も何もないなって事になって…わたし達はまた、次の部屋へ。

 歩いて、探して、また歩いて、また探して。それを繰り返す事数十分。今もまだ手掛かりはなく…だけど、進展がないって訳でもない。

 

「ふむ…やはりこの辺りの部屋は、多少なりとも生活感があるな。となると……」

「はい。この広さですし、あくまで全部の部屋は使っていないだけ…という事かもしれませんね。更に、この辺りは使われてる形跡があるという事は……」

 

 机の下を覗き込みながら言うミリアサさんの言葉に、棚を調べるユニちゃんが首肯。最後の言葉をユニちゃんは言わなかったけど…分かる。その先に続くのは、『この周辺の部屋なら、手掛かりがあるかもしれない』って言葉だと。

 もしそうなら、嬉しい。逆にここ周辺でも見つからなかったら、不安の方が大きくなる。期待と心配、その両方を抱きながら、この部屋の調査も終えたわたし達は部屋を出て……

 

『……っ!?おねえちゃん…!?』

『え……!?』

 

 その次の瞬間だった。ロムちゃんとラムちゃん、二人が同時に声を上げ、ある方向へと走り出したのは。

 それに一瞬期待の心が強くなって、でも二人だけでの先行は不味いと思い直して、慌てて追い掛けるわたし達。二人に数瞬遅れる形で、わたし達も角を曲がり……わたしは見る。今正に通路の先の角を曲がった、ブランさんらしき人の姿を。

 

「……っ…じゃあ、まさか……!」

 

 二人の見間違いじゃない。本当に今のは、ブランさんの姿だった。だったら、お姉ちゃんもいるかもしれない。手掛かりじゃなくて、本物のお姉ちゃんと再会出来るのかもしれない。

 そんな思いが胸の中で膨れ上がって、わたしはユニちゃんと共に加速。先の二人に追い付いて、更に廊下を走り抜ける。

 まだ絶対とまでは言えない。だけどきっとブランさんだ。ならきっとお姉ちゃんもいる。その思いでわたし達は追って、追い掛けて、そして……

 

「……お姉ちゃんっ!」

 

 気付けばわたし達は出たのは施設の裏手。何故か止まってくれなかったブランさんは、そこで漸く動きを止め……その先に、お姉ちゃんはいた。お姉ちゃんが、ノワールさんが、ベールさんが…いなくなってしまっていた、お姉ちゃん達が揃っていた。

 

『おねえちゃん…っ!』

「良かった…お姉ちゃん、こんなところにいたのね──」

 

 お姉ちゃん達がいる。いなくなったお姉ちゃん達が、全員揃って、無事でいる。嬉しかった。安心した。心が軽くなるようだった。

 だから、わたし達は駆け寄ろうとした。あの時のように、ギョウカイ墓場でお姉ちゃん達をやっと助けられたあの日のように。……だけど、

 

「やあ、皆。感動の再会なら、オレは邪魔だったかな」

『え……?』

 

──駆け寄ろうとした次の瞬間、わたし達の足は止まる。足が止まり、目を見開く。

 おかしい。分からない。理解が出来ない。どうしてなのか、想像も付かない。…だけど、お姉ちゃん達の立つ隣……そこには確かに、一連の事態を引き起こした黒幕の一人……くろめさんが、同じようにして立っていた。




今回のパロディ解説

・愛してたって、妬みはある
愛してたって、秘密はあるのパロディ。偶にやる、シリアスシーンの中でのパロディです。でもそれに関しては、原作シリーズからしてそうですから…ね?

・貴女の勝手なイメージを押し付けないで
ヴァンガードシリーズに登場するキャラの一人、櫂トシキの代名詞的な台詞の一つのパロディ。シリアスシーンでも、自然に入れられればセーフ…だと思う私です。

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